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03

 晴天にぽっかりと開いた闇色の大穴は、ゆっくりと渦を巻いていた。

 眺めているとそのまま吸い込まれてしまいそうな深淵との境界を目の当たりにしても、慌てふためく冒険者は誰もいない。

 見極めているのだと思う。

 これから起こること、そして向かって来る敵の姿を。

 幸いにも穴の出現場所は宿営地から距離があるため、何かが起きたとしても対応する時間は十分にあると思われた。


「おい、見ろ」


 ふと、穴の奥から家ほどもある大きさの何かが無造作に落ちてくる。

 それは呆気なく平原に打ち付けられて地鳴りを響かせると、それきり動かなくなった。

 目を凝らしてみるとそれは、魔竜の近縁種でもある翼を持たないドラゴン――地竜だった。

 突拍子もない出来事に周囲は静まり返っている。


「あれ、グランドフォールってこんなのなんですか? これじゃ、空を飛べる魔物とか以外は相手にならない気がするんですけど」

「いえ、そんなはずは……」


 エコー君が疑問を口にする。

 わたしも直接見たことはないけれど、“魔物が降る”という現象は、まず穴から何本もの光の柱が降りて、地表と接した場所に魔物が転移されてくるのだと聞いている。

 そんな仕組みでもなければ、それこそほとんどの魔物は転落死してしまうだろう。


「おい! まだ来るぞ」


 竜の落下を皮切りに穴からは魔物が次々に落ちてきた。


 ゴブリン、リザードマン、トロール、ワイバーン、デスワーム。


 様々な種類の魔物が抵抗もできないまま穴から落とされ、地面に叩きつけられる。

 始めは1,2体だったのが、時間が経つに連れて10、20と同時に落ちる数もどんどんと増えていった。

 始めから死体が降ってきているのかと思ったけど、地面に倒れた後でわずかながらに動く魔物もいた。そうして生き残った個体もすぐに次の魔物が降ってきて押し潰されてしまう。


 どんっ、どざっ、ずしゃ、べちゃ――。


 魔物が地べたに沈む音は遠く離れたここまで響いてくる。異様な惨劇はいつまでも続き、平原には死体の山が生まれていた。

 グランドフォール1つにつき500~1000体と言われていた魔物の出現数はとっくに超えている。

 滑稽だ、などと笑い飛ばすものは誰もいない。

 逆にその場の全員が得体の知れない何かを感じていた。

 それから、さらにどれほどの時間が経過しただろうか。

 数え切れない魔物の死骸で平原が埋め尽くされた後、ぴたりと落下は止まり、代わりに1体の魔物がゆっくりと降臨した。


「……何だ、あいつ」


 背丈は成人二回りを凌ぐぐらいか。

 髑髏の頭部に生える山羊のような2本の角。首元にはネックレスのように人間の生首が恐怖に引きつった表情で連なっている。白骨化した腕は左右合わせて6本。槍のような武器が握られ、体のほとんどはローブのような衣装で覆われているものの、その裾からは脊髄のような骨が何本も垂れ下がってふらふらと揺れていた。


「あの魔物、知ってるか……?」


 冒険者の誰かが訊いた。

 答えはない。

 次の瞬間、魔物の下半身から黒色の液体が零れ落ちる。

 気味の悪い糸を引くそれが死体の山にかかると、息絶えていたはずの魔物達がむくりと起き上がった。

 甦った――のではない。

 体の損傷を全く意に介さず、その瞳は濁って焦点があっていない。

 亡者という言葉がしっくりくる彼らは、始めぼんやりとその身を揺らしていたものの、浮遊する髑髏の魔物が槍をわたし達のいる宿営地へ向けるや否や、一斉にそちらへ振り向いた。


