第二十九話 隙を見せた奴が悪い
デーモンの固有スキル、魔眼。
生命への冒涜、尊厳の破壊、忌み嫌われる災厄、全生物の怨敵、精神を操る禁忌の異能。
冒険者達の中に、もうカリスはいない。彼は物言わぬ死体となってそこに転がっている。彼等の精神を守っていた神聖魔法の防壁は、もう無い。
冒険者達は自身の心が根底から塗り替えられている事に喜びを感じていた。
なぜ、先程の自分達が、あのお方に支配される事を拒んでいたのかわからない。
なぜ、あんな神聖魔法等と言う邪法を扱う人間を必死に守り続けていたのかも理解出来ない。
ベルフ以外の冒険者達は各々武器を取ると、カリスの死体を激しく傷つけ始めた。
神聖な、あのお方の邪魔をしていたカリスが憎い。この一体感を邪魔し続けたこいつが悪い。
冒険者達は口々にカリスを罵ると、怒りのままにカリスの死体を殴り続けた。その中にはカリスの仲間であるルーネの姿もある。杖を持って死体を殴り続ける彼女の顔には、仲間だったカリスを想う感情は無い。
魔物達の襲撃は止まっている。もう、魔物達を使う必要さえ無いからだ。この場所は一匹の悪魔を頂点とした集団で形勢されている。その集団の中には、人間の項目も入っていた。
デーモンが冒険者達の前に降り立つ。背に生えている黒い羽を巧みに使い、音もなく空中から着地する。それはまるで天馬が地に着地するような優雅さを思えた。デーモンの登場に冒険者達が膝をついて出迎える。ベルフも、それを真似して膝をつく。
先日、この洞窟にオークの間引きと称して冒険者達が大量にやって来た時から、デーモンはこの図を描いていた。捕まえて洗脳した間引き組の冒険者から、ベテランの冒険者達が後日洞窟に来ると情報を得ていたからだ。
それは自身の居場所を守る為の防衛行動だ。己の王国を守る正当な権利と言って良い。そして、見事勝利者となったデーモンは、敗者である獲物達をいかに食らうかを考え始める。
冒険者達を一人一人順番に見ていくデーモン。幾らかの冒険者を品定めしていると、自身の目に叶う人間を見つけて足を止める。デーモンが選び出した人間、それは女魔術師のルーネであった。
デーモン。それはその能力もさることながら、ある性質も含めて人から蛇蝎のごとく嫌われている。
デーモンという種族は大変に美食家なのだ。それも、好んで人間の若い子女を食べる偏食家だ。
更には、以下の条件に当てはまれば当てはまる程、その味の好みと合致していった。
その条件とは
一つ、それは人間である。
一つ、それは高レベルである。
一つ、それは魔術の素養を備えている。
一つ、それは若い女性である。
つまり、ルーネはデーモンからすれば極上の御馳走なのである。
ルーネの瞳が潤んでいた。赤いウェーブの長髪は少し汗ばみ、自身の敬愛する主に供物として選ばれた事に全身が興奮している。ルーネは自身が持っているデーモンの知識からそれを理解していた。
ルーネの瞳から一筋の涙が溢れる。口は笑い、喜びをたたえているのに、瞳からはなぜか涙がこぼれ落ちていく。
おそらくだが、彼女の中にある一欠片の理性の部分が供物になる事を恐怖し、拒絶しているのだろう。
その様子にデーモンは満足気に鳴き声を上げた。嗜虐心を満足に満たされて、勝利者としての余韻にひたる。
手か? 足か? 首か? 内蔵か? 顔か? どこから食らう? いやいや、一息に殺すのはもったいない。今日明日とすぐに殺すのはダメだ。ちゃんとじっくりと長く楽しまないと行かん。
デーモンが、そんな悪魔のような考えを張り巡らせて、さあ、宴を始めようとルーネに近づいた、その時――
「えいっ」
ベルフの突き出した剣がデーモンの胴体を斜め上から貫いた。
「グッ!? ギャッ! グエッ!」
