閑話
人もまばらな食堂の片隅、ウルとソラは湯気の立ち昇るスープに手もつけず、次々と食事を口に運んでいくアウスとカイラを眺めていた。
「……もうちょっとゆっくり食べたほうがいい。テーブルに飛び散ってる」
目を細めてたしなめるソラには目もくれず、二人はひたすらに食事を平らげる。スープの皿が空になると、ひとごこち着いたようにほう、と息をついた。
「お前ら、いっつもこんなに美味いもん食ってんのか?それとも今日だけ特別か?」
「こんなに具がいっぱい入ったスープいつぶりだろうね。パンにはチーズまで乗ってたよ」
嬉々としてそう述べた二人に、ソラは得意げな顔をする。
「確かに、ここのご飯はいつも美味しいよね。僕もここに来て数ヶ月だけど、どのご飯も美味しかったな」
ウルがスプーンを握りながらそう言うと、四人の背後から気持ちの良い笑い声が響いた。
「うちのご飯を気に入ってくれたみたいでどうもありがとね!この二人、資材調達部の新入りかい?」
そう言いながら近づいてきた女が朗らかに笑うと、アウスとカイラも屈託なく笑い返す。
「そう、俺たち今日からここで暮らすんだ。俺はカイラ!」
「僕はアウス、よろしく」
二人から自己紹介を受け、女性はクッキーが乗った皿を四人の前に置いた。
「私はマト。ここで旦那と一緒にみんなの食事を作ってる者さ。これはお近づきの印にってやつだね」
促されてクッキーに手を伸ばすアウスとカイラを、ウルとソラは笑って眺めた。無造作に口に入れて噛み続けるうちに、二人はどんどん目を輝かせていく。
「すっごく美味しい。初めて食べたよ!」
「お気に召したようで何よりだ。あんた、この子たちクッキー気に入ったようだよ!」
マトが厨房に向かって声を掛けると、カウンターから身を乗り出して様子を伺っていた男がひらひらと手を振った。
「あれがうちの旦那のゲルズさ。あの人子供好きだから、たまに声かけてやってよ」
「おっちゃん、ありがとー!これ、めっちゃうめぇ!」
アウスが厨房に向かって声を張り上げ、カイラも大きく手を振る。眉尻を下げて大きく破顔したゲルズは、鼻歌を歌いながら厨房の奥へと消えていった。
「元気な子が増えるとここも賑やかになって良いね。これからも美味しくご飯食べてってよ」
「分かった、毎日すっげぇ楽しみにしてる!」
「僕も!」
二人の返事を聞いたマトは、カラカラと気持ちのいい笑い声をあげた。
「アウスとカイラ、あなた方は読み書きは出来ますか?」
午後になり資材調達部事務室に戻った四人を出迎えたのは、眉間に皺を寄せたイズヤだった。唐突な質問に、アウスとカイラは首を横に振る。
「わかりました、ひとまず必要書類の内容は私が読み上げます。名前の欄は、こちらを真似して記入してください」
そう言うと、イズヤはメモ用紙にペンを走らせる。メモ用紙に書かれた几帳面な文字を見た二人は、少し唇を尖らせた。
「めんどくせぇ、あんたが書いてくれりゃいいじゃん」
「そうはいきません。今後うちで働く以上、読み書き計算は必須です。手始めに自分の名前から覚えましょう。それと、私の名前はイズヤです」
そう言って二人を椅子に座らせる。不貞腐れながらもペンを持ちイズヤの声に耳を傾ける二人を、ウルとソラは入り口近くのベンチに座り眺めていた。
「……文字の練習」
「ん、どうした?なんか言った?」
ソラがぼそっとこぼしたひと言を聞きつけたウルが聞き返す。ソラは目を泳がせながら頭を振るが、しかしわざとらしく大きなため息をついた。
「なんだよ、言いたいことは言えばいいだろ」
「別に、何でもない」
そう言って立ち上がったソラがドアの取手に手をかけたその時だった。
「ソラ、待ちなさい。二人とも、しばらく待っていてください」
イズヤに声をかけられ、ソラの肩が小さく跳ねる。重い足取りでベンチに戻ったソラの顔には、焦りと諦めが浮かんでいた。いよいよ訳が分からないウルは、それでもおとなしく待ち続ける。横に座るソラのため息に押し潰されそうになったころ、書類の準備が終わったらしいイズヤが二人を呼び寄せた。
「二人とも、お待たせしました。さて、先ほども言いましたが、資材調達部で身元を預かる以上は読み書きと簡単な計算は最低限覚えてもらわなくてはなりません。ですので、明日よりその勉強を始めてください」
その一言にソラ、アウス、カイラの顔が歪む。三人をジロリと見据えたイズヤは、軽く目をつぶるとウルへと顔を向けた。
「ウル、あなたその辺りは十二分にできますよね。手間を取らせますが、三人に教えてあげてください。その分、あなたには何か報酬を出しますので」
「ずるい、ウルだけ特別扱い!」
