第八十一話 ボス登場
「じゃあ始めましょうか」
エメラのその言葉にベルフは悩んだ。始める? 何を? はて、ついに俺のことが目障りになったから決闘でも始める気か? と適当に考えると話を合わせることにした。
「そうだな始めるか、俺もちょうどそうしたいと思っていた所だ」
「やっぱりベルフもそうだったのね、私も同じ気持ちよ」
何か話がずれている気がしたが、とりあえずこのまま話進めっかとベルフが思っていると、そこでサプライズがストップを掛けてきた。
『ベルフ様ちょっとお待ちを。このまま話を進めるのは非常に危険な気がします。そこの雌豚、一体なにをおっ始めようとしてるんですか? ベルフ様のお命が欲しいとかほざくのならこのサプライズ、全力で抵抗しますよ』
サプライズの言葉を受けて、エメラが片手で髪をかきあげる。
「命が欲しいといえば命かもしれないけど、ちょっと違うというか」
『あーん? じゃあ何が欲しいってんですかー?』
「一言で言えばベルフの人生がほしいわね」
『ベルフ様の人生だぁ~?』
エメラの言葉にサプライズがチンピラ風に返事をすると、エメラが言葉を続ける。
「この大陸を支配する為には片腕になる人間がどうしても必要なのよ。シスト王国も滅ぼすつもりでいるから、これからは忙しくなってなおさら片腕役の人間が必要になるし。だからベルフには今後も私の側にいてもらいたいの」
エメラの話をベルフがフーンって感じで聞いていた。ついでに言うとモハ子爵やシスト王国の近衛騎士達あたりは祖国が滅ぼされるかどうかの話に大変な興味を持ってエメラの言葉を聞いている。
『なるほど、それでベルフ様が欲しいというわけですか。その身の程知らずな要求はともかくとして、それで何を始めると言うんですか?』
「それは当然、ベルフが私の片腕になる為の儀式を始めるのよ」
『儀式だあ~?』
不穏なワードが出てきたので、とりあえずサプライズに続いてベルフも質問をぶつけてみた。
「その儀式ってのはどんなものなんだ?」
ベルフの質問にエメラが答える。
「お互いの親族や知人を集めて、神父の前で二人が未来永劫離れることがないと言う誓いをするの。服装は男のほうがタキシード姿で、女の方は白いドレス姿が定番ね。契約の証として誓いのキスと指輪の交換も忘れてはいけないわ、それが終われば晴れてベルフは私の片腕として、その人生を捧げることになるわ」
『ちょっと待て』
ジジジジ、とエラー音を出しながらベルフの装着している多目的リストバンドからサプライズが声を出す。エメラの言うところの儀式について、看過できない事実が複数存在しているからだ。
『おかしいですねー、その儀式については私が人の身体を手に入れてからベルフ様と行おうとしていたものにそっくりです。それがこの国では普通だというのなら、ちょっとパトズのおっさんあたりとエメラ王女様との間でその儀式をやってみてくださいませんか?』
「あんなのと結婚するわけないでしょ、ふざけないで」
『おうこら、自白しやがったな』
ふんっと悪びれもせずにエメラが言葉を続ける。
「跡継ぎの子供は必要だし、私以外の王族はいなくなるんだからなおさら必要なのよ。それにベルフを選んだからと言って何が悪いの」
エメラのその発言にベルフやサプライズではなく、カルミネ国王のほうが素早く反応した。
「エメラ、お前以外の王族がいなくなるとはどういう……」
「は? そんなのあんた達全員を処刑するからに決まってるでしょ。情けとして私とベルフの結婚式にだけは参加させてあげるから、それが終わったら速やかに――」
そこでエメラが首を掻っ切るようなジェスチャーをした。あの世に逝っちまいなーと言う意味を込めた親子の縁切りサインである。
という訳でエメラ様の楽しい家族会議は一方的に終了。再度隣りにいるベルフと向き合った。
「良いわよねベルフ」
むむむ、とベルフが悩む。エメラの言っていることはベルフにとってもなかなかいい条件に思えた。土地と地位、沢山の兵士達、エメラ自身も若く美しいとあって、この婚約話は確かにベルフにとって問題となるところはない。実の父親に拷問掛けたりだとか敵に対して容赦なく薬で洗脳するだとかは個性の一つとして考えればさして珍しいものでもないのも事実だ。
悩んでいるベルフに対してサプライズが慌てたような声で呼びかける。
