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05

 眠ったままのエコー君をおぶって村まで戻る。

 元気そうに見えたけど余程疲れていたのか、朝になっても彼は眠ったままだった。

 1日分の料金を払って宿屋に彼を預けると、別れを告げることもなくわたしは馬車に乗って村を出る。

 もう、顔を合わせることはないだろう。


(冒険者になりたい……ですか)


 それならまず、仲間を見つけたほうがいい。

 心から信頼できるパーティーを作って、その人達と歩んだほうが絶対に強くなれる。

 間違っても、わたしみたいな仲間を見捨てて逃げ出す卑怯者と組んではいけない。


(まあ、無鉄砲な性格をどうにかしなくちゃ、すぐに大怪我しちゃうと思いますけどね)


 ……なんだか、不思議だ。

 ここ最近はずっとヴィクト君とカーナのことしか考えられなかったのに、少しだけ心の霧が晴れたような感覚だった。

 そんなことあってはいけないのに。

 わたしは生涯苦しまないといけないのに。


「……眠いです」


 それなのに、ぐっすりと眠っているエコー君の顔を思い出してしまうと、つられて心地よい眠気が襲ってくる。

 馬車の振動がまるでゆりかごのようだった。わたしはいつの間にかうつらうつらと首を下げるようになり、まどろみに落ちていく。

 しばらくして御者に起こされると、わたしは久しぶりに自分が熟睡してしまっていたことに気付いた。



 ☆★☆★



「と、言うわけでレッドバロンは全滅していて、かわりに巣食っていた魔物を退治してきました」


 冒険者ギルドにやってきたわたしは、触手の魔物から切り取った眼球を証拠として受付に提示した。

 前回の苦情を反省して腐りやすい部位を避けたけど、人の頭ほどのサイズの水晶のようなその目玉は、獣のものと違って鉱石のように硬く、また腐る様子もなく、今も緑色の光を反射していた。


「ぐ……ぐぐぐ……っ!」


 ナナリさんは、なぜかとても悔しそうな表情で歯噛みしながら、一体どんな男を籠絡したのよこの人間失格女、などとよくわからないことを呟いていた。

 この魔物と因縁でもあったのだろうか。


「あの……どうかしましたか?」

「なんでもありません! まあ大変っ! こいつはラスティリアだわっ! 『黒晶』級カテゴリに属する巨大魔獣で棘皮動物に近い特性を持ってるの! よく倒せたもんですねぇっ! 凄いわあああっ! 感激っ!!」


 なんだかヤケクソ気味だ。

 ともあれ、2つは階級が上というわたしの見立ては間違っていなかったようだ。


「でもざぁんねんっ! 報酬は依頼の分しか渡しませぇんっ! お気の毒のご愁傷サマぁっ!」

「別にそれは構わないですけど、あの……1ついいですか?」

「あぁ!? まだ何か!?」


 カウンターの上に投げ出された報酬入りの袋を受け取りつつ、わたしはふと思い付き声を上げる。


「差し出がましいかもしれないですけど、現地調査はもっと入念にするようマスターに要望を出してください。イレギュラーが防ぎようないのはわかりますけど、魔物がこんな簡単に入れ替わっていたらどうしようもないです。冒険者は命がかかってるんですから――」


 ぱしんっ。


 次の瞬間、わたしは彼女に頬を張られていた。

 ひりひりしたのは刹那のことだ。でも、続く言葉に衝撃を受ける。


「あなたにだけは冒険者がどうこう言われたくないわ! この糞娼婦!」

「え?」

「自分じゃ命を懸けないで、そこらの男を誑かしてクエスト受けさせてるくせに! 冒険者を嘗めてるのはあなたの方でしょ!?」

「……何のことですか」

「とぼけないで! 皆あなたが裏で何やってるか知ってんのよ!? 他人の力で階級を上げたってあなたの実力じゃないから無意味なのよ!? あなたがいるせいでギルドの皆が……ううん、全ての女が白い目で見られるのよ!? なんとも思わないわけ!?」


