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寒さを感じるようになってきた夜の町。
わたしとエコー君は人気の少なくなった通りを2人だけで歩いていた。
待合所を出たわたし達は、異例とはいえ無事に『真鍮』への昇級を果たしたお祝いとして酒場で食事を取った。
ついでにこれからの打ち合わせも行った結果、1ヵ月後の迎撃戦までは大事を取って戦いのための準備期間にしようということになった。
ディー曰く、そもそも外敵と戦うために設立された騎士団が冒険者ギルドを頼ってくるあたり、今回はかなり深刻に受け止めているのだろうとのことだ。
また、冒険者に手を抜かせないために報酬もそれなりのものを用意している可能性が高いのでは――もしかしたら功績次第で昇級もあるのではないか、という見解だった。
「あの騎士の態度見たでしょ。上にとっちゃ魔族と張り合えそうな『聖玉』とかの冒険者以外、ランクなんてどうでもいいのよ」
ひとたび姿を現せば甚大な被害を巻き起こす魔族の力は、一騎士団を遥かに凌ぐともいわれている。
そんな脅威に対抗するべく『聖玉』以上の冒険者は王都に邸宅まで支給され、手厚い待遇を受けている。
教会と主教様が神聖魔法を用いて邪なる者を阻む結界を張っているそうなので王都圏に魔族が出現することはないらしいけど、いざという時の戦力は少しでも確保しておきたいのだろう。
もっとも上位冒険者は贅沢ができることと引き換えに所在を常に管理され、それまでのように自分の意思で依頼を受けたり冒険に出かけることはできなくなってしまう。
そういった実情が“自由な冒険者像”としてかけ離れているからか、『白銀』こそが冒険者のゴールと言うものも少なくない。
ともあれ、参加賞に昇級も含まれているかもしれないなら危険を冒して依頼を受けなくても、様子を見たほうが無難だろう。無理をして大怪我をしてしまったら、それこそ目も当てられない。
もし迎撃戦を乗り越えて『黒晶』級になれば、次はいよいよ『白銀』。
もうすぐわたしの“償い”は終わる。
ふたりのところへ行く資格が得られるかもしれない。
……そうしたら、わたしは。
「お姉さん、どうかしたんですか? さっきから全然しゃべらないですけど」
エコー君がこちらを覗きこんでいる。
「ごめんなさい、少し考え事をしてました」
「そうですか……今日は色々ありましたし、疲れたのかもしれないですね! ゆっくり休みましょう!」
「ええ、そうですね。帰ったらすぐ眠ることにします」
わたしなんかのことを気遣ってくれて、本当に優しい男の子だ。
彼の明るさにどれだけ救われたか、わからない。
(……何か、お礼を考えておかないと)
もし『白銀』になれば、エコー君ともお別れだ。
ディーには報酬を貯めているけど、彼の分はまだ何も用意していない。
ぱっと思い浮かぶのはやはりお金だけど、喜んでくれる姿が想像できない。というより、その時が来たらどうあっても悲しむだろう。そのくらいはわかる。
何か、それ以上のものを残してあげられたらいいのだけど……さっぱり思いつかない。
(……時間はまだあるし、ゆっくり考えましょう)
そうこうしている内に、宿が見えてくる。
「あれ? なんだか静かじゃないですか?」
扉を開けるとカウンターが真っ暗だった。
この時間は他の宿泊客もいるはずなのに、気配がない。
「誰かいませんか?」
声をかけても返事はない。
明らかに様子が変だ。
その時。
「おかえり~、ゴミ虫ちゃん」
すぐ耳元で聞いたことのない女性の声が響く。
次の瞬間、体を羽交い絞めにされたわたしは抵抗もできず口元を布で押さえつけられる。
布から今まで嗅いだこともない異臭がした直後、急激な睡魔に襲われる。
「お……お姉さんっ! ぐっ!? うぐっ……!」
エコー君のくぐもった声が響く。
だけどそちらを振り向く前に膝から力が抜けて、わたしは床に倒れこんでしまう。
ひどい眠気だった。
さっきの臭いにそういう成分が含まれていたのだろうか。
(この人達は、誰……?)
