第二十八話 ベルフ
ベルフの凶刃が蹲っていたカリスを襲う。
カリスは手に持っているメイスを巧みに使うと、メイスでベルフの攻撃を受け止める。
ギィンという金属のぶつかり合う音が辺りに響いた。
まだ体調の回復していないカリスだったが、さすがはベテランと言ったところだ。ベルフからの不意討ちにも見事に対応してきた。
座り込んだ態勢のままでいるカリスを、そのままベルフが蹴りあげるが、カリスは左手に装備している盾でそれも受け止める。
サプライズの肉体強化魔法を受けているベルフの蹴りは、盾で受け止めたカリスの体をそのまま吹き飛ばす。
冒険者達が作る円陣の端ギリギリまで飛ばされたカリスは体勢を立て直すと、ベルフと相対する。
ベルフは、そのカリスを見ると手放しで誉めた。
「ほう、やはり強いな。殺す気で行ったのに決められなかった」
『腐ってもベテランと言うところですね』
カリスがチッと舌打ちする。
「デーモンにもう洗脳されたか、援軍どころか敵になっちまった」
アーノルドが前面にいる精鋭のオークを剣で刺し殺すと、円陣の中の騒ぎに気づいた。
「早くそいつに聖域の魔法をかけるんだ。取りあえずデーモンの洗脳を軽減しろ」
その声を受けてカリスが、魔法の呪文を唱える。
「わかってる、世話のかかるガキだぜ! 聖域!」
カリスが神聖魔法を発動すると、ベルフの身体が光の膜で包まれる。
これで一先ず同士討ちは避けられるとカリスが胸をなでおろすが
「おい、何で隙を見せているんだ? サプライズ今のうちだ殺れ」
『では行きますか』
サプライズが自身に搭載されている呪文のプログラムを発動した。それはベルフの肉体に存在している魔力を使って、雷の魔法を発動させる。
ベルフの身体から雷が一筋飛び出すと、隙だらけだったカリスに直撃した。
威力を犠牲にして発動速度重視にしたとは言え、その雷はカリスに浅くない傷を作る。
肉体の内外を雷で焼かれたカリスが膝を着こうとするが、その視界にベルフが切り込んでくる姿が映った。
カリスは気力を振り絞って立ち上がると、盾でベルフの剣撃を防ぐ事に成功する。しかし、先程の雷でカリスは幾つかの筋肉が損傷していた。
攻撃を受け流しきれず、ベルフの剣撃に押され始める。
「どういうことだ、俺の魔法が効いてねえのか!? いやまさか!」
カリスが予想に当たりを付けた。そして、それは当たっていた。
「クソガキ、てめえ正気のままか!」
カリスの言葉にベルフが口の端を浮かべて笑みを浮かべた。
「俺はいつでも正気だ。勝手に勘違いしたのはそっちだろ」
ベルフの剣が、ついにカリスの盾を弾き飛ばす。むき出しになったカリスの身体に剣を叩き込めるチャンスでもあったが、ベルフは急にその場から飛び退いた。
ベルフが飛び退いた直後、その場所に槍が突き出される。
冒険者の一人が、魔物達と闘いながらもカリスを助けようとしたのだ。
助けられたカリスは、弾き飛ばされた盾を拾うとベルフを睨みつける。
「てめえ、状況がわかってんのか!? 俺がいなくなったら、お前含めてここにいる奴ら全員が、あの悪魔に操られるんだぞ」
カリスがデーモンを指し示す。彼の黒い魔物は、ベルフとカリスのやり取りが楽しいのか、空中に浮かんでベルフ達のやり取りを見下ろすように見ていた。自身がこの場の支配者だと理解しているのだ。
ベルフはデーモンを一瞥する。
「ふん、勝手に操られていた精神力の弱い貴様らなんぞ知るか。サプライズの探知機能で、先ほどの状況も見ていたが、あの程度の魔物に操られるなんて情けないな」
そこに、サプライズが追撃する。
『まったくですね。洗脳された自分達を棚に上げて、状況がわかってるのか? とか、馬鹿ですか。お前達が弱いからこうなっただけですよ』
サプライズは空中に映像を映し出す。それは、先程のこの部屋の様子が録画されたものだ。
『これですか、さっきのあなた方は。全く情けないですね、なんですか、自害までしようとして。そんなにあの黒い悪魔が大事だったんですかー? そんなにあの洗脳が怖いんですかー?』
ケケケケケとサプライズが場を煽る。自身が先ほど録画していた場面も映像として映し出して、一つ一つ冒険者達の精神をえぐるような言葉を投げかけ続けた。
カリスの顔が怒りに染まるが、彼はそこでサプライズの存在に気づいた。
「まて、それはまさかナノマシンか。ナノマシン付きなら話は速い、デーモンは生命体の精神しか操れないはずだ。ナノマシンを使ってあの悪魔を倒しやがれ!」
カリスが必死でベルフとサプライズを説得するが二人は歯牙にもかけない。
