03 前半暗殺者視点
「ふっ!」
ワタシと魔獣、動いたのはどちらが先か。
一見鈍重そうな外見から繰り出される乱撃はまさに“暴風”だった。
長い腕と鍵爪が容赦なく降り注ぐ。描く軌道は不規則で、それでいてかすっただけで装備を肉ごと削られるような力が込められている。
「ンンン」
「……っ! ――っ!」
息つく暇もなく吹き荒れる攻撃を、全身の神経を研ぎ澄ましてワタシは避け続ける。
体を反らし、屈伸し、それでも追いつかれる時は体術スキルで補強。まさに紙一枚先に待つ死の渦を掻い潜りながら、反撃も忘れない。
およそ10度の回避につき1度訪れる隙を逃さず甲鱗に守られていない部位にダガーの刃を立てる。対人用ではなく魔物用のを準備してきたのだが、それでも鱗の部分は刃が負ける。
薄く表面を切り裂いて薄緑色の体液が飛び散ると、わずかだが魔獣の表情が変わった気がした。
「たああああああっ!!」
そこを挟み撃ちにする形で背後からエコーが斬りかかる。
基本的に魔獣は防御に自信があるのか避ける姿勢は見せないものの、あまり存在感をしめすのはどうなんだ。
声を上げて攻撃すんなし、ヘイトが移ったらどうすんのよ。かわいいから許すけど。
あと腰でがちゃがちゃいってるポーション詰め合わせバッグ捨てなさい、どうせ1発もらったら終わりなんだから。
ああでも、ワタシの動きを参考にしたのか、ちゃんと鱗の隙間を狙ってるのは大したものね。
「ンンンンッ!」
魔獣もまったく彼を無視しているわけじゃない。
反転して腕を振るおうとするものの、その頃にはもうエコーは間合いから大きく後退している。
決して無理はせずに一撃入れたら離脱。
そう、それでいい。
生まれた隙をワタシが逃がすこともなく。
「どこ見てんの?」
がら空きの背中。毒を塗ったニードルを今しがたエコーがつけたばかりの傷口に突き刺す。
あの女には効かなかったが、射しこんだ部分から細胞組織を腐敗させる毒だ。外殻はタフそうだけど、中身まではどうか。
「ン゛ン゛ッ……!!」
声音を変えて魔獣が呻くとその体勢が大きく崩れる。
さすがに致命傷には至らずとも効果はあったようだ。
このまま弱らせていけば仕留められる。
そんな風に余裕を持ち始めた、その時。
「ンギア゛アアアアア――!!!!」
咆哮とともに魔獣の角が青白く発光してばちばちと火花を散らし始めた。
まずい、この技は“魔竜”のサンダーブレスに近い拡散する雷撃だ。
さすがに高ランク、近接一辺倒ではないのはわかっていたけど、すっかり失念していた。
こういう範囲攻撃は防御の基本が回避であるスカウト系と相性が悪い。身の軽さを活かせない。
でもまぁ、ワタシなら別。
スカウト系最上位スキル《神脚》なら一気に遠方まで離脱できる。
「エコー、離れなさい。できればあの辺の岩場まで…………っ!?」
だがその時、魔獣がその巨脚で地面を蹴りあげた。
舞い上がった砂と土をもろにかぶってしまい、ワタシは判断が遅れてしまう。
(コイツ、魔獣のクセに頭を回らせやがって……!)
目はどうにかかばったものの、足を止めてしまったのはミスだ。
ヤバい、この分だとスキルの発動が間に合うか。
「ディーさんっ!」
ワタシの名を呼びながらエコーがこっちに駆けてくる。
(冗談でしょ何考えてんの)
まさか、かばいに来たのか。
雷撃だから前に立ったって防ぎようがないんだけど。
ほっといて離れなさいって。
だが、あの子の考えてることは違っていた。
その両手で抱えているのは剣じゃない。
ポーションの詰まったバッグだ。
「うおおおおおお!!」
なんとも重そうなそれを、エコーは魔獣の頭目掛けて投げつけた。
バッグの蓋は開いていて、アレッサが有り金はたいて買ったポーション100本の中身が無残に砕けて撒き散らされる。
頭からびしゃびしゃと聖なる液体をかぶる魔獣。
次の瞬間、まばゆい雷撃が放たれる。
ただし、雷撃は拡散しない。全てはポーションのしたたる自身に対して。
「ンン゛ンン゛ンン゛ンン゛ンン゛!!!!」
感電。
自分の技を自分に喰らって悲鳴じみた声を上げる魔獣。
どうやら耐性は無いらしい。
ワタシはぽかんとして地面に転がったエコーを見据えた。
ちゃんと敵の能力を把握して対策を考えてたのか。
実力なんて関係ない。
パーティーの一員として、何ができるか考えて戦い抜く。
対等な扱いって決めたのに。
ワタシはこの子を下に見切っていた。
「いてて……大丈夫ですか、ディーさん」
「……ええ。助かったわ」
「無事で良かったです。でも、まだ終わってませんよ」
「わかってるわ。さっさとトドメを…………ん?」
ふいに足元が揺れる。
