07 狩人視点
「ねぇラビ。いい加減元気出しましょうよ」
「…………」
「いつまでも塞ぎ込んでたって先へは進めないわ。ここのところ立て続けに仲間を失っているから落ち込むのはわかるけど、前を向かないと」
「……わかってるよ、アーシェ」
クエストから帰ってきた彼はずっとこの調子だった。
気持ちは痛いほどわかる。
万全を期して挑んだつもりだったのに、まさか『黒晶』級の――元『白銀』の魔物があれほどの強さだとは、全くの想定外だった。
……いや、アタシ達の場合は事情が違うか。
アタシ達の階級が『銀』から『真鍮』へ上がったと同時に導入されたパーティー制。
それに伴って魔物の階級が下げられたお陰で、アタシ達は実質レベルが2つも上の相手といきなり戦う羽目になってしまっていた。
それでも、9人もいればクリアできると思っていた。
ソアラが抜けた代わりに高位神官が加入してくれたのは不幸中の幸いだったし、他にも槍戦士や魔法使いを引き入れ、現時点ではこれ以上望めないパーティーを編成したはずだった。
万全を期して挑んだはずの『黒晶』級討伐クエスト。
でもそれが、あんなことになるなんて。
敵は1体。氷魔法を使う“禿鷲”のような頭をした魔獣だった。
そのたった1体にアタシ達は蹂躙され続けた。
(何よアレ。あんなの反則じゃないの……!)
遭遇してすぐに槍戦士のバーツがあっという間に氷漬けにされて殺されると、パーティ-は混乱状態に陥った。
ウィノナを含めた前衛が魔獣の猛攻を食い止めようとするものの、極寒の凍気を放つ魔獣に近付くことすらまともに出来ないでいた。
アタシも必死で援護射撃をしたが、精霊魔法で強化した身体能力をもってしても魔獣の作り出す氷の壁に阻まれて傷1つ付けられなかった。
これまで戦ってきた魔物はなんだったのかと思うほどの圧倒的な実力差だった。
ラビが撤退を決断しなければ、壊滅は免れなかっただろう。
いや、それでも誰かが犠牲にならなければ魔獣の足を止めることは敵わなかった。
あの時、ラビの近くにいた斥候のクルスがどういうわけか転倒したせいで注意がそちらに向かったのは幸運だった。
(クルスには悪いけど、彼が転ばなかったらラビが犠牲になっていたかもしれないわ)
……そう、仕方なかった。仕方なく見捨てた。
ちらりと受付を見ると、あの女がいる。
ラビを捨てた裏切り者のアレッサ。
率先して見捨てたあいつとアタシ達は違う。そうだ、そうに決まって――
その時、あの女がこちらを見た。
まるで憐れむような、可哀想なものを前にするような、そんな目をしながら。
もしかして、新人の受付がアタシ達の醜態をゲロったのだろうか。
まだほとんど話してないが、どうも今度の受付は融通が利きそうになくて気に入らない。
(なによ、その目は……!)
顔が熱くなるのを感じる。
これでお仲間だとでも言いたいの?
アタシを見下してんの?