徐々に意識が遠のいていくなか、周囲に複数の足音が生まれる。
その全員が前方、屋内から現れた。
今までどこに隠れていたのか、気配の消し方からして只者でないことがわかる。
「こりゃまたイキのいいハーフエルフね。剥製にして里の広場で晒しものにしたいわ!」
「馬鹿を言うな。そんなもの臭くてかなわんわ」
「汚ね……早いとこ殺っちゃいましょ」
「焦らないでまずは拷問よ~。男のコは前々回以来ね、どんな風に泣き喚くか楽しみだわ~」
(ひどい……)
狙いはエコー君のようだけど、聞くに堪えない内容の会話だった。
相手は全部で4人、全員女性のようだけど――いや、もう1人いる。
「……あの、叔母様、拷問ってどういうこと?」
「んん? こいつを生んだ両親の居場所も吐き出させて駆除しなくっちゃ。ほっといて繁殖したらどうするのよ~」
「……いや、そんな意味ないこと……どうせ死んでんじゃないかなって。そうでなかったら冒険者なんてしてないような」
「馬鹿ね~、それを確かめるために拷問するんじゃない。どっちみちこんな都会くんだりまで来たんだから、さくっと殺して終わりじゃつまんないわ~」
「種族の裏切り者を……我が子に売らせる。ぷ、くく……因果……応報」
「…………」
どういうわけか後の1人は聞き覚えのある声だった。
だけど、強烈な眠気のせいで頭が回らない。
会話の内容からしてこのままでは大変なことになるのに、指一本動かすのさえままならない。
「ねえねえ、この女はどうする? このガキにお姉さんなんて呼ばれてたけど」
「う~ん、念のため殺っちゃいましょうか~」
「……え? いや、なんで!? コイツは人間ですよ!」
「何言ってんの。もしガキと交尾してて種でも仕込まれてたら穢れた血を残すことになっちゃうじゃない。ねえ、アレ貸して」
「ほらよ」
「それは……?」
「里の奥に生えてるキノコの毒よ。こうやって一定量を注入してやるとね、内臓が穴だらけになって死んじゃうの~♪ 大丈夫、体かっさばきでもしなけりゃ転んでくたばったようにしか見えないから~」
首筋にチクリとした痛みが走る。
それから、異物が体の中に流れ込んでくる感覚。
「んぐーーーーっ! んぐうううううう!」
「うるさい忌み子……!! なに……やっぱこのオンナとデキてんのかぁ?」
「きゃははは! てめぇみてーなカスに惚れたのが運の尽きだったわねぇ!」
「早う行くぞ。嫐りとうてしょうがないわ」
「そうね~、ほら、アンタも来なさい」
「……う、うう……あ、アンタが悪いんだからね……!」
待って。
エコー君をどうする気ですか。
お願い、連れていかないで。
聞き入れてもらえるはずもなく、彼女達の足音はエコー君がもがき苦しむ声と共に遠ざかっていく。
どうしたらいいの。
動いて、動いてよ。
アレッサ。
あなたは、また何もしないで仲間を失う気なの……!
その時。
体の内側に強烈な痛みが走る。
あの人達が注ぎ込んだらしい毒が効き始めたのだろう。
(……これです!)
意を決して、わたしは体内へのダメージ全てを血剣として再生した。
ずりゅ、ぶしゃっ。
壊死した内臓が剣へと置き換わり、筋肉や骨に容赦なく突き刺さる。
内部に増殖した剣はあっという間に飽和を迎え、わたしの体は肉塊となって弾け飛んだ。
――再生。
「はぁっ……! はぁっ……! エコー君!!」
全身が吹き飛んで元通りになったことで嗅がされた臭いに含まれていた催眠効果からも解放される。
慌てて飛び起きたわたしはすぐに外を見渡したけど、すでにエコー君をさらった人達の姿はどこにもなかった。
「どうしよう……! どうしたら……!」
エコー君が誘拐された。
しかも会話の内容から言って、狙いはその命だ。
もはや一刻の猶予もない。
「まだそんなに遠くまでは……でも、どこをどう探したらいいの……!?」
どうしてあんなにいい子が。
彼は何も悪いことなんかしていない。
……駄目だ、取り乱すばかりで思考が回らない。
「…………ディー……っ!」
思い浮かんだのは、もうひとりの仲間の顔。
今、縋れるのは彼女だけだ。
わたしは急ぎ、彼女の住居のある色町へと駆け出した。




