六話
ローティンが扉を開けると、中で働いていた人々からの視線が集まる。
「部長、おかえりなさーい。そちらの方たちがお知り合いですか?」
「今戻った。あぁ、そうだ。すまんが、茶を頼めるか。」
「はいはーい。お知り合いさんのお二人、いらっしゃーい」
陽気にそう言った青年にローティンが頷くと、そのまま連れ立って右手の扉へと進み別室に入る。別室には長身の男がおり、振り返った際に目にかかった栗色の髪をよけながらローティンに声をかけた。
「おかえりなさい、ご友人には会えたようですね」
「無事に会えたよ。二人とも、紹介しとく。資材調達部副部長のイズヤだ。イズヤ、こっちがジュタン。俺の昔からの友人だ。それでこっちはウル」
「お二人とも初めまして、資材調達副部長のイズヤです。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、ウルもつられるように慌てて頭を下げる。ソラは慣れたようにローティンに近づくと、手に持っていた包みを渡す。
「はい、頼まれてた物。相手方が今後ともよろしくって」
「ありがとうございます。確かに受け取りました。さ、皆さまはどうぞこちらへ。今後の話もあるでしょう」
イズヤはそう言って部屋の真ん中に置いてある来客用らしきソファを進める。皆がソファへと腰を下ろしたことを確認すると、イズヤが改めて話し出した。
「話は部長から聞いています。フリセプンクトの街に移住したいそうですね。そのための仕事も斡旋して欲しいと。間違いありませんか?」
「あぁ、そうだ。俺は足を痛めてるからあまり遠くへはいけないが、ウルはホバーの運転もできるし探索の心得もある。腕についても問題ないだろう。なんせこいつの師匠は俺の弟子だったからな、あいつなら下手な仕込み方はしない」
その一言を聞き、ウルが目を丸くしながらジュタンを見上げた。その様を見て、周りも目を見張る。
「あ、もしかして言ってなかったか?ロゼに探索を教えたのは俺だよ。お前は俺の孫弟子だ」
「初めて聞いた……え、何で言ってくれなかったの?」
「すまん、忘れてたわ!いやいや、今はその話は置いとこう。また今度話すよ」
「お前、そういう大事なことを忘れるところ昔っからだよな。ちゃんと話してやれよ。じゃあ話を戻そう。そういうことなら、二人ともぜひうちで働いてほしい。最近は特に忙しいから、人手はどれだけあっても助かるんだわ」
「ジュタンは分かるが、俺もいいのか?」
「近くの町へ荷物を運んだり持ってきたりする仕事があるんだ。そっちならあまり遠出にはならんだろう。往復に1日もかからんくらいの距離だ」
「それくらいなら全く問題ないな。二人まとめて面倒見てもらえて助かるよ。ありがとうな」
そう言って二人はどちらからともなく手を握り合う。イズヤはこうなることを予想していたのか、ジュタンに一枚の書類を手渡した。
「移住の手続きをする際、こちらも一緒に提出してください。おそらく、手続きが多少早くなるはずです。さ、ここからは少し込み入った話になりますから、二人には退屈でしょう。ソラ、ウルに館内を案内してあげなさい。ついでにカウンターへ行って移住の手続きも進めてきたらいかがです?そんなに難しいものではありませんから」
その瞬間、ウルは苦虫を噛み潰したような顔に変わる。ソラは少し目を泳がせながらウルの顔を盗み見るが、一瞬で目をそらしてしまった。そんな二人の様子に気付かないのか、呑気な声で話し出したのはジュタンだった。
「そりゃいい!俺、ああいう手続きなんてのは苦手なんだ。ウル、頼んだぞ」
そう言って自分の鞄から書類を取り出すと、先ほどイズヤから受け取った書類と合わせてウルに渡す。嫌々その書類を受け取ると、ウルは死んだ魚のような目でソファから立ち上がった。一瞬ソラを見るが、黙って部屋から出ていく。
「……行ってきます」
か細い声でそう呟いたソラは、ウルに続いて部屋を出ていく。入れ替わりで先ほどの青年がお茶を運んでくると、ローテーブルの上に並べ始めた。
「お茶持ってきましたよー。ところで部長、あの二人何かあったんですか?すごい顔して出ていきましたけど」
「まぁちょっとな。大丈夫、そのうち何とかなるだろうよ」
眉尻を下げながら笑うジュタンとローティン。それならいっかー、と呑気に呟いた青年が出ていくと、三人の顔つきが引き締まる。一転して場の空気は張り詰めたものへと変わっていた。
「さてと、本題に行くか。西の砦がレイザンティに襲われたってのは本当か?」
「あぁ、間違いない。ウルはそこから逃げてきたからな」
「この辺りは奴らの拠点からはだいぶ距離があります。なのにどうして?」