口を尖らせたソラが声を上げると、イズヤは冷たい声で反論を始める。
「何が特別扱いですか。本来なら誰か大人が指導すべきところを、人手が足りていないという理由でウルにお願いするのです。それなりの見返りがないと割に合いません。それにソラ、あなたももっと身を入れて勉強していたらウルと同じく指導する側にまわれたんですよ。あなたがここ最近勉強をサボりがちなのは、ちゃんと分かっていますからね」
口を挟む隙を与えずに一気にまくし立てると、二の句を継げなかったソラが拗ねたように俯く。
「私も週に一度くらいは顔を出します。いいですか、決しておろそかにしてはいけませんよ」
そう言ったイズヤは、アウスとカイラの名前が書かれた書類を手に立ち上がった。
「四人とも、今日はもう上がって構いませんよ。かわりに、アウスとカイラの部屋を整えてください。寮に話は通してありますので」
そう言い残して、イズヤは部屋を出ていく。イズヤの背を見送ったウルが振り返ると、そこには暗い顔でうなだれる三人の姿があった。
「……平和だねぇ」
事務員の青年が窓の外を見ながらポツリと零す。穏やかな昼下がりは、静かに呑気な空気を醸し出していた。
日も沈み始める頃には二人の部屋の準備も整い、四人は再び事務室へと足を向ける。
「今日から柔らかいベッドで寝られるとか、嘘みたいだな」
「本当に、昨日の夜からじゃ考えられないね」
満面の笑みでそう言ったアウスに、カイラも同意する。二人の前を歩いていたソラは暗い声でぼやいた。
「でも、明日から勉強しないといけない。めんどくさい……」
「そんなに嫌なのか?難しい事なんか一つもないじゃないか」
「そりゃできるやつは良いけどよ。あんなもん、できて何の意味があんだよ」
「まぁしょうがないね。これからも美味しいご飯と温かいベッドを無くさないためだよ」
そうこうしているうちに事務室へと着くと、カイラがドアノブへと手をかける。
「部屋の準備終わった……」
「本当にごめんねぇ!」
カイラの言葉にかぶさるように響き渡った声に、四人は飛びあがる。四人が覗き込んだ部屋の中では、ローティンとイズヤに大きく頭を下げるヤルンの姿があった。ヤルンのつむじを見つめながら困ったように眉尻を下げるローティンが、部屋に入ってきた四人を手招いた。が、ヤルンはそれに気付かない。
「私がもっとちゃんと見てたらそんな危ないこと起こらなかったのに、全部私のせいだよぉ」
「ヤルンさん、頭上げてくれ。こちらとしても落ち度はあったんだ。それと、詫びよりも無事に帰ってきたことを喜んでやってくれ」
ローティンがそう言いながらヤルンの背後を指さす。それにつられて振り返ったヤルンは、ウルとソラを見るやいなや二人に駆け寄った。
「二人とも、本当にごめん!」
ヤルンはそう言って二人を両腕できつく抱きしめる。苦々しく歪められたその眉には、後悔と自責の念が強く滲んでいた。
「ヤルン、大丈夫。私たち、ちゃんと帰ってきた。すごいでしょ」
そう伝えながら、ソラはヤルンの首に腕を回す。そのまま甘えるようにヤルンに自分の額をこすりつけると、ソラは満足げに笑いを零した。その笑い声を聞いたヤルンは二人を放す。
「そうだね、二人ともすごい。難しいこともちゃんと解決できたんだね」
夕日が差し込む部屋の中、今にも泣きそうなヤルンの顔が照らされる。それを見たウルは、あの日自分の額の傷を見つけたロゼの顔を思い出していた。
「え、機械の赤いボタンを打ったの!?」
「だって、ウルがそれを押せって言った」
「それ、たぶん機械の自爆装置だよ。皆、よく無事だったね」
「え!?」
「多分、その機械って施設を守るための機械なんだよ。一階の機械は全部壊れてたから触ってもなにも反応しなかったんだろうけど、二階の機械はまだ動いてるものがあったんだろうね。で、それに触った君たちを捕まえるために動き出したんだ」
「自爆装置とか、そんな怖ぇもんなんでついてんだ」
「もう打つ手がないって時に、機械が自分でそれを押すんだよ。それで何とか侵入者も撃退するって方法が昔流行ったんだって。もちろん施設も壊れちゃうんだけど、中のものを外に持ち出されるよりはましって考えだったみたい。そもそも、そんなところに非常停止ボタンあったら君たちみたいに止めちゃう奴とかいるでしょ。ウル君、なんでそれを非常停止ボタンだと思ったの?」
「カーディ博士の所で見た機械にも赤いボタン付いてて、それが非常停止ボタンだって教わってたから。僕、てっきりどの機械にも赤い非常停止ボタンがついてるんだと思って」
「あー、カーディさんかぁ。それはまぁ……。うん……」
次回更新日は10/29(木)22時です。




