12
「カァ」
凍土となった地を走り抜け真っ向勝負を挑むディーに対し、鳥の魔物が杖をつく。
瞬時に《フローズンフィート》の魔法陣が展開。
しかも威力が強化されているのか、蒼白い魔力の波動が浮かび上がっている。
このままでは今度こそ捕捉されてしまう。
しかしディーは火球を手にすると足元に投げ込んだ。
その瞬間、彼女の両足が瞬く間に炎に包まれる。
「な……!? あれは……!」
ディーの両足には布が何重にも巻かれていた。
その色は彼女が着用していた外套と同じものをしている。
おそらくは布地に“燃える水”を染み込ませて火を点け、凍結を凌ごうと考えたのだ。
普通に燃やしてしまったら当然大火傷を負ってしまうけど、おそらく外套の生地が耐熱材の役目を果たしているのだろう。
服を脱いだのはこのため。別に気が変になったわけではなかったのだ。
確か装備1つ1つにもかなりのお金をかけていると言っていた。
あの外套も、たとえば魔法耐性などが備わったマジックアイテムだったのかもしれない。
「熱ッぃぃぃ畜生ぉぉぉっ!! でもこれなら凍結も防げるハズよぉ!!」
それでも熱いものは熱いのだろう。悲鳴じみた声を上げていた。
(そういえば前に火だるまにされたんでしたっけ)
あれよりは全然マシだろうけど、それでも燃やされる痛みを共有できたことに何となく染み入るものがある。
それはさておいて、魔方陣を踏み抜いたことで地面から凍気が現出してディーの足を襲う。
通常ならそれまで。だけど奇策が功を奏したのだろう、炎と氷がぶつかりあって大量の水蒸気が発生するのみで彼女の疾走は止まらなかった。
「ム……」
魔物が杖を掲げ、インナー1枚の上半身目がけてブリザードを吹き付ける。
だけどそれも予想の範疇だったのだろう。
そっちは上着を巻き付けたか、右腕に巻かれていた布にも火を点けると、あっという間に燃え上がった炎が吹雪を打ち払った。
さらには進路を妨害すべく出現した氷の壁もステップで回避、あるいは跳躍して飛び越えると魔物との距離を一気に縮める。
「魔術師の天敵は接近戦よねぇ!」
左手で得物を構えるディー。
嬉々として魔物に肉薄する姿はまさに戦闘狂そのもの。
ダガーにはいつもと違って緑色の液体が塗られている。
あれがおそらく『クロバナ』から抽出した毒なのだろうけど、見た目からして何とも毒々しい。
「愚……カナ」
鳥の魔物は避けるどころか魔術の使用すらしなかった。
ディーの刺突を杖で打ち払い、いなす。
強引に振り切ったダガーも難なくかわされ、がら空きの側面に杖が叩き付けられた。
「っ……!」
身を後退させ直撃は避けるものの、骨の突起が掠めたのか腹部が切り裂かれ鮮血が宙を舞った。
ディーは意に介すことなく反撃とばかりに魔物の鉤爪目がけて燃え盛る脚で蹴りを放つ。
魔物の手が離れ、杖が下がる。
その隙を逃さず体当たりするように刺突を繰り出すディー。
けれども魔物は自身の前に氷の盾を出現させ、受け止めた。
「毒……カ。自信ガ……アルノカ」
言葉を切った魔物の口が大きく開かれ、真っ白な息が彼女の左手に向けて吐きだされる。
すると、息を受けた箇所が凍りつき始めた。
「!? ぐっ!」
すぐに距離を取ったものの、ディーの左半身、特に肘から先が完全に凍り付いてしまっていた。
これではもうダガーは使えない。それどころか体温の低下で体への負担も酷いことになっているはずだ。
「……炎と氷でちょうど良い温かさになったわ」
強がっているけど、そんなわけがない。
もう、誰が見ても限界だ。
「ディー、もう退いて……!」
彼女を助けようとしてわたしは立ち上がり――
「来んなっての! ワタシに任せろって言ったでしょうがぁっ!」
満身創痍の状態で制止の声を上げるディー。
そんなこと言われたって、ここから何をどうするというのだろうか。
「ふざけないで! なにを意地になってるんですかっ!」
「いいから見てなさい! 今から華麗に逆転すんのよ!」
だから、どうやって!
お願いだから、わたしにまた仲間を失わさせないでくださいよ……!
