08
落ち込んでいるラビ君達に何も言えないまま、わたしとエコー君は待合所を出た。
夕方になって宿に顔を出したディーに今回は採集依頼を受けたことを告げる。
もしかしたら嫌な顔をするかもしれないと思ったけど、むしろ彼女は食いついてきた。
「へぇ『クロバナ』か。なかなか出回らないレア素材なのよ」
「そういえば《調合》スキルも修得してたんでしたね」
調合は、植物や鉱物などを材料として特殊な器具で掛け合わせることで傷薬や身体能力向上薬といった特殊なアイテムを生成できる錬金術の基礎スキル。ディー曰く、様々な応用が利くため“仕事柄”とても重宝しているらしい。傷薬や毒も自前で錬成しているのだそうだ。
素材の組み合わせに関してはまだまだ未知の部分が多く、その研究のために設立されたのが今回の依頼主である錬金術協会だった。
採集する区域周辺の情報が記載された書類を渡すと、冒険の準備をする時間も含めて明日の昼にまた合流する約束を取り付ける。
ちなみにディーの宿は色町のほうにある。1度遊びにいらっしゃいと誘われたけど、もちろん遠慮した。
次の日。
わたし達3人は町の庁舎近くにある錬金術協会を訪れていた。
「うわあ、大きな建物ですね!」
協会本部は庁舎に負けず劣らず4階建ての立派な造りをしていた。
ひとまず副会長さんに会って採集のためのツールを受け取るべく受付を尋ねると、2階の応接室に通された。
ソファーに座って待つこと少し。
ドアが開き、藍色のローブを羽織った30歳前後の男性が入室してくる。
痩せぎすな体型と伸びた黒髪がいかにも研究者といった感じの人物だ。
「やあ、よく来たね。私が副会長のゴアだ。おや、お嬢さんと子どもの冒険者とは珍し……って、アレ」
ゴアさんがディーのほうを見て目を丸くする。
「“ケー”じゃないか。何してんの、キミ」
「見ての通り今は冒険者よぉ。お望みのブツを取りにいってあげるからありがたく思いなさい」
「フン……まぁ、キミが出向くなら安心か」
わたし達の前を軽口が飛び交う。
顔見知りらしいけど、ずいぶんと親しそうだった。
そのことを尋ねると。
「ああワタシ、ここの名誉研究員なのよ」
研究員だからケー、素敵でしょ? と悪びれもせずに言った。
ネーミングは相変わらずだけど、まさかそんな肩書きも持っていたとは驚きだった。
「といっても年に数回しか顔を出さないけどね。彼女はウチの出資者で、資金援助の対価として調合レシピを提供してるんだ」
「レシピですか」
「ええ。自分であれこれ研究するなんてめんどいもの。専門家に金出して協力させるほうが手っ取り早いわ」
「とはいえ、素性のわからない市民に貴重な錬金術の情報を渡してるなんて知れたら、やんごとなき身分の方々が黙ってないからね。苦肉の策でウチの研究員てことで在籍してもらってるのさ」
協会が錬金術の研究に打ち込めるのは、貴族や商業ギルドなどの後援があってこそ。
彼らも慈善事業で資金を出しているわけではない。領地の発展や商品価値のある道具を開発させるのが目的だから、錬金術師達も当然出資者の意向に沿うべく研究をしている。
開発された商品の情報――レシピは非公開が徹底されているため、お金を出してくれたからと一市民に、特に素性の知れない人物においそれと研究成果を渡すことは厳禁となっている。というのも錬金術には戦争に転用できるアイテムがいくつもあるからだ。
実際、他国の間諜が紛れ込むことも珍しくないのだとか。
そのため協会に所属するのも、スキルをマスターしていること以外にも厳重な審査がある。
そこでゴアさんが用意したのが名誉研究員という役職だった。
曰く、薬品系――おそらく毒とかだろうけど、そっち方面の知識を必要としているディーとの利害が一致したらしい。
「てことは、お嬢さん方はキミの“本業”を知ってるのかい」
「そうよぉ。って、なにか言いたそうね」
「いやいや、何でもないよ? 殺し合いのハリケーンでダンスしてるキミにアレなんて絶対アレだと思ったからさぁ」
「アレアレうるさいわ。さっさと依頼の話に入りなさい」
奇異な視線を送っていたゴアさんだったけど、「それもそうだね」と話を戻した。
「キミ達に採ってきて欲しい『クロバナ』だが、名前の通り花なんだけど、とてもデリケートでね。サイズも一般的な草花より小さくて、環境が変わるとあっという間に枯れてしまうんだ」
