表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/91

救われないもの同士、ずっと 元受付嬢視点

「では、ソアラちゃんは私が責任を持ってお預かりいたします」


「こちらこそ娘をよろしくお願いします。その、あらためて助かりましたナナリさん」


「いえ、そんな」


「正直、心を壊してしまった娘にどう接していいかわからなかったものですから。……親としても神に仕える身としても、恥ずかしい限りですが」


「誰にでも力の及ばないことはありますわ。うぷっ……失礼。それに、これは罪滅ぼしでもあるのです。あの凶行の現場にいながら、私は彼女を救えなかったのですから」


「そんな、貴女は悪くありません。こうしてソアラの介護もして下さると買って出てくれたのですから。養育費は毎月必ずお支払いしますので、重ね重ね娘を頼みます」


「お任せください。こう見えても私達、ギルドではとっても仲良しだったんですもの。ねっ、ソアラちゃん」


「…………」


「言葉が聞こえなくても、きっと貴女の優しさは娘に届いていると思います。どうか、貴女に神の祝福があらんことを」


「恐れ入ります。では、そろそろ失礼しますわね」


「はい。本当にありがとうございました」






「あなた、もう行った?」


「ああ。……ふう、ようやく肩の荷が下りた。まったく、お前がソアラを義兄さんのところへ入りびたせるからこんなことになったんだぞ」


「わ、私のせいだって言いたいの!? いくらセイラが優秀だからって、末のあの子は全然気にかけてなかったくせに!」


「金と自由だけ与えて甘やかした結果がこれだ。こんなことなら自分で育てるべきだった。いいか、セイラの耳には絶対に入れるなよ。あの子は今()()()()()()を補佐する大事な聖務の最中なんだ」


「う……うう」


「大体、お前だって意思の疎通もままならなくなったあの子をずっと避けていたじゃないか。今だって隠れて見送りもしなかった」


「だって! あんな風になった娘を直視できるわけないじゃない! あんな! あんな……!」


「……もういいだろう。忘れるんだ全部」


「うう……ごめんなさい、ソアラ」



 ☆★☆★



「ええ、こちらで構いませんわ。ありがとうございます。くれぐれも司祭様によろしく」


 車椅子に乗った彼女を御者に手伝ってもらい降ろしてもらうと、馬車を見送った私は彼女を伴って家の中に入る。

 行き先は()()()専用に用意した部屋、地下室だ。


 ……誰も見てないしもういいか。

 馬車の中でさえ、こいつへの殺意を抑えるので大変だったし。

 私は彼女の襟首をつかんで車椅子から立たせると、引きずるように地下まで連れて行った。

 ドアを開けて突き飛ばしてやると、ソアラはみっともなく床に転がった。


「……ンン……ングッ……!」


 おお、痛そう。

 室内全部石造りだものね。

 でもすぐ慣れるわ。


「ようやく2人になれたわね、ソ・ア・ラ・ちゃん♪ 今日からここがあなたのスイートルームよ」


 まあ見なさい。

 ドアは外からは鍵が掛けられ、家具は慰め程度に手桶が置いてあるという充実した内装。

 換気性が悪くそれでいて外気は籠るから、夏はやたら暑く冬はめちゃ寒いという最高の気密性を保持しているの。

 ソアラちゃんの“終の住み処”としては、この上ない良物件だと思わないかしら。


「あれから大変だったのよ。ウプッ……治療費で蓄えたお金はすっからかん、あなたに散々蹴られたせいでお腹の調子はいつまでもよくならないし、片目もずっと見え辛いの。お陰で仕事に就いてもすぐに追い出されて、本当、どん底よ。……誰のせいだと思う?」


 アレッサのせい? 違う。

 思えばあいつは存在や行動がクソうざかっただけで、直接何かしてきたことはなかった。


 ではあの司祭のせい? 実害は受けたが厳密には違う。

 あいつは人の皮をかぶったクソ。道端で踏まれるのをじっと待ち、運悪く踏んだものを破滅させるだけの存在。


 問題は、人を疑うことを知らない私の道を踏み外させて、クソを踏むように誘導した下種がいるということだ。


「以前、私に復讐を勧めたわよね。ええ、私、今こそ復讐を果たそうと思うの。……てめぇの体で」


 ソアラは床で蛆虫みたいにのたうち回るだけだ。


「……おい、聞いてんのか……っ!」


 私がされたように、その腹を思い切り蹴飛ばしてやる。

 少しだけ浮いた彼女の体は再度床に叩きつけられた。


「――――ンッ!! ンゴォッ!!」

「何言ってるかわかんねぇよ! ほら、ほら! ちゃんと人の言葉でしゃべれ、カス!」


 溜まりに溜まった日頃の鬱憤が消えていく。

 ああ、最高! これよ、これ! 


「私の人生が台無しになったのは、ぜええええええええええんぶ! お前のせいだ!!」


 どいつもこいつも私を見下しやがって!

 一生懸命頑張ったのに、あんなにあっさりクビにされた!

 どこへ行ってもお祓い箱で、誰も私を見てくれない。


 こうなったのも全部全部、お前のせいだ。


「アハハハ! ほら、泣け鳴け啼け!」


 奇麗な髪が台無しだなぁ!

