08
「この女に同行して欲しいって、どんな了見なんだ? さっきの話につけ足すと、当時こいつとパーティーを組んでたのは幼なじみだったんだ。わかるだろ? 仲が良かろうが誰だろうが平気で見捨てるぞこいつは。しかもこいつは《聖女》のスキルをはく奪された、何の能力も無い女だ」
冒険者の男性が厳しい声を上げるが、エコー君に怯んだ様子はない。小さいはずのその背中がなんだかとても大きく見えた。
そしてはっきりと一言。
「僕がアレッサお姉さんに同行してもらいたい理由……いえ、この先もパーティーを組みたいと思う理由はたった1つ――それは、お姉さんがクッソ強いからです!」
「……はっ!?」
(……は?)
たぶんその時のわたしは、彼と同じ表情になっていたと思う。
一体何を言っているのだろう。というか、さらっとこの先もって言いました?
「いや、さっきも言ったが、コイツは何の能力もない――」
「失礼なこと言わないでください。もしかして皆さん、お姉さんが戦ってるところを見たことないんですか?」
「た、戦ってた!? コイツが!?」
「はい! お姉さん滅茶苦茶強いんですよ! 狼の群れなんて片手で追い払っちゃいましたし!」
自分のことでもないのに胸を張るエコー君。
だけど彼の言葉にギルド内は騒然となっていた。
「今まで僕が出会った人の中で、間違いなくアレッサお姉さんは最強です! そんなお姉さんに、クッソ弱い僕をクッソ強く鍛えてもらいたいんです!」
クッソクッソうるさいです!
人を鍛えるなんてわたしには無理ですよ!
今の自分を支えているのは、本来の実力ではなく《セルフヒール》による偶然の産物だ。
“スキルと【星】は巡り合わせ”“スキル運も実力の内”という言葉はあるけど、鍛錬の賜物ではない以上、誰かを鍛えてあげるなんてできない。
「いや、有り得ねえだろ! スキルを覚え直したとしても、この間まで回復職だった女だぞ!」
近くにいた別の冒険者が反論するものの、エコー君は動じない。
「そんなこと言われても、本当に強いんですから。この前だって超でかい化け物をひとりで倒しちゃったんですよ? しかも裸で!」
「ぶふっ!?」
わたしは思わず吹き出した。
いや、確かに脱ぎましたけど、それはあなたを守るためで!
「は、裸ぁ!?」
「ええ、おもむろに服を脱いだんです! 一糸纏わぬ姿にすっぽんぽんと! どうしてそんな真似をしたかって? もちろん、ハンデです。「あんたなんか、裸で十分よ」という意思表示です!」
駄目だ。これ以上エコー君をしゃべらせていたらとんでもないことになる。
だけど時すでに遅し。
案の定、待合所のあちこちから「変態」「痴女」「ヤってたのは魔物のほうかよ」などと軽蔑の声が上がる。
とんでもない濡れ衣だった。わたしは落ちるところまで落ち切ったと思っていたが、どうやら二重底になっていたらしい。
「その後、お姉さんはよくわからない内にたったひとりで魔物を倒しちゃいました! というわけで、お姉さんは最強です! 僕はその隣で、少しでもその強さを学びたいんです!」
エコー君の目は一点の曇りもなく輝いていた。
死んだ魚の目と揶揄されるわたしの瞳とは大違いだ。
「あの、エコー君……」
本当にこれ以上はもういいです。
これ以上は本当にいられなくなりますよ。
そう、たしなめようとして。
「あの……お姉さんに昔何があったのかはわかりませんけど、負けそうになったら逃げるのってそんなに悪いことですか?」
「……は!? そんなの――」
「だって、冒険者ってそういうものですよね?」
その言葉に、わたしははっとした。
「勝ち目の無い敵だと思ったらさっさと逃げる以外に何があるんですか? 僕だったら一目散に逃げます。そしてすっぱり諦めるか対策を練って再挑戦するかします」
「いや、こいつは――」
「それとも、パーティーを組んだら運命を共にしなくちゃいけない決まりがあるんですか?」
「……! じゃあお前は頼りにしていた仲間に見捨てられてもいいってのかよ!?」
「はい、構いません」
清々しいくらいきっぱりとエコー君は言い切った。
「僕は見ての通り戦闘職ですから。後衛の人に頼りにならないと思われたらそれまでです。置いて行かれても恨むようなことはしません。僕が弱いのが悪いんです。責任をもって自分でなんとか逃げ切ります」
先日、ゼノビアさんが言っていたことを思い出す。
冒険者にとって重要なのは、仲間意識よりプロ意識だと。
命を懸けているからこそ、何よりも生き残ることを重視する。勝てないとわかったら次の判断ができる。
でも、違う。
わたし達は幼なじみだった。どんな事情があったって2人を見捨てていい理由にはならない。
魔物に背を向けて逃げ出した瞬間、わたしは2人との関係を断ち切った。
恐怖が保身を優先させた。
わたしがいくら頑張ったって、どうにもならなかったかもしれない。
でもだからこそ、1番弱いわたしが犠牲になってでも――
「だから僕は、アレッサお姉さんの隣に立てるよう頑張りたいんです」
(え……?)
