17 狩人→パルバライザー視点
今回、作中屈指の残虐・胸糞描写が展開されます。
気分が優れることはないと思われますので、苦手な方は後半をちょろっと見ていただければ、概ね流れは把握していただけるかと存じます。
アタシは、恐ろしいことに手を貸してしまったのかもしれない。
「ほらほら、くたばんのはまだ早いわよ~。最初の威勢はどこいったの……よっ!」
「ぷっ……不っ細工な面になってまぁ。小鬼みてぇだ」
「小さい童じゃのう。痛めつける箇所がもう見つからんわ」
郊外の森の中。
町はすぐそこでも、日が落ちればウルフをはじめとした魔物の動きも活発になるため滅多なことで人は寄り付かない。
だから凄惨な拷問が行われていても、気付くものは皆無だった。
エコーは森の中の開けた場所に連れて来られた後、叔母様達に裸に剥かれて徹底的に痛めつけられた。
始めの内は森中に響くような悲鳴をあげていたけど、叫び過ぎて喉が切れてからはどんどん動かなくなっていった。
体のあらゆるところを殴打されて皮膚は変色しきっている。
顔はぱんぱんに腫れ上がって、年齢も何もわからない。
四肢の骨が折られ、筋が捻じれてあらぬ方向に曲がってしまっている。
……これが、こんな仕打ちが、どんな理由があったって子どもにすることだろうか。
「んん? なんだか反応が薄くなってきたわねー。もっしもーし、意識ありますかー?」
そういって焚火から取った火を何の躊躇もなく背中の傷口に押し当てる。
「……ぎっ!! ぁがっ!!」
「おおっと、まだまだ汚い悲鳴が上げられるんじゃなぁーい♪ ……ならちゃんと鳴いて返事しろよ、害虫が」
ずたずたの足を何度も何度も踏みつける。
赤黒く染まった膝から不快な音を立てて血しぶきがあがった。
「まだ爪が残ってんじゃん……ほら、べりん☆」
「…………ッ!! …………ッ!!!!」
「くぷぷっ! 面白ぇリアクション……っ!」
指の爪をナイフで無理やり剥がされ、血が吹き出す。
体がびくびくと跳ね上がった。
「毒も効いてきたようじゃのう。人間のおなごのと違って、血液の流れに乗って全身を痛めつける毒じゃ。早う後悔せぇ。生まれてきたことを後悔せぇ」
横たわる彼の半開きになった口の端から血液と一緒に黄痰のような粘膜が零れる。
それを見て、彼女達の中で最年長のエルフはにたにたと嗤った。
(アタシ……なんてことを)
こうやって、ただおぞましいだけの殺戮を見せつけられて、目が醒めた。
消してしまえだの殺せばいいだの、いかに自分が軽い発言をしていたのかを。
叔母様達はただ殺人をする体裁が欲しかっただけで、エルフの矜持など最初からどうでも良かったのだ。
「でも驚いたわ~。まさかお前の両親、もうぶっ殺してたなんてね~」
叔母様はもうほとんど息のないエコーの髪を鷲掴みにして、顔を近づける。
「覚えてる覚えてる、1年くらい前かしら~。あんときは白熱したわ。確か、裏切り者の目の前でテメェの女房の皮を足から順に剥いでやったのよ。酷いわ~、人間なんかにうつつを抜かして、私らをほったらかしてさ~」
「――ッ! ……ッ!!」
「「僕と一緒になったばかりにすまない」って男のクセに見っとも無く泣いちゃって。まぁ、ガキのオマエがどこに隠れたのかは死んでも吐かなかったけど。……思い出したらムカついてきた」
叔母様は浮かべていた笑みを消し、眉間に皺の寄った恐ろしい形相を見せた。
「おい、親があんだけ苦しんでたのにコソコソ隠れてた卑怯者。オマエが姿を見せなかったせいでご両親の拷問は長引いたんだぞ。少しは心が痛まないのか。……オマエさえ見つけられれば殺しまではしなかったんだぞ」
「ッ……!?」
「私らはオマエさえ消せればそれで良かった。孕ませられない雄なんて、生きようが死のうがどっちでも良いもの。お前さえ消せば汚い血は繋がらずに済む。それで収めるつもりだったのによ。……誰がすき好んで同族を殺したいと思う」
