第八十二話 ボス戦 前編
ベルフが剣を振るうとその剣閃に沿って斬撃が飛んだ。キリが使ったあのスキルである。その斬撃はドラゴンの鱗にキキンッと阻まれると、虚しく宙に消えた。
「くっそ役に立たねえなこれ」
『相手が悪すぎますからね。さすがにドラゴン相手ではその程度のスキルではどうしようもありませんよ』
ベルフは今、眼の前にいる二匹のレッドドラゴン相手に手をこまねいていた。戦うにしても逃げるにしてもこいつらが邪魔なのである。そして、敵は前だけではない、後ろにはエメラが陣取っていた。
「無駄な抵抗は辞めて諦めてくれないかしら。ベルフ程度じゃあ、ドラゴンと戦うのは無理よ」
余裕綽々なエメラにちいとばかしむかついたベルフであったが、残念ながら理想が現実に追いつかない。聖剣パールも全部とは言わないまでも、そこそこ機能を復活させてはいたが残念ながら力不足である。
という訳で、状況としては袋のネズミそのものだった。そして、エメラが決定的な一言を言ってしまう。
「そもそも、ベルフが私に勝てたことってあったかしら」
「あん!?」
『はあ!?』
エメラが鼻をふんっと鳴らす。
「私自身、自分がこんなに強いと知らなかったからあれだけど、私より弱いベルフが私を護衛する意味なんてまったくなかったし、ベルフに限らずこれからも他人が私を守る必要も、どうこうできることもないわね」
自身の力を完全に自覚して以降、エメラは急激に力を増していった。それは生まれ持った能力なのか、それともエリクサーで底上げされた魔力なのか、もしくはボボスから分捕った力のせいなのかはわからないが、現状エメラは自身に敵う存在がこの世界に一人もいないと考えていた。
「という訳でベルフはこれからも私の隣りにいるだけでいいの。どうせベルフが何しても結果は私の思うままになるんだから、無駄なことはしないで大人しくしていてくれないかしら。何も抵抗しなければ手荒なことはしないでも済むし、余計な時間だって使う必要もないわ」
完全に勝ち誇った上から目線にベルフとサプライズ、主従双方ともに一線を越えた怒りが駆け巡った。旅に出て以降、ここまで脳内沸点を超えたことがないというレベルの怒りだ。
ベルフがチンピラ風に顔を歪めると、よしっと覚悟を決めた。
「サプライズ全力で行くぞ」
『お、やりますか? ということは仕掛けも全部発動でよろしいので?』
「許す、全部使うつもりでいい。とりあえずはあのドラゴンを落としてやれ」
『了解しましたー』
とサプライズが掛け声をした瞬間である。ベルフの逃げ道を塞いでいたレッドドラゴン二匹の足元にいきなり大穴が現れた。そのまま足場がなくなったレッドドラゴン二匹は、雄叫びを上げながらなすすべもなく深い穴の底に落ちていく。
シュンッと音がすると、その大穴が元に戻り、また先程までの床へと戻る。ただ、エメラや周りの人間達は今何が起こったのか分かってないのか面食らったような顔をしていた。
『これで頼みのドラゴン二匹はリタイヤですねえ。ああ、すぐ戻って来られるとは思わないことです、穴の底は迷宮になっている上に地上までかなり縦坑がありますから。試しに放り込んでみたパトズのおっさんがここ数ヶ月戻ってこれないくらいの難易度は保証しますよ』
サプライズに続いてベルフもネタバラシをする。
「この城が誰の魔法で改築されたのか忘れたか? この数ヶ月、俺達の手でじっくりたっぷり対エメラ用の決戦要塞へと変えていたんだよ。まあ、俺を排除する方向だとばかり考えていたから、好意からの独占までは予想していなかったがな」
それらの言葉にまずエメラではなくて、扉近くにいるモハ卿がツッコミを入れてきた。
