12
「待って!」
人の気配もまばらになった町並みにわたしの声が響き渡る。
別に本当に待ってくれるとは思わないけど、追っている暗殺者さんを誰かが見つけて視線で知らせてくれるかもしれない。
けれど、遠くを行く彼女の影は人通りを避けて明かりの無い居住区画へと向かっていた。
建物同士の間隔は狭く、入り組んだ通路に侵入するといよいよ明かりも無くなり行方がわからなくなってしまう。
ただでさえ足の差があるのに、やがてわたしは完全にその姿を見失ってしまった。
(どうしよう、このままじゃエコー君が……!)
命を狙われていたのはわたしなのだから、彼にとっては完全なとばっちりだ。
どうにか取りなさないといけないけど、次に仕掛けて来るのがいつになるかわからない以上、打つ手がない。
せめて本人に連絡することができれば――
と、その時。
突然、脳天が頭皮ごと陥没するような感覚が襲い、鋭い衝撃が股下まで駆け抜ける。
「!!」
頭蓋、脳、鎖骨、肋骨、心臓、各種内臓が抉り潰される。
即座に再生したわたしが背後に目を移すと、地を這うような低い体勢でどこから持ってきたのかマサカリを振り切った暗殺者さんの姿があった。おそらく屋根の上からでも勢いをつけて渾身の一撃を叩き込み、わたしの体を両断したのだろう。
良かった。まだやる気だった。
即座に再生。
そして再び逃走されては適わない。多少傷つけることになるけど彼女の行動の自由を奪うべく、血剣を創出して攻撃する。
だけど、いきなり武器を生み出したことにこそ驚いていた彼女に、わたしの剣撃はマサカリでことごとく受け流されてしまった。
「力任せは通用しないみたいね。魔族でも相手にしてる気分よ」
「あの! 話を聞いてくださいっ!」
「話ぃ? じゃあそのヤバそうな色の剣捨てなさいよ」
「あ、はい」
「えいっ☆」
次の瞬間、マサカリがわたしの頭部に炸裂、わたしの脳髄が潰れたトマトみたいにまき散らされる。ひどい裏切りだった。
「何するんですか!?」
「武器持ってる相手の話に耳貸すもんじゃないわ。でもいよいよ手詰まりねぇ」
「じゃあ諦めてください」
「もうひとつ試したいのがあるんだけど」
「結構です!」
一応、痛いんですからね。
わたしは今度こそ血剣を構えるものの、尚も彼女は懐から取り出した何かを投げつけてきた。
それがガラス瓶だとわかった時にはもう遅い。とっさに打ち据えたそれはあっさりと壊れ、中に入っていた液体をもろに浴びてしまう。
「このにおいは……」
鼻をつくこの独特の刺激臭は、お酒。
……いや、近いけど違う。
これは錬金術で精製される特殊な液体。通称“燃える水”――
「クセになるでしょ?」
彼女の手に小さな光球が生まれる。
魔術師の超初級スキル《火炎球》。スキルレベルは1か2、人間相手では直撃しても火傷がせいぜいだが、可燃性の液体をかけられた今のわたしにとっては煉獄への招待状だった。
回避もままならず、体が炎に包まれる。
熱い、熱い、熱い熱い熱い熱いアツイ――!
黒煙をあげて全身が燃え盛る。
灼かれる傍から再生しても、炎はすぐには消えず再び周囲の皮膚と肉を何度でも灼き焦がす。
液体が燃焼をやめない限り、しばらくは消えない。
継続される激痛に頭が狂いそうになる。
「これならどう――?」
赤と黒に染まった視界の向こうで彼女が何か言っている。
残念ながら業火に包まれても滅するにはほど遠い。そして、ダメージは同時に反撃の機会でもある。
(そろそろいきます)
炎の先にいる彼女へ向けて創出した剣を投擲する。
完全なカウンターでも彼女はあっさりとかわした。
やはり運動神経はずば抜けている。この近距離でもさばくあたり、彼女の実力は相当なものだ。
「やっぱ無理みたいねぇ……どうしたものかしら」
彼女が跳躍の姿勢に入る。
(今しかない!)
