九話
最初にウルとソラが通されたダイニングに揃った四人と一匹は、若干の気まずさに包まれながらも改めて向き合っていた。よく見れば似通った面立ちの家人達は、片や呆れたように、片や気まずげにと、正反対の表情で並んでいる。
「恥ずかしいところを見せて本当にごめんなさいね。これがあなたが会いたがってたすごい博士とやらよ」
「なんか紹介の仕方があんまりじゃないかな……まぁいいや。初めまして、カーディです。ここで古代文明の研究をしてます。どうぞよろしく」
頬に煤が残ったままのカーディは、威厳の欠片もない口調でウルへと手を差し出す。
「あ、はい。ウルです。よろしくお願いします」
ウルが若干目を泳がせながらその手を取ると、カーディも苦笑いをしながら握り返す。
「ほら、ひかれてるじゃない。やってることは凄いんだから、普段からもっと気をつけなさいよ……。そういえば私の紹介をしてなかったわね。私はベル、こいつの妹で助手みたいなことをしてるわ。よろしくね」
そう言われて微笑みながらベルが手を出すと、ウルはそちらとも握手を交わす。愛想笑いを浮かべたウルの後ろ、少し距離を開けたところからソラが様子を窺っている。さらにその後ろから覗き込むニコに至っては、そのとがった耳がぺたりと伏せていた。その場の空気を取り繕うようにカーディが話を切り出す。
「えっと、ウル君は私に会いたがってたんだよね。古代文明に興味があるのかな?」
「あ、はい。前に住んでたところで遺跡の探索の仕事をしてたんです。それで、博士がエネルギーパックの再充填が出来る機械を作った人だって聞いて、すごい人なんだなって」
「お、君はあの機械のすごさが分かるのかい?嬉しいな、この町の人にとってはもう当たり前になってるからね!それなら充填機見てみたいでしょ。さ、おいで」
そう言って足取りも軽く踵を返したカーディは、先ほどとは打って変わって鼻歌交じりに扉を開く。思わずベルの顔色を窺ったウルに向かって、ベルは丁寧に扉を指し示した。先ほどの爆発音が後を引いているのか、恐る恐る後をついていくウル。地下へと続く階段は、所々篝火が掲げられてはいるものの薄暗さを残したままだった。ウルが階段の様子をうかがっている間にも、カーディの背はどんどん遠ざかっていく。置いて行かれまいとするように足を踏み出したウルは、一歩一歩確かめるように階段を降りていった。
「足元気をつけてね、ちょっと暗いから」
「はい、大丈夫です!」
慣れた足取りで先へと進み続けるカーディを、ウルは必死に追いかける。気付けば額からは汗が流れており、周囲も不自然な熱気に包まれていた。
「なんだか、暑い?」
「そう、この暑さが充填機の要なんだよ」
ウルがこぼした一言に応えるカーディ。二人は階段の最奥までたどり着いたようで、目の前には金属製の重厚な扉が立ちふさがっていた。
「さ、刮目せよ!」
おどけたようなセリフと共に開かれた扉の向こう、そこはザラっとした灰色の岩のような壁で作られた広い部屋だった。壁には隙間なく棚が整列しており、部屋の中央には大きな作業台が鎮座している。そして部屋の至る所に大小様々な四角い箱が散乱しており、そのうちの一つからは黒い煙がかすかに上がり続けている。しかし、一際目を引く点は他にあった。出入口の正面、一面のガラス張りの壁の向こうからあふれる赤い光が、煌々と部屋中を照らしている。目を見開いて部屋を見回していたウルが小走りにガラスへと近寄ると、その向こうには一面のマグマが踊るように滾っていた。
「すごい、溶岩湖だ……」
「よく知ってるね。そう、溶岩湖だ。この辺りじゃここにしかないはずだよ。さ、こっちにおいで」
機嫌よくそう応えると、カーディは手招きをしてウルを呼び寄せる。入口から右手側の壁に埋め込まれた機械を操作していたカーディは、ウルが近寄ってくると機械の前へ立つように促して一歩横へ移る。
「これが充填機だよ」
そう言われて示された機械は、ウルの視線が少し下がるほどの大きさしかなかった。所々乳白色の塗装が剥げて錆びついた金属が顔をのぞかせている。その機械の中央に備え付けられた板には古代の文章が並べられており、その一部が絶え間なく変動している。ウルがその様子から目をそらせずにいると、カーディが口を開いた。
「これが充填機。溶岩湖から発生する熱をエネルギーに変えて、それをエネルギーパックに詰め込むんだ。もともとエネルギーパック自体がこうやって何度も使えるような形で作ってあったんだろう。この充填機は古い遺跡からたまたま見つかったものでね。うちの家系で長い間研究して、私の代でようやく使えるようになったんだよ」