「おいベルフ、その仕掛けがあれば近衛騎士達がドラゴンに踏みつけられる事も、クレイグ王が死ぬこともなかったんじゃないか。なぜそれをさっき使わなかったんだ」
わかってねーなこいつという眼でベルフがモハ卿を見た。
「何言ってんだ親父、なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだ。大体、俺は今でも俺の行動を阻害しない範囲でなら自由にエメラには生きていてほしいと思っているんだが?」
サプライズもベルフの言葉に続いた。
『そうですよ、何でベルフ様がその他大勢のために動かないといけないんですか。身にかかる火の粉くらい自分達の手で払ってくださいよ。近衛騎士とかいうエッラそうな公的役職まで貰ってるのに、一般市民の範囲である冒険者のベルフ様に頼るのは止めてくださいませんかねー』
モハ卿の心中に自身の子育て経験について著しく後悔の念が湧き上がってきたが、そもそもこいつをお外に出してしまったことが一番の問題だった気がしたので、更なる万感の思いが湧き上がってきた。
さて、手札であるドラゴン二体がいなくなったことに驚いていたエメラであったが、すぐに気を取り直す。
「で、それがどうかしたの? またドラゴンを召喚しなおせばいいだけ――」
エメラが言い終わる前にベルフが全力で切りかかってきた。
その剣閃を土の精霊であるノームがその石の体で防ぐが、その身体に軽くヒビが割れている。思った以上のベルフの力にエメラに冷や汗が流れた。
「聖剣さんのブーストがかかっている状態の俺がそんな隙を与えんけどな」
『召喚するならやってもいいですよ。ですが、敵はベルフ様だけだと思わないでほしいですね』
そう言うと、部屋の隅に飾ってあった鋼鉄の騎士像がカタカタと揺れだした。由緒正しい芸術家に作られたこの像であるが、現在は立派にサプライズの改造を受けて自立する何かに変わっている。兜の奥にある暗闇に両眼が光ると手に持っている槍を手にエメラへと突撃していった。
横合いから突如襲ってきた騎士像にエメラがすぐに対処する。エメラが呼び出したノームが、その石の体を高速で騎士像にぶち当てて騎士像を吹き飛ばした。
『命獲ったーーー!!』
サプライズがそう叫ぶと、王座の間の壁に突如現れた射出口から砲弾がエメラに向けて放たれた。その弾が、エメラの自動防壁であるノームの身体を砕く、だが砲弾側も軌道をそらされてエメラに直撃とは行かない。
「キャア!!」
『チッッッッッ外しましたか』
エメラが肩に手を当てるとそこから血が少し流れている。直撃はしなかったものの、ノームの身体が砕け散った時の破片でダメージを与えることには成功していた。
『流石にあれだけ見れば対処方法も思いつくんですよ。その精霊も斬撃には強いでしょうが、単純な質量からの攻撃なら、さて、どうでしょうかねー』
立場逆転といったところか、今度はベルフの方が余裕を見せる。
「俺を止めたいのなら殺す気で来ないといかんなー、だが、俺を手に入れたいはずのエメラが致命傷を与える攻撃ができるかな? ん? ん?」
『舐め過ぎなんですよクソアマが。手加減している上でドラゴンまで失った貴女には、もう勝ち目なんて無いんですよ』
肩の傷を無視して、エメラがベルフを睨んだ。
「周りが仕掛けだらけなら、それごと潰せばいいのよ!!」
そう言うと、四方八方にエメラがノームを飛ばした。一つ一つがサッカーボール大程のノーム達が砲弾のように周りの壁を壊していく。そんな中でもベルフは平然と立っていた。どうせ自分に当てる気がないと分かっていたからだ。
