十話
とあるよく晴れた日のこと、町人会館のロビーを歩いていたウルとソラは、受付の女性と話をするヤルンに出くわした。
「ヤルン!」
「ヤルンさん、こんにちは」
弾むように駆け出したソラがヤルンに抱きつく。その後に続いたウルは、ゆっくりとヤルンへ向かって頭を下げた。
「あら、ソラ。この前ぶり、今日も元気だねぇ。ウル君もこんにちは、カーディさんとこに通い出したんだってねぇ」
そう言ってにこやかにソラの頭を撫でるヤルンを見て、女性は驚いたように二人を見る。
「二人とも、この方知り合い?」
「うん、私の大好きな人」
その一言で、女性の表情が緩んだ。
「そうだったの。この方、ちょうど今いらっしゃったところだったのよ。資材調達部にご用みたいだから、案内をお願いしても良い?」
「もちろん。ヤルン、行こ!」
ソラはそう言ってヤルンの手を引いて歩き出す。ウルは受付の女性に手を振ると、二人に続いた。
「今日は何しに?ここに一日いる?」
ソラが目を輝かせてヤルンに尋ねる。ヤルンは優しい目をソラに向けながら答えた。
「ローティンさんにお願いがあってねぇ。資材調達部にも悪い話じゃないと思うから、話を聞いてくれると良いんだけども」
「大丈夫、お義父さんならきっと話聞いてくれる。だって、ヤルンのお願いだから」
そう言って顔をほころばせると、勢いよく階段を上り始めた。
「私、先にお義父さんに知らせてくる!」
そう言いながら階段を上りきったソラを見送ると、残された二人は並んで歩き出した。
「ウル君、ソラと仲良くしてくれてありがとうねぇ。あの子、ちょっと気が強いところあるけど大丈夫?」
そう尋ねられたウルは、頬をかきながら苦笑いを浮かべる。
「僕、あいつに口喧嘩で勝てたことないです。でもその後に反省するみたいで、おやつを譲ってくれたりもするんですけどね」
それを聞いたヤルンがピタッと足を止めた。返事が返ってこないことを不思議に思ったウルがヤルンに視線を向ける。すると、当の本人は目を丸くしながらウルを凝視していた。ウルの視線に気づいてふと我に返ったのか、ヤルンはいつもの笑顔を浮かべながら話し始めた。
「ごめんごめん、ビックリしちゃった。ソラが他の人にお菓子を譲るなんてこと、あるんだなぁって」
「そんなに珍しいんですか?」
「そうだよぉ。大人たちがついつい甘やかしてお菓子をあげちゃうもんだから、お菓子は全部自分のものだと思ってたんだろうねぇ」
そう言ったヤルンは優しい笑みを浮かべる。腑に落ちない顔をしたウルが小首を傾げると、それを見たヤルンが声を上げて笑った。やがて事務室へと到着した二人は、ノックをして部屋へと入る。
「ウル、戻りました」
「こんにちはー。おひさしぶりでーす」
ウルに続いてヒラヒラと手を振るヤルンが間延びした挨拶をすると、イズヤが待ち構えていたように声をかけた。
「ヤルンさん、ご無沙汰しております。お変わりないようで、何よりです」
畏まった顔で礼をしたイズヤに、ヤルンは苦笑いを浮かべる。部屋へと入ってきたヤルンにソラがひっつくと、自然な手つきでヤルンはその頭を撫で始めた。
「元気そうでよかった。今日はお願いがあって来たんだけど、ローティンさんいる?」
「申し訳ありません、ローティンはただいま席を外しておりまして。差し支えなければ、私がお話を伺ってもよろしいですか?応接室へご案内いたします」
そのまま事務室の外へ案内しようとするイズヤを、ヤルンは慌てて制止する。
「いやいやいや、ここで大丈夫だよぉ!そんなに難しい話でもないんだ!」
そう言って肩から下げていた鞄に手を伸ばすと、中から一枚の地図を取り出した。ヤルンがそれを近くのデスク上で広げると、周りにいた皆がのぞき込む。それは、フリセプンクトの周辺一帯の地図だった。その一角、高い山の狭間にヤルンは指を置く。
「もしかしたらお宝に巡り合えるかもしれない話だよ」
弾む口調でそう言ったヤルンの顔には、いたずらっ子のような笑顔が浮かんでいた。
