04
噓でしょう、まさか。
「馬鹿……っ!」
思わずわたしの口から毒が漏れる。
だけど、言いたくもなる。
男の子が大剣を手にこちらへまっすぐ駆けてくるのだから。
死にたがりなのか、何なのか。
しかもその後ろからは物凄い量の触手が津波となって迫ってきている。
足はかなり速いみたいだけど、よくここまで捕まらなかったものだ。
なんて感想を言っている場合ではない。
「お姉さん大丈夫ですか!?」
「こっちの台詞ですっ……!」
男の子と入れ替わるようにして、わたしはひとさし指の腹を噛むと血剣として再生。迫り来る触手の渦の中心に突き刺した。
魔物からすればそれこそ蚊に刺されたようなものだろう。けれど、わたしが再生して創り出した剣もわたしの一部。
即時再生で生み出した物質もダメージを受ければ当然の回復対象になる。
やがて粘膜の奥が不自然に膨らみ始め、内側から体液と一緒に大量の血剣が次々に溢れ出す。
粘膜の溶解成分が否応なく剣の表面を溶かすために、その都度再生を繰り返して魔物の傷口を中心に一瞬で増殖したのだ。
「コァァァァァァッ!!」
内部を滅多刺しにされ、魔物が不快な悲鳴をあげる。
激しくのたうった衝動でわたしが持ち手を放してしまうと、同時に剣の噴出も止まった。
つくりだした物質に再生効果が適用されるのは、本体のわたしと物理的・魔力的に繋がっている場合のみ。たとえば投擲した剣は体から離れてしまっているため、再生効果が適用されることはない。
「コアッ! アァーーッ! アァァーーッ!」
魔物が明らかに激昂したような叫びを撒き散らす。
どうやらこの場にいる魔物は眼前の建造物に巣食っているこの1体だけのようだ。
群れずに単体で活動する種族みたいだけれど、並みの冒険者ならまず高速で動く無数の触手を突破できないだろうし、攻撃範囲も広すぎる。
『銀』級の魔物がコロニーごと壊滅したのも納得の強さだった。
「大変ですお姉さん! 囲まれました!」
違います。あなた自ら囲まれに来たんですよ、ほいほいと。
回りを見ればわたし達を逃がすまいと、よだれのような粘膜を垂らす触手の大群が展開されていた。
すぐに襲いかかってこないのは、先ほど思わぬ反撃を受けたために警戒しているのだろう。
ともあれ、これで男の子を逃がすのは不可能になった。当人も逃げる気がないようなので、こうなったらこのまま戦うしかない。
だけどその前に。
「本当にどういうつもりなんですか、死にたがりなんですか?」
いくら何でもここまでわたしを追ってくるなんて無茶苦茶だ。
力が足りないことくらいわかっているハズだし、命知らずにも程がある。
大体、わたし達は赤の他人ではないか。
「すみません! でも、両親の教えなんです!」
「は?」
「『困ってる人や苦しんでいる人がいたら、問題が解決するまで喰らいついて放すな、死んでも放すな』って!」
「とんでもない両親ですね……!?」
「僕の誇りです!」
会話が噛み合わない……!
後、大きなお世話ですから……!
「ああもう、とにかくこれっきりですからね? 魔物と戦いますから、言われた通りにしてください」
「はい! すみません!」
いちいち謝らなくていいのにと口には出さないまま、わたしは改めて魔物を見定める。
触手なんかいくら攻撃しても決定打にはならない。終わらせるなら、やはり建造物の上に聳える本体を狙わないと。
口があるのならその奥に臓器もあるということだ。
幸いなことにこの魔物は人間くらいなら簡単に丸飲みできるほどの大口を持っている。
手っ取り早く食べられてしまえば後は内部からずたずたにしてしまえばいい。魔物の体内が無防備なのはすでに実証済み。
嚙まれようが胃液で溶かされようがどうせ再生するのだから、わたしだけなら何の問題もない。
でも、彼はそうはいかない。
ここに置き去りにしたらあっという間に溶かされるだろうし、第一本人が絶対ついてくると思う。
ならば方法は1つしかない。一緒に連れていくしかない。
「じゃあまずは、目を瞑ってください」
「え……はいっ!」
彼が目を閉じたのを確認すると、わたしは着ているドレスローブを脱ぐ。
別に気が変になったのではない。
生み出した剣がわたしの一部であるように、この衣装もその一部。
男の子をこれでくるめば、わたしが接している内は再生効果により彼の命も守られるはずだった。
「どうして脱いでるんですか!? 破廉恥です!」
「目を瞑れって言いましたよね!?」
この子、本当に言うことを聞きませんね! 不可抗力ですよ、不可抗力!
