01 ギルドの受付嬢視点
「うん、今日も良い天気♪」
ギルドの待合所で受付を勤める私――ナナリは、うららかな日差しを感じてほのぼのとした気持ちになった。
最近は仕事をするのが楽しくて仕方がない。
ギルド内の雰囲気が良くなり、皆が笑顔で和気あいあいと依頼をこなしているからだ。
理由はわかりきっている。
近頃、めきめきと頭角を現してきた新人、ラビさん達のパーティーがいるお陰だ。
「ちょっとソアラ、いつまでラビの隣にいるのよ」
「別に構わないでしょう。アーシェこそ体を押し付け過ぎです」
「2人ともラビが困っているぞ。控えないか」
「といいつつ、アンタこそ後ろから腕を回すのをやめなさい」
「あはは……」
3人娘の中心で困ったように頬をかくラビさん。
『銅』級でもがていたウィノナさん達をあっという間に『銀』級に成長させたのがラビさんだった。
お陰で全員が彼の虜になってしまったのか、毎日のように取り合いを繰り返している。
そんな光景も今ではギルドの風物詩だ。
「もう3人とも面倒見ちまえよ、ラビ」
「いやぁ、参ったな。あ、トムさん。そういえばクエストお疲れ様でした」
「おう、ありがとうよ。お前に言われた通り気付け薬を余分に持っていったお陰で助かったぜ」
「状態異常を使う魔物が増えていたみたいでしたからね。念のためにと思ったんですが」
「よっラビ、今日も憎いねぇ。今から依頼なんだが、早めに現地へ向かいたいんでよ。ちょっと精霊魔法かけてもらっていいか?」
「いいですよー」
あんな感じでサポートも積極的に引き受けてくれるため、メンバーの結束が高まっているのだ。
このギルドからもその内『聖玉』級以上の冒険者が現れるのではないか。そんな気さえしてくる。
私達は一丸となって、トップギルドへの道を歩んでいる。
……ただひとりの例外を除いては。
爽やかな喧噪を引き裂くように、入り口の扉が無造作に開かれて彼女は現れた。
(……うわぁ)
途端に待合所が静まり返る。誰もが怪訝な表情を浮かべる。
私は露骨に顔を歪めてしまったが、気にとめた素振りもなく彼女はゆっくりとこちらへやってきた。
顔を合わせるのは10日ぶりになるか。
纏っているのは何かの当て付けなのか、言いたいことでもあるのか、血で染めたように真っ赤なドレスローブ。
女の私でも羨ましくなる綺麗な髪の下に濁り切った双眸を湛えて、歩く屍みたいに不快な雰囲気を撒き散らしている。
ラビさんとは対象的に、このギルドの最底辺の女。
彼に酷い言葉を投げかけ追放した挙句、仲間を見捨てて逃げ帰った屑の中の屑。
アレッサだ。
「……何の御用でしょう」
こんな女でも残念ながらまだギルドの一員。
受付の仕事に誇りを持っている私は、心を切り替えて事務的な言葉で応対する。
心なしか異臭がする。早くどこかへ行って欲しかった。
「あの……持ってきました」
「……はい?」
どうぞと言う言葉の後、彼女がカウンターの上に乗せたのは、大きめの布袋だった。
変な臭いはそこから発せられているようだ。
「何ですか、これ」
「証拠です。わたしがひとりでも戦えるという」
10日前に彼女がここへ来た時、てっきり私はギルド証を返還して潔く冒険者を辞めに来たのだと思っていた。
だから、まだ冒険者を続けるといったのには驚いたものだ。おまけに《白銀》級の冒険者を目指すというのだから呆れかえる。
聞けば教会からも放逐されて神聖魔術も使えなくなったらしい。もう《聖女》でも何でもないのに、どこを冒険するというのか。
旅に出るのは勝手なのだが、依頼を受けたいと言われてしまったらギルドとして対応せざるを得ない。
