06
翌日、新しい依頼を受けるためにわたしとエコー君はギルドへと向かった。
ディーは用事があるそうで、夕方頃には宿に顔を出せると言っていた。
パーティーに付き合っていて本業は大丈夫なのか聞いてみたけど、頻繁に依頼がくるものでもないので気にする必要はないそうだ。
待合所に入ると、いつもの席に座りながら沈んだ表情でうな垂れるラビ君達がいた。
「……?」
ラビ君はもう既にわたし達の1つ上『真鍮』に昇級している。
たしか、わたし達が前の依頼を受けるのと同じくらいに『黒晶』級の討伐クエストを受けて出発していたはずだけど、もしかしてうまくかなかったのだろうか。
ソアラさんが冒険者を辞めざるを得なくなってしまったものの、ラビ君はその後すぐにギルドの『真鍮』級メンバーを引き入れ、ウィノナさん達を含めて9人の大パーティーを結成していた。
ギルド内ではおそらく最も規模のあるパーティーだろう。
ただそれでも、彼らが相手にするのはわたしもまだ戦ったことのない元『白銀』の魔物達。
十全な対策を取って挑まなければ、冒険者が何人いても足りない相手――とはゼノビアさんの談だ。
ちなみにパーティー1組あたりの上限は12人と決められている。
もちろん大人数のほうがクリアする確率は上がるものの、報酬の分配に対する兼ね合いから、今までパーティーを組んでいた人数に1~2名加えた5~6人で纏まることが多いそうだ。
ラビ君達のことは気になったけど、ひとまず新しい依頼を探そうと受付に進む。
「あれ、マスターじゃなくて違う人が座ってますね」
声につられてそちらを見ると、受付にはわたしより3~4つほど年上と思われる銀縁の眼鏡をかけた女の人が座っていた。
「すいません。依頼を受けに来た『銀』級パーティーのアレッサです」
すると女性は立ち上がってこちらへ会釈をした。
「初めまして。この度研修を終えまして、本日からギルドの受付業務全般を担当することになりましたイメルダです。今後はマスターに代わり私が対応させていただきます。至らない点もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
自己紹介を終えると再度頭を下げるイメルダさん。
今まではずっとマスターであるゼノビアさんが受付を兼任していたけど、どうやら採用が決まっていたようだ。
真面目そうな印象で、なんとなくマスターが好みそうなタイプという気がした。
「こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
挨拶もそこそこに、わたしが『真鍮』級の依頼があるか尋ねると、彼女はすぐに依頼書をこちらへ手渡した。
全部で6件。
うち3つが討伐依頼、残りは採集依頼が2つと護衛依頼が1つだった。
階級が上がってきたこともあって、受けられる依頼も単純に魔物を倒すだけに留まらず、バリエーションが増えている。
「わあ、護衛の依頼もあるんですね!」
「……もしかして受けてみたいですか?」
「えっと、興味はあります。騎士みたいでかっこいいと思ってたので!」
エコー君の言葉を聞いて、わたしは逡巡する。
以前、先輩冒険者に護衛依頼はどうしてもという時以外遠慮しておけ、と言われたのを思い出したのだ。
戦闘が大変、ということではない。問題は“依頼主”にある。
騎士の護衛対象が貴族や教会関係者といった王国の要人であるのに対して、冒険者ギルドに護衛を依頼してくるのは商人を主とした市民が大半を占めている。
依頼主が指定した目的地にたどりつくまで身を守るのが任務になるのだけど、中には『態度が気に入らなかった』『危険に晒された』などと言いがかりをつけて報酬の支払いを渋るケースがあるらしい。
酷い時にはわざと自傷したり、荷物を盗まれたなどとでっちげてくることもあるとか。
真偽はともかく訴えが認められればクリアは無かったことになるし、最悪の場合は冤罪で投獄されてしまう可能性もある。
ギルドも相手の言い分を一方的に鵜呑みにするようなことはないものの、冒険者には荒くれ者や前科のある人がいるのも事実。ぞんざいに扱えば悪評を立てられてしまうため対応が難しい。
そう言った様々な理由から、護衛依頼は多くの冒険者から敬遠される傾向にあった。
(でもエコー君もやってみたいようだし、1回くらいならいいでしょうか?)
