第十九話、彼方への光
休憩洞窟にて、荷物を整理していると。
その子は、いつも通りふらっと現れた。
「あ、ヴァンピちゃん。丁度よかった。実は、レベルフロントの攻略が終わったんだ」
「知ってる」
軽い足音を立てて、洞窟の中を白髪の少女が歩いてくる。
「待たせたね」
俺の言葉に、少女は反応もしない。
「深層迷宮の入り口に来て。私は、その先で待ってるから」
「深層迷宮?」
それを伝えるためだけに来たのか、言うだけ言って、彼女は踵を返して去っていく。
「ようやく、ですね」
マルメロがヴァンピの背中を見ながら、こちらに歩いてくる。
“深層迷宮”。それは、ダンジョン内にあったりなかったりする、高難易度マップへと繋がるダンジョンの入口。その先には、階層ごとに分かれたマップがあり、一つずつ階を下に降りていく。入口からは、地下一階か、もしくは最後に到達した一番下の階層のどちらかに行ける。
ここ[層樹林]には“深層迷宮”の入り口があり、中には、[層樹林]の地形の趣を残したままの高難易度のマップが広がっている。俺たちはまだ立ち入っていない、が、レベルフロントを制覇した今なら、入り口に入ってすぐに中で困ることもないだろう。
「“深層迷宮”で待つって……どういうこと? 最奥で会えるの?」
俺が白黒鳥人ことマルメロに話しかけると、彼女は答える。
「まさか。“[層樹林]の深層迷宮”は、私たちはおろか、ヴァンピさんでも奥には辿り着けない厄介なコンテンツですよ」
「じゃあ、途中の適当な階層に居るのかな?」
「どうなんでしょうかね? 戦うなら、外の“草原と湿原”の方が、広くて邪魔も入らないし良いんじゃないでしょうか」
まぁ、タイミング的には、今回のこれは“果たし状”ではあるだろう。突入の前には、しっかりと準備をしてから入らないと。
とは言え、レベルフロント突破のために、仲間たちは仕上げてきている。やることと言えば、まぁ……あと一つくらいか。
*
[層樹林]内部の地下。植物の蔦が絡まって出来た地面や壁を通り抜け、下に潜っていけば、そのうち赤めの土が壁や地面を侵食して、風も音も聞こえなくなっていく。
“深層迷宮”入口の場所自体は割れていて、道中のルートが変わっていたりもするが、今の俺たちなら過程の敵に苦しむこともない。適当に敵を倒しながら。
俺たちは、一つの小部屋へと辿り着いた。一応そこは“安全地帯”であり、そこでは魔物との戦闘が発生しない。
部屋の中央には、縦長のボックスの形の何かがある。箱の縁は、見慣れた植物の根っこだか蔓だかが絡まって出来た骨組みであり。長方形の骨組みの間に。
ぐるぐると、不思議な何かが渦巻いている。それは箱の面を蓋するように、横にした水面のように、骨組みの間を満たしている。面は四方の四面あるが、白い面から入れば地下一階に、赤い面から入れば自身の攻略中の最下層に行ける。
「ここにも、まだ居ませんね」
「中に入ったら居るんじゃない」
隣にはマルメロ、頭の上には黄金の餅。後ろには、青いカッパと銀色のジャケットを羽織った少女と、黒髪白シャツの少女。
「ま、ここで留まっていても仕方ないし、とりあえず入るかー」
俺は、長方形のボックスの一面へと、体を進めていく。ぐるぐると揺れる表面の向こうには何も見えてない。まだ入ったことがないので、赤も白も同じ地下一階に入れるはずだ。
俺が通り抜ければ、自動的に仲間たちが俺の周囲に召喚されていく。そこは……明るい、小さな部屋だった。部屋の中央に、帰るための同じボックスがあり、小部屋の壁の一つに扉がある。
そこは、樹木が絡まって出来た地面、壁、天井。樹木の隙間から、明るい、白い光が漏れてきている。ずっと前に入った、トラップマップみたいな感じ。
「おかしいですね」
と、マルメロが呟く。彼女はしきりに周囲を見渡している。
「どうしたの? マルメロ」
「いえ、ここは“[層樹林]の深層迷宮”ではありません。そこは、赤い土壁と樹木に囲まれた、地下階層であるはずです。こんな明るい場所ではなく」
