終
「……ん」
暖かな気配を感じて、わたしはテーブルから顔を起こした。
ゴアさんにお願いしてエコー君と同じ部屋に泊めてもらったのだけど、いつの間にか眠ってしまったようだ。
背中には薄手の毛布がかけられている。
「おはようございます、お姉さん」
顔を移すと、ベッドの上で昨夜と同じ姿をしたエコー君が包帯の巻かれた顔を向けていた。
「おはよう。良かった、元気そうですね」
意識が戻っていたことだけで安堵する。
後は教会で回復魔法をかけてもらえば、体の傷や骨折も治してもらえるだろう。
「もう死ぬんだって、思ってました」
「わたしが言うものなんですけど、人間って意外と頑丈なんですよ」
「僕はハーフエルフですよ」
「揚げ足を取るぐらいに回復したならもう大丈夫ですね」
あなたが何者かなんて関係ない。
たとえ魔族だって、わたしがあなたに救われたことに変わりないんですから。
「……1年前。あいつらに、両親を殺されました」
エコー君は静かに口を開く。
「僕の使っていた大剣は、冒険者だった母さんのものです。薬師だったエルフの父さんが魔物に襲われたところを助けたのが切っ掛けで冒険の手伝いをするようになって、結ばれたって言ってました」
彼が出会った時に使っていた大剣。
最近は部屋に置いてきているけど、元々お母さんのものだったというのであれば、少し不釣合いだったのも納得だった。
「でも、エルフの里ではすごく非難されたそうです。特に僕が生まれてからは悪化したみたいで、彼らに見つかるたびに「裏切り者」だって嫌がらせされて、その度に町を移りました」
「……」
「せっかくお友達ができたのにごめんねって何度も言われました。でもそんなことより僕は、両親が傷つくのが嫌だった。大好きな家族と暮らせればそれで良かったんです」
だから、いつか世の中が変わってくれるまで、2人を守ってあげられるくらい強くなりたかった。
「ある日、家にあいつらがやってきました。あいつらは他のエルフと違ってた。いきなり父さんと母さんを痛めつけたんです」
「……っ」
「あいつらは強かった。家のことで忙しかったとはいえ冒険者の母さんがあっさり負けてしまうくらいに。家の中に酷い音と嘲笑う声がずっとずっと響きました。その間、僕はどうしてたと思いますか?」
エコー君は答えを待たずに告げた。
「どうもしなかったんです。床下の収納に隠れて、震えてました。大好きだとか、強くなりたいとか言いながら、怖くて何もできなかったんです」
「そんなの……」
体が動かなくて当然だと思う。だって、まだエコー君は……。
いや、違う。
わたしと同じ、助けられたかどうかじゃない。
「父さんは母さんにずっと謝ってました。母さんは体を切り裂かれても心配をかけさせまいと最後まで我慢してました。2人とも、どれだけ痛めつけられても、僕のことを話しませんでした」
弱さを理由にして、何もしなかった。
大切な人を見捨ててしまった後悔。
小さな体の中に、ずっと抱えて。
「出ていったって犬死するだけ。2人を悲しませるだけだって心の中で言い訳して、逃げたんです。……あいつらにも言われました。僕は卑怯者です」
違う、それは。
あなたはそんな子じゃない。
「それだけじゃないです。お姉さんに近付いたのだって」
「……え?」
わたしの話を出されて、言葉が詰まる。
「森の中で寂しそうな顔をしたお姉さんに会って思ったんです。この人もきっと、僕と同じように大切なものを失ったんだって。……あの時は守るとか都合のいいことを言いましたけど、本当は僕が孤独に堪えられなかっただけなんです」
もしかしたら“同じ”かもしれない人。
命を失うよりも1人にされるほうが怖かったから、だから必死で後を追った。
心の弱さを誰かと共有したかった。
「お姉さん、どうしたら強くなれるんですか?」
「……エコー君」
「どうしたらお姉さんやディーさんみたいになれるんですか? 教えてください。僕、強くなりたいです」
誰からも奪われないように。
強くなりたくて、母と同じ冒険者を目指した。
「ギルドでエルフの人に凄まれた時、怖かった。階級も上がって強い魔物も倒したはずなのに、恐怖が消えないんです。大切なものが奪われそうになった時、また逃げ出すんじゃないかって、怖いんです」
あとどのくらい強くなれば、苦しまなくなるんですか。
どうしたら悲しまなくて済むようになるんですか。
教えてください。
「それは……」
わたしはその答えを持っていない。
2人を死なせてしまった後悔ばかりで、先に進むことができなかったから。
何もかも背負って、苦しんで消える。そういう道を選んでしまったから。
だから――
「あせらないで」
その小さな体に手を重ねて。
「あせったら駄目です。少しずつでいいから、強くなっていけばいいんですよ。でないと……わたしみたいになっちゃいます」
あなたは、成長しているのだから。
だから、わたしなんか目指したら駄目だ。
言い聞かせるように告げる。
「……3人で依頼をこなして、わかりました。わたしの元のパーティーだったら、たとえあの時は無事でも、きっとどこかで躓いていただろうって」
《セルフヒール》が無かったら、わたしは何回命を落としただろう。
もしあのまま上の階級に進んでしまったら、何回彼らを死なせてしまっただろう。
「お姉さん……」
何回失敗したっていい、階級が落ちたっていい。
みんなで少しずつ成長すれば良かった。
励まし合って、伸びていけば良かった。
「いつの日か、エコー君に大切な人ができるその時までに、強くなればいいんですよ。だから、ゆっくりでいいんです」
失わなくてすむように。
それまでは。
その時までは――
「今まで辛かったね。でも大丈夫、ちゃんとあなたは強くなってるよ」
傍に居てあげたいと、思うから。
「……う……ひぐっ…………!」
嗚咽が聞こえる。
抱えこんでいた気持ちが溢れていく。
わたしはゆっくりと彼の頭に腕を回した。
「ごめんね。わたし、泣けないんだ」
「う……! いいん……ですっ……! ぐすっ……! 僕は……ぼくは――! う……うわぁああああああああああん!」
少しでも彼の悲しみを受け止めてあげられれば。
その痛みも肩代わりできればいいのに。
悲しいのは、わたしひとりで沢山なのだから。
もし違った出会いをしていたら、この子も入れて――ううん、ディーも入れて、6人で歩む道もあったのだろうか。
でも、そんなこと考えたらダメだよね、カーナ?