ここで話をつけておかないと。
火の勢いはだいぶ衰えてきたけど、代わりに煙が燻っている。
「っ!?」
わたしは炎をまとったまま彼女に飛び掛かった。
慌てて迎撃の姿勢を見せるものの、火だるまになっても向かってくるわたしへの対処は瞬き一つ遅れる。
その隙を逃がさず、わたしはドレスローブを翻して、吹き上がった黒煙を彼女へまとわせる。
「ごほっ!」
たまらず咳き込む彼女を視認すると、間髪入れずわたしは逆手に持った両手の剣を、ピンのように彼女の左右の壁へ突き立てた。
「捕まえました」
「……! ナメんなっ!」
直後、腹部に衝撃が走り体が後方に飛ばされる。
そういえば彼女の脚技は、首の骨をたやすくへし折る程の威力があるのだった。
体の火はほとんど消え、反対の壁に叩きつけられたわたしに、彼女はマサカリを捨ててダガーで追撃してくる。
勢いでそのフードが取れると肩口まで伸びたやや癖のある黒髪が広がった。
とっさに剣で受け止めるものの、単純な力比べなら圧倒的に彼女のほうが強い。
切り結んだまま壁際に追い詰められたものの、わたしにとっては好都合だった。
「お願いがあります」
「あぁ!? 遺言なら他あたってくれるぅ!?」
「違います。さっきの男の子、あの子は見逃してください。絶対にあなたのことは言わないと約束させますから」
「余計な気ぃ回さなくても、標的と支払いを渋った依頼主以外殺したこたぁ1度もないわ!」
その言葉を聞いて安堵する。
この切羽詰った状況でまさか嘘は言わないだろう。
まっとうな暗殺者さんで本当に良かった。
「それじゃあ、もう1つ」
「多いわ!」
「あなたに――“暗殺”を依頼したいんです」
「は!?」
込められる力が少しだけ弱まる。
これならいけるかもしれない。
「ターゲットは“わたし自身”。暗殺期限はわたしが『白銀』の冒険者になった後、です」
彼女の瞳が驚きに見開かれると共に、わたしを押す力が抜け去る。
それに合わせてわたしもゆっくりと剣を下ろす。
どうやら、耳を貸してくれるらしい。
少し後ろに下がると彼女は静かに口を開いた。
「……どういう意味?」
「見ての通り、わたしは大抵のことじゃ死なない――ううん、死ねないんです。正確には《セルフヒール》をスキルレベル100まで上げてしまった影響なんですけど」
「100ぅ? ……そんなに伸びるスキル聞いたことないわ」
「信じられないかもしれないけど本当なんです。冒険者として一緒にがんばってきた幼なじみを失って、ヤケになって【星】を振ったらとんでもないことになってしまって……」
彼女は眉をひそめていたけど、口は閉ざしたままだ。
話を続ける。
「幼なじみの2人はわたしのせいで死にました。このままじゃ顔向けできない。みんなの夢だった『白銀』になる。それが叶えば、わたしは2人に逢う資格を得られる気がするんです。……でも、このままじゃ2人のところへ行けません。だからあなたに“死ぬための方法”を探してもらいたいんです」
このままじゃ『白銀』になっても、すぐには2人の待っているところへ行けない。
たぶん寿命では死ぬのだろうけど、ただでさえ寂しさで押しつぶされそうなのに、そんな何10年も待つのは堪えられそうになかった。
「依頼料は報酬から貯めておきますから、現在受けられている暗殺依頼は別として、どうかお願いできないでしょうか」
わたしにいなくなって欲しい依頼主さんには悪いけど、まだもうちょっとだけ死ねない。
そこで今回の提案だ。
何とか先方にも事情を説明して引き伸ばしてもらえば、暗殺者さんも報酬が倍になって良いことづくめのハズだ。
やがて彼女は――
「……ふ……くくく」
手で顔を押さえて肩を震わせる。
意図せず舞い込んだお得な話に思わず笑みをこぼしてしまったのかもしれない。
どうやら好印象を与えられたようだ。この分ならきっと良い返事が――
「さっきから聞いてればコケにしてくれるわねぇ。つまりこういうこと? 『お前みたいなヤブにあたいをヤれるワケねーだろ。追加で金積んでやっからサワガニのミソみたいな頭ん中で必死に攻略法考えてきな、この三下がぁ~っ!』って言いたいワケ?」
「…………はい?」
彼女の顔はとっても笑っていたけど、その目はとても座っていた。
あれ? あれ? どうしてサワガニが出てくるんだろう。
「あの、ちが」
「『テメェの攻撃なんざ蚊が止まったようなもんだからよ。もっと修業して出直せや。それまでオキニのショタのアレ咥えて待っててやっからよぉ~、あぁん、ボク最高ォ~、2人して(あの世に)イッちゃうぅ~!』って言いたいのね。……人の命でおまんま食べて早8年、こんなに屈辱を感じたのは初めてよ」
彼女の額に青筋が見える。
なんだろう、とても怒っている。
そうこうしている内に彼女は懐に手を入れると地面に何かを叩きつけた。
すると、それを中心にもくもくと煙が立ち込める。
「決めた。あんたは絶対ワタシが殺す。ここまで職人としての誇りを傷つけられて黙ってられないわ。セルフだかジイだか知らないけど、あんたの命、このワタシが必ずもらい受けるっ!」
「あ、あのっ!」
やる気を出してくれるのはありがたいけど、冷静になってほしい。
誤解を解こうとするものの、その時にはもう彼女の姿は無かった。
代わりにどこからともなく声が響く。
「“ディー”」
「えっ?」
「ワタシの名前よ。あんたの始末に本腰入れる前に、別件を片付けてくるから、それまで首を洗って待ってるがいいわっ!」
そして今度こそ彼女の気配は消えた。
ディーというのは暗殺者としての通称だろうけど、この場は一旦退いたとみていいのだろう。ついでになし崩しとはいえ、依頼は受けてくれたと取って良いのだと思う。
(それにしても……)
一息ついた後、ふと思う。
「わたしって、なんでこんな同性に嫌われるんでしょうか……」
月光の下。再び静謐に包まれた路地裏で、わたしはひとり寂しげにそんなことを呟いた。