「…………」
「……なぁんちゃって! あーひゃひゃひゃ!! んなワケね~だろぉ!? 自分が犠牲になれば良かったとか、考えちゃった!? 考えちゃった!!?? バッカでぇっ!! 害虫の分際で一丁前に自己犠牲の精神見せてんじゃねぇっつうのっ!!」
嗤いながらエコーの頭を地面に叩きつける。
何度も、何度も。
「一族郎党皆殺しコースに決まってんだろぉが!!! おらおらどうしたっ! 男のコでちょ~? ご両親の仇がここにいまちゅよ~? 少しは反撃しないんでちゅかぁ~?」
ガツ、ガツ、ガツ――
「ねー、トドメ早くないー?」
「物足りないけど……でももう削るとこなさげ」
「どうでもいいが、良い音じゃのう」
ハーフエルフは呪われてるって、生きてちゃいけないって。
そう聞かされてたから、いつの間にか見下すようになってた。
里で見せしめのように殺されたハーフエルフやその親の死体を見ても、皆が賞賛していたから、そういうものだと流されていた。
それから、罪を犯したものや立場の弱いものには何をしても許されるって、勝手に憎むようになって。
(こんなので憂さを晴らそうとか、アタシ何考えてたの……!)
でも、クルス達が死んだ時は違った。
あの後味の悪さは、誰かが死ぬっていうのはこういうことなんだ。
アレッサだって、こんな気持ちだったのかもしれない。
でももう全部、取り返しがつかない。
(ごめん、エコー。ごめん……!)
「どったの、アーシェちゃん。さっきから静かだけど」
名前を呼ばれて背筋が凍った。
俯いていた顔を上げると、叔母様達が無表情でこちらを見ていた。
「もしかして退屈だった? ごめんね~、私達ばっかり楽しんで。そうだわ、トドメは譲ってあげる」
「え!? あの、アタシ……!」
「ヒト殺すのは初めて? 見ての通り原型留めてないし、ほっといても死ぬから気に病まなくていいわよ~」
叔母様がこっちへ歩いてくる。
穏やかな顔をしていたけど、その裏側に渦巻いているのがまともな感情でないことをアタシは知っていた。
だってそれは、つい最近までアタシの中にもあったものだから。
「ほらほら弓持って。この前なんだか調子悪そうだったし姿態のチェックをしてあげるから~」
「い、いや。アタシは……」
脇から大量の汗が吹き出して服の中をびっしょり濡らす。
できるわけないでしょ。あんな、酷い目に遭った子を――
「言っとくけど、あの子が死ぬのは全部アーシェちゃんのせいよ~?」
…………へ?
「当たり前でしょ。貴女が手紙寄こさなければ私達は来なかったんだもの。こうなるって知ってて送って来たのよね?」
ち、違う!
ううん、違わないけど。確かに送ったけど!
でも、こんなに酷いことだなんて思わなかったから……!
「それとも自分の手は汚したくないタイプ? やん酷い、年上に汚れ役を押し付けて最低よ。というわけで貴女もそろそろ大人の階段を昇る時よ~」
叔母様が合図を送ると、両脇を抱えられる形でエコーの小さな体が持ち上げられる。
だらんとしていて、もう息をしているのかどうかも怪しかった。
腫れあがって潰れた目の奥の色をうかがい知ることはできない。
口からぽろりと落ちたのは歯、だろうか。
アタシが、アタシのせいで、こんなことに。
「ほら、握りなさい。それとも貴女も“裏切り者”になるの?」
叔母様の冷たい声。
そちらを向くと、彼女がぎろりとこちらを睨みつけていた。
彼女だけじゃない、他の3人もアタシに射殺すような視線を送っている。
「う……あ……」
恐怖に駆られて弓を握る。
震える手で矢をつがえる。
怖かった。
断ったら、アタシもエコーみたいにされてしまう。
痛めつけられたくなかった。
だから、心でどんなに呵責を感じたって、本能が鏃を向けてしまっていた。
「…………」
エコーは動かない。
もしかしたらもう息絶えているかもしれない。
それなら、心も痛まない。
だって、死体を射るだけなのだから。