 涙まで浮かべて彼女はわたしを糾弾した。

 言われたことからは自分が何をしたか見当もつかないけれど、どうやら知らない間に不快な思いをさせてしまっていたようだ。


「すみませんでした」


 頭を下げて誠意を見せる。

 だけど、彼女の怒りは収まりがつかない。


「軽っ! まるであなたの尻みたい! ねえ、皆見た!? こいつ全く反省してないわ!」


 すると待合所にいた他のギルドメンバーも次々に非難の声を上げた。


「フザけんなよ、雌豚が」「受付嬢の気持ちもわからないのか」「元聖女だろ、もっと神様に祈るように謝罪しろ」


 皆が責めてくる。

 わかってる。全部わたしが悪い。

 何をどうしたら謝罪になるのか、すぐに察せないわたしが悪い。


 少し前なら誰かが教えてくれた。

 流されて、理解したように合わせればいいだけだった。

 離れたところでラビ君が椅子に座って薄い笑いを浮かべている。

 今は誰も教えてくれない。


 ……ああ、でも1つだけ出来そうなのがあった。


「祈るように、謝罪……」


 わたしは静かに、床へと両膝をつく。

 そして手を組むと神聖なる存在を崇め奉るようにこうべを垂れた。


「……!? ち、ちょっと……!」


 これが誠意を尽くすということなのだろうか。

 ゆるしてもらえなくてもいい、ただ、彼女に心を鎮めて欲しかった。

 せめて冒険者として受付である彼女とやり取りができなければ『白銀』になれない。


「ごめんなさい、ゆるしてください」


 すると、こちらを見下ろしているはずの彼女の動きが止まった気がした。

 良かった。落ち着いてもらえただろうか。

 だけど、次いだ言葉は違った。


「……駄目よ、もっと」

「……?」

「もっと頭を下げなさい……こんな風にっ!」


 わたしは頭を押さえつけられ、そのまま額を地べたに擦りつけられた。

 手を組んだままではいられず、両の手も床を這った。


「おい、ドゲザじゃねえか、あれ」「みっともな……」「一生モノの恥ね」


 どうやらこれは何か特殊な謝罪方法らしい。

 確かに、相手に対してこれ以上ないくらい頭を下げる姿は最大限の誠意を尽くしているかもしれない。

 誠意の道は深い。


「どう!? 皆の辛さを思い知った!? この恥! 恥の権化! 恥神サマ! 汚れ切った体になってもう何の取り得もないって理解できた!? なんで生まれてきたんだ、この――生き恥女っ!!」


 手が離れて、空気が浮く。

 その刹那、少しだけ浮いた頭を踏み抜くように、硬い衝撃が後頭部を襲った。

 わたしは足蹴にされていた。

 痛くはなかった。

 痛かったのだと思うけど、すぐに回復してしまうから、わたしは人の痛みに鈍感なのだと気付いた。


「ごめん……なさい」

「聞こえない!」

「ごめんなさい」

「聞こえない!」

「ごめんなさい……!」

「じゃあいつまでも這い蹲ってないで立てカス!」


 ようやくおゆるしが出て、わたしは起立を許可された。

 良かった、本当に。


「ん」


 安堵したのもつかの間。

 椅子に深く座って膝を組んだ彼女は、わたしに手の平を向ける。


「冒険者証よ、さっさと出しなさい」


 ……なんで、急にそんなことを?


「皆の心の叫びがようやく届いたんでしょ? 目を覚ましてくれたんでしょ? ここにあなたの居場所は無いのよ。あなたがいると皆が傷つくの。冒険者なんてすっぱりやめて、ここから出ていきなさい」

「……それは」

「私は受付で何人もの冒険者を送り出してきたからわかる。あなた、マジで冒険者に向いてないわ。信じられないくらい才能がない、ガチのクソよ。大丈夫、働き先なら知り合いが王都の娼館にいるから今度紹介するわ。スキルだってそっち方面のを今から頑張って覚えればいいじゃない。お姉さん、応援する」


 向いてない。


 その一言が胸に刺さる。

 まさにその通りだと思う。

 見ての通り、わたしは仲間を作れない人間だと悟ってしまったから。

 いつの間にか他人を不快にさせてしまう存在だから。

 きっと、彼女の言うことは全部当たっている。


 わたしは、誰とも一緒にいないほうがいいのだろう。


 だけど。


「ごめんなさい、できません」


 だからこそ、こんなわたしの手を握ってくれたふたりに。

 だからこそ、こんなわたしに関わって命を散らしてしまったふたりに。


 せめて、逢いに行く資格を手に入れたい。


「……………………………………は?」


 彼女が顔中にしわを寄せ、目を剥いてこちらを見やる。

 信じられないとばかりに、心底から不快気に。

 でも、お願いだから待って欲しい。


「『白銀』にはすぐなります。だから、それまでは待ってください。ここにいさせてください」


 殴りたいなら、嬲りたいなら、いくらでも好きにして構わない。

 どんなそしりも聞き入れます。

 どんな仕打ちも受けます。


 2ヵ月……いえ、1ヵ月あればすぐに去ります。


 だから、ここにいさせて。


「こ……この!! テメェ、まだ立場がわからないのか!!」


 今までにないくらいの怒号が発せられる。

 その顔には青白い血管が何本も浮き立っていた。


「『白銀』なんてうちのギルドからは過去3人しか出てねぇんだよ!!! それをテメェが!? 体を売り払って取るってのか!? 冒険者ナメんのも大概にしろや、あああッ!?」


 どれだけ罵声を浴びせられようと、こればかりは譲れなかった。

 ヴィクト君とカーナ、ふたりに会いたい。

 そのためにはこれしかない。

 普通に受付として対応してくれるだけでいい。

 わたしの存在が害虫並みに不快だというなら数秒で消えるよう努力する。

 絶対に口も開かないようにする、なんなら紙でのやり取りだけで終わりにするから。


 お願いだから。


 もう1度“ドゲザ”を通じて懇願しようとしたその時だ。


「そこまでだよ、お前ら」


 事務所の奥にある扉から、白髪の女性が姿を現した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み続けるのにとても忍耐が要りますね。もう少し、主人公普通の考え方できないのかな?
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