『駄目ですよベルフ様、騙されてはいけません。ベルフ様にお似合いなのは、いつも傍らにいてどんなときでも見守っている女房役。悪巧みから戦闘のサポートに探偵の相棒役までなんでもこなす素敵な頼れるあの娘。でもちょっと昔ヤンチャが過ぎて人類の半数を死滅させちゃったドジっ子属性まで完備してる女性型ナノマシン、そう例えば私のような、私のような相手が伴侶としてお似合いなのです!!』
そうやって必死にベルフを説得するサプライズ、しかし考えがまとまった当のベルフはサプライズが予想していたものとは全く違う言葉をエメラに向けて返答した。
「よしわかった、その婚約話は前向きに受け止めよう」
『ギョホ!!』
ベルフの言葉にサプライズが驚いた。
『ベッベベッベルッフ様、なんばいってんごわすか!!』
「このベルフ・ロングラン、好いてくる女性に対しては真摯に損得からの状況判断で答えを出せる自信がある。その上で言えばエメラとの婚約は俺の中では有りだと判断する」
『おごごっごごおおおおお』
サプライズが壊れた。ベルフの性格を表も裏も知り尽くしている彼女であるから、ベルフの言葉が真に心から発したものだと分ってしまったのだ。がしかし、被害はそれだけで終わらない。ベルフの父親であるモハ子爵も精神の拮抗を崩したのか、わなわなと震えている。
「結婚、ベルフが結婚だと?」
自身の子供ながら生涯こいつだけは伴侶を娶ることはねえなとモハ子爵は思っていた。好きになる人間どころか、共に生活するだけでもベルフの性格を考えれば困難なのは間違いないからだ。そんなベルフがなんと結婚するというのだ、モハ子爵の驚くのも無理がないことである。
ただ問題があるとすれば、その婚約内容がモハ子爵含むロングラン領の人間達が平和で穏やかに生きるための全てをかっ飛ばすような内容だったことだ。
「ベルフ……エメラ王女はシスト王国と戦争する気なんだぞ。そんな女性がロングラン家の身内と結婚したらお前、家がどうなるかわかっているのか?」
一抹の望みをかけてベルフに忠告するが、無論、当のベルフはそんな意見を聞く気はなかった。
「安心しろ親父、俺が必ずロングラン領を今よりも高みへと連れて行ってやる。俺には見えるぞ、エール国の力で朝日のように上っていくロングラン領の輝かしい未来が。今ここよりロングラン領の真の始まりを告げて見せよう」
こっちの言うことを全く聞きゃしねえドラ息子の態度にモハ子爵もロングラン領の輝かしい未来が見え始めた。
それは、こっちの国主であるクレイグ王ぶっ殺した上にシスト王国そのものに絶滅戦争をふっかけてきたキチガイ王女エメラ。そのエメラの伴侶として身内が婿入したんですねって事で他の領主達から見せしめ+裏切り者扱いで、ロングラン領そのものが戦火という炎に眩しく照らされた別の意味での明るい未来の姿であった。
「おまっお前がエメラ王女と結婚すると、ロングラン領の立場、立場が」
このドラ息子、世間の荒波に放り投げたら、わずか半年でものの見事に予想を超えた嫌がらせしてきやがった。ほんの少し目を離していただけで、ロングラン領壊滅のビジョンを明確に見せられているこの状況。ベルフの持っている行動力を今更ながら過小評価していたとモハ子爵は痛感していた。
そんな、まな板の鯉状態のサプライズとモハ子爵だが、天は彼等を見捨ててはいない。彼等の救い主は意外な所からやってきた。
「エメラ、私はお前の育て方を間違えてしまったようだ……」
それはカルミネ王だ。彼は実子であるエメラから凄惨な拷問を受けても、まだその心が折れていなかった。
「あ? 私の育て方を間違えてた? 何を上から目線で言ってんの」
「正しく育っていると思っていた。何も言わずとも私達の気持ちを汲んで、この国の礎になってくれると、民のために一心にその身を不幸に晒してくれると思っていた……だが、それは幻想だったみたいだ」
自然な感じで挑発してきた自身の父親にエメラ様の堪忍袋の尾がブチ切れた。
「もう良いわ、もう少しだけ生かしてあげようと思っていたけどやめた」
エメラがそう言うと自身の背後に人型の炎の精霊を顕現させた。先程、クレイグ王を焼き殺したあの精霊だ。
だが、カルミネ王はそれを見た後でもその顔に決意と余裕を見せていた。
