十三話
「ウルー」
先ほどまで必死で探していたソラの声が頭上から聞こえてくると、ウルはノロノロと顔を上げる。その先には、大きく手を振るソラの姿があった。ソラを見つけたウルはわなわなと震え出した。
「ソーラー!」
轟いた怒声にソラは反射的に首をすくめる。ナイフを持ったまま急いで部屋を飛び出すと、勢いよく階段を駆け下りた。ホバー船の前で合流した二人はお互いの無事を確かめ合う。一瞬安堵の表情を浮かべたウルだったが、次の瞬間には眉間に皺を寄せていた。
「どこ行ってたんだ!こっちは危うく荷物全部持ってかれるところだったんだぞ!」
「でも無事だった。全部、私のおかげ」
そう言って誇らしげに胸を張るソラに、ウルは大きく天を仰ぐ。手袋をした両手で勢いよく顔をこすったウルは、そのまま顔を手で覆ってくぐもった声を出した。
「とりあえず、何があったのか全部教えて欲しいんだけど」
ソラが消えた後の話を聞いたウルは、口元に手を当てて考え始める。考えがまとまったのか、ウルは緊張の面持ちで口を開いた。
「こんな状況じゃ探索は続けられない。かといって、今からここを出ても、真夜中の一番寒いときにホバー船を走らせることになる。今夜はここで野営して日が昇ったら帰ろう」
その決定が不服だったのか、ソラが口をとがらせる。
「大丈夫、あいつらもうこっちには手を出せない。だから明日探索してから帰っても問題ない」
「あのな、いくらソラが相手に脅しをかけたって言っても、それで相手が襲ってこないなんて保証はないんだぞ。というか、ソラはなんで相手があそこに居るって気づいたんだよ」
「だって、あそこから硬い床を歩く音がした。相手がもうちょっと遠くにいても、雪を踏む音で近づいてくるのは分かる」
その一言にウルは目を丸くする。先ほどソラが手を振っていた窓に目を向けてから再び正面のソラに目を向けると、口をへの字に曲げて問いかけた。
「あそこを歩く音がここから聞こえたって?嘘だろ」
「嘘じゃない。ちゃんと聞こえた。ウルが私のことを紙切れだって言ってたのも、ちゃんと聞こえてた」
ソラからジトっとした目を向けられ、ウルは明後日の方向に目線をそらした。わざとらしく咳払いをすると、何事もなかったかのように顔を引き締める。
「とにかくだめだ、今夜は交代で見張りをしよう。明日は日が昇り次第出発だ」
そう言い切ったウルは踵を返す。唐突に話を切り上げられて面食らったソラが、少しずつ赤くなっていく。それに気づかないウルは、ホバー船に乗って荷物の選別を始める。一通りの選別を終えたウルがホバー船を降りたその時だった。
「いやだ、私帰らない!」
ソラの大声が辺り一帯に響く。風の音も聞こえない静寂の中、ウルはゆっくりとソラへと顔を向ける。肩を怒らせて拳を強く握るソラの目は、今にも零れ落ちそうなほど涙がたまっていた。それを見たウルは恐る恐るソラに近づく。何とかなだめようとするように、ソラへと手を伸ばした。
「わ、わがまま言うなよ。こっちを狙ってるやつがいるんだぞ」
「危ないなら、ウル一人で、帰ればいい。私は残って、探索する」
ウルと目を合わすまいとするように俯いたソラの目から涙がこぼれる。それを見たウルは、勢い良く手を引っ込めた。そのまま動けない二人を静寂が包む。赤々と差し込む夕日だけが、場違いに辺りを照らしていた。
「探索って、生きて帰るのが一番大事なんだぞ。なんでそんなに続けたいんだよ。初めての仕事だから?」
「……ヤルンからの依頼だから」
そう言ってソラは鼻をすする。ぽかんと口を開けたウルをちらっと盗み見たソラは、拗ねたように顔をそらす。ウルは唸り声を上げながら後頭部を盛大に引っ掻き回した。そのまま腕組みをして天を仰ぎながらしばらく固まるが、一通り検討を終えたのか、大きなため息をついて顔をソラへと向けた。
「探すのは、大きな部屋一つだけだ。夜が明ける前から探索を初めて、日が昇るころにはここを出る。それ以上はだめだ」
