09
採集対象が咲いているのは王国の北西部。馬車で3日はかかる山脈深く位置する洞窟の中だった。
ここにある一部の鉱物を含んだ土壌でひっそりと自生しているそうだ。
洞窟といっても内部はドーム状の空間になっていて町の広場がすっぽり収まってしまうほど広い。ところどころに岩の柱が天を突くように聳え、その先には外と繋がっているのか光の筋が見えた。
お陰で明かりには困らなかったけど、空気がひんやりとしていて町とは気温がぜんぜん違う。
こんな冷涼な気候かつ洞窟の中でしか咲かないというのだから『クロバナ』がいかに稀少な素材かというのもわかる気がした。
「お姉さん、寒くないですか?」
「このくらいなら平気ですよ」
厚着をしているエコー君に対して、わたしはいつものドレスローブ。
生地が薄いため歩くだけで冷たい空気が流れ込んでくるものの、我慢できないほどではない。
ディーはもともと黒装束なのでやはりそれほど寒くはないそうだ。
「……見たところ魔物の姿はありませんね」
「今回のは大勢で群れるタイプなんでしょ?」
「みたいですね。魔獣ヴリトロ、カマキリに似た魔物で10~20匹程度の巣を形成するらしいです」
いわく、洞窟などの冷所に好んで棲息し、サイズは人間大から犬種程度まで様々。
迷い込んできた人間や他の魔物を餌としていて時には人里に下りて村1つを壊滅に追いやることもあるとか。
最大の特徴は鎌状になっている前足が実際に金属でできていることで、カマキリのように腕で捕えてから食べるようなことはせず、獲物の体をズタズタに切断してからゆっくりと捕食する。
個々の戦闘力もさることながら動きも素早く仲間との連携もこなす。元『黒晶』級のカテゴリでは最も優れたハンターとされ、高階級の冒険者にさえ生息域に入る時は“全方位に注意を払わなければ、払わなかった部位を持って行かれる”と言わせるほどだ。
いつでも戦える準備はしておくべきと、わたしは剣を創出した。
「とりあえず様子を見てきますから、ここで待っていてください」
「りょーかい」
「気をつけてくださいね!」
前回と同じくわたしが囮になるのは今回も変わらない。ただし2人には待機してもらっている。
討伐依頼ではないから必ずしも魔獣と戦う必要はないけど、魔物が巣くう洞窟の中、採集だけして脱出するのは至難の業だ。
1匹に見つかればどのみち残りの魔獣とも交戦は避けられないだろう。
敵の数の多さからして、3人一緒に中へ入って取り囲まれてしまったら目も当てられないし、採集対象を踏み潰されてしまう恐れもある。
ならまずは、有利な場所まで敵をおびきよせて3人である程度片付けてしまおうというのが今回の作戦だった。
入口付近の狭まったところで戦えば囲まれる可能性は低くなる。先ほどの言い回しでいえば前方だけに集中できるというわけだ。
わたしの役目はそこまで敵を引き付けることと、ついでにクロバナの群生地を見つけることだった。
だけど。
(……おかしいですね)
魔物の姿が見えない。
冷気が立ち込める洞窟内にはいくらでも隠れられる場所があるとはいえ、生き物の気配がまったく感じられなかった。
足元にも注意して奥に進むものの、どこまで進んでも魔物の影も形もない。
両手に剣を構えて、かち合わせながら歩いて注意を誘ってみるものの、やはり動きはなかった。
(……あれは)
蒼白い色合いの岩陰を見ると、小さな花が咲いている。
褐色の葉と黒ずんだ花弁が特徴の植物。事前に知らされた特徴と合致する。
間違いない『クロバナ』だ。
壁際の狭いスペースに8輪ほどの花が群生している。反対側の少し高い場所にも少しだけ咲いているようだ。
なんだかあっさりと採集対象が見つかってしまった。
受け取った布袋とスコップはエコー君に預けたままだから、回収することはできないけれど。
どうしよう、2人を呼んでしまっていいのだろうか。
でも、なんだか嫌な予感がする。
「誰かいますか?」
思い切って声を上げてみたけど、返事はない。
ここまでして襲い掛かってこない魔物なんているだろうか。
餌が少ないため狩り場を移動したというのはよくあることなので、すでに洞窟から姿を消しているなら幸運だ。
でも、そんな簡単なものなのだろうか。
「何よ、なんもないじゃない」
後ろから声がかかる。
振り向くと、ディーとエコー君がいた。
「き、来ちゃったんですか?」
「だって全然気配がないんだもの」
また前みたく穴に嵌まってたら目もあてられないからね、と続ける。
実に大きなお世話だった。