無差別に放たれたノーム達のせいで辺りは酷い有様になっていた。密かに部屋から脱出したシスト王国の騎士達やサフィ王妃達は無事であったが、調度品の残骸や壁向こうの外が見えるほどにボロくなった内壁の残骸やらが散乱していた。
「さあ、これで用意していた仕掛けも使えなくなったでしょう。どうするつもりかしら」
『こうするつもりです』
と言うと、壁や調度品の残骸達が床に解けてその姿をなくした。そして、穴の空いていた壁がすぐさま修復されていく。
『壊れたらなおしゃいーんですよ、なおしゃあね。今の私ならこんくらいは朝飯前っすよ』
もう既に、エメラがノーム達を放つ前の内装へと元通りなっていた。まるで何事もなかったかのようにである。
「こちらを殺す気もない、致命傷を与える気もない、一体それでどうやって勝つ気なんだ? 教えてやろうエメラ、俺を倒したいのなら四肢の幾つかを吹き飛ばすか、腹に穴の一つでも開けるしか無い」
今度は武器すら構えず無防備にベルフがエメラに歩み寄っていく。それに合わせてエメラ側が気圧されて後ずさる。
『貴女を殺したら死ぬ確率九割のロシアンルーレット? 上等だこら!! こっちのタマ取りに来た異世界のなんちゃらも逆に返り討ちにしてくれてやりますよ』
今度はサプライズからの咆哮だ。エメラを殺せばどうのこうのなんぞ全く関係無い、殺ると言ったら殺るのである。
ペタンとエメラが地べたに座り込む。付けられた傷は肩に一つ、それだけでエメラの敗北が決まった。
勝利者の余韻とも言う中でベルフが感慨にふけっていると、横合いからボボスが声をかけてきた。先程まで火の精霊に焼かれ続けていた彼は身体中からプスプスと煙を放っている。
「そうだぜエメラ、力だけじゃあベルフには勝てねえ。この戦い、お前の負けだ」
「だってボボス!!」
「言い訳はダメだ、心が折れたのはお前で負けたのもお前だ。もう戦いは続けられねえ」
勝負の決着に、かはーっと嫌味な顔をベルフが見せた。
「はあーーーーーーーっまあ俺達が本気を出せばこんなもんだよなサプライズ」
『楽勝でしたねベルフ様、こんな簡単に勝利できたのは初めてですよ。あれ? そこにいるのは雑魚王女のエメラさんじゃないっすか、あのですね、エメラさんみたいな雑魚はゴブリン退治からコツコツ始めるベきですわ。ベルフ様と戦うのは軽く見て1000億年は早いと思いますよ』
ストレスでどうにかなりそうなエメラ。初めて味わう敗者としてのストレスで彼女はまた一段と高い殺意を身につける事に成功した。
そこでボボスがエメラの肩の傷に気がつくと、瓶を一つ取り出してエメラに渡す。
「怪我してるじゃねえか、ほら、エリクサーでも飲んでその傷を回復しろ」
「ぬぐぐ……」
ボボスから渡されたエリクサーをエメラが一口飲むと肩の傷がすぐに塞がった。流れていた血もピタリと止まる。
「でもそんなこと言ったって……エリクサー?」
と、そこでエメラが自分が持っている瓶にたっぷり入っているエリクサーに気がつく。
「実は、エリクサーは俺が召喚してたんだ。何故かお前がそれを自分で作ったと勘違いしてたけどな。でもエリクサーを過信するなよ。失われた四肢の回復も臓器の回復も可能だが、致命傷を貰えば数時間は動けなくなるからな」
その言葉にエメラ、ベルフ、サプライズの三者の行動が止まる。
「数時間、動かなくなるの?」
「その通りだ、だからエリクサーがあれば大丈夫とかは軽く考えるなよ」
「例えば、誰かに致命傷を負わせてこれを飲ませれば、数時間は動かなくなって簡単に捕まえられるとか?」
「そういう使い方もあるが、一体誰を捕まえるっていうんだ? 相手の生命を奪いたくない、でも手こずるから簡単に捕まえられない、もう手も足も出ないよっていう状況以外にそんな使い道なんてねえぞ!!」