「強者……ナレド。己ヲ……知ラヌカ」
「鳥の分際で知ったような口利いてんじゃねぇっつーの!」
両足の炎も勢いを失いつつあるなか、ディーが駆け出す。
杖を高々と構え、迎撃態勢を取る魔物。
もう1度正面から向かうというのか。
その刹那。
「《遠雷-憧憬慟哭-》」
ディーの姿が消える。
それは肉体への膨大な負荷と引き換えに脚力を瞬間的に強化して、指定の場所へ高速移動する体術スキル最上位の1つ。
必殺の間合いを確約する代わりに、発動後の荷重が致命的な隙を生み出す諸刃の剣。
次の瞬きで彼女が現れたのは魔物の背面だった。
加速による風圧で腕と足の炎は既に消えている。
その代わり焼け落ちた布の内側には、予め用意していたのだろうもう1本のダガーが握られていた。
振りかぶったそれを、魔物の首筋目掛けて叩き込む。
「!! カァーーーーーッッッッ!!!」
だけど、それでも遅かった。
魔物が吠える。
翼が輝き、放たれる蒼光。
“溜め”が少なかったせいか、わたしが喰らった時ほどの衝撃はない。
離れたところにいたわたしにもほとんど影響はなかった。
だけど爆風の中心から吹き飛ばされる黒い影が映ったのは、気のせいではないだろう。
彼女の動きは読まれていたのだ。
消えた瞬間、必ず不意の一撃が来るだろうと。
だから、どこから来ようが関係のないように、全方位に向けてあの光を放ったのだ。
「ディー……! あ、ああ……っ!」
立ち込めていた粉塵が晴れ、全貌が映し出される。
岩壁に叩きつけられた人影が力なく腰を落とす。
ディーだった。
冷気の波動を受けて、ほとんど全身が凍結してしまっている。
四肢は投げ出され、垂れ下がったままの両腕はもう動かす力も残っていないように見えた。
なにが任せろですか。
ボロ負けしてるじゃないですか。
だから言ったのに!
「た……助けに……っ! え……な……っ!?」
足が動かない。
いつの間に仕掛けたのか、ブーツの底が氷で固められてしまっている。
すぐに脱ごうとしたけど、形を変えられてしまっているのか思うようにいかない。
(なんでこんな……ああ、間に合わない!)
魔物がディーの方へ歩いていく。
まだかろうじて意識があるのか、彼女は氷の張り付いた顔を向ける。
その顔は完全に血の気が引いてしまっていた。
「少シ……前。人ノ群レヲ……相手ニシタ」
「……は……なにいって……んの……ゲホッ……」
「ヒトリ……狩ッタ。全員……逃ゲタ。烏合……ダガ賢明。オ前モ……逃ゲラレタ。身ノ程ガ……知レテイレバ」
「……あぁ、バカに……してんのねぇ……こふっ……」
「カスリ傷スラ……付ケラレズ。愚カ……雑魚。……カァカァカァ」
「…………後悔する……わよぉ」
「最早……叶ワズ。役目ガ……待ッテイル。死ネ……カァカァ」
鳥の魔物が氷の槍を作り出す。
「駄目、やめてやめて! ディー! 逃げて!」
また殺される。
目の前で、仲間が。
なんで、なんでこんなことばかりなの。
もうやめて……!
「バカにしてくれた礼に……おしえて……あげる」
「……?」
「…………てめぇの」
ディーの口元が歪む。
「てめぇの敗因は……やっぱり“3歩で忘れる鳥野郎”ってことよ」
寒さで変色した唇の端を吊り上げ、嗤う。
その瞬間。
魔物の頭上に鈍色の“閃光”が現れた。
「――――ガッ!!!???」
“閃光”はそのまま魔物の頭に突き刺さり、体内の奥底まで深く入り込んで股下を貫通した。
「うおおおおおおおおお!! よくもディーさんをおおお!!!!」
猛る“閃光”。
その正体は魔物の脳天に剣を突き立てるエコー君だった。
「なっ!? え、エコー君!?」
まさか、ディーの窮地に駆けつけてきたのだろうか。
いや、それにしては登場の仕方がおかしかった。いきなりその場に現れ、気付いた時には魔物を串刺しにしていたのだ。
「フフッ……頭上がお留守って言ったでしょおぉ……ボケ鳥」
「ア、ガァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
自身に起こったことがわからないのだろう、叫びと一緒に口からブレスを撒き散らす魔物。
だけどそれがわたし達に届くことはない。
エコー君は尚も剣を力の続く限り押し込んでいく。その顔は怒りで真っ赤になっていた。ディーを傷つけられて相当頭に来ているのだろう。
「倒れろ! 倒れろおおおおおおおおっ!!!!」
「コンナッ……アギェ!! ッ!! ッ……!! ァ……」
やがて、鳥の魔物はどさりとうつ伏せに倒れた。
それが終幕。
呆気ないといえばそれまで。
それでも、驚異は確かに消え去った。
3人とも、生き残ったのだ。
「はぁ……はぁ……やりました、ディーさん!」
「作戦通りね……フフ……また男が上がったわよ、エコー」
勝ち誇る2人。
その様子を見るに、全部計算ずくだったというのだろうか。
とにかく早くディーの手当てをしなければ。
わたしは急いでブーツを脱ぎ去ると、2人の下へ駆け寄った。




