五話
二人が出会っているその頃、ジュタンは受付前でタバコをふかしていた。白い煙が空中で霧散していく様をぼんやりと見上げていると、傍らの階段から重い足音が近づいてくる。ジュタンが階段に目をやると、ちょうど人が降りてきたところだった。
「おう、待たせた。久しぶりだな」
鷹揚に笑いながらこちらに声を掛けたのは、あご髭を蓄えた筋肉質な男性だった。その傍らには、先ほどの受付係員の姿が見える。ジュタンはベンチの横にある灰皿へ短くなった煙草を押し付けて立ち上がった。それを見て、受付の女性が少しうなだれながら声を掛ける。
「先程は大変失礼しました。まさか本当に資材調達部長のご友人だとは思わなくて。また部長の知り合いを騙った部外者が来たのかと思ってしまったんです」
「いやぁ、最近そんなことが多くてな。なんとか資材を融通してほしいって輩が途切れないんだわ」
そう言われたジュタンは、力が抜けたように笑いながらこたえた。
「いやいや、そんな事情があるなら仕方ねぇよ。お嬢さんがしっかり仕事してるって証拠だな」
「そう言っていただけるとありがたいです。では、私はこれで失礼します。また何かあればいつでもお声がけくださいね」
ほっと胸をなで下ろした彼女は、にこやかにそう伝えて受付に戻る。二人は手を上げてそれに返すと、改めてお互いに向き直った。
「よう、顔を合わせるのはいつ以来だろうな。それにしてもローティン、いつの間にそんな偉くなったんだ?前に来たときは呑気にそのへんふらついてたのに」
「それ何年前の話だよ。人間八年もあればそれなりに偉くもなるだろ。で、お前の孫弟子はウルって言ったか。それらしいのは見当たらないが、どこにいるんだ?」
「あぁ、今ちょっと外の空気を吸いに行ってるわ」
そう言ったジュタンは、少しうつむいて再び煙草に火をつける。一息に煙をふかした顔からは憂いが滲んでおり、それを見たローティンは心配げに口をへの字に曲げる。
「なんだ、何か問題でもあるのか?」
「問題というかな……ウルがあまりにも良い子をやり過ぎていて怖くなる。住んでいた砦が襲われて育ての親とも離れ離れ。その上見知らぬおっさんと見知らぬ街で暮らすってことになったんだ。少しくらいわがままを言ったり愚痴ったりするもんだと思ってたよ。なのにあいつ、町で暮らすと伝えた夜に少し弱音を吐いたっきりだ。12のガキだぞ?このままため込んでたらどっかで壊れるんじゃないかって心配なんだよ」
床を見つめながらそう零すジュタンは、再び煙草に口を付けた。言葉を返せないローティンがぎこちなく首の後ろを撫でると、沈黙が二人の周囲を満たす。その重い沈黙を破ったのは、チャッチャという軽快な足音だった。
「わふっ!」
ジュタンの足元に着いたニコが小さく吠える。ぽかんとする二人を後に、来た道を戻るニコ。動かない二人を振り返り、ニコは先ほどより少し大きな声で再び吠える。
「わん!」
ハッとした顔で追いかけてくる二人を確認すると、ニコは小走りで再び引き返し始めた。
ニコに連れられて辿り着いた先、中庭にできた人だかりを見つけてジュタンとローティンは人だかりをかき分けた。
「すまん、ちょっと通してくれ!」
資材調達部長の登場に人だかりが割れる。その中心では、声も出さず顔を拭うこともせずにボロボロと泣き続けるウルと、そんなウルを何とか泣き止ませようと必死のソラがいた。
「ごめんなさい、私が悪かった。お願いだから、泣き止んで欲しい」
なすすべを無くしたソラの足元にニコが近づく。その後ろから近づいてくる大人二人に気が付くと、ソラの顔に安堵の色が広がった。
「お義父さん、ごめんなさい。男の子を泣かしちゃった」
ソラはローティンに駆け寄って助けを求めると、ローティンは眉をしかめて口を開いた。
「お前、何言ったんだ?前から言っているが、見慣れない人に喧嘩腰で突っかかってくんじゃない」
「……ごめんなさい」
そんな二人をよそに、ジュタンはウルに近づく。腰をかがめて目線を合わせると、優しく話しかけた。
「ウル、どうした?」
「なんでもない、なんにもなかった」
「そんな顔で強がっても説得力ないぞ」
眉尻を下げて困ったように笑うジュタンに頭を撫でられ、ウルはようやく腕で顔を拭う。
「あー、騒がせて悪いな。ここは俺たちで収める。心配しないでくれ」
資材調達部長のその一言に、人々はバラバラと散っていく。人がいなくなったのを確認してから、ローティンがウルに話しかける。
「君がウルだな。話はジュタンから聞いてる。俺はローティンだ、よろしく。それと、ソラが申し訳ない。こいつも人見知りで、初対面の人間にはどうにも口が悪くなっちまうんだ」
「大丈夫です。ウルです、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたウルを見て、ローティンの顔に苦笑いが浮かぶ。淀んだ空気を入れ替えるように、ローティンが明るい声をだす。
「こんなところで立ち話も何だ、俺の部屋で話すか」
そう言って踵を返すと、ソラも後に続く。ソラはローティンの横に並ぶと、小声で何かを話しているようだった。その様を胡乱げな目で見つめているウルだったが、ジュタンに肩を叩かれて歩き出した。
「ジュタン、僕この街でやってける自信ない」
ふくれっ面でそう呟くウルを見て、ジュタンは盛大に笑い始める。
「初対面のやつにとんでもない目にあわされたなぁ。まぁそう言うな。今日来たばかりだし、ソラも案外いいやつかもしれないぞ」
「あんなやつ絶対にいい奴じゃない!」
ジュタンが宥めるように頭を撫でても、ウルの機嫌は直らない。そんなウルをニコはいつもの笑顔で見上げていた。一同は来た道を引き返して館内に戻る。横一列に並ぶたくさんのカウンターの前には、長蛇の列が出来ている。カウンターの奥にも働いている人々が沢山いるようだった。ふくれっ面のウルは、しかし見慣れない光景に落ち着かない様子でジュタンへと声を掛けた。
「さっきは気づかなかったけど、ここって本当に人がたくさんいるんだね」
「フリセプンクトはこの辺りじゃ一番大きい街だ。他と比べても、ここと同じ大きさの街は片手で足りるほどしかない。どうだ、楽しそうだろ」
「楽しいのかはわかんないけど、僕もうちょっと外も見てみたいな」
「すっかり元気になったなぁ。外を歩く機会はまだある。今日は我慢してくれ。代わりに、明日は美味いもんを山ほど食わしてやろうな!」
賑やかに話す二人を気にしながら前を歩くソラがチラリと振り返る。しかし、話に夢中のウルがそれに気付くことはなかった。一同は階段を上る。板張りの廊下を進んだ突き当りには、ひときわ大きな扉があった。その前に立ったローティンが振り返り胸を張る。
「さ、着いたぞ。ここが俺たちの根城だ」
資材調達部事務室と書かれた看板が掲げられた扉は、飴色に輝いていた。