エコー君は、いつの間にかわたしのほうを向いていた。
にこりと笑って、そこにいる。
今、なんて言ったのだろう。
「強い人の隣に立つ1番の近道は、その人に認めてもらうことです! 僕はアレッサお姉さんと肩を並べられる男になりたいんです! だから、“初心者パーティー”を組んでください、お願いします!」
そう言って腰から頭を下げるエコー君。
ただの同行、監督するだけなのに、彼ははしゃいでいる。
わたしは何も言えなかった。
犠牲とか、そんなのじゃない。
彼は、隣に立ちたいと言ってくれた。
……そうだよ。
わたしもこんな風に、みんなで一緒に。
(世界を、歩いてみたかった)
「……チッ、ノロケてやがる。後悔すんなよ」
冒険者の男性はまた違う解釈をしたのだろう、不快な表情を浮かべて待合所を出ていく。
それだけではない、エコー君を見るみんなの表情は硬いものだ。
もう彼は皆の中には入れない。
「どうすんだいアレッサ。同行するなら一応手当てが出るよ」
ペンで机を叩きながらゼノビアさんが声をあげる。
もう、返事は決まったようなものだった。
「…………行きます」
「……! やったぁ! よろしくお願いします、お姉さん!」
周囲の空気など関係なしに喜びをあらわにするエコー君。
書類を受け取る間際、わたし達の方へ向けてゼノビアさんがぼそりと「なかなか骨のある新人が来たね」と呟いた。
待合所を出る途中、ラビ君の声が聞こえる。
「良かったね、アレッサちゃん。仲間ができて」
わたしはちらりとそちらを見る。
女の子3人がきつい眼差しを向けるなか、その中心でラビ君は片手で頬杖をつき、笑みを浮かべていた。
表情は確かに笑っていたけれど、なんだかとても不機嫌そうだった。
そんな彼を見るのは初めてのことで、だからわたしはどうしてか、少し嬉しかった。
気にしていてくれると思ったからだ。
すれ違いざまにわたしは言う。
「まだ、わたしのこと“ちゃん”って言ってくれるんですね」
それを聞いた彼はとても驚いた表情をしていた。
なんとなく、わたし達はまだ繋がっている。それがとても嬉しかった。
いつの日か誤解を解いて、ヴィクト君とカーナに弔いの言葉を送って欲しい。
それだけをわたしは心の中で願うと、エコー君を連れてクエストの場所へと向かった。
☆★☆★
何よ、あの子ども。
耳の長さですぐわかった。間違いない、ハーフエルフじゃないの!
エルフの長寿を捨てて人間のメスとまぐわった種族の汚点。あんな汚らわしい種族が同じギルドに入るなんて耐えられない!
アンタたちなんか絶対に認めない。
消してやる。アタシの弓で、お前と、お前の隣にいる女も……!
☆★☆★
ラビ様……! ああ、どうしてそんなカオを……!
去り際、あの売女の背を見送る表情を見てわたしは確信する。
憎々しげに見ていたって、同じ恋心を抱く身、理解してしまうものがある。
ラビ様はきっと、あの女に恋していた。
恋して、恋して、今もどこかで、その炎はくすぶっているのだ。
どんなに笑顔で会話をしていても、どんなに想いが通じ合ってるとしても、その心がどこか他を見ていることがわかってしまう。
その最たる原因は、あの糞女だ。
あの女さえいなければ、ラビ様はわたしのものになるのに。
「……消さなきゃ」
どうにかして、ううん、どんな手を使ってでもアレッサを。
(でも私が直接手を下すわけにはいかない。そんな野蛮な子をラビ様が愛してくれるはずがない)
……なら、相談しよう、あの方に。
前の時も力になってくれたのだし、今回もきっと。
(必要な生贄は、アレでいいですね。そうと決まれば早速)
わたしの愛は本物だ。上辺しか見ていない他の2人とは違う。
森の中、絶望と悲嘆にくれる彼の表情を見て、わたしは一目で恋に落ちた。
運命とかなんとか、そんな生易しいものでわたしの情愛は測れない。
待っていてください、ラビ様。
このソアラが、あなたの未練を消し去ってさしあげますから。




