02
良かった、これでクエストを受けられる。
どういうわけか頭からかぶってしまった布袋を取り払うと、わたしは町を歩きながら目標が進展したことに安堵した。
今回の依頼を達成すれば、あと1つでわたしは『鋼』から『銀』級に昇格となる。
大切なふたりを死なせてしまったあの悲劇のクエストは、わたし達が手を下したものでないにせよ討伐対象のパイロ・ウルフが殲滅されていたため、成功扱いとなっていたからだ。
「まずは『銀』……」
現地へ向かう馬車に乗ろうとして、私は「くさい」と追い払われた。
奇異の目で見られるのは仕方ないので気にもならないけど、確かに少しにおうので近くの川で水浴びをしようと思い立ち、町を出た。
街道を外れて森へ入り奥へ進むと、いつも身を清めるために使用している泉が見えてくる。
わたしは衣装ごと澄んだ水の中に飛び込んだ。
冷たさが心地よい。
このまま溶けてしまってもいい。
そういう――がいい。
仰向けになってぷかぷかと青空を見上げていたその時。
「……?」
遠くで喧騒が聞こえる。
人の声だ。それも、子どもだろうか。
同時に聞こえたのは獣の啼き声。
森には『鉄』級の魔物も生息している。
本来なら子どもだけで森に立ち入るなど有り得ないけど、事情はどうあれ魔物に遭遇してしまったのだとしたら大惨事はまぬかれない。
「…………」
少し考えて、わたしは泉を出て水気を軽く取り払う。
確認しに行って、襲われているなら助けよう。
ふたりならそうするはずだ。
茂みの先へ足を向かわせると、そこでは頭に布を巻いてぼろぼろの外套を男の子が1人、狼種に取り囲まれていた。
ライトブラウンの髪に中性的な顔立ち、年齢は10代前半くらいか。
予想と少し違ったのは、その子が自分の背丈ほどもある大剣を握りしめて魔物に対峙していたことだ。
どうしてそんなものを持っているのかわからないが、一方的に襲われていたのではなく男の子なりに応戦していたのだろう。
それでも劣勢には違いなかったのか、衣服の所々が裂けて血が滲んでいた。
「くっ……たぁぁぁ!」
気合を入れて大剣を振るうものの、あまり修練はしていないのだろう。剣に身体を持って行かれてしまっている。
大振りなだけの攻撃をたやすくかわされてしまい、狼は手足に噛み付こうと肉迫する。
それをどうにか避けて追い払うものの、魔物はかすり傷1つ負ってはいない。逆に男の子は体力が削られていく一方だった。
このままではいつか力尽きてエサになってしまうだろう。
見かねたわたしは狼の注意をひくため、わざと音を立てて近くの茂みを踏みしめた。
「グルルル……」
するとほとんどの狼の顔がこちらへ向ける。
それを確認したわたしは背中を見せて急ぎ後退した。
魔物は逃げるものを優先して追いかける習性があるから、こうして背中を見せれば本能的にわたしを追ってくるはずだ。
もちろん、全てがこちらへは来ないだろうが、男の子も武器を持っているようだし数を減らせば余裕もできるだろう。
こちらへ向かってきた狼を片付けてから加勢しても遅くはない。
だけどここでもう1つ、予想外のことが起こる。
「お姉さん、危ない!」
「?」
背後から聞こえてくる声。
そちらを振り向くと、あの男の子がいた。
わたしより頭1つ分小さいその体で、飛びかかってきた狼を追い払う。
「ここは僕が引き受けます。だからすぐに逃げてください!」
傷だらけにも関わらず、尚もわたしをかばうように狼へと剣を構える男の子。
助けにきたわたしを、逆に助けようとしているらしい。
そんな余裕はないはずなのに。
「狼ども、お姉さんを食べたいならまず僕を食べろっ!」
発奮はいいけど、食べられるのは駄目でしょう。
こうしている間も狼はじりじりと距離を詰めてくる。