串刺しにされているデーモンが無様に鳴きわめく。彼には何が起きたのか、わからなかった。支配して完全に服従させたはずの人間が、何故か支配者である自分を攻撃している。
魔眼の掛かりが悪かったのか? そう思ったデーモンが腹を串刺しにされている中で、ベルフにもう一度魔眼を掛ける。デーモンの魔力が瞳から放射されると、ベルフに再度魔眼が掛かった。
しかし、当のベルフは首を僅かに左右に揺らすと
「お? こいつ今なにかやったか? ちょっとザワっと来たぞ」
『恐らくですけど、例の洗脳スキルを掛けたのでしょう。無駄な事やりますねえ』
デーモンは、何度もベルフに魔眼を掛ける。しかし、ベルフは何度スキルを受けても同じように涼しい顔をしているだけだった。
ベルフはデーモンに刺さっていた剣を抜くと、そのままデーモンの首を手で掴んで、剣をその喉元に当てる。
「おっと、お前ら動くな」
ベルフは、デーモンに洗脳されている周りの魔物と人間達にそう言った。
ベルフの暴挙に彼等も動こうとしたが、デーモンとベルフが近すぎて迂闊に動けない。
更に、ベルフはデーモンを抱きかかえて密着するようにしている為、デーモンを巻き込まず攻撃することも不可能だった。
八方塞がりの冒険者と魔物達。人質にされているデーモンも、なんとかしてベルフを洗脳しようとしていたが、全く、その効果を上げられなかった。
『馬鹿ですねえ。ベルフ様は人類の狂気の結晶である、私の支配さえも跳ね除けたのですよ? たがか魔物ごときがどうにか出来ると思わないで欲しいですね』
人類最終教育プログラムサプライズ一号。その名の通り、人類に対する特効存在。教育、洗脳における究極の到達地点であり、デーモンごときとは格が違う。
そのサプライズを自前の精神力だけで抑えこんだベルフに魔眼如きが通じるわけがなかった。
「さて、じゃあ始めようか。おい、そこの冒険者達」
ベルフが、遠巻きにこちらを睨みつけている冒険者達を指し示す。
彼等はまるで、親の仇を見るような目でベルフを見ていた。
「貴様、その手を早く離せ! 何をしているかわかっているのか!」
デーモンに洗脳されているアーノルドが、唾が出るような勢いでベルフに言ってくるが取り敢えずそれを無視する。
「まずはそうだな。おい、そこの偉そうなトカゲをお前達で殺せ」
ベルフが言っているのはリザードキングの事だ。
彼のトカゲの王は、デーモンを救うべく、ベルフの隙を窺っていた。しかし、その隙のない動きと狡猾さにベルフは真っ先に目を付けた。
「俺達がそんな要求を飲むと思うのか! 八つ裂きにされるのは貴様の方だ!」
そう言ったアーノルドをめんどくさそうに見た後に、ベルフはデーモンの喉元に剣を押しこむ。
「グギャッギャッ!」
デーモンが食い込んでくる剣の痛みに泣きわめくが、ベルフはお構い無しだ。
冒険者や魔物達がその姿に慌てふためく。
「ほれ、お前らの大事なデーモン様がこのままだと死んでしまうぞ。ほれ。ほれ」
楽しそうに剣を喉に食い込ませていくベルフ。
それに耐え切れなくなった一匹のリザードマンが後ろからベルフに襲いかかるが。
『甘いんですよ』
サプライズが雷の魔法を起動して、そのリザードマンに鉄槌を下す。雷の魔法で体内を焼きつくされたリザードマンはドサリと倒れると、その生命を散らした。
360度、全方位に隙のないベルフに、周りの冒険者や魔物達がついに観念する。
「わかった、わかったからやめてくれ。これ以上、その御方を傷つけないでくれ」
冒険者達が諦めたのか、ベルフに言われるままにリザードキングを連れてきた。冒険者達もリザードキングも、その瞳に哀愁の色が見える。同じデーモンに洗脳されている同士、彼等には強い仲間意識があるのだ。
その仲間を斬り捨てることに大剣を持っているアーノルドが少しだけ震える。
しかし、デーモンを人質に取られている以上、斬り捨てなければいけない。
