表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺だけが二周目を知らない ~初対面の仲間が、なぜか俺を見て泣く~  作者: ぎょぴちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/16

第10話 税吏(ぜいり)は逃げていない

【二周目 Day5・昼】


 税吏ドーマは、子供に泣かれる種類の男だった。


 水場で見つけた赤ひもから先は石道で、荷車も親子の足跡も消えていた。方角だけで森を捜せば、助けを求めた印から遠ざかる。まず、二人が最後にいた家と持ち出した物を確かめることにした。


「笑わない。まけない。納期は一日も待たない」


 ミアは彼の家の錠を針金で開けながら、指を三本折った。


「宿屋の娘がそれをしていいのか」


「本人から緊急時用の鍵を預かってるの」


「針金に見える」


「鍵をなくしたのよ」


「誰が」


「私」


 守備隊長は針金とミアを二度見し、帳面の『使用した鍵』を空欄にした。


 扉が開く。


 室内は荒らされていた。引き出しは開き、床に帳簿。金庫は空。食卓の椅子が一脚、横倒しになっている。


「金庫は鍵で開いている。金はない」


 隊長はそこで口を閉じた。聞き取り紙へ『逃亡』と書きかけ、筆の腹で墨を潰す。『持ち出された物』『残された物』の二欄へ書き直した跡だけが黒く残った。


 玄関には日常用の短靴がない。奥には底の厚い旅靴がそろっている。娘の薬も旅用のかばんも棚にある。逃げる支度としては、残し方がおかしい。


「急に出たから、選べなかったのかもしれない」


 ミアが旅靴の泥を確かめる。棚の下へ顔を入れすぎ、鼻先に綿ほこりをつけた。


「それなら、金庫を開ける時間だけはあったことになる」


 隊長は薬と旅靴を『残された物』に書いた。逃げたかどうかは、まだどちらの欄にも記さなかった。


 帳簿を拾う。徴税額は規定どおり。期日は厳しいが、冬に払えなかった家には『家畜病』『屋根破損』と猶予ゆうよ規則が細かく適用されていた。


「帳面の中だけ善人に見せた可能性は」


「ある」


 ミアの答えが少し硬い。


「知ってる相手だから、いいほうへ決めたくなってる?」


「嫌いよ。宿帳の一字違いで朝食代まで追徴したもの」

「質問の答えは」

「だから今、黒幕の顔に見えてる。悪い?」


 鼻のほこりを教えると、ミアは俺のそででふこうとした。避けると、ますます機嫌を悪くした。


 戸口で、紙袋が鳴った。


 パン屋のロザが腕を組んでいる。北倉の火で共同かまの燃料まで減り、徹夜で黒パンを焼いた顔だった。


「ドーマが逃げたって?」


「まだ決めてない」


 隊長が答える。


「決めるなら、都合よくいい人にするんじゃないよ」


 ロザは帳簿の一ページを開いた。自分の店の名がある。


「妹が肺を悪くした冬、あいつは納期どおり税を取りに来た。払えないと言っても、顔色一つ変えなかった」


猶予ゆうよは?」


「申請書を七枚書かされた。妹の診断印、かまの修繕記録、売上の不足。夜中までかかって、間違いを三回突き返された」


 帳簿には、最後に猶予ゆうよが認められた記録がある。


「助けたんじゃ?」


「最初から制度を教えれば一回で済んだ。あいつは規則を守っただけ。私が泣こうが、妹が咳をしようが、優しい言葉は一つもなかった」


 ロザはドーマを善人にする証人ではなかった。


「でも、申請が通った翌朝、店の前に新しいかま網があった。差出人なし。あいつが置いた証拠もない」


「どう思ってる」


「嫌いだよ。かま網の借りと、嫌いなのは別」


 ロザは持ってきた黒パンを机に置く。


「娘がいるなら、腹は減る。見つけたら食べさせな」


 礼を待たず帰った。


 奥の小部屋は、普段使われていない。寝台だけが新しく整えられ、枕元へ子供用の薬さじがある。娘が町へ来た日のための部屋らしい。


 棚には、眼鏡の留め金を直す細い針金と、赤い糸。途中まで編んだ眼鏡ひもが置かれていた。


 父に渡す前だったのかもしれない。


 机の紙には『お父さんは、笑うと』まで書き、後が消されている。別の紙では『税金をとる人でも』と書き直されていた。


 隣家のエダ婆さんは、尋ねる前から赤いひもを握って待っていた。


「あの子が落としたと思って、拾っちまった。道端に結んでたんだよ」


「荷車へは、自分で乗った?」


「男にいったん持ち上げられた。すぐ下りて、そのひもを垣根に結んでから、自分で戻ったよ。ドーマは隣で黙ってた」