好きで見捨てたんじゃない。
1人の命と全員の命、どっちが大事かなんてわかりきってるでしょうが。
合理的な判断をしたのよ、こっちは。
アンタと一緒にするな。
…………畜生。
すぐ傍をあいつの仲間、エコーとかいうハーフエルフの子どもが通る。
分不相応なクエストを受けたと聞いていたが、まだ生きてたのか。
唾棄すべき呪いの子ども、使命を忘れた穢れの象徴が。
ハーフエルフは、エルフの男性と人間の女性の間にしか産まれない。
その容姿は人間とエルフどちらにも似つかない中途半端なもので、男でも女でもくすんだ汚い髪の色になる。
“聖樹”の加護も無くなるため人間の3倍はあるエルフの寿命も失われてしまう。
生まれついての忌み子、恥晒し。それがハーフエルフだ。
もともとエルフは妊娠する確率が人間より低く、特に男子は10人に1人という割合でしか生まれない稀少な存在だった。
だからこそ、男は生まれた瞬間から村の長となるべく教育を受け、多くの女性エルフと1人でも多くの子を為して純血を保たなければならない義務を背負う。
生殖機能は青年から壮年期の一時期にのみ備わっていて、しかも人間と交わることで失われてしまう。
長寿であるエルフが過剰に増えてしまわないための生体らしいが、お陰で人間に比べてエルフの数は圧倒的に少なく、それどころか年々その数を減らしていた。
それなのに、あいつの父親はエルフとしての使命を放り出して人間の女に現を抜かした。
ハーフエルフの存在自体が種族を破滅に近づけた証左なのだ。
昔ならば戒めのためにハーフエルフは見つけ次第処刑された。その両親も同様に森の中を引きずり回して可能な限り惨たらしく殺害することが許されていた。
でも、エルフの里が人間の生活圏に併合されるにしたがって法体系も受け入れなければならなくなり、たとえハーフエルフだろうと安易な殺害はご法度になった。
それでも、裏切り者への憎悪まで消せるわけがない。“恥”が生まれたら抹消したくなるのは当然なのだから。
大体、アタシが冒険者をやっているのもパートナー探しのためだ。
アタシの生まれ育った里では年を取って子を作れなくなった村長以外に男性がいなかったため、このままでは消滅の危機に扮していた。
だから素敵な人間の男性を見つけて男の子を産めば、一族から崇められる。それこそ、聖母となれるのだ。
(ああ、早くラビを持って帰りたい)
当たりだと思うのよね。
アタシの耳がこんなに反応してるんだもの。
彼との子どもなら絶対素敵な男の子が生まれると思うのよ。
ソアラが再起不能になってくれたのはありがたかったわ。
もしかしたら介助をしてる内に、ラビの情が移って……なんてことがあるかもしれないなんて危惧したけど、今のところ見舞いにも行ってないみたいだし杞憂だったようだ。
これで後はウィノナだけ。
……男爵家の五女らしくて、一応貴族令嬢なのよね。
城で女中をやるのが嫌で冒険者になったとか言ってたけど、身分的にソアラより手強いのは確かだ。
まぁ、筋肉バカだから女としての魅力はアタシほどじゃないし、歯牙にもかけてないけど。
(! チッ……)
ハーフエルフのガキを追いかけて、アレッサが横を過ぎる。
何か言いたそうな顔をしていたけど、結局こっちに声をかけてくることはなかった。
裏切り者同士、実にお似合いのカップルだ。
ホント目障りが服着て歩いてるような連中なんだから。
早く消えろ。
(……待って)
ふとアタシの中で1つの考えが閃く。
…………そうよ、消しちゃえばいいのよ。
いくらハーフエルフ殺しがご法度になっても、里にはまだ伝統を重んじ、その存在を忌み嫌うものがいる。
エルフが人間の都市で生活するのすら顔色を変えるような頭の固いババァ連中だ。
何年か前も人間の女と駆け落ちした男エルフをなぶり殺しにしたことを武勇伝として語っていたっけ。
そうだ、あいつらを焚き付けてあのガキを消してもらおう。そうすれば人数ぎりぎりのあの女のパーティーも終わりだ。ラビの心も晴れる。一石三鳥ではないか。
(そうと決まったら……)