『オラアアアアアアアアアア』
「ぐああああああああああああ」
サプライズが全力全開で魔法を解き放った。レーザーのような極太の光のビームがボボスを焼き払う。さすがの黒龍ボボスとは言え、エメラの精霊に焼き尽くされた後のこの攻撃で、一時的にだがボボスは意識を失った。
ベルフが襟を正しくするとクルッと後ろを向く。
「さて、じゃあ勝負も着いたことだし帰るか」
『そうですね、決着はもう付いた戦う意味はなくなったぜって感じです。ではさようならエール王国さん、お元気で』
そのベルフの背中目掛けて土の精霊であるノームが高速で飛来する。ベルフが危機を察知して、さっとそれを避けると致命傷級の一撃の証として、向こう側の壁にノームが突き刺さった。
ベルフが後ろを振り向くと、予想通りと言った体でエメラが戦闘態勢に移行する。
「もう手加減する必要がないわ」
ゴゴゴゴゴゴゴ、と辺りが揺れていた。
「確か、四肢を幾つか吹き飛ばすかどてっ腹に穴を開けるかしないと止まらないだったわね。教えてくれてありがとう」
今度は本気だと言うガンつけをエメラがしている。ラウンド2の開始、さっき受けた敗戦もなんのその、エメラの身体には闘志がみなぎっていた。サプライズがそのエメラの態度を見てケッと舌打ちする。
『はあー? 手加減しないからどうしたっていうんですかね、そんなに戦いたきゃ骨まで灰になりなあ!!』
サプライズが数メートル近い火球をいくつも作り出すと、それをエメラに叩きつける。エメラがそれを余裕で眺めながら、上半身が人間の女性で下半身が魚の、人魚の姿をした精霊を召喚した。その精霊が腕を振ると、サプライズの作り出した火球に向けて、同質同数の水球が叩きつけられる。
二つの魔法がぶつかって出来た大量の水蒸気が、辺り一面濃霧となって覆い尽くすと、ベルフがこっそりと部屋の隅へと移動していた。もしもの時のために作り出しておいた脱出ルートを使うためである。
「そんな部屋の隅っこで何をしようとしているのベルフ?」
ゴウっと突風が吹くと、辺りを覆い尽くしていた濃霧が晴れた。シルフの作り出した風でエメラが霧を取り除いたのだ。
今逃げてもしょうがないとばかりに、ベルフが正面からエメラを見据える。
「いいだろう、手加減しなくなった程度で俺に勝てると思っているのなら、その考えを訂正させてやろうじゃないか」
ベルフが今度はガチの本気で気合をため始めると、先程ドラゴンに使ったときとは比べ物にならないほどのエネルギーが剣先に集まり始めた。
「これが俺の全力全開、本気のスキルだ」
ブンッと剣を真横に振るうと横一文字型の極太の衝撃波がエメラに向かって突き進んでいく。それは横幅は部屋の端から端まで到達しそうなほどで、縦幅の方も人一人飲み込みそうなほど凶悪な質量であった。
玉座近くにいたエメラ付近にそのスキルが着弾すると、轟音と爆発がエメラの姿をかき消した。勝った、そう思って一抹の悲しみを感じていると、上からエメラの声がかかってきた。
「さすがベルフ、まともに当たっていたらまずかったわね」
エメラが宙を飛んでいた。いや正しく言えば、エメラの周りにいるシルフ達がエメラを上に飛ばしてベルフのスキルを避けたのだ。
うぐっとベルフがたじろぐ。エメラに先程までの油断、ある種の驕りがなくなっているのが見て取れるからだ。先程までのエメラなら余裕でスキルを受け止めようとして、そのまま受け止めきれずに絶叫の中で息絶えたとしてもおかしくなかったのにだ。
『ベルフ様、ベルフ様』
「どうしたサプライズ」
『さっき私の魔法を相殺したときに出した精霊もそうなんですが、あの女なんか強くなってませんか』