 ってか、ぶっさ! 顔が超ぶっさ!


 そんな面でよく男子に言い寄れたなぁ!


(復讐って気持ちいいいいいい!)


 理不尽を強いられたものの正当な権利。

 お前がやれって言ったんだからな!

 どうだ! どうだ! 正義の蹴撃を受けてみろ!


「う……げほっ……! うぷっ……息が……」


 もっと憂さを晴らしたいのに、少し動いただけですぐに胃液がこみ上げてくる。


「ああ、そうだ。そろそろランチの時間よね」


 丁度良かった。

 こいつへのメニューは決めてある。

 私は手桶を掴むと、迷うことなく胃を解放、内容物を吐き出した。


「お……オエエエェェ――ッ! はぁはぁ……ふう。この通り、胃が緩くなってるせいで、すぐに吐き出しちゃうの。……気味悪がって友人は全員離れていった。……あんたのせいよ、全部、全部」


 手でヘドロのようなそれを掬い取って口へ運んでやると、意外なほど素直にソアラはそれを啜った。

 潰れた喉をコクコクと液体が通過すると、盛大にむせた。


「ゴホッ……ゲフッ!」

「おい……誰がこぼしていいって言った! 私の作った飯を食え! 食えよ! 食うんだよ!」


 地べたにこぼれ落ちたゲロを喰わせるべく、顔面を擦りつける。

 うめき声を上げながら手足をばたつかせるものの、復讐鬼と化した私の力を上回るものではない。


「アハハハ! アーヒャヒャヒャヒャ! ザマァねぇなぁっ! 散々私を弄んだ罰だっ! うぷっ……! アハハハ……っ!」


 お前らがアレッサを嵌めるよう焚き付けなければ、私は今もギルドの受付嬢だった。

 お前があの司祭を紹介しなければ、私はあんな目に遭わずに済んだ。


「全部、ぜんぶ、ぜーんぶ! お前らが悪いんだっ!」


 これから毎日、死ぬまでなぶり続けてやるからな。

 助けになんか誰も来ない。


 お前の父親がした最後の顔、ばっちり見たぞ。

 あれは、厄介者がいなくなって清々したって顔だった。


「哀れねえ、肉親にも見捨てられて! どんな気持ち、ねぇ、どんな気持ち!?」


 目も見えず、耳も聞こえず、声も片手も失って。

 でもなぁ、全部、自業自得だろうが!

 私の負った心の傷はも~~~~っと深いんだ!


「……ん?」


 ふと、ソアラが無事だった手で床に指を走らせている。

 ただのたうち回わせているだけかと思ったけど、どうやら一定の動きをしているらしかった。


(なに……何かの、言葉?)


 規則的に動くそれを、自分でも指を動かして確認する。

 すると。


「……ご……め……ん……な……さ……い……?」


 ごめんなさい。

 指は、そう動いていた。


「ふ……ふざけっ!」


 今さら、何言ってんだ。

 何もかも遅いんだよ、私の日常は、幸せは、帰って来ないのよ!

 嘗めやがって。こいつ、やっぱり殺してや――



「ごめんなさい、ナナリ。入口を汚してしまいました」


「ミスは誰にでもありますから。さっ、掃除掃除っと♪」



 過去の言葉がよみがえる。

 あれは、そうだ。

 あの時の。


「……………………あれ」


 視界が歪む。

 なんだこれ。

 頬が濡れる。


「……泣いてるの、私」


 ぽろぽろ、ぽろぽろ。

 涙が止まらない。


 私の人生を台無しにしたソアラを痛めつけて、少しは胸の溜飲が下がってるんじゃないのか。


「なんだ、これ」


 床に転がるソアラは、今も指を動かし続けている。


(そうだ、私は)


 切っ掛けは事務が好きだったからかもしれない。

 それでも、誰かの成功の支えになりたいと思った。

 階級が上がって喜んでいる冒険者を見るのが好きだった。


「…………虚しい」


 こんなことがしたかったんじゃない。


 居場所を汚されそうになったからって、気に入らない人間を追い出そうとして。

 感情を剝き出しにしていたら、いつの間にか引っ込みがつかなくなってしまった。

 自分がこんなに意地汚い人間だなんて、知らなかった。


「……」


 ソアラの腕を取って、意思を伝えるために指を動かす。

 伝えたいことは1つ。


『死にたくないか?』


 もう彼女への恨みはなくなっていた。

 今となっては誰にどんな憎しみを持っていたのかもわからない。

 ただ、こんな体になったソアラが憐れでしかなかった。

 もし彼女が終わりにしたいというなら、未来のないもの同士、一緒に死んでやろうと思った。

 意思が伝わった途端、よほど怖かったのか彼女は暴れ狂った。


「…………本当に、どうしようもない奴」


 わかったよ。

 私は、誰かを支えたかったんだ。

 お前がもういいって言うまで、面倒見てやるから。


「……世話が焼けるなあ」


 また涙が出てくる。

 

 お互い、救いようがない者同士。

 生きていこうな、ずっと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