ー13
「おらー!」
威勢の良い声を上げて、アストラ先輩が銀の大槌をぶん回す。
それは、のんきに向こうで池の水を飲んでいた、二本足で立つボムヒルの側面に当たり。
爆発する。ボムヒルは、ハンマーと爆発の二重の衝撃に体を吹っ飛ばされ、向こうの地面まで飛んでごろごろと転がり。
立ち上がった。
「おえ、タフ」
俺たちは先輩のもとに追いついた。一緒に、向こうのボムヒルを見つめる。
「倒れるまで殴ればそのうち倒れるよ」
「なるほど、勉強になります」
「何の情報を取得したんですか?」
「次が来ないうちに、さっさとやっちゃおー」
俺を置いて、二人が前に出る。俺ばかりが後ろに下がって、彼女らが戦って、やっぱり居たたまれない心地。
まぁでも、後ろに居ても、手元が暇なわけではない。俺は腰元から大きなホラ貝を取り外し、吹き口を口に近づける。
“ラセンの笛”は、吹けば味方に対して強化を与えられるサポート武器だ。出発前に何やらマルメロがしていたようで、今はアストラも仲間扱いになってるとのこと。
アストラが、銀色の大槌を掲げて一直線に駆けていく。ボムヒルは、何かをしようとしていたが。
アストラは、左前に踏み出した。ボムヒルの隣に並び、そして、そこで足を踏ん張る、後ろに掲げた銀色の大槌を――
「行くよ、マルメロちゃん!」
かち上げた。ボムヒルは、彼女の動きに反応しきれず、その体を大槌に吹っ飛ばされる。上手いな、流れるような動きと、事前の行動からは予測できない角度からの攻撃。あれでは、身構えていても手痛いダメージが通る。
というか、バフタイミングを逃した。攻撃バフは、掛けてから数秒の間しか持たず、タイミングを合わせないと効果がない。俺まで動きを読めなくてどうする。次は合わせろ。
衝撃、面白いように吹っ飛ぶ体。それはまっすぐ、後ろのマルメロの居る場所へと向かって行って。
「うわー!!」
マルメロが避けた。地面の上を転がる体、だがすぐに立ち上がる。位置関係は、向こうにアストラ、その手前にマルメロ、その前にボムヒルが来て。もう少し手前に、この俺がいる。
「マルメロ! 前に出るなら真面目にやって!」
「あぁっその! すみません!」
「あ、そっか。マルメロちゃんは苦手なんだよね! 急に飛んで来たらびっくりするよね!」
「すみません、今すぐ真面目にやります!」
マルメロは走ってきて、俺と、ボムヒルとの間に立ちはだかるようにそこに立つ。
今のマルメロはムカデ人こと“霜降りムカデのカード”を装備した状態。頭部、肩、腕の上部、太ももや膝の上部には黒い昆虫の甲殻をまとっており、腕の内側や胸、お腹、口元、腿の裏なんかは白い半透明な素肌が露出して見えている。
装甲がないということは、その部分は弱点であるということ。マルメロは背中側に装甲が偏り、お腹あたりには逆にほぼ装甲がない。その体を率直に言えば、正面から体を突き合わせて戦うタイプではない。
でもまぁ、エリア3の魔物のカードだけあって、基礎性能がそこそこタフであり、勝てる相手なら装甲部はあまり関係なく戦える。手痛い攻撃を受ける時だけは腕部の装甲で受けるなど意識しているようだ。
マルメロの体、正確に言えば黒い甲殻の隙間から、ほんのりと白い冷気が漏れ出し始める。
“霜降りムカデのカード”では、マルメロは冷気を使えるようになる。しかし、その能力は思ったより使い勝手は良くない。冷気を操れる範囲は、体が触れ合うようなごく近距離であり、また、冷気も相手を急激に凍らせるようなものでもなく、触れていればじんわりと相手の体温を下げていく。
まぁでも、“ファイアライオン”の時の火に比べれば、立派に戦術の一つとして扱えるレベルだ。