個人的には達成条件がはっきりしている討伐依頼が好ましい。
だけどクリアすればもちろん昇級のカウントには含まれるのだし、何より討伐依頼と違って主目的はあくまで依頼主の護衛。敵が襲って来なければ1度も戦わず目的地までたどり着く可能性もある。
それに揉めることもあるというだけで、依頼主が困った人物であるとも限らないのだから。
そう思って書類を眺めると、ふと条件の部分に目が留まった。
「……この依頼は無理ですね」
「え?」
「ここを見てください。5人以上のパーティー限定と書いてあります」
こちらは3人、この時点でわたし達には依頼を受ける資格がない。
依頼主の要望として、条件が不随されるのはよくある。
この場合は実力どうこうより人員を重要視しているということだろう。
「残念……じゃあ、こっちの採集依頼はどうですか?」
「採集、ですか」
正直言って、護衛依頼以上にわたしが引き受けたくないのが採集依頼だった。
採集依頼は、人の手の届かない山奥や洞窟など特定の箇所に存在している稀少な素材を特定の期限までに一定数回収して依頼主に届けるのが主な内容となる。
採集対象は武具の製造に用いる鉱石だとか錬金術で使う植物だとか、様々。
渡された資料に採集場所が記載されているため無手から探索する必要はないし、戦闘が主目的ではないため、こちらも運が良ければ戦わずしてクリアすることもできる。
ただし問題点として、期限までに素材を集めなければ依頼は失敗になるほか、目標の消失――たとえば魔物に踏み荒らされた、別の誰かが持ち去ったなど、こちらに非が無くとも同様に失敗とみなされてしまうのだ。
採集場所に指定されるのは当然ながら未開拓地。何が起こっても不思議ではない。
運が悪ければ現地へ行き損になってしまい、昇級の条件である7回連続クリアも途中リセットになるという、泣くに泣けない事態を引き起こす可能性がある。
それが、どう鑑みても運の良いとはいえないわたしが、採集依頼を回避したい理由だった。
「駄目ですか……? 僕、色々なクエストに挑戦して経験を積みたいんです」
わたしの内心を知らず、エコー君が上目遣いでこちらを見る。
どうしよう、気は進まないけど。
(………………まあ、いいかな)
まだ『真鍮』級の依頼は1度しかクリアしていない。
リセットされても大した痛手にはならないし、エコー君に助けられているのも事実。
彼の要望はなるべく聞いてあげたい。うん、聞いてあげないと。
ちょっとぐらい、2人を待たせてもわかってくれると思う。
「わかりました。……ええとじゃあ、こっちの『クロバナ』の採集依頼でいいですか?」
「ありがとうございます! お姉さん!」
ざっと目を通したところ、2つある採集依頼のうち、こちらのほうが対象の生息する地域が近い。
もちろん付近では『真鍮』級の魔物が確認されているからこそ、この階級の依頼として提出されている。
危険が伴うことに変わりはない。引き受けたからには気を引き締めないと。
「では、先方にお伝えしておきます。期限は1か月となっておりますので、くれぐれも厳守でお願いします。それと採集に必要なツールを依頼主様がお貸しくださるそうなので、出立前に顔を出していただきますよう重ねてお願いします」
「わかりました」
依頼主を確認すると『錬金術協会・副会長ゴア』と記されていた。
錬金術協会とは、その名の通り錬金術や調合スキルの研究者が所属する組織だ。
この『クロバナ』という採集対象も錬金術の材料なのかもしれない。
「ディーに連絡しないといけませんから、向かうのは明日以降ですね。今日は戻りましょう」
「はい!」
お願いを聞き入れてもらったことが嬉しかったのか、元気に駆け出すエコー君。
「…………」
そんな彼を尻目に、わたしはそっと受付まで引き返した。
そしてなるべく小さな声でイメルダさんに伺いを立てる。
「あの……あちらにいるラビ君達なんですけど、何かあったんですか?」
すると事務作業をしていたイメルダさんは顔を上げて「ああ」と淡々とした様子で返事をした。
「『黒晶』級の依頼に失敗したとのことで、今日クエストの破棄を申し出てきました」
「……そう、ですか」
案の定というべきか、暗い表情はそういうことだった。
でも、依頼の失敗自体はわたし達とパーティーを組んでいた時も経験したことだ。立ち直りも早いはず。
今度はもっと力を付けて、対策を練って挑めばいつかはクリアできるだろう。
ラビ君は仲間も一杯いるのだから、きっと――
「なんでも魔物から逃走する際、パーティーのメンバーだったクルスさんとバーツさんが死亡したそうです」
…………え?
言われて初めて、わたしはラビ君達の席に7人しか座っていないことに気が付いた。