だけど依頼は民間や公的な機関から正式に委託されているものであり、階級が適正だったとしても明らかに失敗する面子を選定してしまったら――もちろん、失敗したらしたで他の人間を向かわせればいいだけのことだが、どんな形であれ依頼を達成できなかったという事実はギルドの評価に影響する。
ましてや無職の女ひとりを向かわせたら「おたくらは何考えてんだ」となるのは必定。
だから私は依頼を受けたいという彼女の要望を突っぱねた。
何の能力もない上にギルド内での彼女の評判は最悪だから、アレッサと組むものは誰もいない。
だけど、諦めてくださいと念を押したにも関わらず、彼女はひとりでもやれるとその場を動かなかった。
面倒な押し問答は続き、やがて彼女は「じゃあどうすれば認めてもらえますか?」と言ってきたので、嫌気がさしていた私は何でもいいから《銀》級以上の魔物を倒せる証拠を持ってきてくださいと言ってしまったのだ。
そうすると彼女はあっさり、わかりましたと踵を返してギルドを出て行った。
その途中で「そうだ……を……皆殺……」とか、ぶつくさ気味の悪いことを呟いていた。本当に気色悪い。
ともかく、目の前の布袋が証拠だという。
仕方なく私は紐を解いて中を覗いてみる。
すると――
「……ひッ!?」
私は思わず悲鳴を上げそうになった。
中に入っていたのは、ヴィア・ギガントのものと思われる生首が2つ入っていた。
人に近いそれらの表情は恐怖に引きつり、口元や鼻の穴からは大量の蛆が湧き出していた。
臭いの元は、腐り始めた生首だったのだ。
おまけに、その周りには緩衝材のように人のこぶし大サイズの球体が敷き詰められている。
よく見るとそれは、目玉だった。
ギガントのものだろうがそれが所狭しと、数10個はあるだろうか。
袋に入り込んだ蠅が解放されて辺りを飛び回り、腐敗臭に堪えきれず私は吐きそうになった。
「お……オエエエエエエエエッ」
気持ち悪い、なんてものを持ってくるの。
「わたしが殺しました。これで証明になりますよね?」
屑女が何か言っているが耳に入らない。
すがすがしい気分が台無しだった。
よくも、よくもこんなものを私達の待合所に。
みんなが快適に待機できるよう、入念に掃除してるのは誰だと思ってるんだ。
リラックスできるようにお香まで焚いて、それだって毎日変えているのだ。
全部みんなが冒険者ライフを満喫できるよう私が率先して配慮していることだ。
それを、全部ぶち壊しにしてくれて……!
わたしのお陰で、みんな快適に冒険できているのに!
「ちょっとアンタねぇ! 非常識よ! こんなところに魔物の死骸を持ってくるなんて!」
堪りかねたアーシェさんが間に割って入り、糞女の襟首をつかんで非難の声を上げる。
「……すみません」
しおらしく謝ったものの、当然そんなもので気が晴れるわけがない。
ありがたいことに、「ふざけるな」「汚ねぇんだよ」と他のみんなも私の味方をしてくれた。
ラビさんも冷ややかな視線を向けている。そんなラビさんも素敵だとは口が裂けても言わないが。
「大体、こんな騙すような真似してまで依頼を受けたいなんてどうかしてるんじゃないの!」
「騙す……なんのことでしょう……?」
「とぼけないで。2ヶ月前にギガントから逃げ帰ってきたアンタが、こんな大量に討伐できるようになるハズないでしょ」
確かにその通りだった。
何のスキルもない女が『銀』級の魔物1匹だって倒せるわけがない。
「……全部わたしがやりました」
「そんなの誰が信じるのよ。って、アンタまさか」
アーシェさんは何か思うところがあったのか、カウンターを飛び越えて私のところへやってくると小声で話しかけてきた。
「……ねえ。この女、ヤってるんじゃないの?」
「へっ? ヤルって……」