「要は調査依頼ってことか。でもここの遺跡、前に一度調査してたよな?」
太陽の光が差し込む部長室の中、机にもたれかかったローティンが地図に目を落としながらイズヤに尋ねる。
「えぇ、その通り。最近ヤルンさんが近くを通りかかった際に、山肌だと思われていた部分に入口が覗いているのを見つけたそうです。長い間隠れていた入口が何かの拍子で現れたのだろう、とのことでした」
「建物の中の方は?危険はありそうだって?」
「ヤルンさんが見回った際には見当たらなかったそうです。依頼を引き受けるのであれば、詳細を伝えるとのことでした。また、情報の対価として施設内の書物を持ち帰ってほしいとのことです。カーディさんの研究資料にしたいそうでして」
「なるほどなぁ」
マグカップに口をつけながら何事かを考え始めたローティンに、眉根を寄せたイズヤが声を低くして尋ねる。
「この話、受けるのですか?」
「あぁ、今のところその予定だが。なんだ、何か引っかかるのか?」
「……私はヤルンさんをあまり信用していません」
その一言を聞いたローティンから苦笑いを向けられたイズヤは、硬い表情のまま話し続ける。
「一体何のために各地を渡り歩いているのか。これといった生業があるわけでもないのに、そんな事を続けられるだけの資金は一体どこから来るのでしょう。あの方は我々に何かを隠している。不穏な空気が漂い始めた今、改めて信用に足る人物か検討してみるべきでは?」
マグカップを机の上に置いたローティンは顎に手を置く。イズヤは、日の届かないところから瞬きもせずにその様子を見つめていた。ようやく考えがまとまったのか、ローティンが苦笑いを浮かべたまま話し始めた。
「根拠をって言われたら困るんだがな、あの人は多分大丈夫だよ。お前はあの人がフリセプンクトのスパイじゃないかって疑ってるんだろ?」
「そうです。時間をかけてこの町になじみ、奴らの手引きをする可能性だって十分にあり得るでしょう」
「可能性はゼロじゃないだろうな。でも、もしもあの人がフリセプンクトのスパイなら、ソラを俺たちに預けないんじゃないか?あいつらなら、自分たちの手駒か実験用の検体にでもした方が有効だと思うだろうよ」
ローティンは再びマグカップを手に取ると、ゆっくりと口に運んだ。イズヤは眉一つ動かさずに話を聞き続ける。
「ソラを俺たちに預けた後でフリセプンクトに与した可能性だってもちろんある。でも、あの人がソラを見つめる目は昔から優しいよ。なんにも変わっちゃいない」
「それは私にもわかります。ですが、それは理由にならないのでは?」
それを聞いたローティンは困ったように笑う。
「そうだ、俺の勘だよ。だから根拠をって言われたら困るんだ。でも、俺のこういう勘ってけっこう当たるんだよ」
それを聞いたイズヤは小さくため息をつく。渋々といった体を隠しもせずに、イズヤは口を開いた。
「部長の勘が当たるのは私もよく知っています。今回は、あなたの勘を信じましょう」
「そう言ってもらえると助かるよ」
安堵の表情になったローティンが再びマグカップに口をつけようとしたその時だった。
「ですが、私は私であの人を調べます。異存はありませんね?」
射貫くようなイズヤの視線を受け止めると、ローティンが鷹揚に答えた。
「もちろんだ。俺の勘だって外れることもあるだろうしな」
「わかりました」
そう答えたイズヤがふっと肩の力を抜くと、それを見たローティンが笑いを漏らす。それが癪に障ったのか、イズヤが片眉を上げながらローティンに尋ねた。
「で、この遺跡の探索はどうしますか?今は皆出払っていて、動けそうな職員はいませんが」
「そうなんだよなぁ。さて、どうしたもんかね」
マグカップを手に持ったローティンが椅子から立ち上がる。そのままイズヤと連れ立って部屋を出ると、そこには目を輝かせるソラとそれを気不味そうに見るウルが待ち構えていた。
次回更新日は10/5(月)です。




