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十二話

 古びた灰色の建造物が立ち並ぶ一角。その建物の一つから二つの声が響いた。

「どう、そっちは金目のものあった?」

「いや、なんもねぇわ。本くらいしかねぇ」

「そんなの焚きつけにしか使えないじゃん。すぐに燃え尽きるから、あんまり高く売れないし」

「そろそろなんか見つけねぇとやばいよなぁ。いい加減、まともな飯が食いてぇわ」

 少年がそう言って腹をさすっていると、建物の外からエンジン音が飛び込んできた。本を片手に窓辺へと近寄った少年は、大通りを走るホバー船を見つめて口角を上げる。

「金目のもん、みーっけ」

「お、ツイてるね。これで久々に暖かい場所で寝られるかも」

 そう言葉を交わした二人は足取りも軽く建物を出ていく。二人が去った部屋には、打ち捨てられた本が取り残されていた。


 「着いたー!」

 威勢の良いソラの声が辺り一帯に響く。満足げに胸を張るソラはいそいそとホバー船を降りると、ニコニコとウルを見やった。ホバー船の上でゴーグルをずらしたウルがぽつりと呟く。

「……道中の注意点、ちゃんと覚えてたんだな」

「もちろん!」

 鼻歌を歌いながら辺りを見渡すソラを横目に、ウルもホバー船から降りる。一番近くの建造物に入ると、中を一通り見渡して軽く壁を叩いた。音を聞いて小さくうなずいた後、振り返ってソラに声を掛ける。

「拠点はここにしようか。目的地にも近いし、建物もしっかりしてる」

「先輩、了解でーす」

「その先輩っていうの、いい加減やめろよな」

 ウルは眉をしかめて、満足げなソラに荷物を渡した。ホバー船の上で荷物を扱いながら、ウルはそのまま話し続ける。

「昨日、イズヤさんからソラに気をつけろって言われたときはちょっと怖かったけど。でも、まったく心配なかったな」

 その時だった。ソラが姿勢を変えず、大通りの反対側にある建物の二階へ視線だけを滑らせた。その顔からは笑顔が消え、目だけが鋭く二階を睨んでいる。視線はそのままにゆっくりと建物の陰に隠れると、ソラは足音を殺して歩き出した。

「ヤルンさんも簡単な探索だって言ってたし、何事もなく終われそうだ。ま、油断は禁物だけどな!」

 笑顔で振り返ったウルに答える者は誰もいない。ソラの姿が見えないことに気付くと、笑顔を引きつらせながら叫んだ。

「あいつどこ行った⁉」


 ソラが見つめていた建物の二階、そこには外の様子を伺う二人の少年がいた。外から見つからないよう窓の横に立つ二人は、ホバー船の周りで慌てふためくウルを見ながら小声で言葉を交わす。

「あいつ何してんだ?」

「分かんない。なんか踊りたいんじゃない?」

「てか、よく見たら俺らとそんな歳変んなさそう。これは楽勝だな」

 短いこげ茶色の髪を掻き上げた少年は、もう一人の少年と顔を見合わせるとお互いに不敵に笑う。そのままゆっくりと窓際から離れる短髪の少年に、残された少年が声を掛けた。

「じゃあいつも通りにね。指笛が鳴ったらちゃんと逃げてよ」

「大丈夫だろ。俺らが子供に負けるわけないし。ま、大人にも負けないけど」

 短髪の少年は、そう言い残すと手をひらひらと振りながら部屋を後にした。その背を見送った少年は、一つにくくった長い栗色の髪を揺らしながら、肩にかけてあったライフル銃を両手に持つ。近くに置いてあった木箱を引き寄せてその上に腰を掛けると、再び外の様子を伺い始めた。ふと、違和感を覚えて眉根を寄せる。

「……もう一人はどこに居る?」

 ライフルを音が鳴るほど強く握りしめた少年は、垂れた目を見開いて窓の外を凝視する。しかし、どれだけ目を凝らしてもソラの姿はそこには見つからなかった。ふっと目を細めて大きく深呼吸をすると、表情を消してライフルを構える。その目は間断なくウルを見据えていた。


 「あー!もー!安心した自分が馬鹿だったよ!」

 ホバー船の周りを駆け回るウルが憤りを隠しもせずに吐き捨てる。拠点と決めた建物を覗いてもそこにソラの姿はなく、苦々しい顔のまま表に飛び出す。同じように周囲の建物も覗いて回るが、どの建物を探してもソラは見つからなかった。

「もう嫌だ。やっぱりあいつは外に置かれた紙きれなんだ……」

 ウルがうずくまって頭を抱えていると、ザクザクと雪を踏みしめる足音が響いた。ハッと顔を上げたウルが足音の方向に顔を向けると、ニヤニヤと笑う少年がホバー船の後ろへと近づいてくるところだった。ウルは顔を引き締めて立ち上がり、ホバー船の前に立ちふさがる。

