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スキルの力で同化できる物質は同時に10まで。
それ以上取り込むと、古い順から消えてしまう。
わたしがすぐに同化したのはヴィクト君の“剣”とカーナの“杖”だった。
形見と一緒になることで、わたしの中にいつでも2人が存在してくれる気がした。
ちなみに、その後にローブを含めて衣装計8点を取り込んだため、わたしがこれ以上何かを取り込むことはなくなった。
けれども、2人の遺した武器こそ、わたしには神器に匹敵する装備。
「いきます……!」
創出した“杖”を両手で振りかぶり、魔力を込める。
カーナが魔法の使用途中で力尽きてしまったため、杖の中には彼女が最後に使おうとした魔法の呪印がそのまま遺されていた。
杖を通すことでのみ、スキルの無いわたしでも一つだけ攻撃魔法を扱えるようになる。
《ダークネスエッジ》。
闇の刃を放って対象を切り裂く暗黒属性の中級魔法。
カーナがどうしてその魔法を使おうとしたのかはわからない。
だけど今のわたしにとって、これほど相性の良いスキルはない。
「はぁっ!」
杖を振るう。
弧を描く軌道が魔力を帯びて漆黒の斬撃へと変わり、鳥の魔物へと高速で放たれる。
魔物は微動だにせず氷の壁を出現させてガード。魔力の刃は表面に食い込んだだけでそのまま消失――はしない。
続けてわたしは2撃目、3撃目を放つ。今度は魔物の佇んでいる位置から両側の壁に向けて。
「…………?」
魔物が怪訝そうな様子を見せる。
刃が壁に食い込んだのを確認すると、わたしは空いた手の平を握りしめて《ダークネスエッジ》の本来の能力を発動。
瞬間、計3つの刃が細かい破片に分かたれる。
任意のタイミングで最大5つまで分裂させられるのが、暗黒の瘴気で構築された刃の特色。
本来は飛ばしている間に発動させるもので破片になってしまえばそれだけダメージも小さくなるけど、わたしの魔力によって生まれた刃に至っては別の意味を持つ。
「…………ッ!?」
破片それぞれが元の形状へと瞬時に回復。
5倍に増えた闇の刃は3方向から魔物を強襲する。
わたしの魔力で生み出した刃も、剣と同じでわたしの一部。
体から離れてしまっているため再生は1度きり。しかし任意の分裂もダメージとみなされるので、それぞれが元の大きさまで回復する。
さらには“威力”も同時に回復するため、火力を維持したまま多方向からの同時攻撃が可能になる。
慌てて氷の壁を周囲に展開して自身を守る魔物。
その場は全て防がれてしまうものの、並みの魔物の体ならば容易く切り裂いてしまうほどの威力はある。
一撃で打ち破れなくても数発もぶつけることで、やがて衝撃に耐えきれなくなった壁が砕け散る。
すぐに新しい壁が生成されてしまうけど、今はそれでいい。
わたしは魔力を込めながら、何度も杖を振るい続けた。
「こうやって攻撃を続ければ、何もできませんよね……っ!」
魔物の背後も含めてあらゆる方向に魔法を撃ち出すことで、全方位から《ダークネスエッジ》の雨を降らせる。
こうして魔物を固定すれば、あわよくば押し切れるかもしれない。
ただ残念ながら、いつまでもというわけにはいかない。
魔力消費がゼロなのはあくまで《セルフヒール》のスキルのみ。《ダークネスエッジ》を使用するには通常の魔法と同じで魔力を消費する。
魔力が枯渇してしまえば当然使用はできなくなるし、魔力欠乏による障害の恐れもでてくる。
魔力量には自信があるけど、こうも中級魔法を連打し続ければすぐに空になってしまうだろう。
それでも、ディーが戻ってくるまでは絶対に持ちこたてみせる。
信じろと言ってくれた彼女を、仲間を信じる。
魔物も黙って攻撃を受け続けるつもりはないのか、凍気が冷たさを増している。
動いているはずなのに震えが止まらない。歯がかち合って音を立てている。
息をするたびに冷たい空気が喉を灼く。
視線を落とすと、衣装に霜が張り付いていた。
「ケホッ……! 2人とも、大丈夫でしょうか……?」
通路奥はこちらほど寒くはなくても、この分だといずれそちらにも冷気が満ちていくだろう。
とにかく、一刻も早くこの魔物を止めなければ。
幸いなことに魔物は防御で手一杯のようだし、このまま攻撃を続けていれば押し込めるはず。
(…………え?)
その時、ふと冷気が引いた。
立ち込めていた靄が薄れ、寒気が引いていく。
魔物が魔法を解いたのだろうか。それにしては唐突だった。
ここからではよく見えないけど、もしかして倒してしまったのだろうか。
……いや、そんな楽観できる相手ではない。
嫌な予感がして、わたしはさらに追撃をかけようと杖を振り上げ――
「《氷獄の翼》」
男性とも女性とも判別のつかない、しわがれた声が響く。
次の瞬間、蒼い光が閃いたかと思うと魔物のいた辺りを中心に爆風が巻き起こった。
ただの爆風ではない。
氷の壁をもあっさり吹き飛ばして展開された光と風。
その通り抜けた先から、地面や壁が一瞬で凍結していく。
それはわたしも例外ではなかった。
抵抗すらままならず、全身が分厚い氷に覆われる。
(っ!? い、息が……!)
