13 司祭視点
「くくく! 今頃アレッサの奴には神の裁きが下っとるじゃろうなぁ! いい気味じゃて!」
「ウフフ、この目で確認できないのが残念ですわ」
そこはラクシャの色町にある高級宿の3階にある最上級客室。
わしら3人はアレッサがこっぴどい姿で死んでいく様を想像しつつ極上の料理で一杯やろうと寛いでいた。
祭事以外で聖職者が酒を飲むのは御法度じゃが、わしのように徳を積んだ人間は胃に聖霊が宿っているので、何の気兼ねもせず酔うことが許されておる。
わしは金に糸目をつけず、一番高いワインと料理のフルコースを持ってくるよう従業員に言いつけた。
「結果を見ないうちにお祝いしても、ぬか喜びになってしまうこともありますよ」
「何を言っとるかソアラよ。わしが雇ったのは厳重に警護された貴族の暗殺すら成し遂げたといわれる王国最強の暗殺者“ディー”じゃぞ。本来アレッサ如きには過ぎた刺客じゃ。まあ、明日の日報を楽しみにしとれ」
「だといいですが」
「……そういえば司祭様とソアラちゃんってどういう関係なんですか? 私のように魂を救われた人間のひとりには見えませんが」
「なんじゃ言うとらんかったか? こやつはわしの姪で親戚なんじゃ」
「我が一族は代々聖職者を排出してまして。一番上の姉は王宮務めの《聖女》なんですよ」
「ああ、だからソアラちゃんには手を出さないんですね」
「うむ。教会での指導を優先したりといった便宜は図ってやってるがの」
「上から目線で何を言ってるんです。たまにあなたを告発しようとする輩を誰がこっそり教えてあげてると思ってるんですか」
「わかっとるわ。おぬしがおらなんだら、わしはとっくの昔に名声を妬む連中に追い落とされておったわ」
わしが救ってやった人間の中には、どういうわけか再び邪道に戻る人間がおる。
一時の気の迷いでなんてことをしてしまったんだと後悔し、気に病んでしまう愚か者どものことじゃ。
大抵は泣き寝入りか自殺するので穏便に済むのじゃが、中にはわしを主教に訴えると言い出す恩知らずが存在する。
そういう神に背く不心得者をいち早く見つけて知らせるのが、ソアラの役目。地位の低い信徒に限った話じゃがな。
自業自得の裏切り者は遠く離れた国に送り出すか、アレッサと同じ末路を辿らせるか、いずれにしても無理解な輩には消えてもらわねば信仰に差し障りが出る。
ソアラもソアラでわしの権力を生かして気に食わん同僚を僻地に飛ばしたりしているのだから、ウィンウィンというものじゃ。
「へぇ、2人がそろえば無敵というわけね。あの、じゃあ……司祭様。実はもうひとりこの世から消したい人間がいるんですが」
「なんじゃ、おぬしを悩ますものが他にもおるのか」
「はい。私をクビにしたあのクソババァ――冒険者ギルドのマスター、ゼノビアです」
ナナリは憎悪の色を隠しもせず少しは世話になったであろう元上司の名を告げる。
先日まで死にかけのイワシみたいな目をしていたくせに、この短期間で本当に良い顔をするようになったのう。
「あいつがのさばっている限り私の職場復帰は絶望的。願いが叶ったあかつきには、司祭様の権威をギルドのみんなにも知らしめるお手伝いをいたしますので、どうかお願いします……!」
「あのババァが消えるのは喜ばしいかもですね。ラビ様を童貞呼ばわりしやがったことですし」
「ふむ、良かろう。じゃが2回目の“浄化”は1回目よりも多くの聖分を必要とする。より荒々しいものになるが良いかの?」
「(ゴクリ)っ!! ……ええ、覚悟はできております!」
「ククク、ならばベッドもあることじゃし早速儀式に取り掛かるとしようかのぉ!」
「ちょっと。まだ料理来てないんですから気持ち悪いことはやめてください」
「やかましい黙っとれ! 誰もわしの聖道を阻むことはできん!」
アレッサの体が誰の手も届かない所に行った。
そうと決まったことがわしに再び活力を取り戻させた。
死んじまったならしょうがない。
前に急死した町娘の葬儀を行った際、わしほど高尚な人間ならば魂を戻す奇跡も起こせるのではと、死体に施しをしたことがあったが、ぴくりともせんかった。
人間は死んだら終わりだとわかった瞬間じゃった。
じゃからこそ、わしはまだまだ生を謳歌する。
今回のことではっきりした。
弱み、悩みの無い人間などおらん。
商人、貴族、王族、どんな人間にも必ず付け入る隙はある。その時には無くとも、いずれ必ず好機は訪れる。
そして心を救ってくれたものを神聖視する。この娘のように崇拝者としてわしの力となる。
わしはいずれこんな田舎の教会などではなく、中央の主教となるつもりじゃ。
そして、貴族の令嬢だろうと麗しき姫君だろうと、誰もがわしに救いを求め股を開くような本物の聖人になるのじゃ。
「“生きながら”なぁーーーーっ!!!! ゲャーヒャヒャヒャヒャーーーッ!!!!」
世界の黎明を見たわしは、勢いそのままベッドで上着をずらしたナナリで一発かまそうとした時じゃった。
コンッ、コンッ、コンッ。
据え膳をお預けされるのがもっとも頭にくるというのに、空気を読まず部屋のドアをノックする音が響く。
「こんばんわぁ~ん、ルームサービスでぇ~っす♪」
ええい、このタイミングで酒と料理が来たのか!?
もう少し客への配慮をせんかぁっ!
怒鳴りつけてやろうとわしが勢いをよくドアを開いてみれば、立っていたのは宿の従業員ではなかった。思わず生唾を呑んでしまうようなスカート丈の短いメイド服に身を包んだ見知らぬ女じゃった。
(い、いや。違う。この顔見覚えがあるぞ!? こやつは……!)
「なんじゃ貴様、暗殺者の娘ではないか!」
「フフ、その節はどうもぉ」
そう、依頼で会ったときは如何にもといった黒装束をしておったが、わしは1度見たおなごの特徴は決して忘れないという固有スキルを持っておる。
黒髪に紫色の瞳を湛えた三白眼、スレンダーな体の線。
間違いなく、このわしがアレッサの殺害を依頼した暗殺者“ディー”じゃった。