「ふーん? どうせ異空間だし、地下かどうかなんて関係ないんじゃないの?」
「それに……ここから、ここから感じる雰囲気は……」
マルメロは、何やらぶつぶつと呟いている。
「まぁ、そこに扉があるし、とりあえず進んでみようか。分からないうちに何かを考えても仕方ないしね」
「……そうですね」
明るい樹木の部屋の中、俺たちは壁の一つ、これまた樹木で編まれた扉の前に移動する。扉には取っ手があり、引けば開くだろう。
開けて、奥に続いていたのは、広大な一つの空間。扉をくぐって中に入れば、そこは大きな立方体の、壁と天井に囲まれた一つの部屋。
俺たちが入ってきた扉とは対面、向こうの奥の壁に、同じ扉があり、そこには上から赤い光で罰点が浮かんでいる。
「地形が“迷宮”タイプじゃない……やっぱりここは……」
「よく、ここまで来たわね」
空から声が降ってくる。
俺たちの頭上、斜め向こうに人型が浮いている。
「やっほー、ヴァンピちゃん」
「気やすく話しかけないで。気が散るでしょ」
「あ、はい」
向こうの天井高くに浮いている、白い髪、赤い角、黒いシャツとホットパンツ。背中に翼と黒いしっぽ。俺たちの知る、それはヴァンピちゃん。
「俺たちは、一応君を倒しに来たわけだけど。ここで戦うってことで、いいのかな?」
俺が問いかければ、少女はくすり、笑みを浮かべる。
「全部で、三つの部屋があるわ!」
「なに?」
「私は最後の部屋で待ってるから! あと、ここで死んでも死なないから! でも全滅したら、あなたたちの負けね!」
あ、あー……つまり、全部で三つの部屋があって、ヴァンピは最後の部屋で待ってるってこと? しかも死んでも死ななくて、俺たちが全滅したら負け?
「言ったでしょう? “私の友達”に会わせてあげるって」
彼女は、今日はやけにテンション高く笑って、そう言い放つ。俺たちの間に、金色の光の球が現れた。それは一瞬で広がり大きくなり、この空間全体を満たす。
「こっ……これは“デュエルフィールド”です!」
と、隣のマルメロが叫ぶ。
「デュエルフィールド?」
「ソーシャ同士の決闘に使われるシステムで……簡単に言えば、フィールド内部で死んでも死なずに外部へと出されるだけの、安全決闘空間です。魔物シェルやソーシャも、この内部では安心して致命傷を受けることが出来ます。なぜ……なぜヴァンピさんがこれを……いやそもそも、この場所はどうやって……」
空に目を戻せば、ヴァンピはもう居ない。
「ヴァンピ帰ったよ」
「え? あ、はい! そうですね。あれ! ヴァンピさんが居ませんよ!」
と、壁の一角、天井に大きな暗い穴が開いた。
見たことがある。これは、トラップマップで最後の部屋を引いた時と同じ。確か、そこからは――
わらわらと、大量の魔物たちが降ってきた。
「えぇ!?」
出てくる、出てくる、魔物たちの群れ。種類も数も、十や二十じゃきかない。そして、それらは、[層樹林]所属ではあるだろうが、上の層では見られない、危険な香りのするモンスターたち。
「ご、ご主人さま! いっぱい魔物が出てきてます!」
わらわらと、奥の地面に魔物が落ちて、波のようにそこから広がる。この一部屋は広い、とはいえ、ここの地面を埋め尽くす勢いで降ってくる。
傍らの少女たちが魔物へと姿を変え、目の前に大きな青いアリが、傍に青い巨鳥が現れる。“黒牛魔”形態のマルメロも、俺のすぐ隣に居る。
「ご主人さま! どうしましょう! あの数は、今の私たちでもさすがに処理しきれるものでは……」
と、マルメロは、俺の顔を見て、言葉を止めた。
「……ふ……」
「ご主人さま?」
恐る恐るといった感じで、マルメロが俺に問いかけてくる。
「……っふふ。……あはは。あはははははは!!!!」
今こうして話している間にも、角に落ちた魔物の群れは、こちらに向かって広がってくる。俺たちの周囲に、向こうからの雪崩のような足音と、ただ俺の笑い声だけが響いている。
「少しは面白くなってきたな! マルメロ! ブルーバード! ポイズンアント! 気合い入れて行け! 今日が大舞台だ!」