説明に耳を傾けながらも充填機から目が離せないウルは、小さくカーディの説明に頷く。
「君も遺跡の探索をしたことがあるなら、こういう機械を見たことがあるだろうね。触ったことはあるかい?」
「いえ、無いです。僕はもっぱら見つけたものを持って帰ることに専念してたので」
「そうか、もったいないな。怖くなければ触ってみるといい。きっと勉強になるよ。今君が夢中で眺めている部分はモニターって言ってね、ここにエネルギーパックの充填率なんかが表示されるんだ。って、さすがに文字までは読めないか」
眉尻を下げて笑う博士をよそに、相変わらずモニターに夢中になっているウルがうわごとのように返事をする。
「いえ、大丈夫です。簡単な文字なら読めます。ここの並びが残り時間で、こっちが充填率ですね。今付けられてるエネルギーパックはあと3時間くらいかかるのかな。あ、エネルギーパックはここに装着するんですね」
モニターの下、ウルの手元にはたくさんのボタンが並んだ台があった。その隣に透明な樹脂で出来た扉があり、扉の向こうには銀色のエネルギーパックが5つほど並んでいる。上下につなげられた線からは、絶えず青白い光がエネルギーパックへと流れ込んでいた。その光景に夢中になっているウルを、カーディは凝視する。
「驚いたな。君、古い文字が読めるのかい?」
「はい、一緒に住んでいた先生に教えてもらったんです。探索するときに役立つこともあるだろうからって。」
「何者なんだ、その先生は。先生とやらもフリセプンクトに来てるのかい?」
一瞬息を呑んだウルだったが、静かに息を吐くと事も無げに言葉を続けた。
「先生は来てないんです。ちょっと事情があって、別の場所にいるんです」
「そうか、それは残念だ。うまくいけば研究を手伝ってもらえるかと思ったんだけど。それとね、君が読める文字のレベルは簡単なんてものじゃないよ。ここに並んだ文字が読めて理解できるなら、割と難しい言葉も理解できてるってことだ。ちょっと待ってて」
そう言ったカーディは部屋の中央に据えられた大きなテーブルへと駆け寄ると、一冊の本を手にしてウルの元へと戻ってくる。
「えっとね……あった、これだ。ここの部分は読めるかい?」
ウルは開かれた本を受け取ると、示された部分を読んでいく。文章を目で追うウルを静かに観察するカーディは、先ほどの呑気さが嘘のように真剣なまなざしだった。
「えっと……『熱の化学は、化学の反応や物の変化によって……起こる?熱の力を調べる分野です。物の結びつきが……出来たり、途切れたりする時に、それは起こります』難しいな、自信ないです」
「うっそだろ、君。私がこれを読めるようになるまでにどれだけかかったことか。私が君くらいの年齢だったらその半分も分かってなかったぞ!」
目を輝かせてそう言ったカーディは、力強くウルの肩を掴んだ。あまりの勢いの良さにウルは少しのけ反る。
「なぁ、ウル君。君ここで私と一緒に研究しない?大丈夫、何も怖くないよ。たまーに爆発するものもあるけどさ、ほら、私もこうやって元気だし。大丈夫、楽しいよ。何日も徹夜してやっと満足のいく結果になった時の高揚感とかたまらないんだから!無理にとは言わないけどさ、どうか首を縦に振ってくれないかな」
流れる水のように捲し立てるカーディに怯えたのか、ウルは必死で距離を取ろうと少しずつ後ずさる。しかし、それ以上に距離を詰めてくるカーディからは逃げられなかった。猛烈に迫りくるカーディに耐え切れずウルの目に涙が浮かび始めたその時だった。
「あんた何やってんの!ウル君泣きそうになってるでしょ!」
そう怒鳴ったベルが肩を怒らせながら二人に近寄ると、勢いよく二人の肩を掴んで引きはがす。怒り心頭のベルの顔を見ながら慌てふためくカーディは、身の潔白を示すように手を上げた。
「べ、別に怪しいことはしてないよ!?これはあくまで勧誘というか、研究に協力して欲しいなーっていうか……」
カーディが必死に弁解を続けていると、入口からくすくすと笑い声が響き始める。
「カーディさん、なに若い男の子たぶらかしてんのー」
そこには、つばの広い帽子をかぶった女性がニヤニヤしながら立っていた。女性に気が付くと、カーディの顔は先ほどと打って変わって明るくなる。解放されて安堵したのか、ウルは大きく深呼吸をしながら入り口に目を向ける。女性に駆け寄るカーディの背中を見送りながら、ベルは呆れたような溜息をついた。
「ヤルン、戻ってきたんだ!」
