十六話
「それで、その二人を連れてきた、と」
日の光が差し込む資材調達部事務室は、その温かさとは裏腹に冷たい空気が漂っていた。表情が伺えないイズヤが机に寄り掛かるその後ろで、椅子に座ったローティンが苦笑いを浮かべている。大人たちの顔色を窺って自分の服を握りしめるウルをよそに、他の三人は気ままに佇んでいた。フリセプンクトに押し掛けた少年二人は、興味深げに事務室内を見渡している。イズヤが天を仰いで小さくため息をつくと、ウルとソラの体に力が入る。
「言いたいことは色々、山ほどあるんですが……」
そう言って机から体を離す。そのままウルとソラの前に膝をつくと、眉尻を下げながら二人と目線を合わせた。今まで見たことがないその顔にウルとソラが息を呑む。
「あなた達が無事に帰ってきて、本当によかった」
部屋の中に沈黙が落ちる。お互いに顔を見合わせたウルとソラは、困惑しながらも改めてイズヤに向き合う。大きく息を吸い込んだイズヤは、再び口を開いた。
「今回は、完璧にこちらの段取り不足でした。ことを急ぐのではなく、事前の確認を念入りに行うべきでした。お詫びの言葉もありません」
そう言って深く頭を下げるイズヤのつむじを、ウルとソラは目を見開いて見つめる。唖然とする二人をよそに、イズヤが顔を上げる。
「あなた方は、非常によくやってくれました。ですが、今回の行動が最善であったのか、それは必ず振り返ってください。探索を放棄してでも生きて帰る方が、何よりも大事ですからね」
イズヤが掠れた声で言い終わると、真剣に聞いていた二人は神妙に頷く。それを見てわずかに顔から力を抜いたイズヤは、改めて深呼吸をすると少年二人へと体を向けた。
「次はあなた方です」
まるで他人事のように会話を聞いていた二人は、そう声をかけられてもあっけらかんとしている。それを見たイズヤは、硬い声で尋ねた。
「あなた方は、この二人を傷つけても構わないつもりでライフルを撃ちましたか?」
「え、そんなつもりねぇよ。ただの脅しだもん」
あっけらかんと言い放った短髪の少年は、隣に立つ長髪の少年に同意を求める。頷いた少年は、口を開いた。
「僕たち、そのライフルで誰かを傷つけたことは無いよ」
そう言って、ローティンの前に置かれたライフルを指さす。その一言を聞いたイズヤは、あからさまに安堵の表情を浮かべた。
「分かりました、私からの質問は以上です。この子たちの処遇は部長にお任せします」
「あいよ、引き受けた」
そう言ってローティンは立ち上がる。机の前まで出ると、少年たちに尋ねた。
「あー、俺はこのフリセプンクトの街の資材調達部部長のローティンってもんだ。二人とも、この街で暮らしたいってんだな。今までどうやって生活してたんだ?」
「遺跡で金目のもんを探したり、遺跡で会ったやつを脅して金目のもんを奪ったりしてた」
「たまに大人の手伝いをしてみたこともあったけど、僕たちみたいな子どもを使ってくれるところってあんまりないんだよね」
「散々こき使われた報酬がパンと干し肉だけとかな」
そう言って顔を見合わせた二人は乾いた笑いを零す。少し眉尻を下げて少年たちを見ていたローティンは、俯いて後頭部をさすった。少しの間が空いたあと、ローティンはゆっくりと話し始めた。
「ここでやってくってなると、今までのお前たちのやり方じゃあ通用しないこともあるだろう。もちろんこいつは簡単に使えなくなるしな」
そう言ったローティンは背後の机を指さす。そこには、日の光を浴びて鈍く輝くライフル銃が置かれていた。
「お前たちは、この街のルールを守って暮らしていく覚悟はあるか?」
そう言ったローティンが、瞬きもせずに二人を見つめる。真正面からその視線を受け止めて、長髪の少年がしっかりと見つめ返した。
