10 元受付嬢→司祭→神官少女視点
「探しましたよ。苦労されてるみたいですね」
地べたに這いつくばる私に、彼女は優しく手を差し伸べてきた。
「あ、ありがとう……でも探してたって。――もしかして、マスターが許してくれたのっ!?」
立ち上がった私は藁にもすがる思いで尋ねるが、彼女は残念そうに首を振る。
「ギルドの皆も嘆願したのですが、貴女を復帰させる気はないそうです」
「そ、そう……そうよね」
マスターは考えの凝り固まった年寄りの典型ともいえる性格の持ち主で、1度言ったことは決して曲げぬ融通のきかない頑固者だ。長年、可愛がられてやってきた私をあっさり捨てたことからもその心根がうかがえるというものだろう。
「でもじゃあ、何で私を?」
「このままではナナリがあまりに不憫だとわたしはずっと心を痛めてました。そして考えたんです。ギルドへの復帰が絶望的なら、せめて心の憂いを晴らすためにも、“復讐”の機会を与えてあげられないか、と」
「ふ……復讐?」
「ええ。ナナリが転落した原因である、あの女への復讐です」
そう聞いて思いつくのはひとりしかいない。
薄汚れた体でそこら中の男と体を重ねて意地汚くギルドにへばりつき、何の罪も無い私がクビになる原因となった落ちぶれ雌豚のアレッサだ。
「う……うげぇっ! おエエエエっ!」
私はあの汚物のツラを一瞬でも思い出してしまい、嘔吐した。
せっかく最近は過酷な労働が続いていたため考えられなくなっていたのに。
何てものを思い出させるんだと怒りが湧き、喉奥を競り上がってきた胃液をピンク女の足元にわざとぶちまけてやる。
さっと避けられてしまったが。
「大丈夫ですか?」
「……平気よ。ええ、あの女のことね。そりゃ復讐できるなら願ってもないけど。……でも、あんな奴でも人間とみなされてるから、殺したら私が捕まるのよ?」
私だって後ろから滅多刺しにしてやろうかと何度も考えたけど、王国法で殺人は原則死刑と定められている。どんなに正当な理由があっても個人が誅殺を行うのはご法度なのだ。
いくら何でも豚を殺しただけで絞首台を登らせられるのはあんまりだ。
「問題ありません。そう言った願いをお聞きくださる方を知っていますので。その方に頼めばナナリは今までと変わらぬ生活を送ったまま復讐を果たすことができるでしょう」
そんな願ったり叶ったりな好条件、乗らない手はなかった。
私は迷うことなく承諾すると、ソアラちゃんは「ではナナリの仕事が終わり次第、その方のところへ参りましょう」と言ったので、その場で早退して彼女の案内に従った。
馬車へ乗り向かったのは、なんと教会だった。
中に入ると聖職者のローブをまとった初老の男がひとり、皺の寄った顔をこちらに向けていた。
「ソアラや、おぬしから連絡があった時は驚いたぞ。そちらのおなごか、悩みに苦しむ憐れな人間というのは?」
「はい。紹介しましょうナナリ、こちらは教会の司祭様。貴女の願いを聞き入れてくださる方です」
まさか敬虔な信徒として知られる司祭様が復讐の相談相手だなんて。
私は本当に胸の内を明かしてしまっていいのか躊躇してしまった。
もしかしてソアラちゃんは私の復讐心を鎮めるためここへ連れてきたのかもしれない。
冗談ではなかった。
アレッサへの復讐自体は何の後ろめたさも覚えることはない正義の制裁であって、心の安寧を得るために必須の布石。
事情も良く知らない拝み屋の説法など殺意がこみ上げるだけだ。
私はおもむろにピンク髪の首をしめてやろうとして、その前に司祭様が口を開いた。
「そんなに警戒するでない。復讐を手伝って欲しいんじゃろう?」
「え……は、はい」
「ここにはわしらしかおらん。神の名において秘密は守るゆえ、どこのどいつに天罰を下したいのか最初から話してみるのじゃ」
まさか聖職者からそんな言葉を聞くことになるとは。
私は首を縦に振ると意を決して告白した。
「……私は冒険者ギルドの受付で働いていました。ギルドメンバーにも愛されていた私は、彼らの成長を支えるのが生き甲斐でした。でもある時ギルドに加入してきたひとりの女のせいで、私の人生はめちゃくちゃになったのです」
「ふむ、続けなさい」
「その女はパーティーの仲間を平気で使い捨て食い荒らすような外道で、何人もの罪も無い男性が彼女の毒牙にかかりました」
私は毒婦の罪状を克明に曝していく。
司祭様は嗚咽の混じった私の声を熱心に聞き入れてくださった。
「私は道を誤った彼女を必死に説得しました。ですが、あの女は全く改悛の情を見せなかった……! それどころか私を罠に嵌めギルドから追放したのです! ああ、このままじゃ誰も浮かばれない! 業の塊のようなあの女、アレッサがいる限り!」
その瞬間、司祭様の目が大きく見開かれ、聖職者の外皮を剥ぎ取った醜悪な顔で私に迫る。
「アレッサじゃとぉっ!? おい! アレッサというのは金髪でデカい乳をぶら下げたけしからん女のことか! 答えんかぁっ!」
「司祭様!? は、はい! その通りです! 知っているのですか!?」
「うむ……! あの女を破門し神聖魔法を奪ったのはわしじゃ」
「なんですって!?」
まさかそんな繋がりがあったなんて!