「うん、さっき着いたよ。そっちも相変わらず元気そうで良かった。にしてもカーディさん、こんなかわいい男の子口説くなんて隅に置けないねぇ」
「ウルも博士に口説いてもらって満更でもないと思う」
揶揄うような女性の後ろからソラとニコが顔を出す。二人は同じように二ヤついた顔でカーディを見つめるが、当の本人は思わぬ視線にたじろいで後ずさった。
「二対一はちょっと苦しいな、ウル君助けてー!」
「駄目よ、ウル君。ここで甘やかしたらどこまでもつけあがるんだから。ルンちゃん、紹介するね。この子はウル君。ソラの新しい友達で、古代の機械に興味があるんだって」
その一言に目を輝かせたヤルンはソワソワとウルに近寄ると、頭の先からつま先まで吟味するように眺めながらウルの周りをくるくると回る。
「へぇへぇ、ふんふん。君、機械に興味あるの。嬉しいねぇ嬉しいねぇ」
舞うように回るヤルンへと近づいたソラは、ヤルンを捕まえて何とか立ち止まらせる。そのまま甘えるようにヤルンへと体を寄せると、普段よりも少し下がった目尻でウルに顔を向けた。
「この人はヤルン。私の村が襲われた後に私を連れだしてくれた人で、色んな所を回って色んな事を調べてる人」
「どうぞよろしくねぇ。ソラとも仲良くしてやってね、可愛い良い子だからねぇ」
ヤルンがそう言って手を差し出すと、ウルは姿勢を正してその手を取る。
「初めまして、ウルです。よろしくお願いします」
「うんうん、君と会えて私は嬉しいよ。これからが楽しみだねぇ」
そう言ってウルを見つめる笑顔は、まるで吹雪の後に顔を出した太陽のようだった。
「じゃあ今月分のエネルギーパック、お願いするわ。ローティンさんにもよろしく伝えてね」
「ウル君、いつでも遊びに来てくれていいからね。ここの機械たちはいつでも君を待っているから!」
「あはー、カーディさん懲りないねぇ!二人とも気をつけて帰るんだよ。帰ったらしっかり温まって風邪とか引かないようにね」
賑やかな三人に見送られて町はずれの家を後にした二人と一匹は、白く染められた小道をソリを引いて帰る。いつの間にか降りやんでいた雪は、しかし弱い風を置き去りにして周囲の温度を下げていた。わずかに口角が上がったソラとは対照的に、ウルはまっすぐに前を見据えながら物思いにふけっている。
「博士はどうだった?ちょっと変わった人だけど、面白い人」
「うん、確かにその通りだった」
上の空でそう答えたウルを心配するように、ソラが顔をのぞき込む。
「どうしたの、疲れた?」
「え?あ、いや、違うよ。ちょっと驚いたというか……」
そう言ったウルは大きく深呼吸をした。ウルの口から出た白い息を、風が遠くへと連れ去っていく。自分が吐いた息が消えていく様を見つめながら、ぽつりとウルがこぼした。
「僕、砦の外の事を何も知らなかったんだなって。先生に古代文明の知識を教えてもらって、ロゼに遺跡の探索の仕方を教えてもらって、もう十分に色んな事を知ってると思ってた。でも、初めて溶岩湖と充填機を見せてもらって、頭を殴られたみたいにびっくりした」
二人の間に沈黙が落ちる。少し先を歩いていたニコが二人を振り返ると、あとに続いていることを確認して再び歩き始めた。きょとんとした顔でウルを見つめていたソラは、小首を傾げながら疑問を投げかける。
「言ってる事はちょっと悔しそうなのに、なんだか楽しそうに見える。気のせい?」
そう問われたウルは、目を見開いて足を止めた。再び白い息を大きく吐き出すと、そのまま空を仰ぐ。
「そっか、僕、ワクワクしてるのか……」
へへっと笑いを零したウルは再び歩き始める。寒さのせいではない赤ら顔で大きく踏み出したウルを、ソラは慌てて追いかける。
「考え事してみたり元気になってみたり、変なウル」
「なんとでも言えば良いさ。なんたって、僕は今すごくワクワクしてるんだからね!」
そう言って楽しげに笑うウルに釣られたようにソラも笑う。その笑い声に気付いて再び二人を振り返ったニコも、いつもの笑顔で跳ねながら二人の元へ戻る。楽し気な二人と一匹は、寒さなど気にならないように森の小道を進んでいくのだった。
週末に町はずれの小さな小屋を再び訪れたウルは、出迎えてくれたベルに驚愕の目を向けられていた。
「まさかとは思うけど、ウル君はカーディの手伝いに来たの?」
「はい、休みの日にしか来れないけど、何か手伝えたらなって」
「……ウル君、君もなかなか奇特な子ね」
そう言ったベルは、生暖かい眼差しでウルを迎え入れたのだった。
次回更新日は10/1(木)22時です。




