十九話
西日が差し始めたころ、仕事を終えたウルとソラは資材調達部事務室へと向かっていた。会話もないままに事務室へとたどり着いた二人は、静かにドアを開ける。
「ウルとソラ、戻りました」
そこには顔を突き合わせているジュタンとイズヤがいた。イズヤが二人に気付いて声を掛ける。
「二人とも、おかえりなさい。ウル、戻って早々にすみませんが、お願いしたいことがあります」
ぼんやりと顔を上げたウルが二人へ近づく。入口に留まったソラは、壁にもたれてその様子をうかがっていた。
「明日、砦に向かってほしいんです。使用済みのエネルギーパックを回収してきてください」
思わぬ言葉に不意を突かれたウルは、眉尻を下げて二人を見つめる。それを見たジュタンが、ウルと目線を合わせるように腰をかがめる。
「お前も砦からほとんど身一つで飛び出してきたんだ。ここを出ていくにしろ留まるにしろ、必要なものがあれば取ってこい」
そう言ってウルの額を指で弾く。弾かれた額を手で押さえたウルは、しばらく目を伏せてから口を開く。
「……ニコを連れて行ってもいい?」
それを聞いたジュタンは、そのまま、かかっと笑いながらウルの頭に手を置く。
「あぁ、もちろん連れて行け。どうせあいつも受付で寝ているだけだろうからな。砦の方向は大体わかっているだろうが、明日の朝改めて確認しておくか」
その一言を聞いて頷いたウルを見て、更にイズヤが言葉を続ける。
「早速ですが、今から準備を始めて下さい。隣の部屋に必要な物資はある程度揃っているでしょう。もしも足りないものがあれば、相談してください」
「わかりました、いってきます」
ウルはそう言うと、ソラには目もくれず事務室を出ていく。パタパタ、という足音の後に隣の部屋で物音が響き始めると、ソラが勢いをつけて壁から離れた。
「義父さん、部屋にいる?」
イズヤを見上げながらそう問いかける。イズヤが頷くと、ソラは部長室の扉をノックした。
「おう、入れー」
部屋の中からローティンの声が返ってくる。ソラはぎこちなくドアノブに手をかけると、一呼吸おいてから部屋へ入った。部屋の中で机に座り書類とにらみ合っていたローティンは、扉が開いた音に反応して書類から顔を上げる。
「ソラ、エネルギーパックは配り終わったか。お疲れさん、今日はもう上がっていいぞー」
その声を聴きながらソラがゆっくりとドアを閉める。何も言わないソラを不思議に思ったローティンが再び声を掛けた。
「ソラ、どうした?」
「義父さん、お願いがある。」
難しい顔をしたソラはそう言いながら、ローティンが腰掛けている椅子の横に立つ。書類を置いたローティンがソラへと向き合うと、ソラは固く目を閉じた。そして恐る恐る目を開くと、ゆっくりローティンと目を合わせて静かに話し始める。
「……明日、ウルが砦へ向かうって聞いた。私もついて行きたい」
それを聞いて目を大きく開いたローティンが、部屋へと差し込む夕日に照らされたソラの顔を改めて見る。そのままソラを凝視していたローティンだったが、ふっと力が抜けたように笑うと固く握られたソラの手を包むようにすくい上げた。
「お前、友達らしい友達が出来たの初めてだもんなぁ。そりゃ気になるよな」
その一言にソラは深く俯く。ソラのつむじを優しく見つめながら、ローティンは言い聞かせるように話し始めた。
「いいか、ソラ。それは俺に聞くことじゃない。ウルに聞いて、もしもウルが構わないと言えばついて行けばいい」
それを聞いたソラが勢いよく顔を上げる。その潤んだ瞳を見て困ったように笑ったローティンだが、すぐに表情を引き締めるとソラの手を握る力を少し強めた。
