2.
戦いが終わって王都ティターニアに戻ると、街じゅうの人々が王宮の周りに集まって二人の英雄、アルウィン王子と聖女シャルロットを讃えていました。私たちが魔王討伐に出かけている間、王都では二人を主役にしたお芝居が大流行していて、そのお話の中では二人だけで魔王を倒したことになっていたのです。
一応、私も登場します。惹かれ合う二人の仲を邪魔する悪役として。戦いでは何もできないくせに、いつも王子に付きまとってシャルロットに嫌がらせばかりする意地悪な姉…………一体誰がこんな酷い脚本を考えたんでしょうか。
集まった人々の前で王子は言いました。「魔王を倒すことができたのは、いつも側で支えてくれた聖女シャルロットのおかげだ」と。その隣にお妃様のように寄り添うシャルロットは嬉しそうに頬を染めています。
王子の婚約者であるはずの私はポツンと離れた席に座って二人が喝采を浴びる姿を見ていました。魔王との戦いで負った傷がまだ残っていて、全身包帯だらけ。肌の出るドレスは着られず、ガウンを羽織っています。シャルロットの癒しの魔法はなぜか私にだけ効かなかったのです。
シャルロットは言いました。「姉は魔王の呪いにかかっていて、私の力では癒すことができません。このままでは全身を呪いに蝕まれ、王国に災いをもたらす新たな魔王となってしまうでしょう」と。それを聞いた人々は口々に「出て行け!呪われ公女!」と怒号を上げ始めました。
呪いなんてまったく身に覚えがありません。シャルロットは一体何を……訳が分からずただただ狼狽えていると、アルウィン王子はシャルロットを庇うように私の前に歩み出て言いました。「マルゴ……悪いがお前をここに置いておくことはできない。呪いが解かれるまで辺境の修道院に入り、決して戻らぬように」と。
まるで最初からすべて仕組まれていたかのように話がどんどん進み、私はその場を連れ出されます。王子とシャルロットが抱き合うように寄り添ってこちらを見ていました。シャルロットは……妹の口元は笑っているようでした。その時私はすべてを悟ったのです。呪いなんて嘘。だから決して解かれることはないし、私はずっと修道院から出られないのだと。
連れ出そうとする兵士さんたちに抵抗することもできます。魔王でさえ私を退かせることはできなかったんですから。でもそれをしたところでどうなるでしょう。どのみちここにはもう私の居場所はありません。私は大人しく従い、馬車に乗せられました。窓の外は真っ暗な夜の闇。きらびやかな王宮の光がみるみる遠ざかってゆきます。
「…………ぐすっ」
不意に鼻の奥に熱いものがこみ上げてきて、慌てて目元を拭いました。幼い頃泣き虫だった私は、初めて王子とお会いした時に誓ったのです。立派な王子と並んでも恥ずかしくないように、もう絶対に泣かない。泣き虫を卒業して強くなろうと。どんなに大変なタンク修行も挫けずにやり抜くことができたのは、その誓いがあったからだと思います。
……でももう我慢する意味なんて無いんですよね。私が王子の隣に並ぶ日はもう来ない。そう思うと、今まで閉じ込めてきた十数年分の涙が一気に押し寄せて来て止まらなくなりました。
「……ぐじゅっ…………ひっく…………うっ……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!…………うぇぇぇっ……ふぐぅっ……ううぅぅぅっ……ふわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!」
止まらない。止まらない。止まらない。止まらない。ようやく気が付きました。私、全然強くなんてなってない。体はどんなに頑丈になっても、魔王と戦えるようになっても、中身は子供の頃の泣き虫のまま、ずっと泣きたい気持ちを我慢してきたんです。
いつも妹と比べられてきました。どんどん魔法の才能を開花させてゆくシャルロットと、魔法の才能ゼロの私。華があって愛嬌があって、自然と周りに人が集まってくるシャルロットと、地味で口下手で引っ込み思案な私。そんな自分を変えたくて、人一倍努力だけはしてきたつもりです。ちょっとやりすぎなくらい。でもどんなに頑張っても、王子の目が私を見ていないのは分かっていました。いつも主役はシャルロット。洋服もお人形も誕生日のプレゼントも全部シャルロットの物。私はたった一つの夢さえ叶わない……
「うぇぇぇ……ひぐっ…………ふっ、ふえぇぇぇぇっ…………うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!えええええええええええええええええええええええええええん!!!」
連れ出される私を見て、シャルロットは笑っていました。王子を手に入れるために、私を追い出す機会をずっと狙っていたのでしょうか?あの子は昔から何もかも与えられて育ってきたせいで、自分が持っていないものを他の誰かが持っているのは我慢できないのです。たとえそれが国のしきたりによって定められた婚約者でも。
