十八話
翌朝、ソラは寮のロビーでウルを待っていた。しばらくして目の下にクマが浮かんだ顔で階段を降りてきたウルを見つけると、ソラは駆け寄っていった。
「ウル、おはよう。昨日は晩ご飯食べなかったみたいだけど大丈夫?」
「おはよう、ソラ。大丈夫だよ」
ウルは生返事を返してそのまま寮の出口へと向かうと、並んで歩いていたソラが慌ててウルを引き留める。
「朝ごはんは?今日の朝ごはんも美味しかった」
「いらない、お腹すかないんだ。このまま仕事に行くよ」
その一言でソラの顔色が変わる。ウルの腕を強く掴んで引き留めると、語気を強めて話す。
「だめ、ご飯食べないと動けなくなる。一口だけでも食べて」
そう言ったソラは、ウルの腕を掴んだまま食堂へと歩き出した。ウルはどこか他人事のように、自分を引きずって行くソラの背中をぼんやりと眺めていた。
朝食を食べ終えた二人が資材調達部事務室へ入ると、そこにはもう皆が集まっていた。事務室の奥で輪になりながら何事かを相談する大人たちを、入口の傍に立つアウスとカイラが不安げに見つめている。
「おはようございます!」
ソラが大きな挨拶と共に部屋へと入ると、大人たちの視線が入口へと集まった。その中にはロゼの姿もあり、ロゼを見つけたウルはやさぐれたように顔をそらす。そんなウルの心中を知ってか知らずか、ローティンがウルを呼び寄せた。
「ウル、ちょっといいか。大事な話があるんだ」
その一言に、ウルは不安げにローティンへと顔を向ける。眉尻を下げながら大人たちの輪へ近づくと、自然とウルが入れるだけのスペースが作られる。ウルは遠慮がちにその中へと進み入ると、先ほどとは違うおどおどした表情で大人たちを見渡した。縮こまったウルを見たローティンが、困ったように笑って声をかける。
「そんなにビビるなよ。ロゼさんの今後の事だ」
その一言を聞いてウルの体が強張る。ウルがゆっくりとロゼへと視線を合わせると、ロゼはゆっくりと話しだした。
「いい、ウル。よく聞いてね。私はこれからレイザンティの動向を探る。この辺り一帯を広く巡ることになるわ」
不安げにウルの瞳が揺れる。自分の服を強く握りしめると、ゆっくりとロゼに尋ねた。
「この街で一緒に暮らすんだよね?フリセプンクトから色んなところに向かうんでしょ?」
その一言で、事務室が沈黙に包まれる。ロゼは深く俯くと、大きく深呼吸をして再び顔を上げた。
「この街が拠点にはなるわ。帰ってくる頻度がどれくらいになるのかは分からない。二週間くらいかもしれないし、半年以上帰れないかもしれない」
ウルの手に更に力が込められる。浅く息をしながら何かを訴えるようにロゼを見つめるが、ロゼは何も言わなかった。大きく顔を歪めたウルが、絞り出すように声を出す。
「それなら僕も一緒に行く。僕もロゼに着いていく」
「だめよ、ウルはここに残りなさい」
間髪を入れず答えたロゼに怯んだウルだったが、なんとか食らいつくように言い返した。
「僕、ホバー船の運転もできるし、野営だって出来る。全部、ロゼが教えてくれたことだよ。ちゃんと出来るようになったから、一人で探索に行っても良いって許してくれたんでしょ?僕、ロゼの邪魔にならないように今までよりも頑張るから。だから、僕も一緒に連れていってよ」
掻き消えそうな声でそう訴えるウルに、大人たちは顔を見合わせる。輪の中で黙って様子を伺っていたジュタンだったが、タバコに火を付けて一服するとポツリとこぼした。
「連れて行っても良いんじゃねぇか?お前もこいつがいて助けられることもあるだろう」
「でも……」
ジュタンにそう言われたロゼが、渋るように眉を寄せる。すると、それまで入口の横の壁にもたれて話を聞いていたソラが恐る恐る口を挟んだ。
「ウル、外に行っちゃうと、多分もう博士のところに行く時間なくなる。いっつもすごく楽しそうなのに、それでも良いの?」
「ソラちゃん、詳しく教えてくれる?」
ロゼがそう尋ねるのと同時に、ウルが勢いよく振り返る。ウルに睨まれたソラは気不味そうに目を泳がせたが、意を決したように話し始めた。