その一言を聞いたソラは、涙を浮かべたままウルに顔を向ける。上げた顔の先には、渋い顔をしたウルがいた。先ほどまで拗ねていたのが嘘のように、打って変わって上機嫌に変わる。嬉しさでウルの手を握ったソラは、そのまま踊るようにくるくると回りだした。
「ありがとう、すごく嬉しい!」
「わがままを聞くのはここまでだぞ!さ、早く野営の準備を終わらせよう。奴ら、またここに戻ってくるかもしれないから、拠点の場所も変えたいんだ」
「わかった、急いで終わらせる!」
跳ねるように雪道を進むソラの後にウルも続く。一度下ろした荷物を再び載せたホバー船は、勢いよくエンジンをかけて山間へと駆けていった。
とっぷりと日も暮れた遺跡の中、時おり吹く風が積もった雪を散らしていく。暗闇に沈んだ建物の一つで、二人の少年が焚き火を囲んでいた。
「スープ出来たよ。皿貸して」
「はいよ、大盛りでよろしく」
「出来るわけないじゃん。干し肉も、これが最後だよ」
皿を受け取った短髪の少年は、嬉しそうにスープに浮かんだ干し肉を口に放り込む。長髪の少年はゆっくりと自分のスープを啜り、焚き火を見つめながら呟いた。
「ここで何か収穫がなかったら、いよいよ食べる物が無くなるね」
「もう売れるもんもねぇしなぁ、どうしたもんかね」
短髪の少年はそう言いながらも、干し肉の咀嚼をやめない。それを聞いた長髪の少年は、ゆっくりと目を閉じる。そして意を決したように目を開けると、焚き火を見つめて軽い口調で提案を始めた。
「このライフル、売っちゃおうか」
その一言に、短髪の少年がむせ返る。息が落ち着くと、もう一人に詰め寄った。
「お前、何言ってんだ。それ、大事なんだろ。いっつも丁寧に手入れしてたじゃねぇか」
そう言われた長髪の少年は、口元だけで笑いを返す。そして、もう一度スープを啜ると、ゆっくりと飲み込んだ。
「弾がね、あと一発しかないんだ」
焚き火に溶けるように消えたその言葉だったが、確かにもう一人の少年には届いていた。切り裂かれるような胸の痛みに、短髪の少年の息が詰まる。風の音がやけに大きく聞こえる室内で、長髪の少年は一呼吸置いて話し始めた。
「ま、しょうがないよね。これ抱えて飢え死にしちゃってもバカみたいだし」
長髪の少年がそら笑いをすると、そんな彼へ、短髪の少年が痛ましげな顔を向けた。
「俺たちは、何回もこいつに助けられたじゃねぇか。今はこんなでも、またすぐに弾を買えるくらいの金を稼げば良い。だから、考え直せよ」
昼間の威勢の良さはカケラも見当たらず、短髪の少年は縋るように言葉を絞り出す。静かにそれを聞いていた長髪の少年は、おどけるように明るい声を出した。
「ま、あと一発残ってるわけだし。これが残ってるうちはまだ使えるからね。使えなくなるまでは手元に置いとくよ」
その一言に、短髪の少年からわずかに力が抜ける。小さく息を吐いた彼はスープを一口すすると、美味そうに飲み込んだ。
「明日は、奥の方探してみるか。昼間のヤツらはそこ目当てでここまで来たってよ。何か良いもんがあるんじゃねぇか」
「いいねぇ。あいつらに持って行かれる前に、僕たちで金目のものは持って行っちゃおうか」
長髪の少年は、そう言っていたずらげに笑う。短髪の少年がそれに笑い返すと、残りのスープを一息に飲み込んだ。
「ごちそーさん!」
そう言った短髪の少年は、皿を床に置く。勢いよく立ち上がり窓辺に近づくと、身を乗り出して外を見渡した。明日の目的地となる場所へと目を向けると、仄かに明かりがともっているのが見える。
「……あいつら、何食ってんだろうな」
「子どものクセにホバー船なんか持ってるんだし、何か美味いもの食べてそうだよね」
「あー、せめて食い物だけでもとれてたらなぁ!」
短髪の少年はそう言って大きく伸びをする。その様子を見ながら小さく笑った長髪の少年は、ゆっくりと味わうように味の薄いスープを口に含んだ。
次回更新日は10/15(木)22時です。