「だけどな、もしもついていくことになってもウルが答えを出す邪魔はするんじゃないぞ。あいつを大事な友達だと思うなら、自分に都合の良い答えを出させようとしちゃいけない。どんな答えも受け入れるんだ」
その一言をソラは黙って聞いていた。そして、目元に力を入れて再びゆっくりと口を開く。
「分かった、邪魔しないってちゃんと約束する。義父さん、ありがとう」
ソラはそう言うと、ローティンの首に手を回して強く抱きつく。ソラの背に回ったローティンの手が優しくその背を撫でると、ソラはゆっくりと離れた。
「ウルに話してくる」
「あぁ、行っておいで」
ローティンに見守られたソラが転がるように部長室を出ていく。その背を見送ったローティンは、ソラが出ていくと大きく伸びをして天井を見上げた。
「見守ることしかできないってのも歯がゆいもんだよな」
誰に聞かせるでもなくそう呟くと、そのままゆっくりと瞼を閉じた。
風のない夜空の下、雪明りにフリセプンクトの街が浮かび上がる。町人会館の中庭にあるベンチに腰掛けたウルは、ぼんやりとそれを眺めていた。しばらくして、会館から足音が近づいてくる。
「お、ウルか?お前どうしたんだ、こんなところで」
声をかけられたウルがベンチから立ち上がって振り向くと、そこにはくたびれた顔をしたローティンが立っていた。
「こんばんは。ちょっと考え事をしてました。ローティンさんは今仕事が終わったんですか?」
「あぁ、もうちょい早く上がりたかったんだがなぁ。久々に一杯ひっかけるつもりだったんだ」
そう言ったローティンは、懐を探りつつベンチへと腰掛ける。それにならってベンチへと腰掛けたウルは、探るように横目でローティンを見やった。懐からタバコと金属製の携帯灰皿を取り出したローティンは、引き続き何かを探しながらウルへと声を掛ける。
「俺に何か聞きたいことでもあるのか?」
その一言に背筋を伸ばしたウルが、誤魔化すように視線を泳がせる。笑いながらそれを見ていたローティンが、ようやく見つけたライターでタバコに火を付けた。一通り慌てたウルが、観念したように口を開く。
「今朝、あのままだったら僕はこの街に残ることになってたと思うんです。でも、ローティンさんは僕に決めろって言ってくれました。なんで僕に決めさせてくれるんですか?」
タバコを吸いながら話を聞いていたローティンが、大きく煙を吐き出す。そのまましっかりとウルの目を見て答え始めた。
「どっちの道を選んでも、お前は何かを諦めることになる。それなら、せめて自分で納得して選びたいだろ?少なくとも俺ならそうだ」
そこで区切ったローティンは深くタバコを吸い込むと、宙に向かって煙を吐き出す。ローティンの返事を聞いたウルは、そのまま目線を下げてジャケットの裾をいじり始めた。そんなウルに構わず、ローティンは再び口を開く。
「今まで住んでたところが急に襲われて、育ての親と引き離されて知らない奴らに囲まれて暮らすことになった。しんどくて当たり前だ。その上に、自分の身の振り方まで答えを出さないといけない。正直、お前は愚痴も吐かないでよくやってると思う」
その一言にウルの手が止まる。そのまま裾を握りしめると、震える声がこぼれた。
「僕、怖いんです。何を選んでも間違ってそうで、誰かをガッカリさせそうだから。今日一日ずっと思ってました。何でこんなことになったんだろう、砦で暮らしてた頃に戻れたらいいのにって」
ウルの言葉が途切れ、耳が痛くなるような沈黙が落ちる。俯くウルの横顔を見つめていたローティンは、携帯灰皿にタバコの灰を落として再び話し始めた。
「さっきも言っただろ。何を選んでも、お前は何かを諦めることになる。そんな時は他人の心配はしなくてもいいんだ。そのかわり、しっかり考えろ。吐きそうになるくらい考えて、それでも諦められない、捨てちゃいけないものは何なのかってな」
