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「うるせえなぁ~、どうかしたのか?」
年齢は30歳前後だろう。長い黒髪を後ろで結んだがっしりした体つきの人物だ。
白を基調にしたコートの胸元には、軍属を示す騎士団の紋章が輝いている。
王国所属の騎士様に違いないだろうけど、その表情はとても険しいものだった。
「わざわざ出向いてやったのに、ゴロツキ同士で揉め事か? あんまりなめた真似してるとしょっぴくぞ……って、あれ」
こちらにやってきた男性が、魔物の首を見た途端に顔を変える。
「さっき言ってた『黒晶』の魔物の首じゃねえか。失敗したんじゃねえのかよ。……これ、お嬢さんらがやったの?」
「え? ……そうですけど、あなたは?」
「ああ、急に悪いな。俺はカファール。栄えある王国第7騎士団副団長にして、冒険者ギルドの監督官の1人だ」
先ほどとはうって変わって笑みを浮かべる騎士団長のカファールさん。
先日のギルド会議での騎士団介入以降、冒険者ギルドの活動には王国から補助金が出されることもあって、彼らがお目付け役になっている。
監督官であることが本当なら、立場はゼノビアさんよりも上のはずだ。
そんな人がどうしてわざわざ待合所を訪れているのだろうか。
ひとまず失礼があってはいけないと、わたしは頭を下げる。
「ああ、畏まらなくていいぜ。ほう、凄えなあ。強い女は好きだぜ。反対に嘘を吐く女は大嫌いだ。なあ、婆さん?」
カファールさんはわたしの肩をぽんぽん叩きながら、事務室からのそりと現れたゼノビアさんに声をかける。
こちらの状況を見て何か察したのか、盛大に顔を歪めていた。
「……言っとくけど、そいつらは『銀』級だよ」
「ん、そうなのか?」
今度はわたしに聞いてきたので素直に首肯する。
さっきから何の話をしているのだろう。
すると「ふむ」と顎に手を当てて唸ったカファールさんは。
「じゃあ俺の権限で、お嬢さんらを『真鍮』に昇級させてあげよう」
それには、その場の誰もが驚嘆した。
「…………は!!??」
昇級の条件は今より上の階級の依頼を7回連続で達成すること。
それが原則であり例外はない。
あえて特例とするなら、わたしの時のようにギルド側に落ち度があったなどで達成数を1つ増やしてくれるといった程度が精々だった。
わたし達が『真鍮』級冒険者になるためには、あと5回連続で依頼を達成しなければならない。
それなのに、内情をよく知らないにも関わらずあっさりと、昇格させると言ってきたのだ。
「横暴だねえ……」
いの一番に口を開いたのはゼノビアさんだ。
しかし、カファールさんは全く意に介していない。
「気にいったよ。イレギュラーで碌な準備もなかったのに、上位の相手を倒したんだろ? 実力は十分証明されてるじゃねえか。なあ」
「いえ、あの」
「なかなか許されることじゃねえのは知ってる。でも、特別だ。監督官としてその功績を称え、昇級を認めようじゃねえか。こんなの初だと思うぜ、誇りに思っていいぞ」
まさに寝耳に水、だった。
2人の方を見ると、ディーはあさってを向いているし、エコー君はどうしていいかわからないといった顔だ。
事情を知っていると思われるゼノビアさんは溜め息をつくばかり。
他のギルドメンバーはこちらを睨んでいる。
……自分で決めないといけないようだ。
「あれ、嬉しくねえの? 大抵のはみ出し者は“君だけは特別”って言えば、馬車馬みてえに働くんだけど」
「……そういうのは、本人の前で言わないほうがいいかと」
「じゃあ何が問題なんだ?」
正直なところ、昇級の話はありがたかった。
早く階級が上がるのに越したことはない。監督官という責任ある人物が公的に認めてくれるという、こんなチャンスは滅多にないだろう。
もちろん『白銀』への昇級はヴィクト君達が納得してくれる形にしたい。そうでなければ意味がない。
でもどのみち、魔物の階級はあと2つも上がるのだ。
今回はなんとかなったけれど、またイレギュラーが起きてしまったりしたら、いつか大変なことになるだろう。難易度はどんどん上がっている。なるべくエコー君達を危険な目に遭わせないためにも、短縮できるというなら、してしまいたかった。
だけど、気になるのは。
「わたし達を昇級させて何か得があるんですか? 思惑があるんですよね?」
まどろっこしい駆け引きは苦手なので、ストレートに質問をぶつけてみる。
すると、特段隠すことでもなかったのか彼は顔色1つ変えず口を開いた。
「ん~……ま、簡単に言えば“グランドフォール”だ」
「なっ!?」
世界各地の空に次元の裂け目が開き、無数の魔物が排出される現象。
