03
「…………」
森を抜けたわたしはそのまま街道を歩いた。
その間、魔物は現れなかったかわりに、さっきの男の子が後をついてきた。
振り返って確認したわけではないけど、足を運ぶ音が一緒だったから間違いないだろう。
きっとこの先の村に住んでいるのだと思い、わたしは無言で先を急いだ。
「…………」
村でわたしが次の目的地へと向かう馬車に乗ると、男の子も一緒に乗車してきた。
現地までの乗り合いなので断ることなどできない。後なぜか男の子はわたしの隣に座った。
時折こっちを見ていたけれど、わたしは無視して景色を眺めた。
たまにちらりと顔を映すとそのたびに朗らかな笑みを向けてきた。
「…………」
現地近くの村へと到着した時にはもう日が傾いた頃だった。
休みもそこそこにわたしは対象の魔物が巣食っているらしい丘陵地の砦跡へ向かうことにする。
舗装もままならない獣道をひたすら歩いた。
しばらく無言のまま歩いて……やがてわたしは根負けしてそちらを振り向いた。
「何時までついてくるんですか?」
溜息をつきながら少し離れたところを歩いていた男の子に尋ねる。
重そうな大剣を背負いながら、男の子は元気に言う。
「お姉さんを町まで無事に送り届けるまで、です!」
ろくに休憩もしていなかったのに、疲れた様子は微塵もみせていない。
冒険者として基礎体力は重要だからそこは合格だろう。そうじゃない。
「話聞いてました? お断りしたはずですけど」
めちゃくちゃ危ないんですよ、この辺。《銀》級の魔物が潜んでいるんですよ。
遭遇したら逃げる間もなく死んじゃいますよ。
狼に苦戦してるあなたじゃどうにもならないです。
そもそも、わたしが町に帰ろうとしているように見えますか。
それともあれですか。ストーカーって奴でしょうか。
「でも……」
「でもじゃないです。先日あなたを助けてあげたのはわたしですよ? 自分より弱い人に護衛を頼みたいと思いますか?」
「うぅ……もっと頼り甲斐のある剣士になれるよう頑張ります!」
「いや、そうじゃなくて……ああ、もう」
仕方なくわたしは懐からギルド証を取り出した。
「え。お姉さん、それ……!」
「わたしは冒険者です。ここへは依頼でやってきたんですよ」
わたしはこの辺りに潜んでいる魔物の階級と危険性を懇切丁寧に説明した。
ちゃんとスキルを使いこなせるようになってパーティーを組める相手を探さなければ、まともに戦える相手じゃないことを言い聞かせた。
まだ下から3つ目の『鋼』だというのに偉そうなものだけど、この場合は仕方ない。
「今のあなたじゃ何もできません。すぐ村に戻って、明日の朝になったら家に帰るんです。冒険者になりたいって言ってましたよね? だったら先輩の言うことを聞いてください」
「…………あの、でも僕は」
何か言いたげだった男の子がはっと顔を上げる。
わかってくれたのかな。
そう思ったが、彼の視線の方向はわたしではなくその後ろだった。
「お姉さん、危ない!」
直後に鬱蒼とした茂みの奥から粘膜のようなどす黒い軟体物質が出現し、左右から挟み込むように迫ってくる。
とっさにわたしは男の子を突き飛ばすと呆気なく粘膜の渦に囚われた。
見た目はぶよぶよとしているのに身じろぎ1つできず、わたしは物凄い力で後方へと引っ張られた。
(この魔物は――)
レッドバロンと特徴が合わない。別種の魔物だろうか。
「――――っ!」
一瞬で男の子とは既に声が聞き取れないほど距離を離されてしまっていた。
感触はスライムに近いものがあるけど、動きは恐ろしく俊敏だ。周囲の木々が凄まじい速度で流れていく。
しかもこの粘膜、溶解成分を含んでいるのか、さっきから皮膚が焼け付くような感触が収まらなかった。
まあ、溶けた傍から《セルフヒール》が発動しているので一切ダメージは無いからどうでもいいのだけれど。
痛みというものは案外あっさり慣れる、この体になってわかったことの1つだ。
再生能力を試すために多くの魔物と戦った。