「いや、そんなはずないだろ」
『でも、人一人を精密に宙に浮かせるような離れ技は、さっきまで見せていなかったように思えるんですよねえ』
サプライズが試しに魔法で小さな氷柱を幾つか作り上げるとエメラに飛ばす。前までのエメラであったのならノーム辺りで止めていたところが、今度はそれらを出さずに氷柱そのものが蒸発したように水蒸気となって消え去った。それを見たベルフとサプライズが嫌な方の予感が当たっていたと理解する、この女、さっきよりも強くなってやがると。
しかしそれだけではない、エメラの方も自身の中から湧き上がってくる力について、自覚をし始めていた。
思えばそうだった、自身が強くなった時は、いつも近くにベルフがいた。そう、自分の血管ブチ切れるような怒りと殺意で心が埋め尽くされるこの感覚を覚える時のその全てにだ。昔のエメラであれば、悲嘆や絶望の中で諦めていたところを、いかに敵を排除するか、いかに凄惨に殺し得るかに思考が変化したのも全てベルフのおかげと言える。
反面教師なんて一言では言えない何かをベルフからは、いつも教えてもらった。行き過ぎた自由な心で生きるベルフにエメラが惹かれたのは事実であるが、そこにあるのは単純な男女の愛だけではない。
今ならエメラは自信を持って言えた。自分は、身に感じる怒気と殺意によって強くなる人間なのだと。そして、そんな自分がさらなる高みに到達しうる為に最も必要な人材はと言うと――
「よしわかった」
パンッとベルフが両手を叩いた。
「俺もちょっと意固地だった。状況次第ではエメラとの婚約を前向きに考えても良い」
『マジっすかベルフ様!!』
「マジだ、状況次第では全然OK。具体的に言うと、俺がこれから何年間も冒険者生活を十分楽しんだ上で結婚相手も見つからなかった場合だな。当然、俺に恋人なり結婚相手なりが出来ちゃったらエメラとの婚約は無し。俺からエメラに向けて特にメッセージも送らないから、俺からの連絡があるまでエメラはずーっと待っていてくれ」
『かーーっ流石はベルフ様、全くここまで譲歩するなんて普通の男ならありえませんよ。そこのクソ女、わかったのなら、はよその矛を収めてベルフ様の健やかなる旅立ちを涙で見送らんかい』
よっしゃこれで大丈夫、完ッ璧ッとベルフが思っているとエメラ様の魔力が急激に膨れ上がってきた。今、彼女の中にある能力の枷が完全に外れてしまった。
「ベルフ……」
「なんだエメラ」
「やっぱり私達の相性って最高だと思うわ」
エメラがそっと人差し指を動かすと、人型の炎の精霊と、人魚姿の水の精霊が現れた。どちらも高位の精霊であるが、今までは一体ずつしか呼び出せなかったところを二体同時に出せる様になっていた。
やっばい気配を感じたベルフが剣を構えて対応する。サプライズの方も何があっても対応できるようにと気を引き締めた。
人魚姿の精霊が水球をいくつも作り始める。一つ一つが数メートル程の水球達に、先程サプライズの魔法が潰されたあの魔法か、とベルフが思っているとその水球の表面に小さな突起が一つ現れた。その突起は水球を形作っている魔法の膜を内部からの圧で押し上げようとしている風にも見えた。
ぐぐぐ、と言う音がしそうなほど堪えているそれが、ついに膜をぽんっと抜け出して外に押しでてくる。
「あぶねえ!!」
ベルフがさっと身を翻すと、ベルフが元いた場所の太もも付近に向けて、その水流が突きでてきた。ベルフに当たらなかったその水流は床に小さな穴を開けると、ばしゃっと普通の水の姿に戻って床に落ちた。
『次も来ますベルフ様、』
そう、水球はいくつも作られていた。その玉一つ一つから先程の攻撃がベルフに向けられて放たれてくる。一つ一つをアクロバットな動きで避け続けるが、少しずつベルフの身体にかすり始めた。
