18 後半暗殺者視点
時間は少し遡る。
色町の閑散とした路地裏。
華やかな表通りとは違い、人気のない入り組んだ通路の奥にディーが借りているアパートはあった。
2階と3階で明らかに壁の材質が違う年季の入った木造建築は、壁の所々が朽ちており、補修のための木板が何枚も打ち付けられている。
事前に聞かされた3階にある彼女の部屋までわたしは急いで階段を昇り、部屋の扉を叩いた。
「ディー! いますか、ディー!」
周囲の迷惑も顧みず叫ぶ。
程なくしてドアが開き、怪訝そうな顔をした部屋着のディーが現れた。
「どうしたのよ、何かあったの?」
「あの、それが……!」
エコー君が攫われたことを告げようとして、テーブルとベッドだけの簡素な室内に見知った顔を見つけて言葉が切れる。
「やあ、お昼ぶりだね」
奥の椅子に座って寛いでいたのは、日中に採集品を届けた時にも顔を合わせた錬金術協会のゴアさんだった。
こちらはその時と変わらずローブを着用している。
「一緒に暮らしてたんですか?」
「そんなわけないでしょ“仕事”の話よ。それより用があるんじゃないの」
「そ、そうです! あの、大変なんです! エコー君がさらわれてしまったんです!」
「……は? 誰に」
「わかりません……ただ、拷問するとか酷いことを言ってました! わたしは睡眠薬のようなものを嗅がされて、何もできなくて……! どうしよう、どうしたらいいですか!?」
「落ち着いて。……悪いけど、あんたの用事は後で聞くわ」
「急ぎじゃないし構わないよ。ところで私も話に混ざっていいかな? 一応世話になった身だし、力になれるかもしれない」
「は、はい! ええと……!」
ゴアさんまで協力してくれるのはありがたいけど、何から話したものか頭が混乱する。
おろおろするばかりのわたしにディーは冷静に口を開いた。
「攫われたのは間違いないのね。慌てずにその時の状況を思い出しなさい。犯人の特徴とか、口にしてたこととか何でもいいから言ってみて」
「はい、あの、誘拐したのは女性ばかりで5人はいたと――」
覚えている限りの会話内容と、特にハーフエルフに執着していたような旨を話す。
すると、2人はお互いに頷き合った後で再びこちらに顔を向けた。
「エコーを攫った連中だけど、おそらくエルフよ。ハーフエルフは元々エルフの男と人間の女の間にしか生まれないんだけど、そのことを種族の恥だとかで抹殺して回ってる奴らがいるの」
「そ、そんな……!」
「人ひとり連れ込んでそこらに下宿しているとは考えにくいし、彼女らの習性からして森に戻った可能性が高いね」
「近郊をあたってくしかないわね。とりあえず、あんたの宿から近い東門の先を探すわよ。ゴアも今日のところは帰ってちょうだい」
そう言って壁にかかっていた外套を纏って廊下に出るディー。
わたしも続こうとして、後ろから声がかかった。
「待った。今から駆け付けたんじゃアレだ。少年が拷問されて重傷を負っている可能性が高い」
「……っ」
「だから急いでんでしょうが」
「もし少年が大怪我をしていたら錬金術協会まで運んでくれ。私が治療しよう」
「司祭を叩き起こして金積んだほうが確実なんじゃないの?」
「そうかもしれないが、新しい司祭だけど人柄はともかく神聖魔法の腕はいまいちって聞いているよ? それにエルフの作る毒は特殊なものが多くてね。解毒の魔法をかけられることを見越して逆に効果を強めてしまうものもあるんだ。私のほうが専門知識はあるし、本部なら治療に使う薬品も充実している。帰って準備しておくから、任せてくれないか」
「……だそうよ。気に留めといて」
「は……はい!」
わたし達は、仮宿に近い門から出た先にある森へと向かった。
そこは、わたしとエコー君が初めて出逢った場所でもあった。
そして――結果的に、彼はそこにいた。
裸にされ、体中を打ち据えられて、痛ましい姿で。
手足の骨を折られ、痣だらけの顔を見て胸が締め付けられた。
こんなに優しい子が何をしたというのだろう、どうしてこんな酷いことができるのだろう。
ディーが体術やスカウト系の移動スキルを連続で駆使して錬金術協会まで運んでくれなかったら、エコー君の命は無かったかもしれない。
ゴアさんと協会のスタッフが治療をしてくれている部屋の前で、わたしは彼の無事を祈り続けた。
ディーは隣でずっとうつむいたままだったけど、それだけで今にも押し潰されそうな心がほんの少しだけ軽くなった。
やがて、部屋の扉が開いてスタッフが退出していくと共にゴアさんが姿をみせた。
「待たせたね、とりあえず峠は越えた。毒も中和したし傷口もあらかた塞いでおいたよ。手足の骨折も副木しといたし痛み止めも打っておいたから、後は改めて教会で治療魔法をかけてもらえば回復も早いはずだ」