その内、男の子の側面にいた1匹が狙いを定めて身を屈めるも、彼はまだ気づいていない。
「仕方ないですね……」
狼が宙を舞い彼の喉元に飛び掛かってくると、ため息1つ、わたしはその間に割って入る。
彼をとらえるはずだった牙はわたしの腕に食い込み、たやすく皮膚を抉り肉へと到達した。
「お、お姉さんっ!? ――えっ」
それが狼の最期となった。
すでに《即時再生》は発動している。
その口内から頭蓋までを“剣”が貫く。瞳が大きく見開かれた時には、その体から力が抜けた後だった。
「グウウゥ……」
仲間の一匹がやられたことに動揺したのか、他の狼の脚が止まる。
わたしは片方の手を振り上げ、拳を握りしめ力を込めた。
親指の付け根から手の平までをこそぎ落すように、爪を立て自傷する。
――痛い。
いくら回復するとしても、寸前の痛覚はある。
でも、それも慣れてきた。
皮膚が削がれて血が滲む瞬間、わたしは狼達目掛けて腕を振るう。
すると飛び散るはずだった血の雫が凝固、増大して剣の形を為し、扇状に射出された。
全部ヴィクト君の剣だ。赤黒い刃身の剣が数本、魔物の群れへと放たれる。
それらは中空を舞い、反応の遅れた魔物の体に矢のごとく突き刺さって深い傷を与えた。
狼達は尚もこちらを見据えていたが、形成の不利を悟ったのだろう。やがて反転して森の奥へと消えていった。
「す……凄い。って、お姉さん、腕をかまれて……あ、あれ?」
「早く傷薬を塗ったほうがいいですよ」
一息ついた男の子が声をかけてくる。
腕がなんともなっていないことに驚いているようだけど、話したって仕方がない。
わたしは地面に落ちた剣をまたいでさっさと歩を進めた。
依頼の場所は村を3つ越えた僻地。
ラクシャに戻るのは面倒だから次の村まで歩いていこう。お金の節約にもなるし。
森をしばらく行ったところで、わたしは草を踏みしめる音が1つでないことに気付いた。
振り返ると、あの男の子がいる。
「……?」
「あ、あの。さっきはありがとうございました」
「……おかまいなく」
どうやらお礼が言いたかっただけのようだ。
一瞥して返事だけすると、わたしは再び歩き出す。
だけど足音はついてくる。
また振り返ると、やっぱり男の子がいた。
「……どうかしたんですか?」
「あの……森の中をひとりで行くなんて危なくないですか? 近くまで送ります」
ひとりで歩いて食べられかけてたあなたがそれを言うんでしょうか。
そう言いたげなのが顔に出ていたのか、だけど男の子は胸を張って言った。
「あ、僕はいいんです。修行中ですから」
「……修行?」
「はい! 実は僕、冒険者を目指してて。さっきは実際に魔物と戦って経験を積んでいたところだったんです」
「お師匠様にそう言われたんですか?」
「いえ、お金が無いから師事を受けたくてもできないんです。だからまずは冒険者になって、依頼をこなしてお金を貯めたら戦士ギルドに入ってスキルを教えてもらう予定です!」
……そんなのじゃ、命がいくつあっても足りないと思いますけど。
とはいえ冒険者自体、元々身寄りのないもの、貧しいものが成り上がりを目指して就くものだ。
スキルを習得をして準備をした後で冒険者になったわたし達のほうが特別であると知ったのは、つい最近のことだった。
「依頼の中には護衛任務もあるらしいですから、せっかくですし、送らせてください!」
そう言って男の子は笑顔を見せてくる。
純粋に親切からの言葉だろう。
久しく接していなかった気がする他者からの好意。
暖かなものを感じてわたしは。
「お断りします、近寄らないでください」
きっぱりと拒絶の意思を示す。
誰の好意もわたしには必要ない。
冷たく返せばもう寄ってくることはないだろうと思いながら、わたしはもうそちらを振り向くことなく先を急いだ。