初めはもちろん激痛を感じたし、恐れもした。
肉を引き裂かれて噛み合わされて――ふたりはもっと苦しかったのに――そのたびにわたしはみっともなく泣き叫んだ。
けれどもそれを何度も繰り返していると、次第にどんな衝撃も裂傷も「またか」と思うようになった。痛みに対して心が鈍っていった。
何度も再生する内に負傷や死への恐怖が取り払われたのだろう。何をしてもすぐに元通りになるのだから抵抗が無くなっていくのはある意味当然だった。
痛い。
今ではそれ以上の感想が思いつかなくなった。
この魔物はきっとわたしを消化して咀嚼しようとしているのだろう。以前のわたしならば、きっと気が狂って暴れたと思う。
だけど、今は何も感じない。
――どうせこいつもわたしを殺せない。
依頼の邪魔をするな。そんな不快感が湧くぐらいだ。
(そういえば、服も【同化】しておいて正解でしたね)
即時再生するのはあくまで体だけ。けれど体に突き刺さったままの剣など、回復の際に体内に残留した物質はわたしの体の一部として【吸収】及び【同化】できる。
副作用からか、どうしてもわたしの血を含んだ色に染まってしまうけど、聖女のドレスローブと下着も取り込んだために、破かれたり溶かされても体と同じように即修復させられる。
(でも、結局この服もわたしの一部なんだから、つまりそれって常に裸ってことになるのかな?)
……どうでもいいか。今はそんなことよりも。
「そろそろ放してください」
言葉と同時に、わたしは全身の再生を【同化】で取り込んだヴィクト君の剣に切り替えた。
粘膜の中は一瞬にしてわたしから溢れた数十本に及ぶ赤い刃で埋め尽くされ、ぬめりを帯びた組織をずたずたに切り裂いた。
コァァァ。
魔物の怯んだ声が聞こえると同時。わたしの体は剣を溢れさせたまま宙に持ち上げられると、そのまま近くの大木に思いきり叩きつけられた。
「……っ」
背骨がへし折れ体の中でべちゃりと音がするのも一瞬のこと。
即時再生したわたしはすぐに立ち上がって周囲の状況を確認する。
「ここは……依頼の砦跡地……?」
いつの間に引き寄せられていたのか。
薄暮の空の下、石造りの廃墟が居並ぶ戦時の遺産を前にして、ソイツはいた。
建物の一部を乗っ取って大樹のように展開する巨躯に、いくつもの緑光が爛々と輝いている。
その身体を構成するのはわたしを絡め取ったどす黒い触手だ。水気を含んだ不快な音を立てながら、その中心ではぽっかりと開いた虚空のような大口が鳥に近い鳴き声をあげていた。
「コァ! コァア! コァァァァァァッ!」
以前見かけた竜よりサイズは少し小さいが、禍々しさは段違いだ。
植物なのか動物なのか、それすらもわからない“魔のもの”。
生きとし生けるものを狩り尽くすために生まれたといっても過言ではない死の権化。
広場に目を移せば人のものと思われる骨とは別に、大型の獣の死骸がいくつも転がっていた。
特徴からしてレッドバロンだ。
またこのパターン。
イレギュラー。
……思うのだけど、依頼に挑む冒険者の死亡率を高めている原因の大半が階級を超えた魔物との想定外の遭遇であるとするなら、悲劇の元凶はよく現地を調べもせずに依頼を受諾する冒険者ギルドそのものではないだろうか。
「……もう、慣れっこです」
おそらく1つか2つは階級が上の魔物。
この先にわたし達の目指した『白銀』はある。
レッドバロンは既に殲滅しているようだから依頼は達成したことになるのだろうけど、それとは別の思いが生まれる。
つまりこいつに勝つことができれば、目標に近づいたことになる。
「ふたりとも、待っててね」
変わらぬ決意を胸に、わたしは剣を出現させると魔物と対峙する。
だけど、その時。
「お姉さあああああああーーーん!」
まったく想定外の、自殺志願者の声が夕暮れの世界に響き渡る。
まさか、追ってくるなんて。
森の奥からこちらへ駆けてきたのは、ついさっき戻れと厳しく言ったばかりの、あの男の子だった。