「町の外れで色んな機械を作ったり発明したりしてる博士がいる。ウルは毎週その人の所に通って、いろいろ勉強してる。いっつも楽しみにしてた」
「ソラには関係ないだろ!僕だってそうしたいけどしょうがないじゃないか!」
ウルがなんとか話を遮る。ソラは涙目になりながらもウルから目を逸らさなかった。ロゼはゆっくりと目を閉じ、そして何かを決めたように再び目を開いた。
「ウル、やっぱりあなたはここに残りなさい」
「いやだ!僕も行く!」
ウルが悲痛な声でそう訴えるも、ロゼは表情を変えなかった。
「やりたいことがあるんでしょう?ならそれをやりなさい。大丈夫、心配しなくてもちゃんとここに帰ってくるわ」
「いやだ、一緒に行くんだ……」
「ウル、話を聞きなさい」
穏やかにそう諭すロゼだったが、ウルは駄々をこねるように首を振る。その時、それまで静観していたローティンが口を開いた。
「ウル、一旦落ち着け。ロゼさんも、頭ごなしに決めつけるのはよくない」
その一言で場の空気が一変する。二人を宥めたあと、ローティンはウルを見据えてさらに続けた。
「いいか、ウル。ロゼさんは準備だなんだで一週間ほどこの街にいる予定だ。その間にしっかり考えて、自分で決めるんだ。自分がどうしたいのか、どうするのが一番いいのか。無駄なことを考える余裕はないが、答えを出すだけの時間はあるだろう」
その一言にウルは唇を噛み締める。その横でロゼが物言いたげに口を開くが、何も言い出せずに口を閉じた。そんなロゼを一瞥したローティンは、淡々と言葉を続けた。
「なんにしてもウル自身で決めて結論を出した方が良い。こういうことは、他人に決められると後悔するに決まってんだ」
そう言ってローティンが席を立つと、イズヤがあとを引き受けるように口を開いた。
「さぁ、この話はここまでです。皆、それぞれの仕事にかかってください」
そう言って子供たちに退出を促すと、子供たちは沈痛な面持ちで部屋を出ていく。その背中を見送ったあと、ロゼが震える声で切り出した。
「私は、あの子にはこの街にいて欲しいんです。危険な目に、合わせたくないから」
「大丈夫、分かってるよ。ウルもちゃんと分かってるはずだ。それでも、あいつに選ばせないといけないんだよ」
ローティンがそう答えると、部屋に再び沈黙が落ちる。眉間に深い皺を寄せたロゼの手は、爪が食い込むほど強く握られていた。
抜けるような青空の下、ウルとソラが深雪の中をソリをひいて歩いている。二人の歩く音だけが響く雪道は、一面の白雪に染められてどこまでも伸びていた。赤くなった目元をこするソラを横目で見ていたウルが、ポツリとこぼす。
「なんであんなこと言ったんだよ」
その問いにソラからの返事はない。微かに鼻をすする音だけが返ってくると、ウルが勢いよく傍らの雪を蹴り上げる。その様子をただ見ていたソラだったが、もう一度鼻をすすると鼻声で答えた。
「ウル、いっつも楽しそうに博士の所行ってたの、知ってる。なのに、さっきのウルはすごく辛そうだった。ウルが、ロゼさんのことを思ってついて行くって言ったのは分かってる。でも、簡単に決めてほしくなかった」
雪に吸いこまれるようにソラの声が途切れた。首元のマフラーを鼻先まで引き上げたウルは、そのまま自分の鼻を押さえる。そして、鼻を押さえたまま強がるように声を張った。
「余計なお世話だ。そんなことしてくれって頼んでない」
「……なんて言われても謝らない。ちゃんとウルが自分で決めたことなら、もう誰も何も言わない」
再び雪道に二人の足音だけが響く。延々と続くかに思われた雪道の先にガラス張りの温室の入り口が見え始めたころ、ウルの歩調がソラを置き去りにした。
「そんな顔で人前に出るの嫌だろ。ここは僕が行ってくるから」
その言葉がソラの足を止める。温室に入っていくウルを見届けた後、雪道の真ん中でうずくまったソラの背が抑えきれないように震えていた。
次回更新日は11/5(木)22時です。