「エメラ、この国の王には代々受け継がれる呪文がある。それは初代の王に祝福を授けたという、この国の守護神である黒龍様を呼ぶ呪文だ。龍族の王である黒龍様が来れば例えお前といえども――」
「早くその黒龍とやらを呼べばいいじゃない。だいたい龍なら私も支配下に置いてるわよ。最近、もう一体呼ぶことにも成功したし」
そう言ってパチッと指を鳴らすと、地面に現れた魔法陣からもう一体レッドドラゴンがせり出してきた。計二体に増えたドラゴンに圧迫された場の空間から逃げる為に、何人かの騎士達が王座の間の外へと避難を始めていた。
「ちょうどいいからその黒竜とやらを料理に使いましょうか。そんな希少な生物なら、私とベルフの結婚式のメインとして相応しいわね。ほら早くその黒龍を呼びなさい、その間だけあんたを生かしておいてやるわ」
もう話すことはない。カルミネ王がそう考えると、エール国の守護神たる黒竜を呼ぶ呪文を唱え始めた。
彼は思う、今ここでエメラをどうにかしなければ妻や息子、はては臣民含めて全てがエメラの毒牙にかかってしまう。それは一国の王として決して許せはしない。
自分ひとりのためだけではない、多くの人間の為にエール国の守護獣、黒龍を呼び出さなくてはならないのだ。
カルミネ王の身体がどんどんとやつれていく。先程までは精悍だった肉体が今では中肉中背の、いや、細身と言っても良いくらいの体格にまで変わっていた。彼の使おうとしている魔法が、足りない魔力の分をカルミネ王の生命力そのもので代替えしているためだ。
もはや骨と皮だけと言って良いくらいにまで変わり果てたカルミネ王。だがしかし、ついにその執念もあって魔法を唱え終わる事に成功した。
地面に浮かび上がってきた魔法陣を誰もが見つめている。エメラに囚われてしまった王妃と王太子も、魔王に忠誠を誓う羽目になった騎士達も、モハ子爵含むシスト王国の人間達も、そしてサプライズも。
『よっしゃーーー!! 黒龍と言えば私も知っている神話の怪物。さしものあの女もドラゴンの王、神に選ばれた英雄に祝福を与えるとまで言われる黒龍に敵うはずがありません。くくくくっベルフ様をたぶらかした罰を受ける時が来たようですね小娘ぇ、頭から食べられて黒龍様の排泄物となって生まれ変わってきなぁぁぁぁぁ!!』
テンションが極まっちまったサプライズの言葉が響く中、ついに、伝説の黒竜が現れようとしていた!!
モクモクと魔法陣から煙が立ち込めると、全員の視線がその煙の向こう側のシルエットに釘付けになる。黒龍とは一体どんな怪物なのか、どんな姿で、どれほどの力を有しているのか。誰もがそう思っている中で次第に煙が晴れてきた、だが、それを見たエメラが呟く。
「黒龍? 何言ってるの、ボボスを呼び出してどうしたいのよ」
そう、煙が晴れた後に魔法陣の上に現れた黒龍と呼ばれる存在、それはベルフやエメラのよく知っている人物、エメラの従者であるボボスであった。
ボボスは右手に酒瓶、左手にコップと言うアルコール中毒者の基本装備でその場にあぐらを
かいて座っていた。
ボボスが感極まった様子でぐいっとコップを一つあおる。
「これだよ……」
飲み干して空にしたコップを床に置くと、しみじみと語りだした。
「黒龍と白龍、二つの酒をブレンドすることでようやく俺の求めていた物に到達できた。一つじゃだめ、二つの力が必要だったんだ」
そしてもう一度酒瓶からコップに酒を注ぐともう一杯って感じでまた飲み干した。
「どうするんだよこれもう、俺の肝臓どうなっちゃうんだよ」
そのまま酒瓶が空になる勢いでボボスが酒を飲んでると正気に戻ったサプライズが口出してきた。
『おいアル中』
「なんだよサプライズ」
『とっととその神聖な魔法陣からどきやがれ。あなたのケツがそこに乗っかってるせいで我らの黒龍様が出てこれないんですよ。黒龍様には大事な要件があるんです』
「大事な要件ってなんだサプライズ。俺にどんな要件があるんだ」
『お前じゃありませんよ我らの黒龍様です。にっくき魔王エメラを天誅してくれる予定の神獣黒龍様にです』
「何言ってんだ、俺がエメラに危害を加える予定があるワケないだろ!!」
二人の話を聞いていたベルフが、ふいに口を挟んできた。
「なあボボス」
「なんだよベルフ」
「お前、黒龍?」
「おうよ」
「そうか」
