19 狩人視点
誤字脱字報告ありがとうございます!
身の引き締まる思いと共に、しっかりとお目通ししてくださっている方がいると思うだけでも感無量であります!
森の中の廃屋となった製材所が叔母様達の仮の住み処だった。
2つの民家を組み合わせたような内部には投棄されたままの資材と共に、酒瓶や動物の死骸が散乱している。
化け物の襲撃から逃げおおせた叔母様達が気を取り直すために飲み食いして、そのまま投げ捨てたものだった。
「それにしても何だったの、あれ。200年生きてきて、あんな化け物初めて見たわよ」
「凄まじい重圧だった……あんなのが近場の森にいるとか、この町はどうなってんだ」
「おい、どうなんだよアーシェ」
「ひっ!? あ、アタシにもわかんないです……っ!」
ドア1枚隔てたアタシに声がかかり、急いで返事をする。
もう何もかもが怖い。心臓がばくついて体の震えが止まらない。
あの後、どうにか這いつくばって逃げ延びたものの、アタシはすっかり針のむしろだった。
襟首を掴まれて頬を張られ、裏切り者と恫喝された。
今は「小便臭いからどうにかしろ」と言われ、ぐしょ濡れになった下着をトイレで片付け、そのまま引きこもっているところだ。ここから出たらどんな目に遭わされるか、想像しただけで身震いがする。
「まあ、あんなものは早々出くわすまいて。じゃが、あの童はどうする」
「どうするって……あれで生きてたら引くわ」
「命の消える瞬間が一番オーガズムを感じるってのに、あのお漏らしがもたついてるせいで見損ねたわ。あんたの姪とは思えない腰抜けね」
「教育がなってなくて申し訳ないわ~。今後は里に連れ帰って徹底的にしごいてやるから。……おーい、この通り手紙も取ってあるんだから、逃げられると思うなよ」
「うぅ……」
わざわざ証拠を保管しているなんて入念過ぎる。
これで冒険者も辞めざるを得ない。アタシの未来はお先真っ暗だった。
「あー、なんかスッキリしねーわー。他に死んでもよさそうな奴にアテとかある?」
「西の里で男が1人逃げたって聞いた……毎日愛情もなく体を貪られるのが耐えられないって、置き手紙遺して」
「何が愛情じゃあ。男なら死ぬまで女を悦ばせえ。口直しじゃあ、ぶち殺せえ」
「でも最近は私達が頑張りすぎてるせいで、裏切り者の数も減ってるからね~。さくっとやるのも勿体ないっていうか。ここは1つ、泳がせてみたら? 少し待てば人間とくっついてガキ作るだろうし」
「いいわねー! 幸せな家庭を築いたところでぐちゃっと踏みにじる。別に10年ぐらい余裕で待てるしね、私ら長寿だし」
「ぷくく……今度こそ親の目の前でガキをやってやる」
「男も人間もハーフエルフも皆殺しじゃあ。皆いい声で啼くんじゃあ」
このヒトデナシ共ぉ……!
こんな奴らをアタシは慕ってたのか。
(うう、ごめん。2人とも……ごめん、ごめん、ごめん……!)
やり直したいと思っても、もうどうしようもない。
エコーの悲壮な顔が頭から離れない。アレッサも、アタシのせいで死なせてしまった。
――ぜんぶ、自業自得。
これからアタシは叔母様の奴隷になって、死ぬまで業を背負い続けるのだ。
「ウフフ。この世がもっと裏切り者で溢れ返りゃいいのに。そいつらを殺しまくって、私らは末永ぁ~い人生を謳歌するのよ」
そう口にする叔母様の顔は、どれだけ愉悦に富んだものだったか。
だけど、その時。
ガンッガンッと鉄を叩くような音が響き、直後に木板が砕かれるような音がする。
「なんだ、扉が!?」
どうやら音は、入口が踏み抜かれたものだった。
誰がそんな真似をしたのか、もしかしてあの化け物が追ってきたのか。いずれにしてもトイレにいるアタシからは見えない。
「お前ら? エコーをやったのは」
女の声が響く。
それは人のものだったけど、ひどく無機質で感情の無い、それでいてどこか聞き覚えのある声だった。
「あぁ!? 人間が何の用よ」
「あの餓鬼の名前を知ってるなんて、もしかして、あのハーフエルフのカノジョ2号かしら」
「ぷくく……オトモダチとカレシを同時に殺されてぶち切れちゃったの? なんだったらあんたも仲良くあの世に送ってブッ!!??」
何かがひしゃげるような音がして、言葉が止まる。
ここからは何も見えない。
「な、なんだこのアマ! てめぇなんか私の弓で――は、速!?」
「ぢ、ぢぐしょっ! 人間風情が嘗めやがっ……ブッ!」
「吹き矢が当たらん……! なんじゃこの娘――おげっ!?」
(何。なにが起きてるの?)