防御一辺倒になったベルフを援護するべくサプライズが仕込んでいた仕掛け、先程の砲弾もどきを壁からいくつも出現させてエメラに狙いをつける。
『今度こそそのドタマをザクロにしてやんよ』
ガシャリと殺意を込めてサプライズが仕掛けを発動させようとすると、出現した射出口の全てがいきなり爆発した。
エメラがサプライズに向けて言う。
「出した精霊は二つ、一つは攻撃で一つは防御、それに一度見た仕掛けなら対抗策も考えられるわよねえ」
高圧の水流を避けていたベルフがそれを見て取って不利と感じたのか、距離を置こうとする。後ろに向けてステップを踏んだ彼だが、ふいにドンッと突風を受けて前に弾き飛ばされた。
「あと、よほどの高位精霊じゃなければ他にも呼び出せるのよね」
それはシルフだった。風の精霊である彼女達がベルフを後ろから風で弾き飛ばしたのだ。体制の崩れたベルフ目掛けていくつも水流が迫ってくる。
『ディフェーンス!!』
サプライズが、迫ってきた水流目掛けて爆発の魔法を放った。爆発の圧力で迫ってきていた水流を弾き飛ばすと、今度こそベルフが後ろへと退避に成功する。
「あかん、完全に手数で負けとる。どうしょうもないぞ」
『ベルフ様、何とかなりませんかね、このままだと手詰まりですよ』
「手はいくつかありそうなんだが、俺一人じゃあヘイト役が足りん。それに考えを纏める時間がない、とにかく余裕がない。あともう一人で良い、誰か仲間さえいれば……」
ベルフ達がそうしている内に更に水球の数が増えていった。無論、その数に合わせて攻撃の数も増していくわけだ。さりとて、隙を突くにしてもあの火の精霊を突破しなくてはならない。
ぐぬぬ、と悩んでいるとサプライズがハッと思い出した。
『そう言えばベルフ様、クレイグ王を呼ぶと知っていた今日この時、決戦となるはずだと状況を読んだ上で、キリとかいうあのヘタレに対して援軍を要請したじゃありませんか。時間を稼げばあの男が来るかもしれません、そうなれば逆転の芽はまだあるかと』
そこでベルフも思い出した。キリに教えて貰った連絡先に、今日クレイグ王〆るから邪魔する気があるなら来てみな、エメラと戦えるチャンスだぜと添えてあの男の隠れ家とやらに手紙を出していたことを。
「そうだ、あの男だって一端の冒険者。エメラにやられたまま、むざむざと逃げ帰るなんて出来やしない。つまり、あの男は必ず来る、そういうことだな!!」
『そうです、あそこまでズタボロにされてそのままおめおめと逃げ帰るなんて男のプライドが許す訳ありません、魔王エメラと雌雄を決するためにあいつは来る、絶対、必ず、一流の冒険者の名誉に賭けて!!』
徐々に増えていく水球の数、辺りを埋め尽くさんばかりの精霊達。エメラをガッシリと守る巨大な人型をした火の精霊。絶望的な状況を前に、ちょいとばかし現実逃避を敢行しているベルフとサプライズ。
そんな彼等の戦場に一人の男が駆けつけようとしていた。
ザッと言う音を立てて一人の男が、王座の間の扉前に現れた。そいつは扉の影からこっそりと中を見ているモハ卿や騎士達に目もくれず、戦場と化した王座の間の中へと颯爽に参入してきた。
待ち人来たる。新しく現れた人の気配に、ベルフとサプライズが希望の心で後ろを振り返った。なにやってたんだキリおせえぞ、待ってたんだからね、と声をかけようとすると、そこにはタキシード姿のカーンが花束を持って仁王立ちしていた。
え、誰こいつとベルフが目の前に現れたマッチョの名前を記憶の中から探っていると、カーンが大声で叫んだ。
「またせたな、ここからは俺のステージだ」




