07
数日が経ち、わたしは再びギルドに顔を出してみたものの、『真鍮』以上の依頼の発注はまだ見送られたままだった。
王都の本部ではいまだに大手冒険者ギルドの代表者による話し合いが行われている。
何でも、少し前に王国を守護する騎士団も話に加わったそうで、協議が難航しているとのことだった。
冒険者ギルドにどうして騎士団が加入してきたのかというと、ここ最近のイレギュラーや魔物の入れ替わりが頻発していることに原因がある。
というのも、どうやら魔獣や魔竜クラスの魔物が最近になってその生息域を拡大し、人間の生活圏を本格的に脅かし始めているのだ。
特に辺境での被害は深刻で、既にいくつかの砦や要塞が襲撃され、冒険者のみならず衛兵や騎士にも多数の犠牲者が出ているそうだ。
王都圏にまではまだ被害が及んでいないものの、王国としては普段“掃除”を任せている冒険者ギルドとも連携を取り対策を――という建前で、もっと必死に魔物を倒して押し返せと圧力をかけにきたんだろう、というのがゼノビアさんの見立てだった。
腹のうちはともかくとして、王国からの声を無視するわけにもいかない。
冒険者ギルドとしてはそれなりの結果を残すためにあれこれと策を講じているのだろうけど、考えたところで戦力の増強なんて早々できるものではないのが現状だった。
(なんでもいいから、早く決まってくれないかな)
もちろん、わたしにはどうでもいいことだ。
少しでも早く『白銀』になる。
そのためならどんな魔物とも戦う。
この前の戦いで『黒晶』級の魔物だって倒せることがわかった。
これなら『白銀』の依頼だって簡単にこなせるハズだ。
わたしが顔をあげるとラビ君の姿があった。
待合所の対角線。
隅と隅、1番遠い位置。
周りには取り巻きの女の子達もいる。そこが、彼の定位置だ。
少しでもわたしが近づこうとすると彼女達が行く手を塞ぐ。そのたびに彼が大切にされているのが伝わってきた。
(ラビ君はもう、自分の居場所を見つけたんだね)
もう“幼なじみ”じゃないんだね。
過去にとらわれず未来に進んでくれていることに、寂しさを感じながら安堵する。
寂しいといえば、ゼノビアさんが受付に座るようになったためか、きつい視線を送られることはあっても、わたしにちょっかいを出してくる人は誰もいなくなっていた。
空気――とは違う。だってわたしが動けば皆が顔をそらすもの。意図的に顔を向ける人はいない。
でもきっと、それでいいのだと思う。
誰も関わらないくらいで丁度いいのだ、わたしには。
ただそれでも座っているだけなのは退屈なもので、。
散歩はもうしてしまったし、後はクエストの再開を待つしかすることがない。
(……眠いです)
この前の報酬があるため、宿代には困らないどころか食費も十分。待合所に来る前に奮発してお肉を3皿も食べたせいか、すごく眠い。
わたしはいつの間にか壁に寄りかかって、寝入りそうになっていた。
「――というわけで、今日からお世話になります!」
ふと、カウンターの方から元気な挨拶が聞こえる。
お世話になる――新米の冒険者だろうか、それとも新しい受付の人が決まったのだろうか。
いやそれよりも……気のせいか、どこか聞き覚えのある声だった。
「それで、早速クエストを受けるかい? ソロでも依頼は出せるが、初めの2回までは初心者ってことで階級が上の冒険者に同行を頼めるよ。もちろん、そいつが了承すればだが」
「あ、えーと。それなら」
足音がこちらに向かってくる。
なんだか嫌な予感がした。
「久しぶりです、アレッサお姉さん!」
予感はあっさり的中した。
顔を上げるとそこに立っていたのは、先日出会い、そして別れたはずの男の子、エコー君だった。
衣装はあの時と同じ、外套をまとって大剣を背負っている。
