八話
昨日よりも格段に小降りになった雪だが、それでも雪道を歩く二人と一匹の上に少しずつ降り積もっていく。一行が歩く雪道の後ろには、大きな荷物が乗ったソリの軌跡が延々と続いていた。
「吹雪が止んで良かった。あの吹雪の中これを持って歩くのは大変だ」
「今日もあの調子だったら明日になってたと思う。博士の家は街から少し外れたところにあるから、流石にこれを持って行くのは難しい」
「少し外れたところって、まだ歩くのか?この荷物結構重いし、毎月行くのは大変だな」
ソリに載せられた大きな木箱を横目にウルが尋ねる。ウルの手に握られたロープはソリに繋がれており、雪の降る屋外を歩いているにも関わらずその額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「もう少しで着く。残りの道は私がソリをひく」
「ありがと、助かる。そろそろ手の感覚が怪しくなってたところだったんだ」
立ち止まったウルがソラにロープを手渡すと、ソラはロープを強く握って再び歩き出した。
居並ぶ家々も消え、気づけば森の小道を歩いていた一行は、会話もなく黙々と歩いていた。
「見えてきた、あれが博士の住んでるところ」
誰も踏み入っていない雪道をしばらく進んだ頃、ソラが生い茂る木の向こうに見える黒い屋根を指した。さほど遠くない場所に見えるそれを見て、ウルは安堵のため息をついた。
「ようやくかぁ、だいぶ歩いた気がする」
「もうあとほんのちょっと。早く行こう」
ウルを急かすようにソラが歩く速さを上げると、ニコが跳ねるようにそのあとに続く。置いていかれまいと、ウルも慌てて歩幅を広げた。
ソラの横に追いついたウルは、一息ついたあとに話を切り出した。
「その博士ってどんな人?おっかない人じゃない?」
「おっかない人じゃない。でもちょっと変わった人。たまにブツブツ言いながらニヤニヤしてる」
「なんか、それはそれでちょっと怖いな……」
しばらく無言で歩いていた二人だが、近づいた家に気がはやったのか、その足取りは力強いものになっていく。ほどなくして到着した家は、フリセプンクトの街中にある家と何も変わらないレンガ造りの家だった。平屋の屋根から飛び出した煙突は、絶え間なく白い煙を吐き出していた。風除室の前に立った二人は、目の前の何の変哲もない家を見上げながら話し始めた。
「ここがその博士が住んでる家?思ってたよりも普通の家だ」
「中はちょっと面白いことになってる。楽しみにしてて」
悪戯っぽい笑みを浮かべたソラは、風除室に入ってドアノッカーを勢いよく叩きつける。
「フリセプンクト町人会です!今月の配達です!」
初めて聞くソラの大声に、ウルは目を見張った。その声に応えるように家の中からパタパタという音が返ってくると、ソラが風除室から出てくる。固唾を呑んだウルが一心に扉を見つめていると、開いた扉からそばかすの浮いた顔の朗らかな笑顔の女性が顔を出した。
「いらっしゃい、ソラ。いつもありがとうね!あら、こっちの子は新人さん?」
「はじめまして、ウルっていいます。あなたが凄い博士だって聞いて、会えるのを楽しみにしてました。よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げたウルを見ながら、二人は二の句を継げずにいた。そんな重い沈黙を破ったのは、明るく笑い出した女性だった。目にうっすらと浮かんだ涙をぬぐうと、何とか笑いを堪えながら女性が話し始める。
「あの馬鹿と会えるのを楽しみにしてくれてありがとね。でもごめんなさい、私はあなたが会いたがってる博士じゃないのよ。立ち話もなんだし、上がってちょうだい。あ、その前に荷物を運びましょうか」
女性の、さっさと運んじゃいましょ、の一言をきっかけに二人が動き出す。寒さのせいではない赤ら顔でぎこちなく箱の横に立ったウルは、ニヤつくソラの視線には気づかないフリをした。
「重いもの運んでもらってありがと!あなたのお目当ての博士は、私の姉なのよ。さ、座って待ってて。今呼んでくるわ」
そう言って女性が扉の向こうへ消えると、残された二人は渡されたマグカップを持っておとなしく座っている。まだ顔の赤みが抜けていないウルは、わざとらしく大きな音を立ててお茶をすすった。いつもの笑顔でウルの膝に頭をのせるニコにすら、苦々しい視線を向ける。
「お前にそんな気はなくても、なんだか馬鹿にされてるように思えるんだけど」
そう言いながらも、ソラはマグカップを置いてニコの頭を撫でた。
「それは八つ当たり。ニコも困っちゃう」
口角が上がったままのソラがもっともらしくそう言うと、ニコは目を吊り上げる。
「ソラもソラだ!なんで博士以外にも人がいるって教えてくれなかったんだよ!」
「だって聞かれなかった」
ウルが大きく口を開いて反論しようとしたその瞬間、女性が消えた扉の向こうから爆発音が聞こえる。ぎょっとしてそちらを振り返る二人と一匹は、あまりの驚きに身動きも取れないようだった。
「……何だ、今の音」
「分からない。私も何回もここには来てるけど、こんな音初めて聞いた」
ニコですら笑顔が消えてしまうような恐怖心の中、二人は恐る恐る立ち上がる。そのまま扉へと進みゆっくりと扉を開けると、そこはパントリーだった。壁に沿って大きな棚が立ち並ぶその反対側、地下へと続く階段がぽっかりと口を開けている。そのぽっかりと口を開けた階段の向こうから、にぎやかに言い争う二つの声がこだましている。
「だから!機械の試運転をしてる時は資料を読むなって何回言ったら分かるんだ!この馬鹿!」
「ごめんって!でもどうしても気になって!今までずっと分からなかった部分がようやく読めそうな気がしてさ。新しく仕入れた本にも似たような文章が――」
「いい加減にしろ!お客さんが待ってるから早く顔拭いて上がんなさい!」
「はい……今上がります……」
そんな声とともに現れたのは、髪を後ろで一つにまとめている作業着姿の女性だった。所々煤で汚れた顔をタオルで拭きながら階段を上がると、目の前にいた二人と一匹を見つけて足を止める。気まずさにとらわれて動けない三人をよそに、赤毛の女性の背後から響く文句の声は止まらなかった。
次回更新日は9/28(月)22時です。