それなら――
次の瞬間、彼の顔が少しだけ持ち上がる。
赤く赤く爛れてしまった顔には、悲しみしか映っていなかった。
「……………………………………で……でき……」
アタシが声を絞り出すのとほぼ同時に。
「――ヒッ!?」
彼女達の1人が短い悲鳴をあげる。
その顔はすぐ左手の方を向いていた。
視線のほうに目を移すと、森の中の闇にぼんやりと、1体の“魔物”の姿が浮かんでいた。
「な、何こいつ」
それは人間と同じように2本の足で立っていた。
体格も成人の男性を一回りほど大きくした程度で、リザードマンなどとサイズはほとんど変わらない。
鎧のような外皮に包まれた全身。筋肉の繊維を剥き出しにしたような体色に、筋骨隆々とした四肢。背中からは蜘蛛の脚に似た腕が何本も伸び、翼のような形状を象っている。
髑髏の形をした頭部には角のような突起の外骨格が背面に向けて逆立ち、その眼窩に目玉は無く、虚無色だけがこちらの様子をじっとうかがっていた。
歯茎を覗かせる口元には鋭利な歯が生えそろっていて、まるで怒りを湛えているようだった。
異形。
魔物? 違う。
魔獣? 違う。
魔族だとか、魔王だとか、生きているとか死んでいるとか、そんな概念では括れない。
誰であろうと一瞬で悟らせてしまうほど、圧倒的な力を持った何か。
抵抗する意識は一瞬で吹き飛び、アタシは弓を放り出してへなへなと尻餅をついた。
『亜人ガ……人ヲ襲ッテハナラナイ』
深い洞穴の奥から吹くような声音で、異形が語る。
『ソンナコトモ……忘レタノカ』
「ひ……ヒィィィィ!?」
叔母様達が脱兎のごとく森の奥へ逃げる。
アタシも早くその場を離れたかったけど、腰が抜けてしまって動けない。
あまりの恐怖に膀胱が開いて下着に生温い感触が広がっていく。
「あ……ヒ……ゆるして……ゆるしてぇっ!」
下半身に力が入らなくて、それでもどうにかアタシは腕の力だけで藪の中を這いずり回った。
頭の中がぐちゃぐちゃで涙と鼻水が止まらない。
その恐ろしい存在が追ってくることはなかったけど、アタシの心は真っ二つに折れてしまっていた。
☆★☆★
『死ンダバルチャーヲ解析シタ。オマエガ“従徒”カ』
妖精族と人間の混血という以外、目立った特徴はない。
見ればスキルも所持していない。
なんの力もあるようには思えなかった。
どのようにして選定されたのか、如何なるお考えがあってのことなのか。
いずれにせよ、落ち度である。
魔物に殺されたのなら良い。
人に与しものに人を傷つける権限は与えていない。
『ロールバック』
動かぬ子にスキルを使用する。
折れた歯や剥がれた爪、その他ある程度の損壊が巻き戻るのを確認。
だが、完全修復には至らず。
痛めつけられる時間が長過ぎたのだろう。
どうする、プレイアの元まで運ぶか。
……いや。
人間が2人、こちらに向かっている。
あの御方の同胞ともう1人の従徒。
子どもを探しに来たか。
できれば1度顔を合わせたかった。
だが、不要な接触は避けねばならない。
ご尊顔だけの拝謁とて、調整の行き届かぬ今ではあるまい。
早々に去らねば。
その前に。
『受ケ取レ、《力》ヲヤル』
こちらの至らなさで傷を負わせた謝罪として、子にスキルの1つを分け与える。
『強クナレ。ソシテ……役ニ立ツガイイ』
これは“人ならざるものの管理”を託されたものの願いであり、主命である。
ドゥーム・アビス解放の時は近い。
問題なくスキルが移されたことを確認し、――は帰還の魔法を発動した。
「焚き火の後……! エコー、いる!? ――っ!?」
「……ディー、エコー君は!? ……あ? ああああああああ!?」
「……まだ息がある。あいつの予想通り毒盛られてるわね。ワタシが急いで運ぶから、後から協会まで来て」
「あ……あぁ……どうして、どうしてぇ……!」
「しっかりしろ! 1番苦しんでるのはエコーよ!」
「あ……うぁ」
「……畜生……!」




