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十一話

 資材調達部事務室、その中ではジュタンとローティンとイズヤが地図をデスクの真ん中に置いて頭を突き合わせていた。ウルとソラは、入口の横に立って大人達の様子を伺っている。

「そんなに遠くないなら良いんじゃねぇか?ウルにはそれなりに探索の心得があるしな」

 そう言ったジュタンはコンパスを取り出し、トントントン、と刻むように回転させる。フリセプンクトから目的地までの距離を測り、改めて二人へと頷いた。それを見ていたイズヤは、しかしどこか浮かない表情を浮かべる。

「確かに一度訪れた場所ではありますしね。ですが、ソラはもう少し落ち着いて行動できるようになってからでも良いのではないでしょうか」

 イズヤのその一言に、ソラが顔をしかめる。横に立つウルは、肩を震わせながら吹き出さないように必死に堪えていた。

「イズヤの懸念はもっともだ。でも、ソラもここに在籍している以上はいつかは外に出るときは来るからなぁ」

 ローティンのその一言に、しかしイズヤは眉間に皺を寄せたままだった。二人の様子を見ていたジュタンが口を挟む。

「ま、誰にでも最初ってのはあるからなぁ。心配なのはわかるが、案ずるより産むが易しかもしれないぞ」

 しかし、イズヤは悩むようにこめかみを押さえた。しばらくして事務室の扉が叩かれる。開かれた扉から顔を覗かせたのは事務員の青年だった。

「ただいまでーす。ヤルンさんを連れてきましたよー」

 彼がそう言いながら部屋に入ると、その後ろからヤルンが続く。

「ヤルンさん、ひさしぶり。相変わらずお綺麗だ」

「お久しぶり、ローティンさん。そっちも変わらず色男だねぇ」

「そう言ってもらえて光栄だよ。早速だけど、紹介したいやつがいるんだ。こいつはジュタンだ。ウルの保護者だよ」

「ジュタンだ、よろしく。ウルが世話になってるそうで、感謝するよ」

「初めまして、ヤルンです!そんなそんなだよぉ。私もこちらにはよくお世話になっててねぇ、ジュタンさんにもまたお世話になります」 

 大人達の自己紹介をよそに、ソラがヤルンに近づく。甘えるように抱きつくと、いじけた素振りで口を開いた。

「さっきの依頼、私が行ってもいい?ヤルンも私には無理だって言う?」 

「そうなの?ソラもついに探索に?」

「まぁそういう事なんだ。いよいよソラも探索デビューの時期かな、と。流石にいきなり一人は無理だろうから、ウルと組んで行ってもらおうかと考えてる」

 それを聞いてもヤルンは目を丸くしたままだった。しばらくの沈黙が落ちた後、ゆっくりとソラに視線を移すと、感慨深そうにポツリとこぼした。

「そっかぁ。まだまだ子供だと思ってたけど、もうそんな歳になったんだねぇ」

「あんたからの依頼をソラの初任務にさせてもらえるだろうか」

「もちろん!依頼を引き受けてもらえてこっちも助かるよぉ」

 それを聞いたソラがにんまりと笑う。一方、まだ入口に立っていたウルはそれを聞いてデスクへと近寄った。机の上に広げられた地図を見て、ウルはゆっくりと口を開いた。

「あんまり知らないところだ。どういうところなんですか?」

「どうやら小さな集落だったらしい。以前の調査では背の高い建物が並んでいるくらいで、あまり珍しいものはなかったんだが。ヤルンさん、すまないが依頼と対象施設について詳しい話を聞けないか?」

「もちろんもちろん、ちょっと待ってね」

 そう言いながらデスクに近寄ったヤルンは、肩にかけた鞄から一枚の紙を取り出して広げる。そこには建物の見取り図が描かれていた。

「これが調べて欲しい建物だよ。そんなに広くはないかな、一日あればすべての部屋を探し尽くせると思う。小規模な研究施設だったみたい」

 見取り図には大きな部屋が二つと小さな部屋が五つ、建物の奥に階段が記されているが、階段には大きくバツ印が描かれている。

「建物自体は二階以上あるみたい。でも、施設の奥にある階段は土砂につぶされて使えなかった。だから、ここにはくれぐれも近づかないように。危ないからね」

 皆が静かに話に聞き入る中、あらさがしをするようにイズヤが口を挟んだ。

「危険物などはありませんか?階段が崩れているという事でしたが、一階の天井部分などに崩落の危険性はないんでしょうか。」

「問題ないよ。だいぶしっかりした作りだったからね。一階部分の機械も機能停止してるのは確認済みだし、危なそうな薬品や道中に危険な個所も見当たらなかった。入口の近くの部屋を回るだけだから、とても簡単な探索になるよ」

