ー16
休憩洞窟を訪れると、俺たちはちょっとしたインシデントに遭遇する。
「んー?」
細長い岩の洞窟の中を歩いていると、奥に、見慣れない素材の山を見つける。
「どうしたの? あれ」
それは、未合成のレッドパールの山だ。採取で得られる[層樹林]の素材もいくつか見える。そこにあるのは、どれも小粒であるし、俺がいつも手に入れたレッドパールは大体合成するかして一つにまとめている。
だから、それらの素材の小山は、俺の預かり知らない物なのだ。
そこに直立して、俺の指示を待っていたポイズンアントは、何を言うまでもなく視線を斜め下にずらす。ブルーバードは畳に寝そべって仰向けになったまま足を揺らしていたが、俺の言葉に足の動きを止める。
と、床に落ちて平たくなっていた黄金の餅が(起きた?)、ぺにょんと持ち上がって、ぺん、ぺんと地面を跳ねながら、畳の上からこちらにやってくる。
びょんと飛んで、俺の胸に飛び込んでくる。べちゃあと、俺の服の上でモチモチした粘体が広がり、じわじわと楕円の球形に戻っていく。基本的には、俺にくっ付いているかポーチの中に居るゴールデンちゃんだが、今回の素材収集の間はこの洞窟に置いてきていた。
寂しかったのだろうか、黄金の餅は俺の胸元にへばりついたまま落ちない。両腕で抱き込み、餅の表面をなでたり、冷たくてひんやりとしたその表面に手を埋めたりする。
と、満足したのだろうか、黄金の餅は重力に引かれて垂れ下がっていく。ぼと、と俺の腰元の魔法のポーチの蓋の上に落ち、ずるりと蓋を開けて中に入り込んでいく。
俺が、二人に目を戻そうかとしていると、中から多脚の機械に入り込んだゴールデンちゃんが改めて出てくる。
「やっほー、ゴールデンちゃん」
「それらの素材は、お二人がダンジョンに潜って集めてきたものですよ」
マルメロ含めた魔物たち四人には、最近は少しずつお小遣いを与えている。まぁ一人で町に来て、何かをするのはポイズンアントくらいで。もしかしたらそのお金で、そこのレッドパールを買ったとか、そういうことも考えられたのだが。
ゴールデンちゃんいわく、それらは、俺が留守中に二人が[層樹林]に潜り、魔物と戦って集めてきたものとのこと。
「どういうこと?」
俺の言葉に、そこに立っている、白シャツとグリーンの吊りスカートの、黒髪の少女がピクリと肩を震わせる。
まぁ、そこにあるものの由来は分かったが。なぜ、そんな事を。
「誰の発案で、何のために?」
「あ、あの……」
ポイズンアントから漏れ出した声が、掠れて虚空に消えていく。
「別に、どっちが、とかじゃないよ」
と、そっちのブルーバードから返事が返る。
「ブルーバード。お話がしたいから、ちゃんとこっちを向いてくれないかな」
俺が言えば、畳に寝そべった、青いカッパを着た少女はピクリと動きを止める。冊子を閉じて、体を起き上がらせ、あぐらをかいてこちらに体を向ける。顔は、まっすぐこちらを向いていない。
「……ほら。わたしたち、ここに置いて行かれても、やることないし。どうせなら、わたしたちのほうでも色々集めたりとかしたら……はやく、進めるかなって」
「へー」
と、黒ムカデ人ことマルメロが隣から俺の視界に入ってくる。
「あの、ご主人さま。これは想定された挙動でして。元々、休憩洞窟に放置していた魔物たちは、同ダンジョン内を散策して素材やドロップ品を集めてくるという使い方が……」
「ふーん」
黒ムカデ人は、口元以外が黒い甲殻で覆われており、その表情が読み取りにくいが、見えているその口元があわあわと震えている。
俺は、そこに立つ、黒髪の少女に目を戻す。彼女の体のこわばりがまた強くなる。一歩、彼女の方に近づけば、彼女は逸らしていた目線を、恐る恐る俺の顔へと合わせた。
