十四話
凍りついた雪を踏みしめる音が、薄明の夜空の下に響く。少年二人は、白い息を吐きながら山間の研究施設を目指していた。鼻先を赤くした短髪の少年が長髪の少年に話しかける。
「飯の時、こっちの方に灯りが見えた。あいつらはもう先に入ってるっぽいな」
「そうだね。鉢合わせても、あいつらに手は出さないよ」
「わーかってるって」
軽い口調で答えた短髪の少年が、もう一人の少年に目を向ける。そこには、今にも泣き出しそうに口を引き結んだ顔があった。それを見た短髪の少年は、こらえきれずに笑い出す。そして、相手の肩を遠慮なく叩いた。
「そんなに力入れんなよ!大丈夫、いつも通り金目の物を見つけて、それを金に換える。今晩は久しぶりに美味い飯食ってあったかい部屋で寝る。そんだけじゃねえか!」
そう言ってにかっと笑った短髪の少年につられるように、長髪の少年が吹き出す。笑顔をこぼしながら、長髪の少年は言い返した。
「なんか僕だけ気合い入ってるみたいじゃん。別に普通だけど」
「ほんとかぁ?めっちゃ泣きそうだったけどぉ?」
「もうやめてよね、そんなんじゃないから!ってか、そっちも実は緊張してるんじゃないの?」
お互いにからかい合い、笑い合いながら歩みを進める。しばらくして、二人は目的地へと辿り着いた。立ち止まった二人は、先ほどの明るさが嘘のような無表情でその先を見つめる。目を合わせて小さく頷いた少年たちは、色濃い夜のような闇へと足を踏み入れた。
研究施設の硬い床は雪の上より歩きやすいが、音を出さないことは困難だった。それでも出来るだけ足音を殺して歩く二人は、灯りも持たずに研究施設を探る。扉が外れた部屋の前に辿り着くと、揃って姿勢を低くして中へと滑り込む。その部屋で最初に目に入った物は、昼間に仕留め損ねたホバー船だった。その瞬間、二人が総毛立つ。
「そのホバー船に指の一本でもかけてみろ。どっちかの喉を掻き切ってやる」
どこからか、声が部屋中に響き渡った。その冷たい声を聞いて、二人の額に冷や汗が浮かぶ。わずかに後ろを振り返った短髪の少年は、長髪の少年に目配せをして退室を促した。長髪の少年は小さくうなずくと、そのままゆっくりと後ずさる。その姿が見えなくなってから、部屋に一人残った短髪の少年が声を張った。
「お前らと、お前らの持ち物には手を出さねぇ。でも、遺跡にあるものは持っていく」
その声に返事はない。嫌に耳につく鼓動が、短髪の少年には不快でたまらなかった。思わず耳をふさぎかけたその時、再び冷たい声が降り注いだ。
「夜明けとともに私たちは出発する。それまでこの部屋には手を出すな。分かったら、そのまま部屋を出ろ」
知らず息を詰めていた彼は、その声を聞き届けると小さく息を吐いた。警戒しつつ部屋を出ると、涙を浮かべてへたり込む長髪の少年に出迎えられる。薄暗い屋内でもわかるほど、強く握りしめたライフルが微かに震えていた。
「なに、めっちゃ泣きそうじゃん」
そう言いながらも、短髪の少年の声は弱々しく震えている。言葉が続かない二人は、床に座り込んで微動だにしなかった。ただただお互いの無事に安堵し、そして己たちの惨めさに顔を歪ませるだけだった。短髪の少年は、淀んだ空気を断ち切るように勢いよく立ち上がる。
「さ、行くか!」
一拍遅れて、長髪の少年も慌てて立ち上がった。さほど長くない通路を、少年たちは頼りない足音を響かせて歩く。そのまま突き当たりまで進むと、そこには土砂で埋もれかけた上り階段があった。
二人の少年が立ち去った部屋は、まるで何事もなかったかのように静寂が満ちていた。その静寂の中を、音もなく影が入口まで動く。影は通路から人影が消えたことを確認すると、室内に小声で話しかけた。
「もう動いても大丈夫」
ソラの声を聞いたウルは、部屋の真ん中に据えられた大きな機械の後ろから顔を覗かせる。恐る恐る部屋の入口に近づき、ソラへ声を掛けた。
「ありがとう、気づいてくれて助かった」
ウルが掠れた声で礼を言う。小さく胸を張ったソラは、改めて通路に目を向けた。
「あいつら、奥に向かった。今のうちにこの部屋を探索した方が良い」
「そうだな、さっさと終わらせよう。僕が調べるから、ソラはあいつらが来ないか見張っていてくれるか」
「わかった、任せてほしい!」
ソラはそう言って勢いよく頷くと、通路を見渡せる位置を陣取る。一方、踵を返したウルはホバー船からランタンを取り出して火を灯した。照らし出された壁際の本棚へ近づくと、ランタンを掲げて並ぶ蔵書の確認を始める。一定のリズムを保ち、本が取り出され、めくられて、再び戻される。お眼鏡にかなったのか、床に置かれた木箱へと納められる物もあった。いくつかの本が木箱に納められたころ、ウルがソラに問いかける。