「「「……ギィィィィィィィァァアアアアアア!!!!!」」」


 大地が揺れる。

 死体だった魔物達が喉を食い破らんばかりの金切り声を上げて、体の損傷を気にも留めず大挙して押し寄せてくる。

 さながら一個の巨大な生物のように。


「王都の本部へ連絡しろ、近隣の騎士団へ増援も頼め。というわけでお前ら、“仕事”だ」


 ――始めろ。

 カファールさんの声で交戦の合図が告げられ、全員がすぐさま戦闘態勢に入った。


「嫌な予感がしてたんだ。下手したら1万はいねーか、ありゃ」

「してねぇ奴なんかいねえよ。おい、障壁張れる魔術師がいたらバンバン展開しろ。少しでも足を止めたい。遠距離職は奴らがここに来るまでありったけの火力を叩き込め」

「まだ穴は閉じてねえから第2波があるかもしれねえ。近接は深追いするなよ。自信ねえ奴は支援組の護衛を優先しろ。ダリアとマインツのパーティーはデカいのを頼む」

「おや、手柄を譲ってくれんのかい」

「協力しねーとあの数はどうしようもねーだろ。競争はオレらが優勢になってからだ。……おい、エイトはどこだ! あいつなら――」


 前面に出ていたおそらく『白銀』級と思われる冒険者十数人がいつの間にか指揮を執る形となり、異論も起こることなく皆が指示通りに動いていく。

 想定の遥か上を行く数の魔物を相手取ることになっても彼らは驚くほど冷静で、その堂々とした姿を見て動揺していた冒険者も落ち着きを取り戻していたようだった。


「とりあえず流れに合わせましょう。範囲回復もしてくれるみたいですから、危なくなったらすぐに退いてくださいね」


 わたしも血剣を創出して迎撃態勢を取る。

 ちなみにエコー君はそろそろ体力もついてきたということで、お母さんの形見である大剣を持ってきている。ディーはというと今回は長柄のメイスを持参していた。多くの魔物を相手にするには刃こぼれの心配がなく、丈夫で継戦能力に優れた打撃系の武器が良いと判断したためだ。


「イクスプロード!」

「ヘル・テンペスト」


 魔術師の放った上位攻撃魔法が群れの中心に炸裂すると何体もの魔物が爆散、宙を舞った。

 次々に繰り出される攻撃に数こそ減らしていくものの、後続の魔物はまるで怯む様子を見せずこちらへ突撃してくる。それどころか体の一部が抉れてしまったにも関わらず立ち上がって再び動き出すものもいた。


「意思も痛みも無いって感じねぇ。あの骸骨が操ってるのかしら」


 その可能性もあるけれど、遠距離攻撃のできないわたし達では空中の魔物まで届かない。

 そうこうしている内に群れの先頭が障壁を掻い潜って宿営地にたどり着いた。

 小型で足の早いゴブリンが真っ先に突破し、理性も何もない様相で近くの冒険者へ牙を剥く。


「次から次に……! 痛ェ、やめろ!! ギャアア!?」

「こいつ、離れろ! ちょっと、どうやったら死ぬのよこいつら!」


 冒険者に群がるゴブリンを別の冒険者が斬りつけるものの、胴を割かれたにも関わらずまったく意に介した素振りもなく眼前の肉に喰らいついている。


「こっちにもきました!」


 エコー君の声に反応すると、白目を剥いたオーガがこちらへ突進してくる。大口を開けてわたしに嚙り付こうとするものの、さすがに単調。

 あっさりと避けて剣を頭部へ突き立てる。


「ギャアアウ!」


 と思った矢先、横から飛び出してきたウルフが片足にかぶりつく。

 既にかなりの数が宿営地に入り込んでしまったようだ。

 どうにか引き剥がそうとしていると、その頭をディーのメイスが粉砕した。


「ありがとう、助かりました」

「効かないからって油断し過ぎでしょ。でもこいつら、噛みつきしかして来ないだけあって頭を潰すと止まるみたいね」


 言われてみれば、頭蓋を砕かれたウルフは横たわったまま動くことはなかった。

 どうやら復活した魔物はひたすら喰らいついてくるのみで固有の技も使っては来ないようだ。

 見れば、他の冒険者も頭部が急所だと気付いたようで積極的に狙っている。

 早くも弱点がわかり、ただ突撃してくるだけの存在ならば多少傷を負っても押し返せる。

 そう思っていたのだけれど。


「え……ちょっと、どうしたの!? な……きゃああっ!」


 そちらを見れば、最初にゴブリンに襲われた冒険者がもうひとりの冒険者に襲い掛かっている。

 体中傷だらけで、白目を剥きながらも歯をかちかちと合わせて喰らいつこうとする姿は、今まさに襲い掛かってくる魔物の様相そのものだった。


「ちょっと、まさか……!」


 見れば周囲でも似た現象が起こっている。


「おいやめろって! 一体どうしちまったんだよ……なっ、その目は……! ぐあっ!」

「くそっ、正気に戻れって! な……やめろ、やめ……! ぎゃあああっ!」


 傷を負った冒険者が涎を撒き散らして味方に襲い掛かる。

 理性を失いひたすら肉を求める姿にもはや人間の面影はなかった。


「お前ら聞け! 魔物から傷を受けると奴らと同じ狂乱状態になる! 絶対に噛まれるな! もし噛まれた奴がいたら――」


 躊躇なく首を刎ねろ。


 さっきまで仲間だった者を討てという、情け容赦の無い命令が冒険者達に下された。



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