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俺たちは、青い坂道を登っていく。頂上はもう見えてきている。おそらくは、この先の広場が最後だ。
俺たちは広場へと登ってきた。ここから続く斜面は、もうほとんどなく、少し登れば山の岩肌が途切れている。もう、それ以上の高さは見えない。山の斜面をくりぬいたように広場が目の前に広がり、向こうの、山が作った影の中に。
一騎の魔物が居る。前にこの地で見かけた魔物とも似ているが、それより一回り体が大きい。
それは、肉体が植物で出来た騎士。手には大きな、身長を超すような一本の槍。槍には、絡みつくように緑の茨が這いまわっている。体の全身を覆う、青く塗料で塗られたような木片で作られた鎧。
「え、あの子欲しい! カッコいい!」
隣から、冷めた声が返ってくる。
「前手に入った“毒薔薇の騎士”の、成体じゃないですか?」
「ほんと!? 育てたらあれになる!?」
「見惚れてる場合じゃないですよ」
確かに。
身長はマルメロの1.5倍ほどで、これまでのエリア5個体に比べれば、コンパクトなタイプである。だが、だからこそヤバさを感じる。“毒薔薇の騎士”の時も苦戦した。今回の相手も、おそらく技量が高く、楽に勝たせてはくれない相手だ。
「マルメロ、ブルーバード、ポイズンアント。頂上まではあと一息だ。全力で行こう」
植物の蔓が束ねられ、捻じれて成形されたような人型。青い木片を重ねた全身鎧と、脇に置かれた巨大な一本槍。ついでに、その子の周囲には絶えず、地面から棘の生えた青い根っこのようなものが生えてはうごめいている。磁石に揺れる砂鉄みたい。
植物を操るのは確定、“毒薔薇の騎士”の系統なら、植物のとげには毒がある。おそらく[層樹林]の深いところで見られる“毒槍”という強いやつ。俺たちはまだ足を踏み入れてないので情報しか知らない。
あの地面から生える植物が遠距離操作できるなら、こっちに控えてる俺やポイズンアントも注意しなければならないか。
俺たちは、ぞろぞろと広場の中に入っていく。目の前にオオアリの巨体が現れ横たわる、空に青い巨鳥が昇っていく。黒い牛の魔人が、俺たちの前に出て歩いていく。
「マルメロ、注意深く」
俺の声掛けに、マルメロは振り返り、にっと笑みを浮かべる。
「何言ってるんですか。私たちはここまで、エリア5の魔物を何体もくだしてきました。その間も、レッドパールへの経験値は欠かさず積み続け、ブルーバードさんたちの戦闘練度も上がって来ている。ここまで来て負けなんてありません。あんな小さめの魔物なんて、今の私たちにかかれば瞬殺ですよ」
「マルメロ、注意深く」
「はい」
マルメロは、さらに青い地面を歩いていく。広場の奥には、植物の大騎士が控えている。マルメロの接近に、脇の地面に突き刺さった大槍を、植物の騎士が柄を握り、持ち上げた。
ざわと、空が揺れる。
何かしらの能力が来る、俺がそれを彼女に警告する前に、マルメロは動いていた。
黒い人型が地面を走り出す。向こうの、大騎士に向かって一直線にだ。植物の騎士にわらわらと生えた植物たちは、囲んだその輪形を崩し、騎士の前方に、とげの生えた根っこたちが移動してきて。
騎士が槍を掲げれば、地面の根っこたちは、寄せる波のように地面を動き出す。
一塊となってマルメロに迫りくる根っこの群れ。おそらくとげには毒があり、引っかかれただけで衰弱のような毒状態にされる。避けようにも、根っこたちは“地面の中”ではなく、“地面そのもの”から生えているように、大地の表面を自在に滑って移動してきている。横に避けただけでは、残留し、追ってくる可能性が高い。
マルメロは……避けることを選択しなかった。ただ、走って、正面からぶつかって。
そのこぶしを、根っこの群れへと叩き込む。
耐爆性能はそれほどでもない、マルメロの拳による起爆を受け、根っこは千切れて吹っ飛んでいく。俺は手元にラセンの笛を召還した。すぐさま吹き始める。
今、根っこの一つがマルメロの体をひっかいて、彼女の体に紫色のエフェクトがまとわりついた。
ラセンの笛の技の一つに、“状態異常緩和”があり、これがあれば“掛かった状態異常の効果を一時的に軽減”できる。また、この音色には隠れた効果も存在し、この“状態異常緩和”の音色を五回奏でれば、状態異常を解除できた。五回目に解除が発動するのか、あるいは一回で、状態異常の効果時間を二割ほど削るのか。
まぁなんにせよ、マルメロが状態異常に掛かったのなら、俺がやるべきはこの笛を吹き続けること。
マルメロは横顔に笑みを浮かべながら、そのまま植物の騎士へと向かっていく。“状態異常緩和”の効果時間は、そのクールダウンより短く、つまり治るまで断続的に、マルメロはその毒を食らったままでいる。