「ソラはなんでそんなに耳が良いんだ?イズヤさんが言ってたけど、身体能力もいいって」
部屋の外に集中していたソラは、唐突なウルの問いかけに一拍おいて振り返った。思ってもいなかった問いに、あっけらかんと答える。
「わからない。でも、イズヤはそういう体質なんだって言ってた。家族みんなそうだったんじゃないかって」
平然と答えたソラよりも、ウルの方が気まずい表情だった。持っていた本を閉じて木箱に移すと、ためらいながら口を開く。
「ソラは、自分の家族がどんなだったのか、覚えてるのか?」
「ちょっとだけ覚えてる。お父さんとお母さんとおじいちゃんと一緒に住んでた。お父さんとおじいちゃんは、いっつも山からトナカイとか熊を狩ってきてた。ウルの家族は?」
本を引き抜こうとしたウルの手が止まった。不自然に間が空き、ソラが小首をかしげる。再び動き出した手は、ぎこちなく本を引き抜いた。
「僕の家族は、先生とロゼだよ」
「……そっか。いつか会ってみたい」
「そのうち会えるさ」
ソラは、その言葉を聞くと再び廊下に注目する。ウルが本をめくる音を聞きながら、ソラは今ではもう朧げな家族の面影を思い出していた。
土砂で埋もれた階段の上には、やはり半分が土砂で埋め尽くされたフロアがあった。埋もれていない小さな部屋の一つから、ほのかに明かりが漏れている。部屋の中では、ランタンを掲げながら歩く少年たちが、部屋に立ち並ぶ棚を一つ一つ確認していた。
「本ばっかりだね。この部屋は、特に収穫はなさそうかな」
呼び掛けに返事もせず、短髪の少年は虚ろな目で棚を眺めていた。その様子を訝しんだ長髪の少年は、振り返って相方へと再び声を掛ける。
「どうしたの、なんか見つけた?」
その一言にハッとした短髪の少年は、すぐにヘラっと笑い返す。
「わりい、ちょっとボーっとしてた。こっちも何もねぇわ」
「……そっか、じゃあ次の部屋行こうか」
並んで小部屋を後にした二人は、砂利を踏みしめる音をフロアに響かせる。長髪の少年が横目で隣の様子を窺うが、短髪の少年はやはりどこか上の空だった。続いて入った部屋は、中央に二抱えはありそうな機械が鎮座する広い部屋だった。
「この部屋、当たりっぽくない?」
そう言って弾む足取りで部屋に入った長髪の少年は、早速部屋の物色を始める。後に続いた短髪の少年は、首を回して部屋を一通り見渡した。そのまま壁際に並んだ棚に近寄ると、ランタンを傍らに置いて棚に並んだ本を一冊手に取る。無造作に開いたページは、数枚の鉱石の写真と大量の細かい文字で埋め尽くされていた。
「……こんなもん、どんだけあっても俺たちを助けてくれねぇじゃねぇか」
少年は小さくそう零しながら、今にも泣き出しそうに顔を歪める。力任せに本を閉じると、勢いよく手を振り上げて、乱暴に床に叩きつけた。その音を聞いた長髪の少年が、目を見開いて相方へと振り返る。
「どうしたの、変なものでもあった?」
「何でもねぇ。それより、そっちは金目の物はあったか?」
「今からそれを確認するところだよ」
短髪の少年がランタンを手に長髪の少年へと近寄る。中央の機械の正面に陣取って座り込んでいた長髪の少年は、機械の根元にある蓋をこじ開けようと奮闘している最中だった。
「ここが一番お宝がありそうなんだよね。でも、何しても開かなくってさ」
眉根を寄せながら奮闘する相方をよそに、短髪の少年は周囲を見渡す。そして、床に放置された金属パイプを見つけると、それを拾い上げた。
「ちょっとどいとけ。こんなもん、ぶん殴れば一発だ」
短髪の少年が、金属パイプを勢いよく振りかぶると、部屋中に鋭い打撃音が響き渡った。何とかカバーを引きはがして空いた穴をのぞき込んだ、その時だった。つんざくようなアラーム音が施設中に鳴り響く。思わず身をすくめた二人が、背中を合わせて周囲を警戒する。
「この音、なんなんだ!」
「分かんない!でも、確実にヤバい!」
二人がそう叫んだ次の瞬間、アラーム音が鳴りやむ。静寂が二人の焦燥を掻き立てる。それぞれライフル銃と鉄パイプを握りしめて辺りへの警戒を続ける二人は、やがて微かな金属音と地面の振動に気が付いた。徐々に大きくなる音と振動に、顔色を失った二人が同時に部屋の出口へと駆け出す。その足を止めたのは、入口に現れた巨大な動く機械だった。
次回更新日は10/19(月)22時です。