「単に摘み取って来ればいいだけじゃないんですね」
「うん、その通り」
『クロバナ』が貴重なのは、原生地から持ち帰るのが非常に困難なため。
危険な魔物が徘徊しているのもさることながら、気温の変化に敏感で、引き抜いてしまうと1日として持たない脆弱さが希少価値を高めているとゴアさんは説明した。
「鮮度が落ちると目当ての成分も消えてしまうんだ。だから“枯らさないこと”も依頼の条件に含まれるから気を付けてね」
「わかりました!」
「んで、これが採集のための特製布袋とスコップだ。布袋は魔力によって中の温度や湿度を一定に保てるようになってるから、こっちの、根の損傷を極限まで避けられるスコップで掘り出して回りの土ごと詰めこんでくれればいい。それと依頼書にある通り最低4株は採ってきてね。10袋まで渡しておくから、超過分は報酬を上乗せしよう」
手渡された袋は一見してただの小さな麻袋だったけど、少なくとも簡単に穴が空いたりはしないくらいに生地は丈夫そうだった。
「あ、袋とスコップは僕が持ちますね!」
「え? そんな、悪いですよ」
「何遠慮してんのよ」
「いえ、荷物持ちみたいな真似させるのもどうかと思いまして」
「そんな! 僕、全然気にしないです!」
「ほら。いいじゃないアイテムぐらい」
「うーん、でも他にポーション200本も抱えるのは大変なんじゃ」
「いやだからポーションは……に、200ぅ!?」
なぜか驚愕の声を上げるディー。エコー君も顔を青ざめさせている。
前回、100本をあっさり使い切ってしまったから今回は倍の200本にしようと思ったのだけど、何かおかしかっただろうか。
「……ワタシが傷薬持ってくから、そんなに買わなくていいわよ」
「そんな、駄目ですよ。それはディーの分――」
「いや、大丈夫だから。ワタシの調合したのは高級ポーションくらいの性能あるから。複数持ってくし、ね、お願い」
「そ、そうですか……いや、でも」
「僕からもお願いします……!」
なんだか必死の形相で懇願してくる2人。
心配だけど、わたしは渋々ながら承諾する。
「く……クク」
そんな私達を見ながら、吹き出しそうになるのを堪えるゴアさん。
「なに笑ってんのよ」
「いや、またレアなものを見たなと思ってね。前から思ってたが、キミもまだまだアレだねぇ」
「さっきから濁すわねぇ。言いたいことがあるならはっきり言ったらどう」
「怒るな怒るな。……ところでそこのボクは、もしかしてハーフエルフかい?」
すると、びくりとしたようにエコー君の体が震えた気がした。
「は、はい……そうです、けど」
「ああ、警戒しなくていいよ。その分だと色々大変だったみたいだね」
「……昔のことです」
珍しく疲れた表情で呟いている。
ハーフエルフということで何かあったのだろうか。
彼らについてわたしが知っているのは、エルフの男性と人間の女性から生まれる一代限りの種族だということくらいだけど。
「もう行きましょう、こいつと話してても胸糞悪くなるだけよ」
唐突に立ち上がるディー。
どうやら機嫌が悪いらしい。
長居しても仕方がないので、わたしとエコー君も同じように頭を下げて退出する。
「よろしく頼んだよ」
わたしは軽く頭を下げると部屋を後にする。
ツールは受け取ったので、後は北の国との境目にある現地へ行き『クロバナ』を採集するのみだ。
周辺にはヴリトロと呼ばれる元『黒晶』級の魔獣が住み着いているらしい。
今回は討伐目標でないから必ずしも戦う必要はないけど、前回と同レベルの敵に違いはない。
3人で無事に帰ってこれるように、気を引き締めていかないと。
☆★☆★
「あ、ディー。ちょっと待ってくれ」
「なに」
「今回の依頼を達成した後になるが、本業のほうを頼みたい」
「構わないけど、贔屓にはしないわよ」
「そうつんけんしないでくれ。『クロバナ』が何の材料かは知っているだろう?」
「……ええ、人間なんぞイチコロの猛毒ね」
「私が今研究しているのは、それをさらに強化するための、それこそ“魔族”すら斃せるかもしれない必殺の毒だ。だがそれを生成するには後1つだけ必要な材料があるんだ」
「……へぇ、それは?」
「ああ、実は――」