「お前さっきから何一人で踊ってんの?見ててめっちゃうけるわ」

 ついに声を出して笑い始めた少年は、歩みを止めずにウルへと近寄る。ゆっくりと自分の腰元に手を回したウルは、ベルトに備え付けられたナイフのハンドルを握りしめた。

「僕はフリセプンクトから探索に来たウルだ。目的は奥の遺跡の調査と、本や使える物資の回収。君と争う気はない」

「え、別にそんなこと聞いてないんだけど。興味ねぇし」

 そう言って更に大きな笑い声を上げる少年から、ウルは目線を外さない。ようやく笑い終わったのか、少年が目元をこすりながら再び口を開いた。

「てか、本とか何に使うの?あんなのなんも使い道ないじゃん。高く売れるわけでもねぇし、燃やすくらいしか使い道なくない?」 

 その一言にウルが目を吊り上げる。ナイフを強く握りしめると、怒りに震えながら声を張り上げる。

「本には知識が詰まってる。過去の人たちが残してくれた、大切な遺産だ!」

「なにキレてんの。意味わかんねぇ。そのタイセツナイサンとかで腹が膨れるわけでもねぇじゃん」

冷え切った声でそう言い切った少年は、ウルを見下すように顎を上げた。悔しげに目を細めたウルは、きつく少年をにらみつける。冷え切った視線でウルを見据えた少年は、気だるげに話し始めた。

「ま、そんなことどうでもいいんだわ。とりあえず、金になりそうなもんは全部渡してくんない?そうしたらこっちも何もしないでおいてやるからさ」

「断る、そんな義理はない」

「まぁそうなるわなぁ。でも、大人しく聞いといたほうがお前の身のためだよ?ほら、今ならまだ怪我もしないでいられるんだから。大人しく金目の物は全部寄越しとけよ」

「断る」

 頑ななウルに痺れを切らしたのか、少年が大きく舌打ちをした。忌々しげに細められた目をウルに向けると、苛立ちを隠しもせずに再び話し始める。

「俺優しいからさ、もう一回だけ聞いてやるよ。金目の物は全部置いてってくんない?」

 少年がそう言ってゆっくりと左手を上げた次の瞬間、切り裂くような破裂音とともにウルの足元の雪がはじけ飛ぶ。ウルが大きく後ずさると、少年の顔に再びニヤニヤ笑いが戻った。

「な?大人しくこっちの言うこと聞いとけよ。お前もこんなとこで死にたくないだろ?」

 額に汗を浮かべたウルが唇を噛み締める。ナイフに延ばされた手は、微かに震えていた。


 煙が立ち昇る銃口をわずかに上げた長髪の少年は、気を抜かずに窓の外を見下ろした。明らかに優位を取れているにもかかわらず、その顔には不安が滲んでいる。

「どこだ、いつ出てくる」

 素早く視線を走らせながら、大通りで対峙する二人の周囲を探る。しかし、確かに先ほどまでいたはずのもう一人の姿はどこにも見当たらなかった。奥歯を噛みしめながら警戒していたその時、頭上から響いたわずかな擦過音に気付いて弾けるように顔を上げる。そこにあったものは、今まさに自分に蹴り掛かろうとする靴底だった。身をそらした長髪の少年の鼻先を、相手の爪先がかすめていく。長髪の少年は素早く銃口を侵入者に向けようとするが、相手はいち早くその懐まで入り込んだ。自分の喉元に突き付けられたナイフに気付いた少年は、ライフル銃から手を放して両手を上げる。ライフル銃が重い音を立てて床に落ちると、侵入者が口を開いた。

「五つ数える間に、あいつを引かせて」

光のない目に見つめられ、長髪の少年は息をのむ。素早く自分の右手を口元に運ぶと、流れるように小指を咥えた。鋭い指笛の音が辺り一帯に木霊すると、侵入者はわずかに少年から視線を逸らす。その隙を突いた長髪の少年が大きく左手を振りかぶるが、それは虚しく空を切るだけだった。少年と距離を取ったソラは、ナイフを少年に向けたまま冷たい声で告げた。

「これ以上なにもしてこないなら、こちらからは手を出さない。でも、これ以上こちらに手を出すなら容赦はしない」

小さく息を吐いた少年は、目線を外さぬまま落ちたライフル銃を拾い上げる。そのまま数歩後ろに下がると、抑揚のない声で話し始めた。

「なんで僕がここに居るって分かった?」

しかし、ソラは答えない。ナイフを少年に向けたまま微動だにもしなかった。小さく舌打ちした長髪の少年が部屋から飛び出すと、ソラも一拍遅れて糸が切れたようにその場に座り込む。そのまま大きく深呼吸をしておもむろに立ち上がると、ヨタヨタと窓際に近寄った。見下ろした窓の下には、先ほどのソラと同じように座り込むウルの姿があった。



予約で来てなかった……

申し訳ありません。

次回更新日は10/12(月)22時です。

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