性根はさておき、叔母様達は全員が狩人として屈指の腕を持っている。
弓術主体の狩猟に特化したスキルを極め、そこらの魔物など歯牙にもかけない。冒険者であれば『白銀』さえ狙えるだろう実力者の集まりだった。
そのはずなのに、聞こえてくるのは乱入してきた何者かに翻弄される叔母様達の声。
「動きが読めない! 誰か足止めしなさいよ!」
「そんなのどうやって……ハッ! ちょっと後ろ!」
「!? うぉ……!? や、やめろ! こんな老いぼれに何をする気……ま、ままま待て! それは血液を侵す毒で、そんなに入れたら――う……うぎゃあああああああああああああああ痛ぇえぇぇぇぇぇええええええええええええええ!!!!!」
「て……テメェよくもぉ!! ぎゃっ、め……目がぁ! ま、待って! ――ブッ! 見えない! や゛め゛っ! ギッ! ヤメロ゛ッ! ブッ! ブゴッ!」
「よ、よくも仲間をやりやがったなぁ!? 喰らえ必殺の一撃を! 弓術スキル《フォレスティア・マズル》――う、嘘ッ素手で掴みやがった!? なっ、消え――う、うぎゃああ腕がああああっ!!!」
凄惨を体言したような絶叫がこだまする。
聞きたくない、見たくない。
その先に広がっている光景は確実に、恐怖以外のなにものでもない。
それでもアタシは、残りカスのような勇気を奮い立たせて、気配を悟られないように細心の注意を払ってトイレのドアを片目の分だけ開いた。
「や゛、や゛め……! オブッ! ブゴッ! わじは……ッ! ガブッ! まだ死にだぐっ……! ブゲッ! ベッ! ガヒッ! オッ……! ……っ」
「あひぃ! 見え゛ないっ! 見えなギッ! ガッ! 舌噛……オゲッ! やめでっ!! アビッ! 許じ……ゴッ! グ……ッ! ……ッ……ッ」
黒い外套を纏った黒髪の女に、叔母様達が蹂躙されている。
ランプの明かりに照らし出された巨大な影を踊らせる姿は、暴れ狂う1匹の獣。
悲鳴を上げる彼女達とは対照的にその顔は冷徹そのものだった。
本当に心があるのかと思うほど、まるで作業のようにエルフを解体していく。
それも武器1つ持たず、四肢のみで。
だけど何より驚いたのは、アタシはその顔に見覚えがあった。
“ビー”。
冒険者ギルドでそう名乗り、アレッサのパーティーに突如加わった人間。
アタシ達に生意気な態度を取った、軽薄そうな女。
「ま……待って! 話を聞きなさい! 私達だってハーフエルフを殺すなんて本当はしたくないの!」
すっかり戦意を喪失して尻餅をつき、壁際に追い詰められた叔母様に彼女がゆっくりと近付く。
「でもこれは種族の問題、貴女たち人間にはわからないかもしれないけど、これはエルフの存亡がかかった大事な――ブッ!!」
彼女はへたりこむ叔母様の頭部を鷲掴みすると、顔面に容赦なく膝を叩き込んだ。
「待って聞いてっ!! ――グブッ! 話を゛っ!! ブッ! お゛願ヒッ……! オ゛……! ッ――! っ……! 死にだぐナ゛……ぶっ! ……っ! ……っ! ……っ」
ごっ、ごっ、ごぎっ、ぐしゃっ、べきっ、ぐちゃっ、ぶちゃっ。
何度も何度も。
口を開くなとばかりに、その顔面に叩きつける。
目も鼻も口も原型が無くして、叔母様の体がずるりと床に崩折れた後も駄目押しとばかりに上半身を足蹴にする。
まるで人の体をなめしているみたいに見えて、その肉体が単なる肉に変わっていくごとにアタシの筋肉も弛緩していった。
「あ……あ゛あああああ!!! 誰かだすげでええええ!!!!」