数年ごとに不定期にに起こるその厄災は、地の底が抜けたように大量の魔物が降ってくることから、グランドフォールと呼ばれている。
1つの穴から出現する魔物の数は500~1000体。強さも種類も様々で、現れた魔物はそのまま周辺地域に棲みついて甚大な被害をもたらす。
人にとって脅威でしかない魔物を、一向に絶滅させられない理由がそこにあった。
「今年なんですか……?」
「ああ、主教様が神託を授かったそうだ。今年は魔物の動きが異常だろ? 念のために例年以上の戦力を揃えようってことで、冒険者ギルドにも要請して『真鍮』以上のパーティーを王都圏に現れた魔物の討伐に向かわせようって話になってな」
グランドフォールから出現した魔物の討伐は、普段なら王国の最高戦力である騎士団が行っている。
騎士団も無傷というわけにはいかなくとも多くは想定内。例年ならばそれで事足りていた。
今回こちら側の協力まで取り付けてくるということは、王国もそれだけ警戒しているのだろう。
「ちなみに集まった冒険者は俺の指揮の下、冒険者のみの編成で戦ってもらう。急に騎士団に混じれったって、連携取れねえからな。まあ、うるさく言う気はねえから、とにかく指示された地点に行って、現れた魔物を倒してくれればなんでもいい」
こんなところか、と言って改めてこちらに向き直るカファールさん。
「というわけで、ここまで説明させたんだ。昇級されて一緒に戦ってくれるよなぁ? もちろん参加賞も出るからさ」
笑みを浮かべてはいるものの、断ったら面倒なことになるのは目に見えていた。
「……わかりました。ご厚意、感謝します」
どうにも素直には喜べなかったものの、わたしがお礼をする。
満足そうに頷いたカファールさんはゼノビアさんを一瞥した。
「んじゃ、手続きは頼むな。“グランドフォール迎撃戦”の詳しい日時は追って伝えるが大体1ヵ月後だと思ってくれ。いや~、話がまとまって良かった。それじゃ、ラクシャの冒険者ギルドからは2組出陣ってことで」
(……え? 2組?)
聞き捨てならない言葉が耳に入るものの、カファールさんはさっさと言ってしまった。
どういうことか尋ねようとそちらを向くと、ゼノビアさんが額を抑えながら言った。
「聞いての通りだ。ラビ、お前んとこのパーティーにも行ってもらう」
「……え!?」
黙って様子を見ていたラビ君の目が見開かれる。
彼にも預かり知らない話だったらしい。
「待ってください、ぼくらは参加するなんて――」
「悪いが上からの命令なんだ、これは。王国各地の冒険者ギルドから最低でも『真鍮』級以上のパーティーを2組向かわせることが当初の要請だった。でもうちは、お前のとこしかいなかっただろう。ここんとこ仲間に大事があってヘコんでたみたいだしねぇ。行っても大した戦力にはならないんじゃないかと思って、どうにか断ろうと考えてたんだよ」
「それじゃ……まさか」
もしかしてわたし達は、最悪のタイミングでギルドを訪れてしまったのでは。
はたしてそのことを証明するようにゼノビアさんが溜め息を吐く。
「ふ……ふざけないで! 聞いてないわこんなの! アタシは参加しないわよ!」
アーシェさんが言葉を荒げて立ち上がる。
だけどその時、入口の先からカファールさんの声が飛び込んできた。
「言い忘れたけど、不参加の場合、そいつのギルド証は剥奪するから。当日風邪とか引くんじゃねえぞ~」
それから馬の嘶きが聞こえて蹄の音が遠くへ去っていった。
どうやらわたし達に逃げ道はないようだった。
「ざけんなよ、アレッサ! お前のせいでとばっちりを喰っちまったじゃねえか!」
「こっちは仲間が死んだばかりで調子も出ねえんだぞ!」
「そうよ、どうしてくれんのよアンタ!」
ラビ君達のパーティーから非難の声が上がる。
言い訳しようもなかった。
(どうしてこう、わたしは間が悪いんだろう……)
1つの決断が、必ず誰かを不幸にしている気がする。
でも今回ばかりはどうしようもない。
「あの……ラビ君、ごめんなさい」
とにかく謝るしかなかったけど、彼は目も合わせてくれない。
「……こっちはソアラの他に2人も失ってるんだよ」
「……ごめんなさい」
頭を下げたけど、非難は止まなかった。
とにかく、皆の気の済むまで怒られるしかない。
わたしが妙な気を起こしたばかりに、みんなに迷惑をかけてしまった。
「謝るくらいなら装備の金くらい出せ」
「死ね、ゴミ女」
「そのまま消えて、めでたく追放されろ」
他のギルドメンバーまで声を荒げている。待合所はもう収拾のつかない状態に陥ろうとしていた。
だけど、その時。
「クソうざい連中ねぇ。だったら当日は隠れてなさいよ、腰抜けども」
「最高にかっこ悪いですね。それでも冒険者なんですか」
項垂れるわたしの前に、今まで沈黙を守っていたエコー君とディーが立っていた。