「それでご飯が食べれるなら。それに、僕たちそれで誰かを傷つけたことはないよ。ちょっと脅したりはしたけど」
そう言って机の上のライフル銃を指さすと、横に立つ短髪の少年も大きく頷いた。それを見たローティンが僅かに頷いて再び口を開いた。
「分かった、その言葉を信じる。資材調達部がお前たちの身元を引き受けよう」
その一言に、二人は満面の笑みで顔を見合わせる。そのまま大きな音を立てて手を打ち合い、喜びの声を上げた。
「これで飯の心配をしなくてよくなるな!」
「寝床の心配もだよ!」
周りの目もはばからず、飛び跳ねて喜ぶ二人を制したのはローティンだった。
「まぁこれから手続きだなんだってあるが、まずはお前たちの名前を教えてくれ」
その一言に、二人は首をかしげる。周囲も訝しげに様子を窺う中、おずおずと口を開いたのはウルだった。
「それが、この二人、名前が無いみたいなんです」
その一言で、周囲は水を打ったように静まり返る。大人たちの顔色が変わったのを察した二人は、一瞬怯むとすぐに自嘲気味な笑いをこぼした。そんな重苦しい空気を、イズヤが一蹴する。
「それでしたら、まずあなた達に必要なものは名前ですね。カイラとアウスでいかがでしょう。この街を建立した偉人の名です」
その一言に呆気を取られた二人の少年は、しかしすぐに目を輝かせる。
「なぁ!どっちがどっちの名前?俺の名前は!?」
弾む声でそう尋ねる短髪の少年にイズヤが答えた。
「あなたがアウスです。勇気をもって皆の先頭に立ち、この街の危機を幾度も救ったそうです」
「じゃあ僕がカイラ?その人はどんな人?」
アウスの後ろから目を輝かせて顔を出したカイラがイズヤに尋ねる。そんな二人を見たイズヤは、クシャっとした笑いを零した。
「カイラは、知を持って人々の生活を支え、街の基盤を作った人物だと伝えられています。どちらも、急な気候変動に混乱するこの地の人々を支え、纏め、そしてこの街の建立に尽力した人物だったそうです」
「よく分かんねぇけど、なんかすげぇ人なんだな!」
「なんか似合わないね、お前そんな風じゃないじゃん」
「お前だって似たようなもんだろ!」
お互いにはにかみながら脇腹を小突き合う。そんな光景を目を細めて見つめていたローティンは、二人に優しく声をかけた。
「じゃあ二人とも、改めてよろしくな。ところで、お前たち朝飯は食ったか?今ならまだ寮の食堂も開いてるだろう。ソラとウルは案内してやってくれ」
「午後になったらこちらに戻ってきてください。それまでに必要な書類などは用意しておきますので」
元気よく返事をした子供たちは、小走りに部屋を出ていく。その後ろ姿を見送ると、ローティンが口を開いた。
「悪い、お前に謝らせちまったなぁ」
「謝るなら私よりあの子達にです。私も懸念事項は浮かんでいましたし、より強く事前調査の必要性を訴えるべきでした」
「まったくだ、あいつらには本当に悪いことをしたよ」
苦虫を噛み潰したような顔でローティンが呟く。重い空気が流れる事務室、その空気を断ち切るようにドアが開いた。
「おう、さっきそこでウルとソラを見かけたぞ、あいつら帰ってきたんだな。あと二人なんか増えてたけど、あいつらなんだ?」
「新しくうちで面倒見ることになったちびたちだよ」
「お、良い事じゃねぇか。賑やかになるなぁ」
「そう楽観視もできません。今後は依頼を受ける際の基準と受けた後の手順を見直さなくては」
どやどやと椅子に腰かけたジュタンが二人の話に耳を傾ける。眉間に皺を寄せたイズヤは棚から幾つかの書類を取り出すと、何事かを書き込み始める。思わぬ出会いから始まった一日は、やがて平穏を取り戻して穏やかに回り始めた。
次回更新日は10/26(月)22時です。