「少しは改心したかと思えばギルドを混乱に陥れていたとは……! もはや酌量の余地は無し。かくなる上は、全力を持っておぬしの復讐の後押しをしてやろう」
「それは願ってもないことですが、一体どうやって……?」
「そんなもん決まっとるじゃろうが。“暗殺者”を雇ってあの女をこの世から消すんじゃよ」
「――!」
まさに天啓だった。
そう、自分でできないなら他人にやってもらえばいい。
何故こんな当たり前の発想が出てこなかったのか。
「でも……暗殺の依頼料って高いんでしょう? 私、報酬なんて支払えませんよ。面と向かって交渉するのだって怖いし」
「なあに、そこはわしが立て替えてやるし、話もわしがつけてやろう。じゃがな、わかってると思うが、おぬしが間接的にでも殺人に加担した事実は変わらぬ。王国では殺人教唆も実行犯と同罪にみなされるからのう」
「ううっ! ではどうすれば……」
「安心せい、そこで再びわしの出番じゃ。さっそく“浄化の儀”を行うゆえ、寝室に行くぞ」
「……は!? え!?」
浄化はわかるけど寝室!? どうしてそうなるの!?
司祭様は続けておっしゃった。
聖職者の種袋には人の罪を贖う“聖分”が詰まっており、それを与えられることは神の洗礼を受けるのと同等の効果があるのだとか。
浄化の儀とは私の体内に聖分を分け与えることで罪業を消滅させる聖なる儀式。
要するに目の前のジジイと及ぶことで罪を帳消しにしてもらえるというのだ。
「そ、そんなの嫌よ! まだ生娘なのよ私は!」
もちろん受け入れられるわけがない。
いつか他の女が羨むような高収入で魅力的な男が現れた時のために清い身でいるのだ。
まあ、受付嬢時代は何人も言い寄ってくる冒険者はいたものの、基本的にみんな荒くれものばかりで顔も稼ぎもぱっとしない野蛮人ばかり。ついつい気後れしてしまい、お陰で28になるこの歳まで恋愛経験はゼロだ。相応しい男が現れないとはいえ、少々虚しいものはある。
別に抱かれるのはよっぽどのイケメンなら構わない。
だけどいくら何でもこんな脂ぎったジジイとだなんて、悪夢そのものだ。
でも――
「アレッサはこの問いにノーと答えた」
「なっ!?」
「奴はわしの救いを拒んだのじゃ。その後の末路は知っておろう。おぬしもそうなりたいのか?」
ぎりぎりと私は歯を擦り合わせる。
あの女ができなかったことを私がやる。救えない女と救われた女。
罪を背負いまくったアレッサと、清浄なままの身でいる私との格差は失ってはならぬポテンシャルではないだろうか。
そう考えてしまうと、決意はすぐに固まった。
「わ、わかりました……儀式をお願いします……っ!」
「うむ。何も後ろ暗い気持ちになることはない。これは、おぬしが高みに導かれるための救済なんじゃからな」
「高み……はいっ!」
そうだ、私は再び成り上がるのだ。
一刻も早くあのゴミを退治しなければギルドの存続だって危うい。
私はあの女の首を手柄にギルドへ返り咲く。
頼れる真の受付嬢として!
寝室に入るとすぐに“儀式”は執り行われ、私は神の使徒に体を捧げた。
(ぐっぎゃああ、もっと優しぐやれ下手グソおぉ~~!!! アア気持ぢ悪いィィ~~!! でもごれも復讐のだめェ~!! 見でろよアレッサぁぁ~~!!)
天井のシミを数える代わりに、私は首だけになって絶望に歪むあの女の顔を思い浮かべる。
待っていろ、必ずお前を抹殺して、私は高みに登ってやる。
ああ、気持ち悪い。
☆★☆★
(……一体どうなってしまったんじゃ、わしは!?)