しかし、マルメロは気にせずただ突っ込んでいく。相手は植物の大型の騎士、最近のに比べれば小さめとはいえ、マルメロに比べればその体躯は大きく。
植物の騎士は改めて槍の切っ先をマルメロに向ける。
二人の交錯の直前。風の音が鳴る。
植物の騎士の頭が、不自然に左に曲がった。垣間見える鉄の爪と青い羽。ロケットを使えば幻惑が剥がれ掛かるので今は未使用か。大騎士の頭を、右から左に横なぎに鋭い爪が襲い、騎士の体勢が大きく崩れた。
今なら、槍を握る手に力はない。マルメロは大きな槍の隣を潜り抜け、その胴体の下へと潜り込む。
「せあっ!!」
飛び上がり、マルメロの拳が騎士の胴体へと叩き込まれる。同時に、拳にはめたナックルが爆発を起動させ、爆風が植物の騎士の体を襲う。
大騎士の体は重く、その体は吹っ飛びはしない。しかし、有効なダメージがそこに叩き込まれた。鎧の木片はひび割れ、欠けて剥がれて穴が開く。中の植物の肉体が露出した。
これは……強いな。こっちが優勢だ。もう、というか……。
俺は、クールダウンが終わり、二回目の笛の音を鳴らしていく。ブルーバードも、マルメロも、俺の指示が無くても適切な行動が出来ている。
あとは、俺はもう見ているだけだった。火力は足りており、攻撃が相手に通る。見えない青い鳥と、爆破する拳を持った黒い魔人が、植物の大騎士を周りから削り続けて。
やがて、植物の騎士の体が傾き、ゆっくりと地面に倒れていく。彼女の周りにゆらゆらと揺れていた木の根っこたちも、騎士が倒れると同時に姿を消した。そこには、倒れた植物の騎士の体と、少し見上げれば、影を作る崖の上に山頂がある。
なんか、もう終わっちゃったか。考えてみれば、ここの強さの上限はエリア5。そこを突き抜ければ、それ以上、敵は強くならない。あとは消化試合か。
俺は魔物から出てくるドロップアイテムを確認し、二人の元へと歩いていく。
「ブルーバード、マルメロ、お疲れ!」
広場を回り、斜面に、おざなりに続いていく頼り気のない登山道を見つける。転ばないよう一歩ずつ登って行って。
気が付けば、景色が途切れた。山の向こうには。
「ついに、この場所も攻略完了ですね」
太陽を中に浮かべる広い湖。地面を埋め尽くす濃い緑の木々。大地から顔を出す小山。その向こうには草原があり、川があり、自然の風景がただ遠くまで続いていく。
「そうだね。ここは遠くまで見えて、景色も綺麗だ」
草原を囲んで立地する連山の頂上には、点々と銀色のフラッグが突き刺され、風にその旗をなびかせている。
俺は突き刺さった棒の元へと歩いていき、それを握りこんだ。腕の甲の上に何かの紋章が現れ、それは俺の肌の上へと沈んでいく。肌の表面に紋章が焼き付いた、が、それは見ているうちにスーッと消えていく。
「それがあれば、ふさがれていた一部の道が通行可能になります。ご主人さまは……このマップの端にさえ、まだたどり着けていませんでしたが、ほかのマップへの移動が可能になりましたよ」
「へー」
俺は、肌の上に消えていった紋章を見つめ、それを上からそっと、さする。
「ふえー、やっと終わったー。もう戦闘の日々も終わる……」
と、背後の、青いカッパの少女から、ぼやく声が聞こえる。
「下山するまでが攻略だよ、ブルーバード。あと、“次”が、本番ね」
「あいあい、分かってますよー」
くあ、と、少女は口に手を当てて、欠伸を一つ。
空はまだ日が高いが、レベルフロントの攻略はこれで終わりだ。帰りに戦う必要もない。あとは、この山を下りて帰るだけ。
休憩洞窟に帰ってくると、頭の上の黄金餅がもぞもぞと動いている。
「ん? どうした? ゴールデンちゃん」
と、頭の上からペッと何かを吐き出して、岩の地面を何かがころころと転がる。
あ?
俺は、地面に落ちたそれを拾った、親指と人差し指で摘まめるほどの大きさの、小さめの巻き貝。表面はトゲトゲが螺旋の溝に沿って並んでおり、全体的に黄色か、あるいは光をキラキラと返していて、角度によっては黄金のようにも見える。
「これ……ゴールデンちゃん……」
俺は上を見上げるが、黄金餅形態は人の言葉を喋らない。機械にも入らず、他に入ろうともしないので、今は喋る気は無さそうだ。
これは、“ゴールドスキャターの魔物シェル”。試しに念じてみれば、頭の上からするすると貝の中に体が吸い込まれ、抗議するように勝手に出てきて、俺の体を這い上がり、頭の上の定位置に戻る。
ようやく、か。魔物シェルになれば何が出来るようになるんだっけ。同じ洞窟内のスキル共有、端末を通した詳細の確認と、それから――
いや、それよりもまず、か。
「ゴールデンちゃん。改めて、今日からよろしくね」
返事のつもりか違うのか、身震いをするように、黄金の餅が体をプルプルと揺らした。