「決まってるじゃない、体を売ってるってことよ。そこの雑魚女がギガントの死体を手に入れるとしたら誰かに頼むしか方法がないけど、他の町で腕利きの冒険者を雇ったにしても、どこから報酬を捻出したかが問題よ」
言われてみれば確かに、アレッサは孤児らしいし金に余裕があるとも思えない。
ならばどうやって人を雇ったか。
答えはひとつ。この女は唯一残った取り柄であるその体で、冒険者の男共を魅惑したのだ。
そんなもの、冒険者としても女としても最低の行為だ。普通の人間なら考えもつかないだろう。
ああ、だけど目の前の人間は見ての通りまともじゃない。
「……ゆ、ゆるせない」
お前みたいな売女がいるから、いつまでも女がなめられるのだ。
「でしょ? だから雇われた男を見つけて告発すれば、めでたくあいつの冒険者資格は剥奪――」
「いえ……それじゃあ、温すぎます」
「え?」
義憤にかられた私はあることを思い付くと、席に戻り糞ビッチに向き直る。
「お待たせしましたアレッサさん。結果を見せられてはどうしようもありません。どうやらおひとりでもクエストを達成できるご様子。ただ、今《銀》級はこちらのクエストしか余っていないのですが……」
それはレッドバロンと呼ばれる小さなコロニーを作って人間の生活圏を脅かすオーク種の討伐依頼だった。図体が大きく頭もそれなりに働くが動作が緩慢であるため遠距離からの攻撃が効果的……というのはガセで、実は見かけに似合わず並みの人間よりも素早い動作をするのが特徴だ。
「それで構いません。引き受けさせてください」
「ええ。少々遠いですが構いませんね?」
「はい、よろしくお願いします」
ご武運を、と私は手続きを高速で済ませて晴れ晴れとした気分で彼女を送り出す。
去り際にちらりとアレッサがラビさんの方を見たが、言葉も交わさず去っていった。
まだ何か未練があるのだろうか。お前の居場所はもうねーんだよと叫びたい気持ちをぐっとこらえる。
すると、いつの間にか近くにいたソアラさんがアレッサの持ってきた小汚い袋をつかみ取り、去っていく彼女に向かってその袋口を広げた。
何をする気だろうという疑問の後、まさか、まさかと私の中で期待が膨らんでいく。
「ちょっと、忘れ物ですよ」
「?」
入り口を過ぎたところでソアラさんは、売春婦へ目掛けて躊躇なくその中身をぶっかけた。
いや、ぶっかけたというより頭からずっぽりと布袋をかぶせてやったという感じか。
まさに“妖怪袋女”。
前が見えずによたよたとおぼつかない足取りで周囲を回り歩いたアレッサはやがて石につまずき無様に転んで微笑ましい笑いを生み出した。
本当に、救いようのない生き恥の権化である。
あんなに悪臭にまみれたら端正な顔と体も持ち腐れ、どんな男でも冷めるだろうに、ざまぁみろだ。
「ごめんなさい、ナナリ。入口を汚してしまいました」
「構いませんよ、いい気味でしたから。ぷふっ」
「にしても、あっさりクエストを引き受けさせちゃって良かったの?」
「いいんですよ。だってあのクエ――《黒晶》級のクエストですもの」
これにはさすがにアーシェさん達も驚きを隠せないようだった。
そう、あの依頼は内容が変更になったと先日届け出があったのだ。出現する魔物は《銀》級のレッドバロンではない。
その生息地域をあっさり奪った2つもランクが上の魔獣ラスティリアだ。
「これなら今度は逃げ帰って来られませんよね」
「……アンタ、ギルマスに知られたらタダじゃ済まないんじゃないの」
「あら、うっかりですよ? ミスは誰にでもありますから。さっ、掃除掃除っと♪」
これでもう、あの女の顔を見ることはない。
私は心を弾ませながらブラシを取りに用具入れへと向かった。