「もしかして、それが依頼の花ですか?」
「そうみたいですね。……ひとまず危険はないみたいなので、掘り出してもらっていいですか?」
「はい! 任せてください!」
元気な返事とともにスコップを片手に駆け寄っていく。
その間も周囲への警戒は怠らない。地面から魔物の腕が……なんてことも考えたけど、全て杞憂に終わった。
だけど、何故だろう。
不穏な空気がいつまでも消えない。
それはディーも同じのようで、ぴりぴりとしたものが伝わってくる。
「……どう思います?」
「どうもこうもないわ、さっさと回収して帰還するだけよ。嫌な予感しかしないわ」
意見が一致してくれてうれしい。
こうしている間も気が気でなかったけど、手伝いたくても生憎スコップは1本しかない。
周りの土を掘り出して1株ずつ慎重に袋の中へ納めるエコー君の顔は真剣だ。焦らせてミスを誘発させては元も子もない。
手持無沙汰になったわたしは、見回りもかねて洞窟の奥に足を向かわせる。
進むに連れて通路幅は徐々に狭くなっていき、それに連れて冷気が強くなっている感じがした。
その寒さはやがて肌を粟立てるほどに張りつめたものになっていく。
まるで、一歩進むごとに冬に近付いているようだった。
だからこそ確信する。
冷気の根源、その正体がこの先にあると。
進むべきだろうか。
見たほうがいいのか。見てどうしようというのか。見てしまったら取り返しのつかないことになるのではないか。
そんな答えの返らない問いかけを繰り返すうち、やがて岩陰の奥にそれは現れた。
(……っ! 氷の、かたまり……?)
そこにあったのは、わたしの背丈の何倍もある巨大な氷塊だった。
凍えるような大気を放ち続け、空間をまるごと埋め尽くしている。
高地とはいえ山にはまだ雪も降りていないのに。
誰かがここまで運びこんだのか、それとも。
(中に何か……)
透き通った氷を覗き込んだわたしは、今度こそ戦慄する。
腕が鎌状に変化している昆虫のような魔物。
1体だけではない、何体もの同種が氷の中を漂う姿勢のまま絶命している。
特徴からして洞窟を巣にしていた魔獣ヴリトロに相違なかった。
なぜ魔獣の姿がなかったのか。
これがその答え。
何者かが魔獣を氷漬けにして絶滅させていたのだ。
後はもう、危機感で頭が一杯だった。
まずい、ここはまずい。
すぐに来た道を戻ると、2人はまだそこにいた。
「すぐここを離れます!」
「え? もう少し待ってください。今、6株目を詰めますから!」
「それどころじゃない! 早くここから逃げないと――」
「もう遅いわ」
諦めたような声音を放つディー。その顔はこちらを見ていない。
視線の先に顔を向けると、そこには1体の魔物がいた。
背の高さはわたしとほとんど変わらない。
長い嘴を持ち、羽を無理やりむしり取られたような痛ましいデザインの頭部は、鳥のそれに酷似していた。
体を覆っている黒色の毛皮も、よく見れば羽毛のように盛り上がっている。だけど2本の脚でしっかりと地に立つ姿勢は人間のそれに近く、羽毛の奥から突き出た細い腕とその先の3本の爪には一振りの“杖”が握られていた。
枯れ木のような色合いをしていたけど、それを構成する要所要所に動物の骨のような突起が生え、禍々しい威容を醸していた。
「カァ」
魔物が啼く。
外見からは全くといっていいほど恐ろしさを感じない。
だからこそ、その内なる威圧を肌身に感じて、冷たい汗が全身から噴き出した。
「……奥で魔獣が全滅してました」
「でしょうね、“武具持ち”だもの。ヤバいのは一発でわかるわ。ちなみにどんなヤツなのか知ってる?」
「いえ……でもおそらく、氷系の魔法を使います」
「ど、どうしますか!」
「どうもこうも、入口はあの魔物の後ろですからね……」
奥が行き止まりなのは確認済み。
ならば、やるしかないだろう。
元『黒晶』級の魔獣ヴリトロを葬ったのなら、相手は更に格上。
つまりはこの先に進むための敵ということ。
いずれ戦う相手だった、この場はそう思おう。
「……死なないでくださいね」
「ご心配痛みいるわ」
「生き残るよう、頑張ります!」
――ボーンヘッド。
それが後に知った魔獣の名前だった。
元『白銀』級にして現『黒晶』級。
どこからともなく出現しては周囲に百夜の帳を降ろす、生まれながらに氷魔術の熟達者。
そしてかつては、冒険者が自由を得られるかの障壁として立ちはだかったもの。
わたし達3人はそれぞれ武器を構え、かつてない強敵と対峙した。