すぐにでも里に連絡を取ろうとしてラビに断りを入れようとしたその時。
「……やはり怪しくないか」
唐突に口を開いたのはウィノナだった。
その視線はあの女の背中を追っていた。
「は? 怪しいってなにが」
「いや、この前アレッサとパーティーを組んだビーという女だ」
確か新入りの冒険者よね。余所のギルドから移ってきたらしいけど。
あいつがいなければアレッサはクエストを受けられなかったのに、忌々しさでいえば上から4番目に位置する女だ。
「あの女がどうかしたの。確かに降ってわいたようなヤツだけど」
「ソアラを襲った犯人が、黒髪のメイド衣装だったということをずっと考えていた。彼女と特徴が一致すると思わないか」
「……いやいや、アンタ」
黒髪の女なんてそこら中にいるでしょうよ。
まあ、アレッサの知人ってのは怪しいと思うけどさ。そんな暗殺者みたいなヤツだったら堂々とギルドに入ってこれるワケないでしょ。
つか、この雰囲気の中でどんだけ空気読んでないのよ。やっぱ無理だわ、こいつ。
偶然近場のクエストでソロってたのを見てお情けで組んでやったけど、あの頃から何かヌケてるっていうかズレてんのよね。
人間の女って短命だけに、救いようのない馬鹿ばっかりね。
「たとえば、アレッサがビーにソアラ達3人の襲撃を指示したとしたら、アリバイも何もないと思わないか」
「わざわざあの女が頼んだっての? 3人も襲わせる金なんかどこで用意したのよ」
「金なんか要らないだろう。あの2人が無二の親友だとしたらどうだ。たとえば、私達のことを逆恨みして――」
「彼女に友人なんかいないよ」
ぴしゃりと言い放ったのは、ラビだった。
「アレッサちゃ――アレッサには、ぼくの知る限り1人しか女友達はいなかった。昔から空気の読めないところがあって、よく反感を買ってたんだ。本人はそうと思ってなかったけどね。ずっと彼女を見てたんだ。ぼくにはわかる」
「そ、そうか……いや、すまない」
一気に萎縮するウィノナ。
はっ、怒られてるし。これでまたアタシが一歩リードだ。
「ソアラのことはもう忘れよう。主教様のお言葉は知ってるだろう?」
それは騎士団が本腰を入れて司祭殺しの捜査をしようとしていた時のこと。
教会を総べる主教が先日のミサの後、事件に関しての発言をしたのだ。
曰く、司祭の死は“神罰”だったのでは、と。
本来ならば神聖さと高潔さを是とする教会が身内の罪過を白日のもとに晒すなど到底あり得ないことだった。
なのに教会はあえて司祭の悪行を発表し、かの者を破門するとまで宣言した。
それほどまでに司祭の行ったことは許されざるものだと、その落ち度を大々的に認めたのだ。
教会の教えは王国の根幹にも根付いていて、騎士団の上層部にも敬虔な信徒はいる。
主教の言葉を聞いた信徒はどう思うか。
はたして司祭の身に起こったことは神の意志であり、それを暴くことは神への冒涜に繋がるのでは、と考えたのだ。
お陰で犯人探しの熱は一気に冷めていった。
「今後の方針だけど、1度『真鍮』のクエストを受けてみないかい?」
アタシ達は初陣ということもあって、お互いが何をできるかほとんど把握していなかった。
不慣れな相手と組むのは想像以上に労力を伴うもの。
ラビは無難に攻略できるクエストを受けてメンバーの連携を見直してみようと提案してきた。
「そ、そうだな! ラビの言う通りだ」
慌てた様子でウィノナが同調する。
顰蹙を買ったと思ったのだろうか、挽回しようとする姿が実に滑稽だった。
まあ、どうでもいい。
今のラビの態度からしても、彼がまだアレッサへ少なからず遺恨のようなものを持っていることがわかった。
(なら、アタシが断ち切ってあげないとね)
未練を断ち切って、そして、アタシが彼の身も心も手に入れる。手に入れてみせる。そのための道筋は見えた。自分の手を汚さずに胸のつかえを晴らす最良の手段だ。
クエストのことや後の段取りはラビに一任するといって、アタシは待合所を出た。
ひとまず、里へ連絡だ。
アタシが聖母と呼ばれるために、時代遅れのババア共に存分に働いてもらうとしましょうか。