俺は、少女の顔に手を伸ばす。ぎゅっと、彼女は目を瞑る。
俺の手が、少女の頭の黒髪に触れた。髪の表面を、そのまま優しく撫で下ろす。
「危なくなかった? ポイズンアント」
「え……あの……はい」
「そう……良かった」
俺は、何度か少女の頭を撫でる。
俺はこの子たちを鎖で縛りつけておくつもりはない。彼女らが、俺の予想外の行動をとることに、憤りを覚えることもない。ただ、死んで欲しくないだけで。
「ありがとね。俺たちのために、考えて、行動してくれて」
「……はい」
「でも、何も言わずに、勝手に危ないことしちゃだめだよ。まぁ……二人の今の強さなら、ここら辺の魔物たちに手こずることもないだろうけど……大したことは、無かったかもしれないんだろうけど。でも、二人が無事に、戻って来てくれて良かったよ」
すぐ目の前に、ポイズンアントの顔がある。少女の顔の緊張が、少しずつ緩んでいく。
「あの……すみません。勝手なことをして」
「うん。次からは、事前に、俺に伝えてくれると嬉しいな。マルメロにでも良いし」
俺は、少女の頭から手を放し、離れる。この子たちが俺の手を完全に離れるには……まだ早い。自主的に動いていること自体はまぁ、喜ぶべきことだろうか。
「ほかに、何か俺に言っておくことはない?」
「いえ、他には、特にはありません」
ポイズンアントはほっとしたような様子で胸を下ろし――
と、背後の機械から、ぴぴぴと合成音が鳴っている。
「いや全然危なかったですけどね」
俺は、背後のゴールデンちゃんこと採集用探索機械を振り返る。
「まぁ、基本は有象無象だったんですけど。一匹、すごい厄介なのが居まして。相性的に、ブルーバードさんが危険域に……まぁ、この私が付いていたのでどうにかなったんですけど」
俺はゴールデンちゃんから目を離し、俺の前のポイズンアントに目を戻す。
「へー、言わなくて良いと思ったんだー、そういうの」
「あっ、いやっそのっ」
「あとゴールデンちゃん。お前も一緒に付いて行ったんだな?」
振り返れば、ぴ、ぴ、ぴと断続的に音と光を発し、多脚の小型機械は足を畳んで小さくなり、静かになる。
「ポイズンアント、ブルーバード、ゴールデンちゃん。その話、俺は気になるなー。俺が居ない時に行った探索の話を、最初から、余すことなく全部。俺に話してくれるかなー?」
「で、“これ”が、その時の戦果ね」
ブルーバードたちが遭遇したという、痺れる電気を操るトカゲ。それからドロップしたのは……それは“ウェポンアーツ”というアイテム。簡単に言えば、それは武器の形をしたアイテムであり、そのままでも武器として扱えるが、他の形の武器に重ねて装着し、アイテムの特性を引き継ぐことが出来るというアイテム。外すことも出来る。
赤い真珠の山にあった、黄色い剣の形をした……おもちゃ。剣の身体となる部分が、あろうことか黄色いスポンジのような素材で出来ており、手で握れば変形するし、曲げれば曲がる。
しかしこの“ウェポンアーツ”には特殊な能力が宿っており、なんと“十回攻撃を当てると敵が麻痺状態になる”とのこと。“麻痺状態”の状態異常の性能はスキルや道具によって様々、相手によっても効果は増減する。
使用感は、実際に使ってみないことにはわからない。が、十回当てるのが前提とはいえ、相手を動けなくできる状態異常は強い。攻撃性能は皆無に等しいが、まぁほかの武器に装着する前提の性能だろう。
俺たちの中で“武器”を持っているのは俺だけ。ブルーバードには付け爪があるが、あれは体に装着するので分類的には“防具”扱いであり、今回の“ウェポンアーツ”は使えない。マルメロは……どうなんだろう。持たせれば使えるんだろうか。