最後に生き残ったエルフが涙声を上げて窓から外へ飛び出す。
ビーは追おうともせず、おもむろに叔母様の弓を拾うと矢をつがえる。
その姿態は熟練の弓士となんら遜色のないものだった。
極限まで引き絞り、エルフが逃げた方角へと、迷いなく放つ。
「――うぎゃっ! あ、あし、脚がぁぁぁっ……!」
続けて、1本。
「ぎっ……! ああぁぁ痛ぇえええ……っ! あ゛あ゛ああああ!! イヤ! イヤよぉ!! 殺ざないでぇぇぇええ!!」
ビーは弓を放り捨てると、扉を出て泣き喚く声の方へと向かう。
後に残ったのは血の臭いだけ。
(ウィノナ……アンタの推理、当たってたわ)
アタシは確信した。
一切の容赦なく叔母様達を惨殺した非情さ。
間違いない。ソアラやナナリをやったのは、ビーだ。
ラビはアレッサに友人なんかいないって言ったけど、彼女の内から放たれる怒りの波濤が全てを語っていた。
よくも、わたしの仲間をやってくれたな、と。
「……はっ」
ふと我に返る。
そうだ。今なら、ここから逃げられる。
アタシはまだ見つかってない、とにかく一刻も早く町へ帰ってラビ達に相談しよう。
「あ……あぅぅぅ。あ、足が……」
またもや腰が抜けてしまって、這うようにしか進めない。
いつの間にか下半身がまたぐっしょりになっていた。
でも、今はそんなことどうでもいい。
早くここを離れないと、あいつが戻ってくるかもしれない。
叔母様達の死体を見ないように通り過ぎて、アタシはやっとの思いで出口へ――
「お前で5人」
すぐ目の前に、黒いブーツに包まれた2本の足。
次いで、ぴちょんぴちょんと水の滴る音。
恐る恐る顔を上げると、片手に断末魔の表情を浮かべたエルフの首を携え、無表情のビーがこちらを見下ろしていた。
「あ……あ……」
どちゃり、と首が落ちて苦悶に歪んだ顔がこちらを見る。
息をつく間もなく、這いつくばるアタシに、彼女が血に染まった拳を構えた。
「ま、待って! アタシよ! アーシェよ!」
アタシは慌てて口を開いた。
このままじゃまずい。とにかくまずは話を聞いてもらわなきゃ。
「エルフに知り合いはいない」
「いやいや! ギルドで顔を合わせてるじゃない!」
お互い関係はよろしくなかったけど、腐っても同じギルドの仲間。
せめてアタシの言い分だけでも聞いて、その上で、ちゃんと償わせて欲しい。
2人が死ぬ原因を作っておいて、何をどう誠意を見せればいいかはわかんないけど、でもでも……!
その時。
開け放たれた窓からふわりと風が吹いて、1枚の紙切れが宙を舞った。
「あっ、それは!」
「…………?」
アタシの反応が気になったのか、空中の紙をキャッチする彼女。
やめて、お願い。
それだけはダメ!
その手紙だけは見ちゃダメえええええええ!!!!
拝啓
親愛なる叔母様へ。
エルフの里は冬支度でお忙しいことと存じますが、ご機嫌いかがでしょうか。
さてこの度、アタシの所属する冒険者ギルドに、叔母様がご執心なされているハーフエルフの子どもが現れました。
その子どもは生意気な態度で幅を利かせ、ギルドの大切な仲間へ毎日のように迷惑行為を行っております。
以前、叔母様のおっしゃっていた通り、ハーフエルフは存在してはならぬものという言葉を痛感しております。
つきましては叔母様達のお力で、どうか件の悪童を除去していただけないかと思い立ち、ご報告いたします。
それでは、末筆ながらご自愛のほどお祈り申し上げます。
敬具
貴女の愛すべき姪 アーシェより
第2章は後2話で完結となります!