顔を、体を、極寒が包み込む。
冷気は鼻腔と口内にも入り込んで凝固すると、わたしから呼吸を奪った。
酸欠が意識を侵食する。全身を締め付けられるような痛みが襲う。
まばたきさえも不可能になった透明な視界の向こう側で、魔物が氷の槍を生み出しこちらへ投射するのが窺えた。
骨の髄まで氷漬けだったわたしは、その一撃で粉々にくだけ散った。
「――――はっ! はぁっ……! はぁっ……!」
間もなく完全再生する。
遭遇した時と変わらない位置からこちらを睥睨する鳥の魔物。
先ほどと違って、魔物の背中には蒼く透き通った“翼”が出現していた。
魔力で実体化したものなのか、後光のように幻想的な輝きを湛えている。
ここからが本気ということだろうか。
何とか立ち上がったわたしは、粉々になってしまった杖をもう1度創出して構え直す。
だけど、その時。
「ヤハリ……死ナナイ。ソウカ……オ前ガ」
嘴の奥から漏れる濁った声。
それは先ほど耳にしたものと同じ響きをしていた。
「魔物が……しゃべった……!?」
知能の高い魔物が種族単位で言語を用いているのは広く知られている。
でもそれらは魔物同士でしか使われず、大陸標準語との関連性もない独自の発音で、構成も規則性もわからない判読不可能なものだと聞いている。
言語という概念はあるにしても、魔物がこんなにもはっきりと人の言葉を口にしていることに、わたしは驚きを隠せなかった。
「……“帰還者”。伝承デハ……ナカッタ。我ラノ元ヘ……オ戻リニナラレタ」
聞き間違いかと思ったけど、尚も魔物は言葉を発し続けている。
独白に近い言葉の羅列だったものの、そこには喜びに近い感情が含まれている気がした。
「コレモ……宿命。ナラバ……身命ヲ賭シ……滅スル。……カァ」
翼が開かれ、魔物が杖を構える。
気になりはしたものの、問答する時間を与えてくれそうにはなかった。
わたしも迎撃態勢を取る。
でも、これ以上どうすればいいのか。
この分では魔法を打ち続けて抑え込んでおくのも難しい。
……いや、それよりも。
本当にディーの“策”は通じるのだろうか。
おそらくはあの翼から放たれた、広範囲を一瞬で凍結させる攻撃魔法。
指一本すら動かせずにわたしは氷漬けにされてしまった。
たとえ鋼鉄の鎧を着ていても冷気は防げない、避けようにも避けられない。
無敵の技としか思えなかった。
(彼女がここにいても、むざむざ死なせてしまうだけなんじゃ……)
信じたい、信じなくちゃいけない……でも。
どうしたら、どうすれば。
本当にこのままでいいのか。
考えれば考えるほど、頭の中がごちゃごちゃになっていく。
不安が渦を巻いていく。
「よっしゃ待たせたわね! ……って、なんかアイツ進化してない!?」
その時、横から悩みとは全く無縁そうな声が聞こえてきた。
振り向けば、いつもの不敵な笑いを浮かべたディーがそこに立っている。
「……来ちゃったんですか、ディー。あの……えっ、ち、ちょっと待って、その格好は……!?」
彼女の姿にわたしは目を疑った。
喩えではなく本当に疑ったのでごしごしと目を擦る。
はたして目の前の光景は現実だった。
「ん。ああ、これぇ? ちょっとしたイメチェンだと思ってちょうだい」
「い、イメチェンって……!」
ディーは、服を脱ぎ捨てていた。
いや、さすがに下は履いていたけど。
この極点と化した洞窟の中で、彼女は外套どころか上着を脱ぎ去って、インナーウェア一丁で佇んでいた。
やや細身ながらも肉付きのしっかりした上半身は、寒さでぶつぶつと粟立っている。
「何やってんですかっ!?」
「フフフ、これも勝つためよぉ。まぁ、こう見えて寒さには強いほうだから……へっ……へっ……へぶっしょいっ! だから心配無用よ」
鼻水を垂らして何を言ってるんだろうか。
もう何がなんだかさっぱりだ。
「人間……邪魔スルナ」
「うおっ、鳥野郎がしゃべった」
「コレハ……我ラノ……戦イ……宿願。手出シハ……無用」
「あぁ? 知ったこっちゃないわねぇ。後は引き受けたわ、ゆっくり見物してなさい」
「いや、ちょっと待――!?」
それだけ言うと、ディーはそのまま魔物に駆け出していく。
魔法のことなどもう忘れてしまったのだろうか、近付くのはまずいというのに。
声を掛けようとした矢先に制止がかかる。
「いいから、パーティーを信じなさいって!」
「……っ! 何ですかそれ! もう!」
本当に、何なんですか。
こっちがどれだけ心配してると思ってるんですか。
なのに、平気で命を危険に晒して。
信じろって言うなら、根拠のひとつも示したらどうですか。
(もう知らない! あ~もう、知らないったら知りません!!)
誰かに怒りを感じたのは久しぶりだった。
わたしはどっかりとその場に座り込む。
上等だった。
見届けてあげようじゃないか、パーティーの雄姿を。
(その代わり、よほどピンチにならなきゃ助けませんからね!)
念のためわたしは魔法の準備だけしておくと、交戦を始めた仲間の姿を見守った。