『はー? 何で私が貴方達のためにそんなことしなくちゃ行けないんですか? そんな事するくらいなら、貴方達が操られて無様に、あの悪魔のケツにキスしてる場面でも録画している方が、まだ面白そうなんですがー?』
サプライズが、悪魔やデーモンでさえも出さないような悪意に満ちた声色で言葉を放つ。その言葉に、ベルフ以外の人間は蒼白な顔になった。
サプライズにとって見れば、こいつらなんぞどうでも良い存在なのだ。
「安心しろ、お前を殺した後で、あの悪魔は俺が倒してやる。だから、まずはお前からだカリス」
その言葉にカリスが気圧されて後ずさる。
ベルフの言葉に、自身の死の気配を感じたのだ。
「何でだ? 何でそこまで俺を狙う。お前達の仲間を殺したからか? こんな危険に身を晒すほど、そいつらが大事だったのか? どうせ他人じゃねえかよ。それに殺したのはルーネだ、狙うならルーネを狙ってくれよ……」
リリスとミナの二人は生きているのだが、それをカリスは知らなかった。
いや、仮にリリスとミナが死んでいたとしても、ベルフはこれから続く言葉と同じ事を言っただろう。
「レベルを上げたいからだ」
「「は?」」
カリスだけではない、ベルフの言葉を聞いた他の冒険者も同じ反応をした。
「俺はこの洞窟に来た時、そこそこ強い相手で倒せば経験値がガッポリ稼げる。そんな相手が欲しかった。夢見ていた」
ベルフは酷く真面目な顔をして語り続ける。
「そこに、お前達がやってきて丁度よく殺し合いになるまで因縁を付けてくれた。しかも、いま現在なんか弱ってへばっていると来ている。経験値稼ぎの絶好のチャンスだ」
カリスは言葉もでない。
「別に、お前とルーネに含むところは特に無い。強いて言うなら、調度良く俺と因縁が合って、調度良く俺の仲間に手を出して、調度良く弱っていて、調度良く経験値になりそう。それくらいだ」
カリスに激情が走った。こいつは、自分を一人の人間じゃなくて経験値として見ている。一個の生命体ではなく、ただのレベル上げのための道具として、経験値ボーナスとして、それ以外の価値を一つとして認めていない。
人を見下すというレベルではなかった。更にもっと低い何かとして、ベルフはカリスを認識している。それが分かったのだ。
ベルフに比べれば、あそこにいるデーモンの方が、まだ人間と言う物に価値を見出していた。
「コツコツレベルを上げるのは面倒なんだ。さっさとレベルは上げたいしな」
『ですよね。ベルフ様の貴重な時間を節約するために、とっとと経験値になれってんですよ』
今まで、ベルフたちの身勝手な主張を黙って聞いていたアーノルドだったが、我慢の限界に来たのか、ついに魔物達と戦うのも忘れてベルフに剣を向ける。
「その馬鹿を止めろ!!」
アーノルドの号令に冒険者達が魔物達を無視してベルフへと殺到する。いま、カリスを守るために、自分達が倒さなくてはいけない相手が誰なのか分かったのだ。
両手斧を持った冒険者が、そのスキルで体当たりを仕掛けようとしている。弓持ちのエルフの冒険者は剣から弓に持ち替えて、ベルフを射ようとしている。魔法使いのルーネは、ベルフを火炎魔法で焼き尽くそうとしている。しかし、それよりもベルフとサプライズの方が行動が速かった。
『いまさら遅いんですよ!』
サプライズがそう言うと、雷の魔法をカリスへと放つ。二度目の雷の直撃に、カリスがついに膝をついて動けなくなる。
「やめろっ俺が死んだら、お前も、お前だって死ぬぞ、やめろ!」
カリスが命乞いをするが、今度はベルフもチャンスを逃さなかった。
周りの冒険者達がベルフの邪魔をする前に、カリスの心臓に剣を突き刺す。
心臓を刺されたカリスは口を何回か動かすが、それらは言葉にならずに消えて行く。
ベルフが剣を引き抜くとカリスが倒れこむ。もう、その目には命の灯火が残っていない。
「あと、倒す順番は大事だろ? あの悪魔を先に倒していたらチャンスがなさそうだったんでな。それと――」
倒れこんだカリスの頭をベルフは全力で踏み潰した。サプライズの肉体強化込みの全力ストンピングだ。
「やっぱり俺も、仲間に手を出した奴は許せないみたいだ」
カリスが死亡したことで、ベルフに向かっていた冒険者達が止まる。もう手遅れだと、そして、ここから始まるだろう一方的な殺戮に、恐怖で動かなくなる。
その恐怖の原因であるデーモンは、いま正に自身の勝利を確信していた。
邪魔な僧侶の男が、人間同士の仲間割れで死んだ。
乱入してきたあの男も、自身の邪魔が出来る聖職者には見えない。
もう、己の邪魔をするものはこの場に存在していない、と。
デーモンは、その瞳を黒から青色に変える。彼の固有スキルにして生物を操る、支配者としての絶対的な力。魔眼。
その瞳から放たれる魔力が、その場に居る人間達を包み込んだ。