頭に布は巻かれておらず、ライトブラウンの髪の間からはハーフエルフの特徴的な耳がひょこりと顔を出していた。
「……こんにちは」
「こんにちは! 聞いてください。僕、冒険者になりました!」
わたしが宿に放置して去ったことは言及せず、にこにことそんなことを報告してくる。
わざわざ同じギルドに入るため追いかけてきたのだろうかと思ったけど、この周辺ではラクシャにしか冒険者ギルドが存在しないために偶々だろう、きっと。
「おめでとうございます。頑張ってくださいね」
「えへへ、ありがとうございます! あ、それでですね」
「お断りします」
「まだ何も言ってないです!」
言わずともわかります。クエストに同行してほしいんですよね。
でもわたしは、クエ待ちで忙しいんです。
全然再開されそうな気配がないですけど、暇じゃないんですよ。
「こう見えて仕事中なんです、わたし」
「僕、今から初クエストを受けようと思うので、同行をお願いします!」
「人の話に耳を傾けるくせをつけたほうがいいですね」
「同じギルドの仲間になった記念に、ぜひ!」
「……わたしは、仲間じゃ……ないです」
その時、近くにいた冒険者がエコー君の肩を引き寄せて顔を近づけた。
「おい坊主、悪いことは言わねえ。この女だけはやめとけ」
「え、どういう意味ですか?」
「こいつとは極力関わるなってことさ。この女に関わった奴は全員ロクな目に遭ってねえんだ。元々組んでたパーティーはこいつのせいで壊滅。この女は仲間を見捨てて逃げ帰り、いまだに図々しく冒険者を続けてんだ。この前も、見かねて説得しようとした受付嬢が退職に追い込まれた。知り合いか何か知らんが、これからここで冒険者をやっていくなら、こいつにだけは関わるな。命がいくつあっても足りねえぞ」
胸に刺さりまくる言葉の数々だったけど、反論の余地は一片たりともなかった。
全くもってその通りだ。ちゃんとした冒険者を目指すなら、わたしとは関わらないほうがいい。
理由は色々あるけど、1番の理由はパーティーを作れなくなってしまうからだ。
見ての通り、最低な生き方をしているわたしには誰も寄って来ない。
孤立、孤独は自業自得だから仕方ない。でも興味本位でわたしに関わっていたら、エコー君だっていつか疎まれてしまうだろう。
もっと心の通じ合う仲間を見つけて、その人達と一緒に成長したほうが冒険者として何倍もいい経験になる。
「…………」
「面倒ならこの女以外のメンバーがいくらでも見てやるからよ。そっちのラビって兄ちゃんに頼めば精霊魔法の加護ももらえるんだぜ。何なら俺がクエストについてってやろうか? まだ『鋼』だがその辺の魔物には負けねえぜ」
ね、良いギルドでしょう。
進んで手伝いを買って出てくれる人や、魔法をかけてくれる優しいお兄さんまでいるんですよ。
きっと、エコー君が冒険者になって良かったと思える場所になります。
素敵な仲間がきっと現れます。
もうすぐ消えるわたしに関わっちゃいけないんです。
エコー君は少しの間考えていたけど、やがて、事もなげに言った。
「ごめんなさい、僕はアレッサお姉さんに同行してほしいんです」
(ぇ……?)
その言葉に、わたしを含めた待合所の誰もが目を剥いていた。
それは、このギルドでやって行きたかったら1番言ってはいけないことだった。
「な……どういうことだ坊主。聞いての通り、こいつは――」
隣の彼も信じられないという面持ちでそちらを見る。
わたしだって冗談としか思えない。
最悪の選択だった。待合所の雰囲気を考えれば、わたしの肩を持つことがどういう結果を生むかくらいわかるだろう。
もしかして、前に言った親の遺言だかがまだ尾を引いているのだろうか。
だけど、エコー君の答えは全く違ったものだった。




