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七話

 伸ばした手の先すら見えないほどの吹雪の中、小さな人影がフリセプンクトの通りを歩いていた。人影は街中に張り巡らされたロープを手繰りながら、よたよたとフリセプンクト町人会の建物へと近づいていく。その姿を資材調達部の部長室から見守っていたローティンは、手に持ったマグカップへと口をつけてからイズヤに声を掛けた。

「初めての外回りがこんな吹雪だなんて、ウルのやつもついてないなぁ」

「無理はしなくていいと伝えたんですが。どうやらソラに煽られたらしく、鼻息も荒く出ていきましたよ。かと思えば、ソラからウルにカイロを渡していましたからね。ソラなりに罪悪感があったのかもしれません」

「あいつらなぁ……仲がいいんだか悪いんだか分からんな」

 そう言いながら部長室を出ていこうとするローティンへ、イズヤが声を掛ける。

「どちらへ?まだ書類は残っていますよ」

「わかってる。だが凍えて帰ってくる部下のために茶の一つくらい淹れても構わんだろう」

「なるほど、いってらっしゃい」

 そう言ってローティンを見送ったイズヤも窓の外へと視線を移す。外を歩いていた小さな人影は、まもなくフリセプンクト町人会の風除室へとたどり着こうとしていた。


 風除室の中で体中に着いた雪を落とした人影は、ゆっくりと防寒用の帽子とゴーグルを外す。のっそりと本館へと通じる扉を開くと、受付の女性がその人影へと労いの声を掛けた。女性の足元で寝ていたニコも顔を上げ、労うように小さく吠え声を上げる。

「ウル君、おかえりなさい。ひどい吹雪だけど大丈夫だった?」

「戻りました!なんとか大丈夫です!耳と鼻がもげるかと思いました!」

「大変だったわね。資材調達部で温まってらっしゃい」

「そうします!」

 ウルはやけくそ気味にそう答えながら、ゆっくり階段を上がっていく。その姿を見送りながら、女性はニコへと声を掛けた。

「君の所の坊やはよく頑張ってるわねぇ。君もちゃんとウル君を助けてあげるのよ?」

「わふっ!」

 まるで胸を張るように応えたニコへと穏やかに微笑んだ女性は、その頭を優しく撫でたのだった。


 資材調達部の事務室の前へとたどり着いたウルは、のっそりとドアノブを掴みゆっくりと扉を開いた。

「ウル戻りました!」

「おかえりー。ウル君大変だったねぇ。さ、防寒着預かるよ。早く暖炉に当たりなー」

 ウルへと駆け寄った青年は防寒着を受け取ると、それを手際よくコートラックへと掛ける。おぼつかない足取りで暖炉へと近づいたウルは、その温かさに触れて力が抜けたようにゆっくりと暖炉の前に腰を下ろした。

「ありがとうございます。吹雪の中を歩くのって大変ですね」

「どういたしましてー。ウル君のいたところは吹雪とかなかったの?」

「僕の砦は、吹雪になったら部屋の外には出なかったんです。通路が狭くて、そこを吹く風もすごく強いんです。ひどい時は扉が開かないくらいなんですよ。だから、吹雪の中を歩いたのは初めてでした」

「そうだったの!それじゃあ初めて吹雪の中を歩くのすごく怖かったでしょ。よく頑張ったねぇ」

 青年にそう言われたウルは、嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。マグカップを持ったローティンが事務室へと入ってきたのは、ちょうどその時だった。

「おう、ウル。おかえり!寒かったろ。これでも飲んでしっかり温まんな」

「ローティンさん、戻りました。ありがとうございます!」

 ローティンから受け取ったマグカップをウルは両手でしっかりと持つ。こわごわと口をつけ、その熱で口の中を温めるようにゆっくりと飲み込んだ。

「とっても美味しいです。ありがとうございます」

「寒い時の茶は一際うまいだろ。さて、急に使いを頼んで悪かったな。先方は何か言ってたか?」

「はい、すぐに部品を持ってきてくれてとても助かったって言ってました。お客さんのところ、暖房が壊れて建物中が外みたいに寒かったですよ。あ、これ預かりました」

そう言って胸元にしまってあった巾着を引っ張り出すと、中から封筒を取り出してローティンへと手渡す。その場で中を広げたローティンの顔は、読み進めるごとに口角が上がっていった。

「いつも世話になってる整備屋なんだ。いつもこっちの無茶を聞いてもらっててな。またいつでも力になると書いてある。ウル、ありがとうな」

 そう言って力強くウルの頭を撫でたローティンは、上機嫌で部長室へと戻っていく。同時に開いた事務室の扉から大きな箱を抱えたソラとジュタンが入ってくる。ウルを目にしたソラは一瞬安堵の表情を浮かべるが、それもウルが自慢げに声を上げるまでだった。

