13
魔物が確実に死んだことを見届けた後、わたし達はぼろぼろのディーを洞窟から担ぎ上げて日のあたる場所に運んだ。
水気を拭き取りエコー君の着ていた上着で暖めると、どうにか血色は元に戻った。
四肢のほうはとんでもないことになっていたので、すぐにでも手当てする必要があった。
勝手に彼女の道具袋を漁って傷薬と包帯を拝借して応急処置をする。以前は治療を拒まれたけど、さすがにそんなことを言っている場合ではないのか素直に応じてくれた。
息が落ち着いたところで、暗くなる前に下山することに決める。
採集品と荷物はエコー君が持ち、ディーはわたしが背負うことにした。
「で、どういうことなんですか?」
わたしは大人しくおぶさってくれているディーに尋ねた。
顔色もまだ悪いけれど、洞窟から出た直後と比べれば具合も良くなったようだ。
後でちゃんと診てもらったほうがいいにせよ、ひとまず持ち直したと思っていいだろう。
「どうって、なにが」
「エコー君がいきなり出てきて魔物を倒したのは驚きました」
「そういう打ち合わせだったのよ」
「わたしは聞いてません」
「何よぉ、怒ってんの?」
「別に、そんなには」
怒ってませんよ、本当に。
結果的には全員無事に生還したのだ。
これ以上喜ばしいことはない。
でも、わたしの預かり知らないところで2人が動いていたことには釈然としない気持ちがあるのも事実だった。
せめて一言あってもいいではないか、一応リーダーなのだから。
「“《ファントムハイド》で消えたエコーに壁の上から奇襲させる”。気付かれないよう誘導しないといけなかったから、ワタシひとりで戦う必要があった。いい作戦でしょ?」
「聞いてたのと全然違いますね」
エコー君は言われた通り後方で待機してはいなかった。
わたし達が戦っている間、ハイドが解除されないようにゆっくりと壁を登って、おそらくは高所の『クロバナ』が咲いていた辺りで、魔物に飛び掛かる隙をうかがっていた。
急に現れたように見えたのは、魔物に剣が突き立てられたところで魔法が解けたからだったのだ。
「毒の調合、やっぱりできなかったんですね」
「当たり前よ。器具がないもの」
採集した『クロバナ』は手付かずのままだった。
曰く、ダガーに塗られていた毒のような液体は、奥で氷漬けにされていた魔物の1体を削り出して体液を抜き出したものだそうだ。
ちなみに冷気の影響で洞窟内の『クロバナ』は全て枯れてしまっていた。
最低でも4株の達成条件は満たしているけど、鳥の魔物があそこを訪れたのは初めてではなかったはず。
わたし達が来る前にあの場で範囲魔法なりを使われていたら依頼を達成できなかっただろう。それだけが唯一の幸運だった。
「うまくいったんだから何でもいいでしょ。あんたが時間稼いで、ワタシが隙を作り、エコーがとどめを刺す。素晴らしいコンビネーションじゃない」
「どこがですか。もう信じません」
「狭量ねぇ、もう少し肩の力抜きなさい。その胸じゃ凝ってしゃーないでしょうけど」
「減らず口ばっかりです」
「だって、言ったらあんた動揺するでしょ」
「……まぁ、それは」
「“何かある”って思われたらアウトだった。あんたは顔に出やすいから、だから伝えなかったのよ」
確かにエコー君が心配で、気が気でなかったかもしれない。
けれども、なんだか誑かされたような気分だ。
「……エコー君が失敗するとは思わなかったんですか?」
「うわ、ヒドっ! 聞いた? お姉さんはあんたの実力を疑ってたみたいよぉ」
「うう……早く頼りにしてもらえるよう、頑張ります……!」
後ろを付いてきているエコー君がしょんぼりと肩を落とす。
「あ、いや、ごめんなさい、そうではなくて。命がかかっている状況で肝心な部分を誰かに任せるのが、あなたらしくない気がしましたから」
もし彼が外してしまったら、言うまでもなく彼女自身もお終いだったのだ。
ディーは暗殺者。
勝手な解釈かもしれないけど、心根からは誰も信じないというイメージがあった。
過程は任せても、最後は必ず自分の手でやるタイプだと思っていたのだ。
「ワタシらしさって何。仕事にこだわりなんて無いわよ。そんなもん、あればあるだけ欠点になるの。結果を出すためなら手段を選ばないのがプロよ」
「冒険者の話ですよ……?」
「命かかってんだから同じことよ。実際、アイツを倒すには不意打ちしかなかった。ノーマークのエコーにやってもらうのが一番だったのよ。それとも他にいい案あった?」