「分からん。拠点周りだとろくに資源が集まらないのか、別に目的があるのか。今、俺の弟子が確かめに行っている。そのうち報告があるだろう」
「とりあえず現状の確認と整理だ。イズヤ、資料を出せるか?」
頷いたイズヤが立ち上がると、本棚へと向かう。湯気を立てるティーカップを持ったジュタンは、それまでの穏やかさが消えて剣呑な雰囲気に包まれていた。
薄曇りの空はいつの間にか雲が厚くなり、厚い壁に取り付けられた大きな窓が風に吹かれてガタガタと震えている。無言で歩く二人と一匹の足音は、時折窓ガラスの音にかき消されながらも止まることはなく、まもなく下階の受付前に辿り着いた。一同に気づいた受付の女性が声をかけようとするが、その剣呑な雰囲気に押されて声を呑み込む。まるで縋るような目で女性を見やるソラだったが、援軍は望むべくもなかった。そのまま受付に並んだウルは、片手をポケットに突っ込んで俯きながら立っている。ソラが恐る恐るその横に並ぶが、ウルの視線が床から外れることはなかった。ウルの順番が回ってきてもそれは変わることがなく、男の事務員は怪訝な目を二人へ向ける羽目になった。
「えーっと、ソラ。この子は新しい友達かい?」
「違います、僕は移住の手続きに来ました。書類はここにあります。よろしくお願いします」
ウルは前のめりにそう告げると、カウンターに書類を置く。その横で、ソラは眉尻を下げながら事務員に応えた。
「義父さんの友達が預かってる子。今度から一緒に働くことになる」
「あぁ、資材調達部の新人君なのか。じゃあ早い所終わらせた方が良いな。優先的に回すようにしておくよ」
そう言って書類を手に取った事務員は、手早く書類をめくっていく。その間もまっすぐに前を見据えているウルは、足元にいるニコにすら構うことはなかった。
「はい、確かに預かりました。抜けてる書類はなさそうだし、資材調達部からの一筆もある。5日ほどで手続きは終わるだろうから、終わり次第資材調達部に連絡を入れますね。何か質問はありますか?」
「特にありません。ありがとうございました」
そっけなくそう告げて足早にその場を離れたウルを、ソラは慌てて追いかけた。事務員に見守られながら資材調達部の方向へ進むウルの手をソラが掴むと、ウルは勢いよく振り返る。ソラを睨みつけながら大口を開けるが、寸でのところで思いとどまるとそのまま大きく息を吐いた。
「なに?まだ何か用?もうお守りしてもらわなくてもいいから」
「……ちょっとついてきて欲しい」
ソラは目を泳がせながらそう言うと、ウルの手を引いたまま庭の方へと進み始める。庭の向こうに見える建物は、最初に入った建物よりも幾分小さいが、それでも町の他の建物よりも一回りは大きいものだった。その建物の前に立つと、ソラはボソボソとウルに話しかける。
「ここが町人会の職員宿舎。多分ジュタンおじさんとウルもここに住むことになると思う」
そう言いながらソラが中に入る。少し間をあけてウルが中に入ると、ポスターや張り紙が張られた掲示板が目に入った。ソラが掲示板の横に備えられたドアを開けると、中から玉ねぎを炒める匂いが漂ってくる。鼻をくすぐる匂いにウルが面食らっていると、中から陽気な声が響いた。
「ソラじゃないか、どうしたこんな時間に。昼メシはまだだぞ?」
「あら、なんだか元気がないわねぇ。どうしたの暗い顔して。後ろの子、新しいお友達?」
大きなテーブルが並んだ広間の奥、厨房らしき場所から2人の男女が顔を覗かせている。それを見たソラは、力が抜けたのか僅かに肩が下がった。大きく深呼吸をすると、ウルを振り返り中に入るように促す。
「少しここに座って待ってて欲しい。すぐに戻るから」
ソラはウルへそう告げると、足早に厨房へと駆け寄る。言われた通り席に着いたウルは、仏頂面で頬杖をついてソラの背中を視線で追いかけた。
「今更そんなにしおらしくされても。なぁ、ニコ」
ウルがそのまま足元を見やるが、そこにニコの姿は見当たらない。慌てて辺りを見渡すと、厨房の前のカウンターに佇むソラの足元で、まっすぐに彼女を見上げるニコの姿が見つかった。それを見たウルの眉間に、深いシワが刻まれる。苦々しげな目で眺めていると、手にトレーを持ったソラがニコと共に戻ってきた。2つのマグカップと皿に盛られたクッキーが乗ったトレーをテーブルの上に置くと、ソラもウルの正面に座る。
「あの、これ。厨房の二人から歓迎の印だって。美味しいから食べてみて欲しい」
そう言ってクッキーを勧められたウルは、しかしクッキーにもお茶にも手を付けずに視線を机の上に落とし続ける。おずおずとマグカップに手を伸ばしたソラは、中のお茶を一口啜り意を決したように話し始めた。