その一言でウルは顔を上げる。ウルと目が合ったローティンはタバコを咥えたまま微笑む。
「あとな、時間が戻ればいいのにって気持ち、分かるよ。俺も何度そう思ったか分からんよ」
ローティンの思いもよらない一言にウルが目を丸くする。そんなウルを見て、ローティンは苦笑いをこぼした。
「でも、何があっても時間は戻らない。起こったことを引きずって、それでいじけていつまでもうずくまってたら、この先何もいいことないぞ」
その一言にウルが奥歯を噛み締める。優しく目を細めたローティンは携帯灰皿に吸い殻を押し込めると、改めて体をウルに向き合わせた。
「分からないことは誰かに聞いてもいいし、誰かに相談してもいい。まだ時間はあるからな。だから、考えることから逃げ出すんじゃないぞ」
「……はい」
かすれた声でそう答えたウルに、ローティンは頷く。そのまま腰を浮かしかけたローティンだが、何かを思い出したように再びベンチに腰かけた。
「あと、ソラのことだが。明日連れて行ってくれるんだってな。あいつのわがままを聞いてくれてありがとう」
そう言ってローティンは頭を下げる。それに慌てたウルが顔の前で大きく手を振ると、しどろもどろになりながら話し始めた。
「別にお礼を言われるようなことじゃないです。エネルギーパックを運ぶのも二人でやったほうが楽だし」
少し顔を赤らめたウルに、ローティンは語りかけた。
「それでもあいつ、一緒に行けるって嬉しそうだったよ。だからってあいつに気を使って答えを変える必要はないからな。それはそれ、これはこれだ」
そう言うと、ローティンは今度こそ腰を上げた。立ち上がり宙を見上げて深呼吸をすると、寮に足を向ける。
「じゃあ俺はそろそろ帰るわ。お前も明日は朝早いだろ。なるべく早く寝ろよ」
「はい、おやすみなさい」
ローティンは歩きながら後ろ手にウルへ向かって手を振る。その姿を目で追っていたウルだったが、ローティンが寮に入ったのを見届けると再び視線を街へ向ける。雪明りで仄かに照らされた街は、まるで幻のようにふわふわとウルの目に焼きついた。
翌朝、桟橋の上にはウルとソラとニコ、そして見送りに来たロゼとジュタン、ローティンの姿があった。
「じゃあ二人とも、気をつけて行ってこいよ。くれぐれも無理するんじゃないぞ」
「食料は余分に持っただろう。何かあれば、一泊くらい伸びても問題ないからな」
ローティンとジュタンの言葉に二人は頷く。ジュタンはニコの前にしゃがみ込むと、その頭を撫で回しながら語りかけた。
「ニコ、お前もちゃんと仕事してこいよ」
「わふっ!」
ジュタンに答えるようにニコが小さく吠える。その傍らでロゼがウルへと近づくと、ウルの頬を両手で包み話し始めた。
「無事に帰ってきてね。私はここで待ってるから」
眉尻の下がった顔で何とか笑おうとするロゼに、ウルは抱きつく。ロゼの手が背に回されたのを感じながら自分の額をロゼの頬に擦り付けると、ウルはくぐもった声を出した。
「ちゃんと帰ってくるよ。だから、心配しないで待っててね」
そう言ったウルはロゼから離れる。名残惜しげに離されたロゼの手がゆっくりと降ろされると、二人と一匹はホバー船に向かった。一行が乗り込んだホバー船は僅かに雪に沈み込んだが、ウルがエンジンをかけるとふわりと浮き上がる。
「行ってきます!」
ソラが声を張り上げて、ウルも片手を上げる。その姿を桟橋の上の大人たちは手を振る。朝日に照らされたホバー船は、雪面に軌跡を描きながらフリセプンクトの街を旅立っていった。
次回更新日は11/9(月)22時です。