覚悟を決めた冒険者達がリザードキングに攻撃を始める。
リザードキングと呼ばれるだけはあった。その鱗は強靭であり、アーノルド達の強力な攻撃を受け続けても、たやすく死ぬ事は無かった。
リザードキングの体中に切り傷が作られる中、ついに、アーノルドが渾身の一撃を繰り出す。音さえも置き去りにしそうな、その会心の一撃を受けると、ようやく、リザードキングが倒れた。
その遺体を囲って攻撃していたはずの冒険者達が涙で崩れ落ちる。
「おいサプライズ、この光景をちゃんと録画しておけよ。洗脳が解けた後に、奴らをいじって酒の肴にするんだ」
『御安心下さいベルフ様。私のマイフォルダーに先程から全力で録画保存しております』
洗脳された冒険者が愛しいデーモン様を守るために、仲間の魔物を倒してガチ泣きすると言う光景を録画していると言う事実に、ベルフ君は心を踊らせる。
「さて、次はそこの赤い豚だ。ほら、お前らがこの洞窟に来た目標だぞ。さっさと倒して帰るぞ」
ピタリと指し示したのはレッドオーク。冒険者達がこの洞窟に来た真の目標である。
「ふざけるな、リザードキングだけに飽きたらず、あいつも殺すつもりか!」
大斧を持った巨体の冒険者が涙を流してベルフに抗議してきた。
その様子にベルフは満足そうに
「サプライズ、今の場面は?」
『当然、画と声つきで保存しました。お任せ下さい』
サプライズからの完璧な返答をもらうと、ベルフはデーモンの喉元に更に剣を食いませる。ベルフが食い込ませている剣は、デーモンの首の三分の一に届きそうなほどに深かった。
いずれデーモンを殺す気なのは、誰が見ても一目瞭然である。しかし、人質に取られている以上、彼等はベルフの言うことを聞くしか無いのだ。
『ほら早く殺るんですよ。くっくっくっ、強大な魔物達が力も振るえず一方的になぶり殺しにされて行く様は見ていて楽しいですねえ。もっと泣き喚きなさい』
調子に乗るベルフとサプライズ。しかし、誰も彼等には逆らえない。
次なる被害者のレッドオークは観念したように冒険者達に囲まれると、手に持っていた斧も捨てて座り込む。
戦いさえすれば、ベルフどころか、ベテラン冒険者達でも手こずる、この強大な魔物も、もはやその生命は風前の灯火であった。
冒険者達は掲げている剣も震えて、レッドオークへの攻撃を躊躇うが
『あーん? こいつがどうなっても良いんですかあ!?』
サプライズの言葉に合わせてベルフはデーモンの首へ更に剣を食い込ませる。この二人の連携は完璧だ。痛みに耐え切れないデーモンの鳴き声が辺りに響いた。
その様子に冒険者達が悲哀で目を瞑る。心の中でベルフ達にあらん限りの罵詈雑言を浴びせるが状況は変わらない。
冒険者達がレッドオークを攻撃するべく覚悟を決めたその時、死んだはずのリザードキングが突如起き上がると、ベルフに向かって手に持っている剣を投げつけた。
確かに彼は死んでいたはずである。心臓だって止まっていた。しかし、崇拝するデーモンの危機に、文字通り最後の力を振り絞って僅かな時間だけ生き返ったのだ。
完全に油断していたベルフとサプライズは、その攻撃を避けることが出来なかった。
身体は座って、デーモンを抱きかかえるように密着している。動くにしても一拍は行動が遅れてしまう。
迫り来る剣は、的確にベルフに向かっていた。もはやこれまでと言う状況で、ベルフは反射的に抱えていたデーモンを襲い掛かってくる剣からの盾にする。
「あ」
『あ』
剣は見事に、ベルフへと到達せずデーモンの身体でその勢いを止めていた。
問題があるとすれば、デーモンの眉間部分に剣が刺さっており、どう見ても絶命しているという点である。
デーモンの死亡。そして、デーモンが掛けていた洗脳が人、魔物双方ともに完全に解除された瞬間であった。
R15と言う壁にぶち当たった