生娘と儀式を執り行っているというのに、心が満たされる気配が全くない。むしろ渇望が増すばかりじゃ。
この女がぱっとしないのではない。
アレッサを取り逃してから、わしはストレスを解消するため躍起になって何人もの女と儀式を繰り返した。じゃが結局は今と同じ、全く気が晴れることはなかった。
わしの心が、待ち望んでおったあの女の体を寸でのところで取り逃がした事実が、いつまでも影を落としているせいじゃった。
もともと“儀式”は司祭になってから人を救い続けることに重圧を感じるようになって始めた行為じゃったが、女に洗礼を施すことで得られる快感は神の祝福ともいうべき悦楽を与えてくれた。
信者、シスター、神官、ただの町娘。
今までに救ってやった女の数は10から先は覚えておらん。
大体は悩みにつけこめば何とでもなった。無理やり儀式を行うような真似はせん。法に抵触する。
そんなわしも、アレッサの極上の体を前にした時は我を忘れかけた。
13で教会を訪れた時からすでに色気づいていたが、成長期ということもあってか、その肢体は日を追うごとに艶かしく変貌していった。そんなものを間近で見させられて、どれほど我慢を強いられたことか。
弱みの1つでも見せてくれれば体を頂くのは容易じゃった。
じゃが、スキルの修得も扱いにおいてもあやつは天才的じゃった。《聖女》になるべくして生まれたような女じゃった。
わしは指を触れることさえ許されず、あの体を手にいれるのを諦めざるを得なかった。
じゃからこそ、ソアラからあやつがヘマをしたと聞かされた時は真っ先に駆けつけた。再び顔を合わせた時、あんなに弱り切ったアレッサを見て今度こそものにできると思った。
しかしあの女はわしの救済を拒み、あろうことかわしの種を断とうとしてきた! 到底、許されるものではない。
あの女の才覚、未来を奪ってやることで一旦溜飲を下げたものの、2度も取り逃がしたという事実はわしの心をかき乱し続けた。
駄目なのじゃ、やはり手の届かぬところに行ってもらわねば。
このままでは教会の奉仕活動にも身が入らず、救済できるものもできなくなってしまう。
(死んじまったのなら諦めもつくからのぉ。待っておれ!)
ちょうどその道ではプロ中のプロといわれる暗殺者との接触手段を入手したばかりだったのじゃ。
ただでは殺さん。わしに散々恥をかかせた貴様を細切れにして殺してやる。
「クククク……ウヒヒヒ……ウヒャアーーーーハハハハ!! おら、さっさと高みへ行け!! イかんかぁっ!!」
「うギャアア~~~~!! 早ぐおわ゛れ゛ェ~~っ!!」
☆★☆★
ドアの向こうからベッドが軋む音とともに、獣のような汚い叫びが聞こえる。
「うわ……本当に組んず解れつしちゃってますよ……キモ」
扉の向こうで行われているおぞましい狂宴にわたし――ソアラは身を震わせた。
よくまあ、あんな薄汚い中年に体を許せるものだ。
初めてはラビ様と決めている自分にはさっぱり理解できない。
「ま、こちらの読み通り動いてくれて万歳ですね」
ギルドから放逐された時点でどうでもいい人間だったナナリだが、役に立ってくれて良かった。
暗殺者を雇うというのは自分も思いついたことだが、あの色狂い司祭に抱かれるなんてまっぴらだったし、何より依頼を出すだけだとしても殺人に関わっていることに変わりはない。
たとえラビ様の憂いを取り除くためだったとしても、そのような人間を彼が愛してくれるだろうか? 心優しいあの方はきっと心を痛めるはず。
“僕のために愛するソアラの手を汚させてしまった”と。
それはダメ、絶対。
自分は純粋な少女としてラビ様と逢瀬を重ねたいのだ。
少し考えてわたしは手近にいた人間を唆すことにした。
唆すといってもナナリを焚き付け、落ちぶれ聖女に執着している司祭と引き合わせただけだ。
予想通り、2人の意見はあの女の抹殺で一致した。
復讐を望んだのはナナリ、暗殺者を依頼するのは司祭様。
2人が勝手にやったことなのでわたしは無関係。清い心のまま雌豚が無様に死ぬのを待てばいいというわけだ。
「でも、暗殺って手段はこれからも使えそうですね」
ほら、恋敵の処分にも使えそうですし?
……あぁもう。今朝といい、考えただけで腹が立つ。
現パーティーのあの2人。
愛しのラビ様が嫌がらないからって毎日べたべたし過ぎなんだよ2人とも。別な女のにおいがするってだけでイラつくんだぞこっちは。
ウィノナ、脳みそ肉だるまなお前がラビ様に相応しいワケねぇだろ。
アーシェ、てめぇはまず死ね。人間に生まれ変わって出直してこい。
いくら3人一緒にラビ様と出会ったからって、同一人物好きになんなや。
どう見てもリードしてんのはわたしなのに一向に引く気配ねぇし、その内マジでどうにかしねえとなぁ。
(それにしても気になるのは、あの女が魔獣を1人で倒したって話ですか)
教養の無い奴らと違ってわたしは冷静に物事を見ている。
いくら何でも短期間で『黒晶』級の魔物を倒せるほどの男を誑かせるわけがない。そんな人物が近くにいるなら噂になっているはずだし、もしかしたらあの女自身も何らかの力を手に入れたと見るべきだろう。
(まあ、万が一暗殺が失敗しても責任はナナリと司祭様止まり。念のためラビ様の隣でゆっくりと別の手を考えておきましょう)
部屋の方では絶叫が収まると共に鼻をつく変なにおいがしてきたので、わたしはこの身が汚れないようにそそくさと教会を後にした。