 そう言ったヤルンは、ニコニコと周囲の面々の顔を見回した。

 

 翌日、薄暗い倉庫の中にはウルとソラの姿があった。棚から木箱を引きずり出すと、二人は中身の確認を始める。

「テントに調理器具に寝袋に……。このテント、何人用だろ?」

 そう言ったウルが床にテントを広げ始めると、ソラもテントに手をかける。今にも鼻歌を歌い始めそうなソラに、ウルは苦々しい口ぶりで声をかけた。

「遊びに行くんじゃないんだぞ。もっと真面目に準備しろよな」

 そう言われたソラは、不敵に微笑んでそのひと言を一蹴した。

「そんなの分かってる。大丈夫、準備はこれまでも何回も手伝ってるから慣れてる」

「準備はもちろん大事だけど、それだけじゃないんだぞ。道順の確認とか現地に着いた後の手順とか、ちゃんと頭に入ってるのか?」

「大丈夫!うちの皆からずっと話は聞いてたから、目を瞑りながらでもできる!」

 そう言ったソラからついに鼻歌が飛び出すと、ウルは隠しもせずに大きなため息をつく。しばらくして準備も終盤に差しかかったころ、倉庫の扉が開かれた。

「準備は捗っていますか?少し休憩なさい」

 イズヤがそう声をかけると、ソラが歓声を上げる。しかし、ウルは今すぐ休憩に入るつもりはなかったようだ。

「ありがとうございます。でも、あとちょっとで準備が終わるから、そしたら休憩にしますね」

「わかりました。先程、道のりや注意事項などは確認していましたね?それなら、今日はこの準備が終わったら上がって構いませんよ。明日は早いですし、今日はゆっくりお休みなさい」

 休憩を先延ばしにされて不服な顔をするソラを見て、イズヤは渇を入れた。

「ソラ、あなたは探索に赴くのは初めてです。ウルは言わば探索の先輩です。しっかり言うことを聞きなさい」

「分かってる。ウルせんぱーい、梱包用の緩衝材取ってきまーす」

 間延びした返事をしたソラの姿が倉庫の奥に消えると、眉間を抑えたイズヤがウルの横に立つ。

「ウル、あなたには苦労をかけますが、どうぞよろしくお願いします。ソラには後でしっかりと言いつけておきますので」

「あはは、精一杯頑張ります」

 イズヤが申し訳なさそうな顔を向けると、ウルは苦笑いで返した。ウルが準備を再開しようとしたとき、イズヤが重苦しく話し出した。

「いいですか、ウル。心して聞いてください」

普段のイズヤとはかけ離れた暗い声のトーンに、驚いたウルが振り返る。そこには目から光が消えたイズヤが待ち構えていた。

「ソラは、気になるものがあれば一直線に突っ込んでいく上に、突飛な行動をして周囲を驚かせることもしばしばです」

未だ驚きが残っているウルは、目を見開きながらイズヤの話を黙って聞いている。

「たった今傍らにいたはずなのに瞬きの間に消えている、ということも十分にあり得ます」

じわじわとにじり寄ってくるイズヤに、しかしウルは二の句を継げずにいた。圧に耐え切れなかったのか、ウルの足が半歩ほど後ろにずれる。それを逃すまいとするように、イズヤはウルの肩を掴んだ。

「いいですか、十分な成果を上げられなくても構いません。どうか二人で無事に帰ってきてください。ソラの事は、屋外に置かれた紙切れくらいに思っていないとすぐに見失いますからね」

ウルはその剣幕に押し負けたように何度も頷く。イズヤはそれを見て安堵の表情を浮かべると、そっとウルの肩から手を離した。そして一息つくと、再び口を開く。

「しかしもちろん、あの子が確実にあなたより秀でていることもあります。その点は、大いにあの子を頼ってください。きっとあなたの助けになるはずです」

「ソラが僕より上手なこと?なんですか?」

「身体能力と五感の鋭さです。これについては、資材調達部内で比べてみても間違いなく抜きん出ていますからね」

「あのソラがですか?想像つかないなぁ」

イズヤが口を開きかけたとき、ふっとウルの背後に視線が動いた。そのまま息を飲んだイズヤは、慌ててウルの背後に向かって駆け出した。

「こら!早く降りなさい!危ないでしょう!」

 そこには、高所にある物を取ろうと棚をよじ登るソラの姿があった。

 

次回更新日は10/8(木)22時です。

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