「今更許してもらえないかもしれないけど、さっきはごめんなさい。警戒する気持ちが勝ちすぎて、失礼な事を言ってしまった」
ウルは、そう言ったソラへと一瞬視線を投げるが、すぐに机の上に視線を戻した。眉尻を下げたソラは、だがすぐに目に力を戻す。そして手の中のマグカップを強く握ると、再び話し始めた。
「義父さんに聞いた。あなたも住んでたところを賊に襲われたんだって。私も小さいころに住んでた村を襲われたから、今つらい気持ちになってるのも分かる」
それを聞いたウルが弾かれたように顔を上げる。目を見開いてソラの顔を見つめると、その視線を真正面から受け止めたソラが少し目を泳がせた。何とかウルと視線を合わせると、辿々しく話を再開させる。
「……私は小さい頃の話だし、あんまり良く覚えてない。でも、夜中だったのに大きな音がして大人たちがとてもバタバタしてた。私は泣きながらお母さんにしがみついてた。そしたら、お母さんが私をクローゼットに押し込んで。私を抱きしめながら、絶対にここから出ちゃだめ、声も出しちゃだめよって言ってクローゼットの扉を閉めたところまでは覚えてる。クローゼットの中で何かが焦げる匂いを嗅ぎながらずっとお母さんを待ってた。気付いたら私は、知らない女の人に抱かれて村を出てた。その人に救われて今ここにいる」
そこで一息つくと、マグカップを握るソラの手が緩んだ。ソラを見つめるウルの眉間からはすでに深い皺は消えており、ただまっすぐにソラを見つめていた。
「とても怖いことを経験した人に、あんなに冷たい事を言っちゃいけなかった。本当にごめんなさい」
そう言って頭を下げたソラを、ウルはしばらく見つめ続ける。しばらくソラのつむじを見つめていたウルは、おもむろにマグカップに手をのばして一口すする。
「しょうがないから許してやるか。こっちまで案内してもらったし」
ウルが少しおどけてそう言うと、ソラがおずおずと顔を上げる。ソラと目が合ったウルは、困ったように笑いながらクッキーへと手を伸ばした。
「さっきまで元気よかったのに、急にしおらしいんだ」
からかう様にそう言いながら、クッキーを一口かじる。口の中に広がる香ばしさとベリーの甘酸っぱさに、ウルは目を見開いた。
「クッキー、だっけ?初めて食べたけど、すごく美味しいな」
「気に入ったならよかった。ここの料理はどれも美味しい。クッキーはたまにしか出てこない贅沢品。ウルが来てくれて嬉しいからって、二人が出してくれた」
嬉しそうにそう言ったソラが厨房を指差すと、つられてウルもそちらに顔を向ける。心配げにこちらをうかがっている男女二人が目に入ったウルは、少し慌てて立ち上がり厨房に向かって頭を下げた。ウルが頭を上げると、厨房の二人はにこやかに手を振っている。
「いい人たちだな」
ウルはそう言いながら椅子に腰掛ける。それを聞いたソラが、嬉しそうにウルへと笑いかけた。ウルは照れくさそうにしながらもう一口クッキーを齧ると、明るい声でソラへと話しかけた。
「ここの料理はどれも美味しいって、他に何が出るの?僕、魚料理が好きなんだけど」
「魚も、もちろん出る。私は魚と野菜にハーブをたくさんかけてオーブンで焼いた料理が好き」
「なんだそれ!すっごくうまそう!」
食堂に二人のにぎやかな声が響きわたる。その声に耳を傾けながら、厨房の二人は昼食の準備を再開させたのだった。
太陽が頭上まで昇りきった頃、中庭にはローティンとイズヤ、そしてジュタンの姿があった。
「あの二人どこにいるんだ?受付のお嬢さんの話だと、こっちに向かったらしいが」
ジュタンが辺りを見回しながらそう言うと、ローティンが伸びをしながら応える。
「昼時だし、宿舎の食堂にいるだろうよ。さて、二人は仲良くなれたかねぇ」
「そんなにひどい喧嘩だったんですか?知らなかったとは言え、二人だけで外に出したのは失敗でしたかね」
「まぁ大丈夫だろう。仲良くなれなかったときはそん時だよ」
そう言って大きく笑うローティンをよそに、イズヤは心配げに辺りを伺っている。話している間に宿舎へとたどり着いた三人は、食堂の入り口に出来ている人だかりを見つけた。その奥から先ほども聞いたような二つの声を聞きつけると、思わず三人とも顔を合わせる。
急いで声の出どころに向かった三人は、やはり先ほども目にしたように騒ぎ立てる二人を見つけたのだった。
「だから!僕の歓迎にってくれたクッキーだったら最後の一つは僕が食べたっていいだろ!」
「生意気な事を言ってる。ウルの方が後輩なんだから、先輩の私を敬って最後の一つは譲るべき」
止まらない二人の口喧嘩を前に、三人の大人たちは呆れと安堵が入り混じった苦笑いを止めることができないのだった。