王子も一緒にあの筋書きを考えたのでしょうか?嫌な考えばかりが頭に浮かんできて、ますます自分が嫌いになりそうです。もう何も考えたくない。とめどなく溢れてくる涙で何もかも流れて無くなってしまえばいい。暗い夜の中、私は一人でいつまでも泣き続けました。
*
そのまま泣き疲れて馬車の中で眠ってしまった私は、鳥のさえずりの声で目を覚ましました。窓の外はまだ薄暗く、朝もやが立ち込めています。森の中……でしょうか?馬車はどこかに停まっているようです。
外に出ると少し肌寒く、近くでパチパチと焚き火が燃えています。その前で若い男の人が一人、薪を火にくべていました。この馬車の御者さんでしょうか?でも体は大きくガッシリしていて、黒革のコートの下は軽装ですが武装しているようです。どちらかというと旅の冒険者さんのようにも見えます。
「起こしてしまったか?まだ休んでいていいぞ」
こちらに気付いた男の人が顔を上げました。無造作に伸ばした銀色の長い髪と、同じ色の瞳が印象的で、不思議とどこかで会ったような気がします。
「あ、いえ!あ、あの、おはようございます」
彼は火にかけていたお茶を木のカップに注いでこちらに差し出しました。
「美味くはないが体は温まる。その格好じゃ冷えるだろう」
「あ、ありがとうございます」
私はカップを受け取り、立ったまま周囲を見回しました。
「あの、ここは……?」
「東の国境を出てすぐの森の野営地だ。入国許可で待たされた旅人や商人がよく使う」
国境の外?修道院に向かう街道を外れています。一体どこに向かっているんでしょうか?私の頭に浮かんだ疑問を察したように、彼は冗談とも本気ともつかない顔で言いました。
「お前を誘拐した。俺と一緒に来てもらう」
「えぇぇっ!?」
まさか寝ている間に馬車強盗に攫われていたなんて……全然気が付きませんでした。
「き、来てもらうってどこに??私なんか誘拐してどうするんですか???」
「別に取って食おうってわけじゃない。ただ、お前の力が必要なんだ」
その言葉にすごく聞き覚えがあって、私は思わずその人の目をじっと見返しました。まっすぐこちらに向けられた銀色の瞳の輝きに既視感を覚えます。
「……バッシュさん?」
彼は驚いて目を見開きました。
「分かるのか?」
「えっ!?だって……えぇっ!?本当にバッシュさん???」
自分で言っておいて頭が混乱してきます。私たちと一緒に魔王と戦った狼獣人のバッシュさん。さっきの言葉は暗闇の森で初めて会った時と同じでした。でも、いま目の前にいるのは人間の男の人で、鋭い爪や牙も、銀色の毛並みもありません。
「バッシュさんって、人間の姿になれるんですか?」
「なれるというより、これが本来の俺の姿だ。魔王の呪いで姿を変えられていたんだ」
バッシュさんは私たちと出会う前に一度、魔王と戦い、敗れています。その時、魔王はバッシュさんの命を奪う代わりに記憶を奪いました。「俺を倒せば記憶は戻る。もっと強くなってもう一度挑んでこい」と言われたそうですが、不滅の魔王を倒せるのはアルウィン王子の究極魔法だけ。だから私たちと協力して戦ってくれたのです。
「もしかして記憶が戻ったんですか?」
「ああ、少しずつだが、姿が元に戻ってくると記憶も蘇ってきた。俺の本当の名前はバスティアン。バスティアン・ベルフローゼンだ」
「バスティアン・ベルフローゼン……って!!ベルファリア王家のバスティアン王子!?」
「……そういうことだ」
バッシュさん……バスティアン王子は苦い顔で頷きました。隣国ベルファリアは数年前に魔王軍の手に落ち、王国騎士団を率いていたバスティアン王子は戦いの中で行方不明になっていました。まさか獣人に姿を変えられていたなんて……
「知っての通り、魔王を倒してもベルファリアはまだ魔物どもの支配下にある。奴らを追い払い、平和な国を取り戻すためにお前たちの力を借りに来たんだ。だが……」
バスティアン王子は私を見て言い淀みました。そうですよね。私が追放されたことも、もう知ってるんですよね。
「アルウィン王子には会ってもらえなかった。俺がバッシュでもバスティアンでも会う気は無いらしい。そしてお前に対するあの仕打ちを見て、俺は決めた。修道院送りになどさせるか。お前は俺がもらっていく」
「も、もらっていくって……」
そういう意味じゃないのは分かってますけど、あまりに揺るぎのない目で見つめられて動揺してしまいます。
「まだ王宮に戻りたいなら力を貸してやる。手荒でもいいならな。修道院に行きたいならこのまま送ってやろう。だがもしそのどちらも望まないなら……俺と来て一緒にベルファリアを救ってくれ」
真剣な顔でずいっと一歩迫られ、動揺が一気に限界を突破した私は「は、はいっ!!」と思わず直立の姿勢で答えたのでした。