目隠しするように頭からすっぽり衣装をかぶせると、彼を抱き寄せてわたしは走り出した。
「お、お姉さん!?」
「いいから転ばないように!」
魔物の本体に向けてわたし達は疾駆する。
それと同時に四方から襲い来る触手を血剣を次々に生み出して牽制。
驚いたことに男の子は身体を抑えられた不安定な体勢ながらも歩調を合わせてくれていた。
「飛びますよ!」
「っ! はい!」
近くの瓦礫に飛び乗って距離を詰める。
魔物自体は植物のように根を張って建物から移動する気配はない。
手の平のように扇形に広がった触手がこちらを捉えようとするが、空いた手で打ち込まれた剣の再生速度はそれを上回って増殖する。
痛覚があるのが仇となっているのか、触手が破壊されるたびに魔物の叫喚がこだました。
「もうすぐですっ!」
「は、はい! あの……!」
「何ですかっ!?」
「エコー、です!」
「なにが!」
「僕の名前! エコーです! アレッサお姉さん!」
「……っ!?」
どうして、わたしの名前を。
一瞬、足が止まる。
答えはすぐに返ってきた。
「さっき見せてくれたギルド証に書いてありました!」
目敏い子ですね。
確かにエンブレムには名前が刻まれているけど、まさか読み取るなんて。
そうこうしている内に触手が貫かんばかりの勢いで迫るものの、剣を振るい、あるいは男の子――エコーを包むローブが血剣として再生、それらを打ち払う。
魔物の口までもうすぐ。
わたしは脚に力を込めて跳躍する。
「良い名前だと思います!」
「うるさいですよ!」
眼前から、ひと際高い魔物の雄たけびが放たれる。
魔物の口はすぐそこだ。
「アレッサさん……お姉さんっ!」
「何ですかっ!」
明るい色の襞で埋め尽くされた喉内に、わたし達は飛び込んだ。
「僕の名前、憶えていてください。これで死ぬかもしれませんから!」
「! そんなことさせませんよっ!」
死なせない。
もうこれ以上、誰も。
わたしはパーティーのヒーラーなんだから。
(ぁ…………)
わたしは、何を思ったんだろう。
何を想像したんだろう。
誰かと一緒にいる景色。
4人で歩く世界。
いつだって一番後ろにいたのはわたしだ。
先頭を行くのはヴィクト君、その後にカーナ、そしてラビ君。
3人の背中を、わたしは見てきたんだ。
守られてばかりで、だから、いつだって何も言い出せなくて。
「死ねば良かったのは、わたしですよ」
護られて守られて、生き残って。
わたしは、何をやっているんだろう。
一番、守らなくちゃいけないのはわたしだったのに。
「そんなことない!」
なのに、何も知らないはずの男の子が――エコーが叫ぶ。
「アレッサお姉さんは僕が守ります!」
わたしは目を見開いた。
この状況でどうしてそんな台詞がとか、そういうことではなくて。
男の子、エコー君は顔を真っ赤にしていた。
それはもう、ゆでだこみたいに。いや、それだけならまだいいけれど、彼の鼻の下からは赤い滴がはみ出していた。
エコー君は女性の体に対して免疫がまったく無かった。
彼はわたしに抱き着かれた時点でとっくに気をやっていたのだ。
意識を飛ばしそうになりながらも必死に受け答えをして、反射だけで駆け抜け続けたのだ。
「え……エコー君!?」
わたしがぎゅっと抱きしめたエコー君はもう何の反応も示さなかった。
失神していた。完全に意識を失っていた。
これまた後で知ったことだが、思春期の男の子に女性の身体は毒なのだ。
どうも胸を押し付けたのがまずかったらしい。
平均より大きいのは知っていたけれど、まさか気を飛ばしてしまうほどとは思わなかった。
それでも足だけは本能で動かし続けるエコー君は本当に健気で、はたしてわたし達は魔物の口奥にその身を投げ打った。
☆★☆★
完全に勝負がついたのは、月が輝き始めた頃。
魔物が完全に沈黙したのを確認して、その体の一部を“証”としてもらっていく。
新しく創出した衣服を着込んだわたしは、意識を失ったままのエコー君を背負って村への帰路を急いだ。
「…………変な子」
肩越しに彼の顔を見ると、いつの間にか頭に巻いていた布が取れてしまっている。
ひょこりと人より長めの耳がうかがえた。
エルフよりも短く、人間よりも長い。いわゆるハーフエルフだ。
変わった子だったけれど、名前まで知ってしまったけれど、もう会うことはないだろう。
「……風が気持ちいいですね」
月明かりの下。ぐっすりと眠るエコー君の息遣いを耳元で聞きながら、わたしはいつの間にか歩幅を緩めていた。