地鳴りのような音が断続的に続き、少しすると落とし穴のあったあたりにヒビが入る。
間もなく、ぼこりと音を立てて地面から剣が生えた。
あの女の使っていた血の剣だ。
一本だけではない。
まるで雑草が生えるように何本も何本も。
「ン゛ーーーーーーーーッ!!!」
地面が割れて咆哮をあげながら2体目の魔獣が現れる。
まだ痺れから立ち直れないでいる魔獣の片割れだろうが、全身のいたるところに赤い剣が刺さって、まるで別の生き物のようだ。
さらにその後に続いて穴から白く細い腕が現れる。
「ぷはっ! も、戻って来れました……!」
這い出てきたのは――アレッサだ。
全身土まみれで、年頃の乙女が台無しだった。
もっともそれはワタシもだけど。
「おかえり、派手な帰還ねぇ」
☆★☆★
「ハァ……ハァ……」
やっと戻って来た。
2体目の魔獣を見つけたとはいえ、エコー君とディーが心配だったわたしは、穴から抜け出すべく、あえて攻撃させることで回復するたびに血剣を創出し続けた。
こうすることで血剣を積み上げ、地上に脱出しようと考えたのだ。
ごり押しもいいところだけど、ひとりで上まで行くにはそれしか思いつかなかった。
わたしは魔獣と正面から戦い、何度も八つ裂きにされた。
そして引き裂かれれば引き裂かれただけ、打ち据えられれば抉られた部分を剣に変えては再生していった。
いつまで経っても倒れないどころか、体を砕くたびに放出される血剣に異様さを感じ取った魔獣も様子を見始めたけど、その頃にはもう遅い。
足の踏み場もないほど地面に積み重なっていく剣は、やがて足を動かしただけで切り傷を生み、創出速度を底上げした。
もちろん攻撃も忘れてはいない。なにせ武器はいくらでも湧いてくるのだから。
目以外にも鱗の隙間に剣が通ることを見つけたわたしは、積極的に魔獣へ刺突を繰り返した。
深い傷を負わすまでには力が足りなかったけど、防御を考えずに肉薄する内に魔獣の体には生傷が増えていった。
やがて劣勢とみたのか、天井の穴に腕を伸ばすとそのまま掘り進んで逃走を始めた。
とっさにその脚に剣を立ててしがみつき――ようやくわたしは地上まで登り詰め、現在に至る。
「2人とも、大丈夫でしたか!?」
「この通り元気よぉ」
「お姉さんこそ無事で良かったです!」
今まで戦っていたのか2人ともだいぶ汚れているけど、大きな怪我はないようだ。
ああ、本当に良かった。
2人はある意味わたしの我儘に付き合ってくれているのだ。またパーティーメンバーを失ったら、もう堪えられそうになかった。
「ごめんなさいディー……ちゃんと忠告を聞くべきでした」
「別にいいわよ。あんたの買ったポーション、ちゃんと役に立ったわ」
「! そ、そうですか!」
やっぱり備えあればなんとやらですね。
今度はもっといいポーションを持たせましょう。
「ふ、2人ともあれ見てください!」
エコー君が指し示したほうを向くと、仰向けに倒れて動けずにいる魔獣の方に、わたしと一緒に出てきた魔獣がにじり寄っていくのが見えた。
パートナーを気遣いに行ったのだろうか。
そんな心が彼らにもあるのだろうか。
魔獣はゆっくりと膝をつき、2本の腕がその胸元に触れる。
そして――
「ン゛ッ!? ン゛――――!!」
べきべき、べり。
その体に爪を立て、あろうことか無理やり鱗を引き剥がし始めた。
付け根から体液が溢れておぞましい悲鳴が響き渡る。意に介すことなく次々にパートナーの体をむしり取る魔獣。
「うわ……グロ」
やがてむき出しになった胸筋に容赦なく爪を潜り込ませてその息の根を止める。
「――――ン゛」
ごくりとわたしは唾を呑みこむ。
体液まみれの手に握られていたのは、いまだに脈打つ赤黒い臓器。
心臓だ。
それを魔獣は躊躇なく口に滑り込ませた。
すると、至るところに刺さったままだった血剣が絞り出されるように抜けて地に落ちる。
傷口が塞がって潰したはずの目も再生する。
無かったはずの頭部に角が生まれる。
さらにはその背部から新たに長い腕が2本、生える。
魔獣トゥカファは満身創痍から完全回復するどころか、強化再生を遂げていた。
「見事にパワーアップしやがったわ。どうする?」
「どうするも何も……」
立ち上がった魔獣がゆっくりとこちらを向く。
周囲の空気が一気にこわばる。
「めちゃくちゃ怒ってますね……!」
昆虫のように無機質な顔でも、感情だけはひしひしと伝わってきた。
憤怒。
絶対に逃がしはしないと魔獣が腰を落とす。
だけどこっちだって引く気はない。
「今度こそわたしが先行します。2人とも気を付けて」
「しゃーないわねぇ」
「が、頑張ります!」
それぞれが得物を構えて、わたし達は怒り狂う魔獣と最後の戦いを開始した。