「ほら、ちゃんとお客さんのところに行けたぞ!別に吹雪なんて怖くないからな!」

「べつに、吹雪の中の配達くらい私だってできるし。一回配達したくらいで生意気」

 少し悔しそうにそう零すソラを見ながら、ウルは自慢げに鼻を鳴らす。その様子を見ていた青年は、思わずといったように吹き出した。

「なんだ、ウル君はソラに馬鹿にされたのが悔しくて配達頑張ったのか」

 青年にそう指摘されたウルは、目を見開いて首を振る。

「いえいえ、もちろん困ってる人を助けるために行ってきたんですよ!」

 取り繕うようにそう言ったウルを見て、ジュタンが大きな声で笑う。

「お前も隠し事が下手だなぁ。ほれ、二人ともちょっと早いが先に昼に行ってこい」

「そうだね、朝から休憩なしで働いてるもんね。しっかり休んでおいでー」

 二人にそう言われて、ウルとソラの顔に喜びの色が浮かぶ。事務室へと残る二人にお礼を伝えながら、弾むように廊下へと飛び出した。

「今日の昼は多分羊のミルクのシチューだと思う。ひどい吹雪の時は、そのシチューとチーズが乗った黒パンが一緒に出てくる」

「なんだそれすっごく美味そう!早く行こう!」

 窓の外の寒さを忘れたような二人の声が廊下に響く。館内の人々は、ほほえましくその声を聞き届けるのだった。


 まだ人が少ない食堂、ウルとソラはたっぷりの湯気が立ち上るシチューを挟んで向かい合って座っていた。よく煮込まれたじゃがいもを掬い口に入れると、ウルはゆっくりと噛み締めながら舌鼓を打つ。ソラがたっぷりのチーズが乗った黒パンを齧ると、長く伸びたチーズが黒パンとソラの口をつないだ。しばらく熱心に食べ進めていた二人だが、ようやく落ち着いたのかお互いに顔を見合わせる。

「このシチューが出てくるなら吹雪でも頑張れるなぁ。羊のミルクってこんなに甘いのか」

「そう、すっごく甘い。お代わりもあるはずだから、たくさん食べよう」

 その言葉にウルが目を輝かせると、大きな口を開けてシチューを口に運ぶ。そのうち、ソラが何かを思い出したように声を漏らした。

「今のうちに伝えておく。明日は月に一回行ってる博士のところに行く。私とウルで行くことになると思う」

「博士?いったい何をしてる人なんだ?」

「博士は古代文明の機械を弄ってる人。うちの人たちが見つけたよく分からないものとか壊れてる機械とかを引き取ってくれる人。後、空になったエネルギーパックへもう一回エネルギーを入れなおしてくれる」

 その一言にウルが目を見開いた。それまで止まることがなかったウルのスプーンがピタッと止まると、ゆっくりと皿に置かれる。

「今、エネルギーパックにもう一度エネルギーを入れなおすって言った?そんなことが出来るのか!?」

「出来る。博士がその機械を作った」

 自慢げにそういうソラを信じられないという表情で見やったウルは、その視線をゆっくりと下げる。先ほどまで夢中だったご馳走に目もくれず深く考え込むウルを、ソラが心配そうに覗き込んだ。

「急にどうした?どこか痛い?」

「あ、いや大丈夫。エネルギーパックにもう一度エネルギーを入れるなんて、考えたこともなかったから驚いて」

「難しいことは分からないけど、すっごく貴重な機械を作ったって聞いた。こんなこと出来るのは博士くらいだって皆言ってる」

「……すごい博士なんだな」

 口では称えながらもどこか不満げな顔をするウル。ソラが眉をひそめながらウルへと言葉を続ける。

「なんかすごく嫌そうな顔。何か気に入らない?」

「あ、ごめん。そうじゃないんだ。僕の先生も古代文明の機械を研究してたんだ。先生でもそんな機械を作れなかったから、なんだか驚いて……ちょっと悔しかっただけ」

 先ほどとは打って変わってゆっくりと黒パンを齧るウルを見て、ソラは小首を傾げた。

「ウルの先生はすごい人?」

「そう、すごい人。砦の皆が頼ってた。古代の本だって読めるし、壊れた機械だって簡単に直しちゃうんだ」

「うん、頭のいい人って話を聞いただけでも分かる。じゃあ、この街の博士がどれだけすごくても、ウルの先生がすごいってのも変わらない。悔しい事なんて一つもない」

 頭のいい人はみんなすごい、ソラは呑気にそう呟いて空になったシチュー皿を持って立ち上がる。呆気にとられたように固まっていたウルは、大きく息を吐くと小さく呟いた。

「そっか……先生もちゃんとすごいんだもんな」

 人が少しずつ増え始めた食堂の片隅、大きく口を開いて黒パンを齧ったウルはゆっくりと咀嚼を続ける。それは、先ほどと何も変わらずウルの舌を楽しませた。

次回更新日は9/24(木)22時です。

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