ベルフがクルっと周りを見渡すと、骨と皮みたいな感じになってるカルミネ王の顔がとんでもない表情になっていた。
「ところで、何で黒龍であるお前がエメラの従者なんてやってるんだ」
「そら英雄の資質を持ったエメラに祝福を与えるためよ。まあ、ちょっと手違いで力を半分以上エメラに奪われちまったけど俺は満足してるぜ」
次にもう一度カルミネ王の方を見てみた。なんか嗚咽のようなものを吐き出しながら精神の何かが吹っ切れてしまいましたように見える。
「黒龍の立場ってこの国ではどんなもんなんだ」
「さあ、俺の名前を模した酒も神酒として売られているから結構な立場なんじゃねえの、そういや俺の名前を関した祭りもあるみたいだし」
今度はサフィ王妃を見てみた。黒龍様であるボボスに絶賛鞭打ちの刑をしていた過去のある彼女がカルミネ王と同じような顔になっている。
「なんか周りの奴ら、お前のことを黒龍だと知らなかったみたいだが、何で隠してたんだ?」
「何言ってんだベルフ、俺は隠してなんかいねえぞ、いつも俺は黒龍だって主張していたんだからな!!」
そう、ボボス自身はこの国でも自身が黒龍であることを隠してはいなかった。むしろ、全力で自分が黒龍であると吹聴していた。
しかし、彼は筋金入りの年中無休の酔っぱらいである。酒瓶片手に常に酒気を帯びながら千鳥足で俺は黒龍様だぞーと吹聴するようなアホを誰がその国の御神体と同一存在だと思うだろうか? 少なくとも、そんな頭の中身がスライム並みに柔らかい人間はこの国にはいなかった。
『そんなことはどうでも良いんですよ。あのクソ女がベルフ様と結婚するだとか妄想ほざいてるのをどうにかしなさい。この国の御神体として、あのストーカー女を地獄に叩き落とすのが筋ってもんでしょうが』
「ベルフと結婚だと!!」
キッとボボスがエメラを睨むと、彼女が抜け殻になったカルミネ王を炎の精霊で燃やし尽くしていたところだった。断末魔さえ上げられなくなっていたカルミネ王は、炎の中で狂ったように笑いながらその身体が炭へと変わっていく。
怨敵を一人潰したことに、さっぱりとした表情を見せてからエメラがボボスへと返事をした。
「やっと汚物の一人が消失したわね。で、なに? ボボスが黒龍なのはわかったけど何か私に文句でもあるの?」
エメラが自身の父親を焼き殺した光景を見てから、ドンッとボボスが床に拳を打ち付けた。
「俺は認める……」
エメラが聞き返す。
「何を認めるって言うの?」
「ベルフとの結婚もエメラの王位簒奪も黒龍である俺が全部認めるぞ!!」
それを聞いていた周りが噴き出した。
『おいてめえふざけんなこら。今あなたがやることは私とベルフ様の輝かしい結婚生活の為に死ぬ気で働くことだろうが!! この国の守護神様なら、王様の仇をはよ取ってこんかい』
「すまねえなサプライズ。エメラ自身が認めた相手、従者兼親代わりの俺としてはなんとしても成就させたいんだ。我慢してくれ」
『ふざけんなこら!!』
サプライズが我慢の限界だとばかりにボボスに魔法を叩き込み始めた。雷、炎、光線、風刃、多種多様な魔法がボボスに打ち付けられるが彼に傷一つついていない。正しく人外の耐久力であった。
「思い返してみれば、今までエメラの周りには王様に逆らえずに言いなりになってた人間かエメラに王族の義務を押し付けてくる人間ばかりだった。そう考えればベルフとのフラグは立っていたってことか。安心しろ二人共、俺は全力でお前達の味方をするからな!!」
『うるせえ、そんなにフラグが大事ならフラグとだけ結婚してれば良いんですよ。ベルフ様自身を見ずに状況だけ見るような女なんてなおさらゴミクズ決定です。聞こえてるんでしょうが聖剣パール、お前の主でもあるベルフ様が悪女の毒牙に掛かりそうなんですよ、はよ休眠状態から覚めんか!!』
という訳で、二人の婚約話がトントン拍子で進み始めていた。
そもそも国の象徴であり伝説に歌われる黒龍が認めたとあっては、もう周りの人間達も手が出せない。
普通なら国王殺しの王位簒奪も他国の人間と王族の結婚も何一つ許されないものだが、国の守護神が認めてしまったのだからしょうがない。権威と正当性と暴力的なあれこれとバッチリなのである。
もうあらゆる意味で障害がなくなったベルフとエメラ。ストレスだとか葛藤やらは全て周囲に押し付けることにして、後はこのまま結婚――