 連れ去られた者が自分の足で荷台へ戻る。その一場面だけ見れば逃亡にも見える。だがひもを残すために一度下りたなら、反対の意味になる。


 ミアが結び目を確かめた。左へ二つ、右へ一つ。町の子供が使う伝令印で、『声を出せない。後を追って』。


「私の配達を手伝った子なら知ってる」


 隊長が『荷台から下り、ひもを結んだ』と一文へまとめると、エダがつえで紙を叩いた。


「違うよ。持ち上げられたのが先だ。年寄りを勝手に早口にするな」


 持ち上げられた、下りた、ひもを結んだ、自分で戻った、と四行に直す。


「年寄りの話を長くする気かい」


「短くして、意味を逆にしたくない」


「なら耳の遠さも書いときな。荷車の中で何を話したかは聞こえなかった」


 エダはそこでようやくつえを下ろした。


 北門へ行くと、門番はドーマの荷車が一昨日通ったと証言した。少女は荷台に座り、父親の上着を抱いていた。止められた様子はない。


 門外のわだちは北へ続いている。隊長が追おうとしたところに、共同牧場の少年が水車部品を抱えて割り込んだ。


「それ、うちの車です。左の金輪が一つないから、七歩ごとに深くなる」


 水場で見たドーマの跡は、もっと短い間隔だった。少年は毎日その車を押している。泥の傷を、俺より先に音と歩幅で知っていた。


「税吏の車は?」


「門を出てないよ。東の古道へ曲がった。眼鏡のおじさんが、門番に見える所まで来てから戻ったんだ」


 逃げたように見せるため、門前まで姿だけを見せたらしい。隊長は少年の名を聞き、北へ追うはずだった時間と一緒に記録した。


「助かった。私たちだけなら、よく似たわだちを追っていた」


「水車は明日までに直してください。荷を運べません」


 救出とは別の仕事をきっちり渡され、隊長は修繕担当の名まで書いた。


 家へ戻り、台所を調べる。


 食事の皿が二枚、洗わず残っていた。大人用と子供用。薄焼き卵は端だけ食べられ、乾き方は一昨日の昼。獣を放った時刻より前だ。


 保存棚には旅用の乾燥肉が残り、娘の薬も三日分ある。


「遠出するなら、薬は持つ」


「あの子は自分で荷台へ戻った。でも、行き先を選べたわけじゃない」


 隊長は紙の上の『逃亡者』を三本線で消した。横へ『捜索対象――親子二人』と書く。墨が乾く前に紙を閉じ、反対のページへ黒い跡が移った。


 次は、ドーマが娘を人質にされ、町を脅した可能性。


 市場で聞き取りをする。


 縄屋のモリスは、八日前にドーマへ青葉と縄を売っていた。


「獣を追う準備だ」


 隊長の声が低くなる。


「長さを聞いた時、何と答えた?」


 モリスは鼻の横をかいた。


「荷車を直す分と、子供が自分でほどける結び目を練習する分、と」


「変だと思わなかったのか」


「税吏の家じゃ、縄の結び方まで税を取るのかと思った」


「思うな」


 ミアが即座に返した。


 机の下に、子供の絵が落ちていた。眼鏡の男と赤い髪の少女が、北倉の前で手をつないでいる。


 裏には、覚えたての字。


『お父さんへ。税金をとるひとでも、わたしのお父さん』


 守備隊長が目を伏せる。


「娘の顔を町で見ない理由を、病弱だからと聞いていた」


「人質にされないよう、外に預けたのかもしれない」


「そのせいで、会う日が限られた」


 守ろうとした方法が、人質にできる日を相手に知らせてしまった。


 善人と決めるには、まだ早い。脅されても、町へ獣を向けた責任は消えない。


 だが、金を持って逃げた男の部屋ではなかった。


 壁紙の継ぎ目に、黒いすすがある。


 台所二号の刃先を近づける。触れずに読む。


『門を開け。獣を追え。さもなくば娘の名を消す』


 娘の名は書かれていない。それでもドーマには、自分の娘のことだと分かるように作られていた。


 ミアが反射的に壁紙へ手を伸ばし、指一本手前で止めた。


「触ったら?」


「条件が動くかもしれない」


 彼女はこぶしを握り、胸へ戻す。


 守備隊長は部下を呼びかけ、やめた。人数を増やせば、脅迫した側に捜索開始を知らせる可能性がある。


「町には、逃亡と断定するなとだけ伝える。誘拐もまだ公表しない」


「ドーマをかばうと思われる」


「もう嫌われてる。今夜だけ増えても同じだ」


 強がった声のくせに、封へ押す印を一度上下逆にした。はがしてやり直す間、誰も見ていないふりをした。


 隊長は自分で戸口へ封を張った。二枚目は正しい向きだった。


 机に置かれたロザの黒パンを、布に包む。硬い端を娘へ、さらに硬い耳をドーマへ、とミアが勝手に分けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