「……いえ、思い付きませんでした」
「なら文句言わないでよ。まぁ、予定じゃ野郎を動けなくなるくらいはしとくハズだったんだけどねぇ。さすがにあのレベルじゃ正面から相手すんのは無理ね」
「……心配でした」
「だから、悪かったって。でもあんたの彼、伸びしろあるわよ。飛び込むタイミングも完璧――」
「いえ、あなたのことですよ」
「……へ?」
ディーがいなかったら、きっと3人とも無事で帰れなかっただろう。
彼女が体を張ってくれたから、色々と考えて動いてくれたから、わたし達はここにいる。
こんなに重傷を負ってまで頑張ってくれたのだ。
もちろん勝算があったから行動したのだろう。それでも、誰かが傷つくのは胸が痛んだ。
「村まで戻ったら、ゆっくり休んでくださいね」
「…………どうも」
殊勝な返事がかえってくる。それから彼女は黙り来んでしまった。
変なことでも言ってしまっただろうか。
山道をゆっくり進んでいると、ふと背中のディーが小さな声で耳打ちしてきた。
「あのまま、エコーが大人しくしてたと思う?」
「……?」
「ワタシ達が戦ってる時に、黙って見ていたかってことよ」
「それは、ちゃんと採集品を守ってと言いつけたし……ああ、でも」
今までの経験からしたら、きっとエコー君は加勢に来ただろう。
そして多分、あの範囲攻撃を受けて氷漬けにされてしまった。
「どうせ3人でやることになったのよ。なら、始めからそういう作戦のがいいでしょ。そんなに離れてないし上から狙いを定めるなんてそこまで難しくもない。後は胆力の問題よ。野郎が範囲魔法を使った後に攻撃しろとも言っておいたしねぇ」
魔物固有の必殺技である範囲魔法は、必ずCTが存在していて立て続けに連発はできない。
わたしが使われた後だからこそ、ディーもいきなり凍結されることはなかった。そこのあたりも周囲の状況から察していたのだろう。
周りが見えずに取り乱していたわたしとは大違いだ。
「……ありがとう」
「感謝はいいから、もっと分析できるようになりなさい。リーダーでしょ」
「そうですね、気を付けます」
「本当にね。……にしても、炎、雷ときて、氷でも死ななかったわね。この分だと光でも闇でも、あんたを殺すのは無理そうねぇ」
「あ、忘れてなかったんですね」
「当たり前よ。なんでパーティー組んでると思ってんの」
そんなこと、わかってます。
でもなんだか、心が軽くなるんですよ、あなたといると。
駄目なんですけどね、そんなの。
やがて聞こえてくる彼女の寝息。
さすがに体力の限界だったのだろう。
「寝ちゃいましたね、ディーさん」
「ですね。そっとしておきましょう」
背中に伝う彼女の体温を感じながら、わたしはなるべく揺らさないように山道を踏みしめた。
☆★☆★
「これは、ボーンヘッドですね。『黒晶』級に指定されている魔物です。最上級の氷魔法を使用することで知られていますが、よくご無事でしたね」
「ずいぶん他人事ねぇ!? てめぇらが依頼の難易度を間違えたせいで、こちとら死にかけたのよぉ!」
町に戻って治療を受けると、ディーはすっかり調子を取り戻していた。
錬金術協会に赴いてゴアさんに採集品を渡した後、ギルドへ向かったディーは、証拠として回収した鳥の魔物の首を受付に叩きつけてイメルダさんに凄んだ。
わざわざ運んできた椅子に足を乗せ、その膝に肘をつく姿はどうみてもチンピラそのものだった。
「おい、あれってオレ達が戦った魔物じゃねえか」
「嘘だろ『黒晶』級を3人で倒したってのか!?」
「女2人とガキ1人だぞ、有り得ねぇだろ……!」
周囲からは当然のごとく注目を浴びてしまっている。
とても恥ずかしかったけど、ディーはまったく意に介した様子はなかった。
「あんたじゃ話にならないわ。ギルドマスターを呼んでもらおうかしら」
「……呼ばれてどうされるのでしょうか」
「知れたこと、謝罪と賠償を要求するのよぉ!」
イメルダさんは真摯な対応をしているのに、なんて大人げないのだろう。
「あの、もうその辺に……」
「ディーさん、僕恥ずかしいです……!」
「あんたらは黙ってなさい、こういうのは妥協したら――」
「何だ、騒がしいな」
その時、事務室のドアが開いてひとりの男性が姿を現した。
≪と《の区別がついてなかったことに最近気付きましたので、近々《に修正します!
お見苦しいかと思いますがご了承願います……!