ベッドの上に目を移すと、全身を包帯でぐるぐる巻きにされたエコー君の姿があった。胸がわずかながら上下しているのを確認して、安堵する。
「ゴアさん、ありがとうございます……!」
「いやいや、正直もっと手酷くやられてると思ってたから良かったよ。前に見たハーフエルフの死体は爪剥いだり目玉ほじったり大惨事だったからさ」
「……毒仕込んだんだから殺す気には変わりなかったんでしょ。ふざけやがって」
吐き捨てるように言うディー。
静かな声の中に強い怒りを感じる。
わたしだって憤りしか感じない。こんなこと許されるはずがない。
「おねえ……ざん。でぃーざん……も」
その時、意識を取り戻したエコー君が口を開く。
喉を痛めてしまっているのか、変わり果てた声だった。
「エコー君! 気が付いたんですね」
「生きでるん……でずね……ぼく」
「そうですよ。明日になったら骨を治してもらいますから、今晩だけ我慢してくださいね」
「……ごめん、なざい。めいわぐ、がけて」
「そんなこと思ってないですよ。本当に、無事で良かった」
「ぼくの……ぜいで、ひどいめに……」
「違う、違います! エコー君は悪くないです!」
「あいづに……あのエルフに……言われだとおりでした……ぼくは……いつも守られでるだけの……ひきょう……もの……! ひぐっ……」
「今は話さなくていいから、お願いだから、ゆっくり休んで……ね?」
寄り添い、包帯の巻かれたその手を握る。
どうか、そんな風に思わないでほしい。
その痛みも肩代わりできればいいのに、エコー君の嗚咽はいつまでも続いた。
☆★☆★
これ以上は自分を抑えていられなかった。
ワタシは部屋を出て、けじめをつけるべき連中の場所へと向かう。
「待ちなよ、ディー」
背後で声をかけてきたのはゴアだった。
「丁度良かった。以前から話していた通り、例の毒の材料に『エルフの耳』がいるんだ。ちゃんと依頼するから、持ってきてくれないか?」
「…………」
「耳だけ削いで帰ってこいじゃキミの専門外だろうし、下手に生かして騒がれると面倒くさい。こういうことする連中なら情も湧かないし、ナイスタイミングだね」
「……タダでいい。首ごと持ってくる」
何が依頼よ。
そんなもの無くたって、皆殺しにするのは確定だ。
ワタシの“仕事”の邪魔をした。
それだけで十分だ。
「なあ、アレだ。覚えてるかい? キミと初めて会った時のこと」
急になんなんだ。
そんなもの忘れたくたって脳裏に焼き付いてる。この仕事を始めてから最大の屈辱だもの。
まだ大したスキルも修得していなかった5年も前の話。
報酬を拒んだ依頼主に嵌められ殺されかけた。命からがら逃げ回って、橋の下で力尽きて死を待つばかりだったのを、こいつに発見された。
「あの時のキミは、運命を受け入れてるって感じの目をしてたね。いつかはこうなるだろうってさ」
「あんたのお陰でそうはならなかったけどね。でも驚いた。ワタシの本業を知ったら「実姉を殺してほしい」だものね」
「ああ、邪魔だったからね。親から十分チャンスは与えられてたのに、王都の大学を中退して一気に落ちぶれた。私のところへやってきてはクスリと男漁りの金を無心する穀潰しに成り下がって、こんな奴が肉親だと思ったら吐き気がした」
「研究のためにエルフを犠牲にするとか、あんたも業が深いわねぇ」
「返す言葉もない。……でもさ、姉にも私を可愛がってくれた時期が確かにあったんだよ。あの時はかっとなっていたけど、今じゃ惨めな人生を過ごさせる前に終わらせてやることができたって、納得している」
「何が言いたいのかさっぱりなんだけど」
「フフフ、要するに私はキミが大好きってことさ」
思いがけない告白に、臓物がこみ上げてくるのを感じた。
本当に、面倒なのと関わり合いになってしまった。
「気色悪い、もう行く」
「ああ、最後に1つだけ。キミ歳いくつだったっけ?」
「……18か9よ。オッサン」
これ以上話をしていたらぶっ殺してしまいそうだったので、ワタシは早々にその場を後にする。
エコーをやった奴らはまだあの近辺にいるはずだ、逃がすものか。
☆★☆★
そうだよね、まだそんなものじゃないか。
界隈じゃ最強なんて言われてるけど、キミはまだまだ成長できるんだよ。
怒り、憎しみ、情愛、傲慢――人間の想いを汲み取って、これからも人を殺し続けるんだ。
全部を呑み込んだその時、キミは一流から超一流に、最強を越えた最高の暗殺者になるだろう。
「それにしても、アレだ。ずいぶんタイプの違う子が友人になったんだね」