――当然でしょ。ひとりだけ生き延びたくせに、希望なんかあると思うな。
ヴィクト君、やっぱりゆるしてくれないよね。
――当たり前だろ。お前だけ幸せになれると思うな。
わかってます。
ごめんなさい、少しだけ未練が生まれちゃいました。
でも、もうすぐ。
あと2つで、もうすぐ償い終わるから。
だから、待っていてくださいね。
2人とも、ずっとずっと、大好きですよ。
☆★☆★
「それで迎撃戦までにエコーを修業をしてくれってワケね」
数日が経ち、わたしはすっかり傷の癒えたエコー君を伴ってディーのもとを訪れた。
強くなりたいといっても、その方法は実際に強い人に訊くのが一番。
そうなると一番頼りになるのは、やはり彼女だった。
「よろしくお願いします、ディーさん!」
ちなみに、わたしが払おうと思っていたゴアさんへの手術費はディーが肩代わりしてくれたそうだ。
後払いだった依頼の報酬と相殺してくれたらしい。
彼女に支払ってもらうのは筋が違う気がしたものの、好意を受け取らない方が機嫌が悪くなるとゴアさんにも言われたので、素直に受け入れた。
また、仮宿がエルフに襲撃を受けたことは衛兵にも通知してある。しばらくは彼らが目を光らせているはずだから、町の中にいる内は同じ目に遭うようなことはないだろう。
「前に協力するって言っちゃったし構わないけど。でもまずはスキルを取ったらいいんじゃないかしら。あんたまだ何も覚えてないんでしょ?」
確かに、エコー君はまだどこの修練場でも訓練を受けていないため、スキルを修得していない。
依頼の報酬はちゃんと分配しているから今なら講習料にも困らないはず、この機会にスキルを覚えてみるのもいいと思う。
「それもそうですね! じゃあ、さっそく……って、あれ」
「どうかしたんですか?」
ふとエコー君が不思議そうな顔をする。
何事か聞いてみると、彼は胸に手を当てて。
「いえ、それが。今『胸奥』を見てみたら、なんだかスキルが増えてるんです」
「え?」
勝手に増えるなんて、そんなことあるのだろうか。
どんなスキルでも修得する際には『~~のスキルを修得します、よろしいですか』といったメッセージが入る。
これに明確な意志で答えないとスキルを覚えられないため、うっかり増えているなんてことは有り得ないはずだった。
「《フリーズ》ってスキルなんですけど、知ってますか?」
「うーん、聞いたことないですね」
名前の響きとしては魔法系統のような気がするけど、心当たりはなかった。
「試しに使ってみたらいいんじゃない? まさかいきなりこの辺が吹っ飛ぶことはないでしょ」
「それもそうですね! じゃあ人生初スキル使ってみます! 《フリーズ》!」
エコー君が勢いよくスキルを唱えるものの、特に何も起こらない。
「……あれ?」
「何も起きませんね……対象指定型かもしれません。あっちの木を目標にする感じでうてますか?」
「は、はい! クールタイムがあるみたいなので、ちょっと待ってください」
ややあってもう1度発動を試みるものの、やはり変化はない。
「うーん、何なんでしょうね」
「レベルが低くて効果が分かりにくいんですかね。……あ、でも次のレベルに【星】20個使うんですけど、これって普通なんですか?」
「にじゅっ!?」
レベル1つ上げるのに20個なんて、どんな冗談だろう。
さすがに何だかよくわからないスキルに消費していい量ではないので制止する。
「そのスキルはとりあえず保留しましょう。20個も使うくらいなら戦闘スキルを複数覚えたほうがいいでしょうし。ね、ディー」
そちらを振り返ると、彼女はなんだか怪訝な顔をしている。
「どうかしましたか?」
「……いや、なんか今、違和感がなかった? 急にエコーがかくっとブレたような」
「へ? わたしは何も感じませんでしたけど……」
何かスキルの効果に思い当たる節があったのだろうか。だけど、結局答えは見つからなかったのか表情を戻した。
「まぁいいわ。スキルだけど参考までに言うなら――」
それから2週間。
エコー君はディーの助言をもとに剣術やスカウトスキルを修得し、空いた時間を見つけては彼女を相手に修行を受けた。
体で覚えろとばかりの実戦を主体とした訓練は生傷が絶えなかったけど、戦いの中で彼の動きは少しずつ研ぎ澄まされているように見えた。
「で、強くなりたいって具体的に目標とかあるの?」
「うーん、そうですね。せめて僕を襲った奴ら――両親の仇を討てるくらいにはなりたいです!」
「え、あいつらそうだったの? 全員ぶっ殺しちゃった」
「えっ」
やがて作戦の正式な日時が通達され、わたし達は“グランドフォール迎撃戦”当日を迎える。
というわけで第2章完!
物語もいよいよ後半戦!
第3章は来週中にはアップを始める予定です!
また活動報告に作品の裏話などを記載してみましたので、興味がございましたらお目通しいただければ幸いです!
寝る前にほっこりできるようなお話を心がけつつ、最後まで執筆がんばりまあああああああす!