ので、今のマルメロの取れる得意戦法としては、できる限り敵に近づき、冷気を相手に与えつつ、動きが鈍ってきたら噛みついたりと攻撃を与えていく。まぁ気持ち悪いあれが相手では、取りたくない行動だろう。
「無理しないでいいよー」
「やれますけど!」
俺の言葉にマルメロが返し、マルメロは両腕を高く開いて掲げたまま、じりじりとボムヒルへと近づいていく。
「マルメロ、多分軟体だから首が伸びるよ。スッポンみたいな」
「……了解です」
マルメロは腕を構えたまま近づき、ボムヒルの手前で立ち止まる。多分、まだ間合いの外だ。
彼女の足元に白い冷気が滑り落ち、地面を伝って、ボムヒルの方へと流れていく。
ボムヒルは、今まで痛手を与えてきた向こうのアストラと、近くに居るマルメロとで首を振っていたが。やがて、手前のマルメロに狙いを定めたらしい。
二本足で立つ、細長い軟体。脚の後ろに伸びる尻尾は、重そうにびたんびたんと上下している。
「やっちゃえマルメロ!」
「はい!」
マルメロが両腕を構えて、走り出す。ボムヒルも反応した。ぐっと、ボムヒルは二つの足に、力を込めて――
飛び出す。突き出したヒルの口が、マルメロの胸部に向かって、噛み付こうと飛んでくる。
がしと、マルメロはその頭を掴んだ。頭部を外側から掴めば、その粘液をまとった肌を滑ってしまうと思ったのだろうか。マルメロは両手のひらの指を揃えて突き出し、口の内側へと突っ込み、広げてがっしりと掴む。中には細かい牙があるが。
マルメロはおそらく耐えている。
「おらー!」
マルメロは、突っ込んできたボムヒルの勢いそのままを利用し、体を後ろに曲げてそれを持ち上げる。
ビタン! とボムヒルが固い岩の上に叩き落とされ、同時に爆破。ボムヒルの体が高く吹っ飛ぶ。近くに居たマルメロもまた、爆風に煽られよろける。
「あとは任せて!」
赤服の童女が、銀色の大槌を掲げてこちらに近づいてくる。べん、べんと地面を跳ねながらボムヒルが着地。連続起爆しなかったが、あれだけの衝撃じゃ反応しないか、もしくは硬化した“非活性状態”だったのかもしれない。
地面に横たわったボムヒルの上に、彼女の影が差し掛かる。
「おしゃー!!」
鈍い衝撃。爆風は起こらず、ただ、濡れたヒルの体は銀色の大槌に上から叩き潰された。
ボムヒルは、それ以上起き上がらない。
「倒れたね!」
「次が来てます!」
と、マルメロの警告に見れば、向こうに見えるのはふわふわと浮かぶ……中にたっぷりとオレンジの液体をたたえた、あれはクラゲか?」
「あ、近づいちゃダメ!」
そう言って、アストラ先輩は今しがた振り下ろしたばかりの銀の槌の柄を握り、持ち上げ、それから体を回してぶんぶんとそれを振り回し始める。
「おりゃー!」
一投、遠心力から解き放たれて、銀の大槌が放物線を描いて飛んでいく。
彼女の狙いは過たず、投げられた槌はまるで吸い込まれるように、綺麗に向こうの浮遊クラゲへとぶち当たる。
目が眩むような閃光と、飛んでいく破片。基本的に、ダンジョンに置いて地形に与えたダメージは、“地形を上書きした状態”。ダメージはそのうち回復する。
爆風に目をふさぎ、手で防ぎながら向こうの爆破点を見つめる。
爆心地の中心に、白く萎れた袋が落ちている。重いはずの銀槌は、爆風に飛ばされて地面を転がり、止まった。今まで見たことがないレベルの……いや、グリーンメテオで派手に天井を壊したことがあったな。それはさておき、すごい破壊跡が向こうの地面に刻まれている。
「今のも、倒した!」
と、アストラ先輩の威勢のいい声が響く。