「しかし意外だったなベルフ」
「何がだボボス」
「お前のことだからまだ世界を旅したいとか、他の国で好き勝手に遊びたいとか言うと思ってたのに、身を落ち着けるなんてびっくりしたぜ」
ボボスの言葉にベルフの動きがピタリと止まった。
「だってよ、王族になったらこの城に縛り付けられるんだぜ? そりゃあ愛するエメラがいれば退屈じゃないだろうけど、二人がそんなに深い絆で結ばれているだなんて俺は全く予想もしてなかった。この野郎、何時の間にエメラとそんな深い仲になったんだ」
ベルフが腕を組んで悩み始める。言われてみれば確かにそのとおりだ。
「しっかも王様なんてやることと言ったら書類仕事くらいだ。旅にも出られない、移動にだって制限が付く、冒険者楽しんでいたベルフから見れば天敵のような職業なのに、よくぞ覚悟してくれた。それだけエメラが大事ってわけなんだな!!」
ベルフが上を向いて少し考えると、エメラの方を向き直した。
「エメラ」
「なにかしらベルフ」
「別れよう」
交際期間約十五分。ベルフとエメラの恋人関係が破綻した瞬間である。
「俺も頑張ってみたんだが、やっぱりお前にはついていけそうにない。エメラなら俺以外でも素晴らしい男性に巡り会えると思うから、お互いのためにここで別れた方がいいと思うんだ」
ベルフの脳内でエメラとの思い出が蘇る。
二人が初めて出会ったあの公園。よくデートしたあの街角。初めてエメラが王女だと知ったあの夜。それでも諦められないとベルフがエメラとクレイグ王との結婚式に突撃していったあの決戦日。
どれもこれも全部でたらめであるが、とりあえず妄想の中だけでもそれらしく振る舞っとくことにした。
『よっしゃあああああああああ流石は黒龍様ですよ!! かーーーっ王族と冒険者だからなー、どうやっても身分の差は縮まらないんですよなー、あー残念ですねー残念。じゃあエメラ王女様は新しい婚約者と結婚生活を送っていてください。次はクレイグ王みたいな爺じゃなくてまともな貴族様と婚約できる事を心よりお祈りしております』
勝ち誇ったサプライズとは対照的にボボスの方はうろたえていた。
「いったい何が起きたって言うんだ、そうか、きっとあれだ、よからぬ輩がベルフに何か吹き込んだに違いねえ。エメラ待っていろ、犯人をすぐに見つけ出して八つ裂きにしてやるからな……ってぐああああああああああ!!」
怒れるエメラがボボスに炎の精霊を叩きつける。しかし、さすがは黒龍といったところか残念ながらその身に火傷程度の傷は出来上がっていたが、どれも致命傷には程遠かった。
よからぬ事を吹き込んだ真犯人であるところのボボスは置いとくとして、エメラが静かに話し始める。
「まあ一筋縄ではいかないのは分っていたから良いとして、ベルフ改めて言うわ、私のものになりなさい」
「すまんな、俺はもう過去の男なんだ。お前の未来には必要ない男だ」
と言って、エメラに背を向けてそのまま外に行こうとするベルフ。しかし、そのベルフの前に二頭のレッドドラゴンが立ちはだかってくる。
二頭のレッドドラゴンはその巨体からもう城の壁を突き破って外に身が出ているくらいだった。騎士達も、かなりの人間がもう退避しており、現在逃げていないのはベルフと同じようにドラゴンを挟んでエメラ側に取り残されている人間達だけである。
「ベルフ、貴方に教えてもらったわね手に入らない物があったらどうすれば良いのかを」
「んーなんだったかな、手に入らない物は運命を受け入れて諦めるべきだったかな、たしかそう教えた気がするぞ」
『ですね、それと王族たるもの我慢は大事。理性こそが最も大事にするべきもので民草のためにその身を投げ捨てるのが最大の徳であるとも教えた気がします。間違いありません』
と言いながら、ベルフが聖剣パールの柄に手をかける。ここ最近休眠状態の聖剣ではあったが、事ここに至っては主であるベルフの為にその機能を開放しようとしていた。
「ベルフに教えてもらったこと、あなたを見て学んだことの全てをここで実践するわ」
その言葉に合わせてドラゴンが咆哮を上げ、精霊達が部屋に満ち溢れた。
もはや、言葉はここまでとばかりにベルフとエメラ、両者が相対する。
「じゃあ力尽くであなたを手に入れるわねベルフ」




